「いいね! 」戦争 その2

前回の続き。

「いいね! 」戦争 兵器化するソーシャルメディア

「いいね! 」戦争 兵器化するソーシャルメディア

 

フェイクニュース・ビジネス 

金儲けしたりしたのは右派だけではなかった。その一例はジェスティン・コーラー、四十代前半の自称マイホームパパだ。政治学の学位を持ち、プロパガンダに興味津々のコーラーは、フェイクニュース・ビジネスに手を染めたきっかけについて、右派の陰謀論者のだまされやすさを試そうとしたのだと主張した。「最初から、オルタナ右翼のエコーチェンバーに潜入し、露骨なコメントや作り話を書き込んで後からおおっぴらに非難し、嘘でしたと指摘するのが狙いだった」。ところが大金が入り始め、一カ月だけで何万ドルも稼ぐこともあった。崇高な目的は忘れ去られた。

 コーラーは事業を本格的な帝国に拡大した。ウェブサイトが二四、それぞれにフリーランス・ライター二〇人が常駐し、利益の一部を手にした。大胆な見出しほどクリックされる回数が多く、各自の稼ぎも多かった。彼の記事でとくに人気があったのは、FBI捜査官とその妻が、ヒラリー・クリントンのことを捜査中に自殺に見せかけた不審な死を遂げたという悲劇、と言ってもまったくの作り話だった。(略)フェイスブックでは、この断罪記事は一五〇〇万回以上閲覧された。

目的は情報伝達ではなく承認 

左派のソーシャルメディアの世界の牽引役は、ニューヨーク・タイムズのような古い主流派メディアやハフポストのようなリベラルを自任する報道機関を含む複数のハブに分かれていた。それとは対照的に、右派の世界の分かれ方は違っていた。中央に非常に党派色の強いプラットフォームのブライトバートを軸にした中心部分が一つあるだけだった。

(略)

 二〇一二年にブライトバートが死去すると、組織の運営は投資銀行家からハリウッドの映画プロデューサーに転身したスティーブン・バノンが引き継いだ。(略)

バノンは「オルタナ右翼」に関する好ましい記事を大量に送り出した。(略)

ポリティカル・コレクトネス」に対抗すべく、ウェブ通のネオナチからビデオゲーマーの集団まで、一見異質な集団をネットの中傷合戦を利用してまとめあげた。(略)

小さい、何千もの極右プラットフォームがブライトバートを軸に、しがみつくようにして周囲を回っていた。それらのプラットフォームは満足げにハイパーリンクと広告収入をやりとりしていた

(略)

 同類性によって動かされるソーシャルネットワーク上では、目的は情報伝達ではなく承認だということがこの戦略によって暴露された。

(略)

二〇一六年、ソーシャルメディア上のリンク全体の五九パーセントが、それを共有した人に一度もクリックされなかったことがわかり、研究者たちは衝撃を受けた。

 まともとは思えない、いかがわしい話をとにかく共有することは政治的積極行動主義の一種になった。

 ISISでさえ偽情報に悩まされた

[誤った情報は]世界で最も同情されにくい集団にとってさえ問題になっている。(略)

[エルサルバドルの]ギャング集団が、髪を金色に染めてレギンスをはいている女性を無差別に殺しているという虚偽報道が広まったために予想外の危機に直面した。(略)

蛮行を繰り返すISISでさえ、偽情報に悩まされた。ISISがモスル制圧後に抑圧的な原理主義政府を樹立すると、イラクの女性と少女四〇〇万人に性器切除を強要するという報道が出回った。続報は何万回もシェアされた。ISISのプロパガンダ担当者と支持者は頭を抱えた。罰として平気で公の場で斬首したり、磔刑を復活させたりはしても、女性器切除は彼らのポリシーとは違っていた。

世論をハッキング 

 往々にして、ボットネットはさまざまな“大義”を次から次へ支持して、政治的傭兵の役割を果たしかねない。

(略)

