日本開国

日本開国 (アメリカがペリー艦隊を派遣した本当の理由)

日本開国 (アメリカがペリー艦隊を派遣した本当の理由)

西へ

[メキシコに勝利し]アメリカの領土は飛躍的に拡大します。アメリカの領土がついに太平洋に及んだのです。(略)
 水平線の向こうに見えるのはハワイ。アメリカの傘の中に入りかけている王国です。その先には日本近海で鯨を追う船団が見えています(略)
太平洋の輝きは、発展するアメリカのさらなる西漸を招いているかのようです。ところがアメリカのリーダーたちにとって気になる国が残っています。アメリカと支那大陸のあいだにある日本です。この国はオランダ以外の西欧との交流を頑なに拒んでいます。漂流してこの国にたどりついた不幸な捕鯨船員たちが虐待を受けているとの噂も絶えません。太平洋への視界が開けたとたんに、あらためて異形な日本が気になり始めました。

オランダ

 出島のオランダ商館長は徳川幕府にはひた隠しにしていましたが(略)[オランダは1795年フランスの衛星国バタビア共和国、ナポレオン時代の1806年ホラント王国となり]、1810年にはフランスに併合されています。オランダが独立を回復するのは1815年のことです。
(略)
[アヘン戦争での清の惨状に幕府は方針転換、天保薪水給与令を]長崎のオランダ商館長を通じて諸外国に伝えさせることにします。
 幕府の要請を受けたオランタ商館長は当然に東インド会社にこれを伝え、指示を仰いでいます。(略)[本国植民地省]バウド大臣は悩みます。伝え方を間違うと鎖国の方針が軟化したと誤解されてしまいます。日本への進出を目論むイギリスやロシアがこの知らせを聞いて、性急に使節を送り込む可能性があります。幕府を無用に剌激してしまい、オランダの既得権益が毀損するかもしれません。(略)
[他国語に比べオランダ語通訳が多いので]鎖国が終了し、貿易独占を失ってもオランダの相対的優位は維持できるとバウドは考えます。ただ日本の政治が混乱してしまっては、この優位性も意味を失いかねません。ゆるやかな段階的な開国の道を日本にとらせることがオランダの国益に叶うのです。
 バウド大臣ら政府首脳が考えたのは、日本に開国を勧めるミッションを出すことでした。西洋諸国唯一の友人オランダがもたらす誠意ある勧告を、将軍は感謝するに違いありません。日本との貿易特権をもつオランダヘの他国の妬みを緩和させることも期待できます。日本にも他の西欧諸国にもいい顔のできる八方美人策です。
(略)
幕府の方針変更を諸外国に伏せていたオランダ。長崎でアメリカ漂流民14人を無事救出したグリン艦長はそれを知りません。たった一隻の軍艦で武力行使も辞さない態度で臨んだ強硬姿勢。それがミッションを成功させたと信じ込んでいました。

日本遠征構想に

『エキスプレス』紙は「日本はその富を障壁の内部に隠しておく権利はなく、国民を無知と迷信のなかに閉じ込めておく権利もない。(略)日本を教育することはわれわれの責務なのである」と主張(略)
[一方『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』は]「軍事的な行動によって日本民衆を米国嫌いにすることは目に見えている。米国が掲げてきた内政不干渉の立場はどうなったのか」(略)
[宣戦布告は憲法違反、軍事力ではなく外交交渉を優先すべき、英国の植民地主義を非難してるのに同じ事をしていいのか]
「善をもたらすために悪をなす」という考えは、イエズス会の誤ったキリスト教精神であり、現代の世界にはもう通用しない。日本が海外政策を誤ったのは、オランダの責任である。日本は師として付き合っていた相手が悪かった。
(略)
[ところが四ヵ月後、捕鯨船員による日本人の残虐行為告発記事がタイムズ紙に掲載され、遠征反対論は下火に。実際にはそのような遭難船員への虐待はなく、しかも五年前の話]
アメリカ政府中枢にとってはこの事件はずいぶんと前から知られていたのです。(略)すでに五年近く経っています。そんな人物がタイミングよくセントヘレナに現れ、『タイムズ』紙によって報道される。不思議です。「この記事を境に、タイムズの紙面からペリー艦隊の日本遠征反対論が消え……米国の世論は、一本化」していきました。

「対日戦争計画書」

[「対日戦争計画書」を提出したアーロン・パーマーの日本評価は「右ちゃんねらー」に受けそうな内容]

