吉本隆明、村上春樹のサリン事件解釈

吉本隆明が語る戦後55年 12」
「大衆の原像」の変化、「非転向じゃなくて殺人罪」と平野謙村上春樹サリン事件解釈批判、小林秀雄

「大衆の原像」

60年から80年にかけてのある時期から、「広場に出よう」と自分の考え方を意図的に変えたんです。(略)
そのときまでは自分の考え方のなかで、自分以外のものというか、自分が関心をもつものを対象化して、民衆とか大衆という言葉を使うならば、民衆とか大衆とかがひとつの思想を原点とし、これは社会思想でも、政治思想でも、もっと限定してマルクスの思想でもいいんですが、そういう思想をどこかで想定して、その思想と関わりをつけられる大衆とか民衆に向けて書いていたような気がしたんです。自分以外の対象、あるいは自分が書くものがひそかにといいますか、無意識に想定しているものは、大衆といってもごく普通の大衆ではなく、あるひとつの思想があって、その思想と関わりをもちうる大衆だけが、自分の対象とか、自分の読者としてひとりでにあったのではないかと思ったんです。
(略)
それには時代的な背景があって、自分の好みや、自分の思想とつながりをもつ民衆を考えて得られる民衆のイメージではどうすることもできなくなってきた。もっと広い、ごく普通の民衆を勘定に入れないと批評文は成り立たないのではないか。自分の何かを表現することは成り立たないのではないかと思ったんです。転換はその辺にあったと思います。

村上春樹ノモンハン事件解釈とオウム

 『ねじまき鳥クロニクル』のなかでの村上さんのノモンハン事件の解釈は(略)司令部はこんな杜撰な無責任な指令をやっていて、帝国陸軍の体質は今の日本政府と変わらないではないか、これがようするにサリン事件の本質なのだと言っているわけです。(略)
[ソ連の機械化部隊にコテンパンにされた日本]
村上さんは「だから、太平洋戦争もろくなことにならなかった」と言っていますが、それは反対で、ここで日本陸軍は機械化が重要であることに目覚めて、めちゃくちゃなスピードで機械化をやったわけです。それでやっとのこと太平洋戦争に間に合わせたというのが僕らの解釈です。
 ノモンハン事件というのは、オウム・震災以前と、オウム・震災以後はまるで違うのと同じぐらい、違う野戦の仕方の契機になった事件なんです。だから、地下鉄サリン事件は何と杜撰な事件かというふうに解釈しないで、この殺戮の仕方はまるで連うよと解釈しないといけない。もっと極端なことを言いますと、これはオウムの殺人事件だけで見るのは間違いで、僕らの本音の理解でいうと、敗戦後に共産党が指揮した皇居前の米よこせデモがあったけれども、それを皮切りにして連合赤軍事件に至るまでのさまざまな事件が、この事件のなかに全部入っているというのが僕の理解の仕方です。
 もうひとつは偶然の要素か必然の要素かはわかりませんが、時代、時制、時間の要素が入っていることです。それからオウム真理教、あるいは麻原彰晃独自の理念が入っています。偶然というか必然というか、この三つがなかったら、地下鉄サリン事件は起こらなかった。これが僕らの解釈です。ここで戦後50年の反体制運動は全部引導を渡された、ここからはまったく違うことになったというのが僕らの解釈で、その点で村上さんの解釈は間違いだと思うんです。

非転向じゃなくて殺人罪

僕の場合、平野謙さんに批判があるとすれば(略)最後の最後で、日本共産党のリンチ殺人事件を論じましたね。宮本顕治をはじめとする連中を追いつめて、彼らがリンチに等しいことをして、人を死なせてしまったことを初めて大っぴらにし、決定的な批判をしました。後から言うのは無理な注文と言えばそうなのですが、これは平野さんが批評家として一番最初にやるべき仕事ではなかったかと思ってしまうんです。(略)
 平野さんは遠慮深くて、ちょこちょこは言うんですよ。「あいつらはおかしい。非転向で入獄したというけれども、どうせ殺人罪なのだから、それで入獄したのと同じではないか」と。はじめからそう思っているんですから、言ってしまえば良かったのに、最後になってようやく言ったわけです。最後になって自分がもっていた本音を言ったということなんでしょうね。もしこの本音から出発していたなら、戦後もだいぶ違ったことになっていたと思うんですが、平野さんはやらなかった。

小林秀雄

 小林秀雄がアランを論じると、アランは芸術論を巧みにやった人だとなってしまう。(略)ラジカルな政治批評を書き、政治論文を書き、政治的パンフを書いて、自分たちのグループ活動をした人です。そうした部分のアランは、小林秀雄の批評とか移植の仕方では全部すっ飛んでしまう。
 そうすると、良い意味でも悪い意味でもみんな文学青年になってしまうんです。とてもまとまりよく解釈できるんですが、少しも面白くない。どうなるかわからないようなところに開いている場所が、全部すっ飛んでしまうからです。(略)
そういうふうに展開していく部分を全部切り捨ててしまう批評の概念は、やめた方が良いと思います。やはり開かれていないといけないんじゃないか。それが小林秀雄の年代の人たちの批評概念の弱点だと思います。
(略)
今の文芸批評にもそういう傾向があります。批評という概念をできるだけ閉じないようにして、これを論じるとき「ドキドキしちゃうな。崖っぷちに立ってしまうな」という問題に対しても、取っつこうと思えば、とにかく取っつけるぐらいに開いておかないと批評にはならない。

戦前に一所懸命にプロレタリアート文学者と論争したことを忘れてしまったのかと思いましたが、ソ連に行って、ソ連のことをべた褒めしたんですよ。「何カ年計画はうまくいっている。こういうことをするのはもっともだ」とべた褒めした。「何ということを言う人だ。これで戦前にやったことは全部帳消しになったじゃないか」と僕はこのときに思いました。
(略)ソ連をべた褒めするような発言は、小林秀雄ともあろう人がと僕はがっかりしてしまいました。「そんなことでがっかりすることはないじゃないか」と思うかもしれないけれど、僕らは戦争中から思いが募っていって、何があってもこの人の後にくっついていくと思っていたくらいですから、それを読んで「あーあ、とうとう全部終わったな」という感じになってしまったんです。

丸山真男学派と橋本行政改革

[橋本行政改革最終報告に]
 日本の国民が国家や政府に自分を委ねて、政府や内閣の方針に徹頭徹尾依存して生きていくような時代は終わった、今や国民一人一人が自主的に判断して、生活や政治に対する態度を決めていく段階だと書いてあって、意外に思ったんですね。マルクス主義でいえば構造改革派の理念が入っていて、かなり進歩的なんです。(略)実際にやるかどうかは別にして、理念としてはここまできているんだという印象をもちました。
 丸山学派の市民主義の大部分はこの政府行政改革案に取り込まれています。(略)丸山さんにもっと独立精神があって、共産党に対して本格的な批判をやっていたら、政治とか公の制度の世界はこうなっていたのではないかと思えるほどで、僕は政府案にびっくりしてしまいました。そこまでやったら変わったでしょうが、あの人はやれなかったんですね。

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