何と言っても二〇一六年のアメリカ大統領選挙に匹敵するものはない。調査の結果、ツイッターだけで、約四〇万のボット・アカウントが選挙の結果を左右しようと戦ったことがわかった。その三分の二がドナルド・トランプを支持していた。

(略)

クリントンボットネットクリントン支持のハッシュタグを積極的に探し出して「植民地化」し、敵意に満ちた政治的攻撃を大量に送りつけた。投票日が近づくにつれ、トランプ支持のボットは激しさを増し、量も膨れ上がり、クリントン支持派の声を(ブレグジットと同じ)五対一で上回った。

 トランプ派のボットは、素人の目では見分けがつかないほど実在の支持者たちに溶け込んだ。トランプ自身も例外ではなかった。二〇一六年の最初の三カ月だけで、未来の大統領は自身のツイッター・アカウントを使って、彼の大義を売り込んでいる一五〇のボットの言葉を引用したが、その習慣はホワイトハウスでも続くことになった。

(略)

 ハッキングにロシアが果たした役割が暴かれてからは、これらのアカウントは守勢に転じた。ロシアのボット軍団は、ロシアの関与を否定するアメリカ人の集団を装った。あるボットネットは次のような典型的で皮肉なメッセージを放った。「報道機関は、ロシアが今回の選挙に影響をおよぼそうとしていると非難している。報道機関が裏で糸を引くのがわからないやつはよほどのバカだ」

 この現象を研究したオックスフォード大学の研究者サミュエル・ウーリーが書いたとおり、「狙いは、コンピュータシステムをハッキングすることではなく言論の自由をハッキングし、世論をハッキングすることだ」。

(略)

[保守系でもコミュニティが違えば話題は同じでも使われる言葉や構文はちがったが、2016年ボット軍団が一斉に三つのプラットフォームでトランプ支持の移民排斥を推進]

(略)

 分析によってさらに不穏な傾向が浮かび上がった。二〇一六年四月には、反ユダヤの言葉も三つのプラットフォーム全体で顕著な増加を示した。たとえば、「ユダヤの」という単語は使用頻度が増しただけでなく、「メディア」などの単語と関連付けるなど、罵りや陰謀論だと簡単に見分けられるような形で使われた。

(略)

ソックパペットとボットは民意らしきものを作り出し、それに他者が順応し始めて、どんな考えなら表明していいと見なされるかが変わりつつあった。反復される単語と語句はすぐに最初にそれらをまいた偽アカウントの外まで広がり、各プラットフォームの人間のユーザーが使う頻度も増した。憎悪に満ちたフェイクは実際の人間を装ったが、逆に憎悪に満ちたフェイクを生身の人間たちがまねるようになった。

ジュネイド・フセイン 

がっしりした体格のパキスタン人少年としてイギリスで育ったジュネイド・フセインは、いわゆるオタクだった。だが、ハッカーたちの闇社会では一目置かれる存在だった。(略)

二〇一二年、十八歳だったフセインはイギリスのトニー・ブレア元首相の側近のメール・アカウントに侵入し、刑務所送りになったのだ。

 刑務所でフセインはジハーディストに変貌を遂げた。過激思想に染まり、刑期を終えるとシリアに飛んで、のちにISISになるイスラム過激派組織の初期の志願兵になった。(略)

貴重な兵器となったのは、フセインの流暢な英語、影響力、それにインターネットに精通していることだった。彼はISISの新生「サイバーカリフ制国家」のハッカー部門の組織化に協力し、ツイッター上でISISの新兵候補を探した。-(略)

アルカイダが兵力を増強した方法とは驚くほど対照的だった。アルカイダの初期メンバーは、ビンラディンと彼の副官たちが知っている人間を吟味して集めたものだった。(略)

一方、ジュネイド・フセインらが勧誘した新兵候補は、世界中からやってきて直接会ったこともない人びとの集団に加わったのだった。

(略)