・エネルギッシュな民族で、新しいものを同化する能力はアジア的というよりもむしろヨーロッパ的とも言える。
・西洋諸国の芸術や新技術に対する好奇心が極めて高い。 
・名誉を重んじる騎士道のセンスをもっており、これは他のアジア諸国と全く異なる。
アジア諸国に見られる意地汚いへつらいの傾向とは一線を画し、彼らの行動規範は男らしい名誉と信義を基本としている。
・盗難や経済犯罪は極めて少ない。
・同質な民族による独立を2500年間も維持し、同一の言語・宗教を持っている。
支那に隷属することもなく、外国に侵略されたり植民地化されたことがない。
パーマーは「日本は東洋におけるイギリスとなるであろう」とまで言い切っています。
(略)
「日本はアメリカとの国交をもつことで、蒸気船建造とメンテナンスの知識を得ることができる。最新の陸海兵器を保有できる。そうすれば外国勢力の侵略から国を守ることができる。日本は東洋の一等国に変貌できるのだ」

太平洋ハイウェイ構想

大陸横断鉄道が完成すれば、上海−ニューヨーク間は25日程度で結ばれてしまいます。電信網が完成すれば(略)東アジアの動向をロンドンに先駆けて知ることができるのです。イギリスに対して圧倒的に有利に立てるのです。(略)
上海から日本の東岸を抜け、アメリカ北西部に抜ける航路(グレートサークルルート)が安全に使えさえすればよいのです。他の列強がこのルートを使うことは一向に構いません。他国にとってはこの航路をとるメリットはほとんどないのです。

再来航

ペリーは最悪のケースに備えています。日本の港へのアクセスが認められない場合も想定し、小笠原と琉球をあらかじめ訪問し、蒸気船の石炭補給を可能にする手はずは整えてあります。小笠原の領有権を主張するイギリスにも釘を刺してあります。日本が開港しない場合、日本の東岸を抜けるグレートサークルルートは諦めなくてはなりません。捕鯨業界の不満も出るでしょう。しかし中国市場とカリフォルニアを繋ぐ「太平洋ハイウェイ」には小笠原あるいは那覇を使う迂回ルートを確保してあります。少々効率が悪くなるだけです。
(略)
下田はグレートサークルルートをとる船舶にとっては悪くないロケーションです。「太平洋ハイウェイ」の「ガソリンスタンド」になるでしょう。そのうえ江戸にも十分に近いのです。函館も鯨の漁場がすぐ近くです。捕鯨船主は喜ぶことでしょう。

日米和親条約第11条

[英文条約を訳せば]「どちらか一方の政府が必要とすれば18ヵ月たったら下田に領事を派遺できる」(略)[となるが和文条文は]「両国の政府が必要と認めたときにかぎって、アメリカ領事の下田駐在を認める」としか解釈できないのです。これでは幕府が開国したと考えるわけにはいきません。しかし英文条文では開国されたと考えるのが当然です。(略)
[他に漢文と蘭文があり]
「両国政府均しく已むを得ざるの事情有れば」とする漢文に対し「両國政府之内一方より貴官を設けんと要する時至らハ」とする蘭文。
(略)
[一年後の日露和親条約では]
 第六条和文
 「若し止む事を得さる事ある時は魯西亜政府より函館下田の内一港に官吏を差置へし」
 第六条英文
 「The Russian Government will, when it finds it indispensable,appoint a consul to one of the two first mentioned ports
 どちらもすっきりとした単純な表現で、幕府はロシアの領事派遣を了承しています。ですから幕府が最初に開国を認めたのはアメリカではなくロシアだと主張する歴史家もいるのです。日米和親条約第十一条の英文も、この第六条のように表現できたはずです。
 私はトリッキーな単語eitherを滑り込ませ、英文誤訳説が生まれる伏線が意図的に仕掛けられていたのではなかろうかと考えています。

ハリスの孤独

 玉泉寺で孤独な戦いを続けるハリス。彼の日記には(略)
「この国は本当に美しい。可能なところは全て階段状に開墾され、まるで箱庭だ」(略)
矢車草、釣鐘水仙、ツリガネソウ、野アザミ、すみれ。ハリスは散歩のたびに知るかぎりの花の名を書きとめています。そのたびに「植物学者にでもなっておけばよかった」と悔やんだハリス。(略)
サンジャシント号が下田の港から消えたとたんにハリスは軍事力なき外交を強いられることになります。(略)いつまた現れるかもしれない不気味なアメリカ艦隊への恐怖心だけが、ハリスに与えられた唯一の「武器」でした。(略)
 「ネズミ、こうもり、巨大な蜘蛛が蠢く崩れかけた寺院に閉じ込められたうえに、ワシントンからの指示が数カ月にわたって全くないこともあった。『世界で最も隔絶されたアメリカ外交官』と自嘲したのも当然である」
(略)
 「ロシアの南下を抑えるためには、イギリスは北海道を支配下に置くことをも厭わないだろう」。イギリスの脅威は誇張して伝えます。ハリスの幕府説得のシナリオでは、イギリスはあくまでもヒール役です。
(略)
[日米修好通商条約]第14条は条約発効日を規定します。1859年7月4日。ハリスは祖国に忠誠を尽くす外交官の意地を見せつけるかのように、合衆国独立記念日をその日に選んだのでした。アメリカの歴史家はこの条約を The Harris Treaty と呼んでいます。