ジム・オルーク、かく語りき

余白もあるしということで下記本のジム&大友対談から抜粋。孤独というところは同意するし、皆に聴いてほしいとは思わないというのは非同意だが、まあそうじゃなきゃノイズなんてやらねえだろうし。ジャンルで区切ってコミュニティができちゃう音楽というのは既に陳腐なものなのではないかと、ネットですらコミュニティに入れてもらえない者の感想[くどいようだが、誰かを批判する意図はないのでテンション下がるカスコメントだけはやめてくれ]。

ユリイカ2007年7月臨時増刊号 総特集=大友良英

ユリイカ2007年7月臨時増刊号 総特集=大友良英

現実のコミュニティとネット上のコミュニティは別物であるし、創作に孤独が必要なのである

[ジムの世代のコミュニティとは一緒に演奏したりフェスに行くことであり]
私はいつも本当に孤独に音楽を作っていたし、立ちはだかる壁と一人で戦っていました。だけどいまではコミュニティがいつもそばにあって、若者がアートを作り出す際の一端を担っています。彼らは仕事をする時に戸口を閉めないのです。私の言うことはオジさん的だろうけれど(略)
これをどうすれば前に進めることができるかということを自分一人で考え、実行しなくてはいけない瞬間が必ずあるし、それは私にとって非常に重要なことです。
(略)
ネット上でクリエイティヴでありえるというようなことと、アーティストが物事を前進させることとの間には、明確な区別があるのです。それは対立しているのではなく、単純に違っているのです。

ジム  クリエイティヴ・コモンズのように、いまコピーライト・フリーを訴える人たちは、まだ若くて本物の仕事をしたことがない。最近同じことで友だちと討論をしたけど、私は皆に私のものを所有して欲しいなんて思わないと言いました。(略)
メジャーレーベルが搾取しているかどうかというのは別の問題なのです。(略)
大友  (略)オレも自分の作品を皆に聴いてほしいなんてまったく思わないもの。顔と顔が見えるようなやりとりでいいと思うし。誤解のないように言っておけば、僕はいまの著作権のシステムがいいとは思っていません。いまのコピーライトのシステムは完璧ではなくいっぱい問題があるけれども、だからといって、著作権をなくせという考え方には反対です。そうではなく、もっといい現実にあったフェアな著作権の方法を考え探すべきです。コピーライトを全否定すべきではないと思う。
(略)
ジム  「すべてフリーだ!」と言って騒いでいる人たちは、本当に若い感じがします。大人になってから話しましょう、という感じ。
(略)
[MP3でアルバムという概念が消え、材料ではなくプレゼン第一になった](略)
こういうことを言うと、MP3世代は「おまえはコントロールがしたいんだろう」と言うけれども、問題はコントロールすることではありません。私が音楽について考えた全体こそが重要だと言っているのです。その全体像をそのまま提示するということが、いまはあまりにも困難になっています。