テロウイルスのスーパースプレッダーと化したフセインは、すっかりセレブになり、妻まで手に入れた。ネットで出会ったイギリスの四十代前半のパンクロック歌手だ。しかし知名度が増すにつれて、アメリカ軍関係者の間で悪評が高まった。二〇一五年には、二十一歳になったフセインは米国防総省の「ISIS幹部暗殺リスト」に載り、自称カリフと最高戦闘司令官に次ぐ三番目の重要人物として名前があがっていた。

(略)

かつてハッカーとして「トリック」の名で知られていたフセインは逆にトリックに引っかかり、イギリスの情報機関が網を張っていたリンクをクリックしたらしい。フセインのネット履歴から位置を割り出し、ドローンから短距離空対地ミサイルのヘルファイアが発射された。そのときフセインは深夜のネットカフェで作業中だった。いつもはたいてい義理の息子を連れ歩いて人間の盾にしていたのだが、その夜は油断して自宅に残してきていた。

「今じゃ誰もがリアリティ番組のスターだ」

[大学一年の]スペンサー・プラットを魅了したのは、斬新なリアリティテレビの新世界だった。(略)

これなら自分だって作れる、って思ったんだ」

 そしてプラットは実行した。プラットは〈ザ・プリンスズ・オブ・マリブー〉のクリエイター兼プロデューサーとなった。セレブな父親ブルース(現在はケイトリン)・ジェンナーの七光りだけが取り柄のリッチな兄弟二人を追った、FOXテレビの初期のリアリティ番組だ。番組は数話で打ち切りになったが、その前に義理の家族となったカーダシアン一家を世に送り出している。

 大学に戻ることも考えたが、プラットはもっといいことを思いついた。彼はテレビ映りがよく魅力的で大胆だった。大学へは戻らずに、自分があの手の番組に出たっていいじゃないか。(略)

プラットは〈ザ・ヒルズ〉のロケが行われている場所を調べ(略)プレイメイトたちをはべらせて待った。この絵になる光景が〈ザ・ヒルズ〉の共演者でブロンド美女のハイディ・モンタグの目にとまった。ハイディはプラットをプレイメイトたちから奪ってダンスに誘った。二人は意気投合し、スペンサー・プラットとハイディ・モンタグはまもなく「スパイディ」と呼ばれるようになった。(略)

[その座を維持するためプラットは]「リアリティ」番組に欠けているものを与えた。つまり悪党だ。たちまち〈ザ・ヒルズ〉のストーリー展開はヤバそうな男と、最後には彼のもとに戻ってしまう女、という設定に変わった。毎回視聴者に新たな衝撃と憂鬱をもたらした。プラットはモンタグの目の前でほかの女たちといちゃつき、彼女の家族をばかにして喜んでいた。ある共演者との性行為の録音テープについての噂をわざと立てると、エンターテインメント系のメディアからは遠回しに非難されたが、友人同士が恋の火花を散らす様子はシーズン中ずっと視聴者を釘付けにするだけの価値があった。

 いうまでもなく、ほとんどの「リアリティ」番組の演出と同様に、その大部分はフェイクだった。それでも効果はあり、視聴率は急上昇した。だが、プラットはさらなる名声と富を求め、この程度では足りないと気づいた。「メディア操作に手を染めたんだ」と、彼はわれわれに言った。

(略)

当時ほとんどのセレブがパパラッチを避けていたのとは対照的に、〈ザ・ヒルズ〉の悪党は進んでパパラッチを利用した。「(略)普通は向こうがでっち上げなきゃならない、うまみのあるゴシップのネタを、こっちから提供してやればいいって思ったんだ」とプラットは言った。「作るのを手伝ってやって、その見返りをもらえばいいじゃないか、ってね」

(略)

[スパイディは]報酬でも露出度でもトップクラスのスターになった。と同時に最も軽蔑される存在にもなった。

(略)

