ハイブラウ/ロウブラウ・その3

前々日の続き。

ハイブラウ/ロウブラウ・その2 - 本と奇妙な煙

ハイブラウ/ロウブラウ―アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現

ハイブラウ/ロウブラウ―アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現

 

プロアマの壁が生じる

十九世紀末に、プロの専属音楽家からなる常設オーケストラが設立されたことも消極的な聴衆を生み出す重要な一歩となった。オーケストラから非常勤の音楽家をなくし、オーケストラとしばしば共演していた大量のボランティア・アマチュア合唱団を大幅削減したことによって、音楽史家ジョン・ミューラーの言葉を借りれば「舞台と客席を容易に行き来していた」世俗の大衆がわたる橋がついに破壊されたのだった。舞台前面に配置されたフットライトはいまや聴衆と出演者を隔てる壁と化し、ポール・ディマジオが論ずるように、その壁は地元と関係を持たない大勢のヨーロッパ人演奏家を迎え入れたことによって強化された。彼らは必然的に所属するオーケストラの指揮者と理事に強く依存し、また聴衆は彼らに共感したり意思疎通を図ったりするのが難しくなった。

文化統制の確立

シンフォニーホールやオペラハウス、美術館は誰に対しても入場を禁じたりしなかった。美術館の入場料は安価でしぱしば無料だったし、コンサートやオペラ、「正統な」演劇として知られるようになる舞台のチケットは時には高価だったが、それでも手に入れやすかった。しかし、二十世紀に入ると、払わなければならない代価が一つ生じた。すなわち、これらの文化的産物は文化制度を制御する人たちが定めた条件に従って受け入れなければならなくなったのである。この意味で、文化に近づくことは完全には独占されなかった一方で、近づく際の条件に対しては厳しい統制が敷かれた。いまや広く行き渡った審美的基準とは、自分たちが音楽や演劇、美術を鑑賞して理解し、真価を認める方法のみが唯一正統なるものだと自認し、また国中を信じ込ませた、社会経済的集団のほんの一部分の人たちによる基準だった。これこそがシェイクスピアやべートーベン、ギリシャの彫像が経験されるべき方法であり、また実際に、教養と鑑識眼に長けた者が常にそれらを経験してきた方法だと言うのだ。

白黒映画のカラー化問題に関して

ウッディ・アレンは合衆国議会で証言し、大衆の支持を「カラー化」を是とする根拠に挙げる考えを否定した。「もし合衆国民の全員がカラーの『マルタの鷹』を望んでいるとしたら、見当違いも甚だしい。ここで考慮すべき倫理は、ある芸術家の作品を取り上げてその人の許可なしに変えてしまうべきではないという点です。」この時にアレンが用いた比喩からは文化の概念に生じた変化が窺える。もしハムレットが死なないように大衆が望んだらシェイクスピア劇は作り替えられるべきか、とアレンは問うた。「それは本当に馬鹿げています。文化をそんな風に扱うことはできません。」実業家のテッド・夕ーナーが「カラー化」の権利を申し立てて「最後に調べた時は私がその映画の所有者だったはずだ」と述べると、あるコラムニストは即座に言い返した。「もしテッド・ターナーが・・・モナリザを購入して口ひげを描き入れたとして、『最後に調べた時は私がその絵の所有者だったはずだ』と言って許されるだろうか?」