プラットはモンタグから(嘘の) 妊娠をちらつかされたシーンを撮影したときの話をした。(カメラの前では)彼女を車から放り出して猛スピードで走り去るところで終わるシーンだ。「一二回撮影したんだ」とプラットは言った。

(略)

二人は無数の人びとをとりこにし、さらに有名になった。だが同時に、彼らも自分たちが作り出したイメージから逃れられなくなった。プラットが言うには、「ぼくはとんでもないろくでなしになることで大金を稼いでた。(略)そうなると演じ続けなきゃならない。気にしなけりゃ大金が入ってくるんだ、何でもやる。みたいな。だけど、忘れてしまう。“待て。だめだ。アメリカの中間層はこれが全部フェイクだとは思わないぞ”ってね」。

(略)

 現在、プラットとモンタグは当時よりは賢くなり、年を取り、裕福でもなくなった。(略)二人は現代のソーシャルメディアの発展を興味津々で見守ってきた。(略)

モンタグは驚嘆していた。「今じゃ誰もがリアリティ番組のスターだ」とプラットが付け加えた。「そして、みんながフェイクなんだ。昔のぼくら並みにね」

 そんな状況では、セレブ志願者がごまんといる世界で有効な「物語」をどうやって構築するかが問題になる。第一の鉄則はシンプルであることだ。(略)

 だからこそ、ジュネイド・フセインのシンプルで直接的なヒップホップダンスの言葉のほうが、ISIS以前のイスラム過激派の新兵勧誘員たちの冗長で退屈なメッセージよりも効果的にミレニアル世代の若者たちに響いたのだろう。

トローリング 

[「トローリング」は]ベトナム戦争に由来している。当時アメリカのF4ファントム戦闘機は北ベトナム軍の拠点付近の上空で敵を挑発していた。敵の熱心だが未熟なパイロットがそれに乗って攻撃してきたら、米軍機のより高性能なエンジンがたちまち作動し、エースパイロットが敵を撃墜しにかかるのだった。米軍パイロットたちはこの策略を北ベトナムが使っていた(ソ連製)ジェット機にちなんで「ミグのトローリング」と呼んだ。

 初期のオンライン・プラットフォームはこの言葉とテクニックの両方をまねて、「初心者トローリング」がはやった。ベテランユーザーがわざと大胆で挑発的な質問をして(そうとは知らない)新入りユーザーを怒らせる。怒った新参者は、とにかく彼らを引きずり込むのが狙いの議論に時間を浪費するはめになるのだ。

(略)

 初期のトローリングがひじで突っついて目配せするようなユーモアを特徴としていたのに対し、ますます多くの人(と現実の問題)がデジタルの聖域に入り込むにつれて、悪気のないユーモアはまもなく消えてなくなった。今ではトローリングと言えば、情報をシェアするより怒りを広めるための“荒らし”行為を行う連中を指す。彼らの目的は怒りに満ちた反応を引き出すことだ。(略)

政敵に関する扇情的な嘘をばらまくことから、がん患者のふりまで、あらゆることをする。(略)

このトローリングの精神を最もよくとらえているのは、いみじくも、一九四六年にフランスの哲学者ジャン = ポール・サルトル反ユダヤ主義者の戦術を表現するのに使った言葉だった。

 

彼らは自分たちの意見が軽薄で議論を呼ぶものだと承知している。しかし、それを自ら面白がっているのだ。それというのも、責任を持って言葉を使うべきなのは彼らの敵のほうで、その敵は言葉を信頼しているからだ。彼らは誠意のない行動をして喜ぶ。その狙いは確固とした議論で相手を説得することではなく、脅し、動揺させることだからだ。

 

[有名なトロールによれば]

「いいトロールになるカギは、究極の目標はネット上でみんなを怒らせることだと忘れずに、嘘っぽくならない程度にばかになることだ」

次回に続く。