宮崎駿の回想、鈴木道楽

折り返し点―1997~2008

折り返し点―1997~2008

青春の日々を熱く語っている媒体が赤旗日曜版w。時期は「もののけ」公開前

 僕には小さい時から、生まれてきたのは間違いだったんじゃないかという疑念がありました。
 病気で死にかけたりして、親が「ずいぶん大変だった」などと話すのを聞くと、「とりかえしのつかない迷惑をかけてしまった」と不安でいたたまれなくなるような子どもでした。ですから、懐かしい子ども時代というのがないんです。
 子ども時代、僕は兄弟の中で一番ききわけのいい優しい子で「いい子」で通したんです。おとなや両親に自分を合わせていただけだと、ある時気がついて、屈辱感で叫び出したいほどつらかった。それで、初めて見たセミの単眼がきれいだったとか、ザリガニの足の先がハサミになっているのに感動したりしたとかは覚えているけれど、人とのかかわりでの自分の姿は、記憶から消してしまったんです。
 友だちの中では、けっこう陽気にふるまっていたはずなんです。その内側に、ひどくおどおどした不安と恐怖に満ちている自分がいました。
 その自意識のひ弱な部分を支えてくれるものとして手塚治虫さんの漫画が現れました。この人は世界の秘密みたいなものをものすごくよく知っているんじゃないかと思えた。
(略)
 高校時代は、ほんとにしんどかったです。毎朝、角を曲がって学校が見えるたびに「ああ、燃えてねえ」ってがっかりしてました(笑)。そのとき、漫画家になろうというのが自分にとっての逃げ道でした。
(略)
 漫画も描きました。「手塚治虫さん、そっくり」といわれるんです。それがほんとにつらくてね。なんとかまねしないようにと思ったんですけど、自分が一生懸命描いたものが似ちゃうわけだから……。
(略)
[東映動画入社一年後『雪の女王』の衝撃]
 その映画の録音テープを仕事しながらかけっぱなしにしてました。延々と聞いていたら映像を全部思い出せるようになった。一回しか見てないし、ロシア語もわからないのに、セリフの意味が音楽的な響きで伝わったんです。
 それが自分にとって第二の原点でした。
(略)
 自分の表現したいものと自分の腕とのギャップを、想いでカバーできると思っていたんだけれど、やっぱりちゃんと修業しないとだめだ。そうしないと自分の想いを表現することはできないんだということを、痛いほど思い知らされたんです。
 それから変わったような気がします。とにかく、全力投球をすること、どんなつまらない仕事でも何か発見して、少しでも前進すること。そうしないと、本当に大事な仕事に出会った時、力を発揮できないんです。

仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書)

仕事道楽―スタジオジブリの現場 (岩波新書)

実質二週間で「アニメージュ」創刊せよと命令する尾形編集長の編集方針は

息子がアニメ好きでなあ。だから、高級な本にして、アタマのいい子が読む雑誌にしてほしい。(略)
大特集は「宇宙戦艦ヤマト」だ。これは息子が大ファンなのでゆずれない。あとは、まかせる。

  • 取材ノート

無視されても一週間通い続けて漸く宮崎・高畑と話せるように。取材記者の経験を生かし二人の言葉を全部メモ。別れた後、喫茶店で記憶を元に抜けていた箇所を補完しメモをまとめ直す。自宅でノートにもう一度書き写す。これを毎日続けた。

  • 高畑プロデューサー

ナウシカ」での宮崎の条件は「プロデューサーは高畑」。二週間通うも、高畑は例によってノート一冊分のデータを示して自分には向かないと拒否。諦めて宮崎にそれを伝えると、著者を飲み屋に誘い号泣し一言、「高畑勲に自分の全青春を捧げた。何も返してもらっていない」。思いの強さに驚き、高畑に生涯に一度だけ声を荒げ再談判。

  • サツキ

こんないい子でいたらサツキは将来不良になりますよと言ったら

宮さんは本気で怒りましたねえ。「いや、こういう子はいる。いや、いた」。何を言うのかと思ったら、「おれがそうだった」。宮さんは男兄弟ですけど、お母さんがずっと病気で、彼がみんなのご飯を作ったりとか、お母さんの代わりをやっていた。そういう思いがあったので、彼はお母さん以上に立派という、理想化したサツキを作り出したわけです。(略)
[あるとき、サツキが泣くシーンの絵コンテを見せ]
 「お、ここで泣くんですね」といったら、「泣かせた」と言うんですよ。そして「鈴木さん、これでサツキは不良にならないよね」。ぼくが「なりません」と言うと、宮さんは「よかった」と喜ぶ。

  • トトロの自然

完成試写、尾形英夫のつれない感想に宮崎激怒

すべてを理想化して、こんな自然があったらいいなということで描いてるから、[田舎育ちの]尾形さんはあの映画から少年時代を思い出すことはもちろんないわけです。「ぼくには何の映画かわからない」。尾形さんはじつに正直な人でしたねえ。ちなみに、宮さんにはじつは田舎に憧れがあり、東京で育ったことにコンプレックスがあるんです。

完成した物語を聖司の代わりにおじいさんに見せると

おじいさんはそれを読んで、なんと言ったか。奥の部屋から石を持ってきて、君は原石だ、というようなことを言ったんですよ。ふつうの世界で言えば、あれは口説いているということでしょ? あげくに自分が若い頃、ドイツでこういう女性とどうのこうのと話して、いっしょに鍋焼きうどんをたべる。これはラブシーンじゃないですか。このおじいさんは誰なんだ?宮さんにこの話をしたら、すっかり恥ずかしがっちゃって、「鈴木さん、西老人は原石をいっぱい持っているんだから」と(笑)。

  • 『おもひで〜』での「ひょうたん島」

『火垂る』でもB29の飛んでくる方向を調べたりした完璧主義者高畑。「ひょうたん島」放映当時は忙しくて観ていない。特集本に載っていた挿入歌の歌詞で気に入ったものが二曲。だがNHKに残っている映像では使われていない。コロムビアに問い合わせたが挿入歌はレコード化していない。作曲家の宇野誠一郎宅を訪ねたが見つからない。マニア筋から10年前ラジオでやった特番を録音したものを入手。じゃあその音源はどこから→「博士」役の中山千夏の母が収録時録音していたものだった。だが、これでは終わらない。どんな振り付けだったのか。「ひとみ座」→もうすでに退職していた人形師に辿り着き、ようやく解決。

  • 夢の高畑

[宮さんの]話の半分以上は高畑さんのことです。あるとき、彼はカメラの前で言い切りましたからね、「宮崎さん夢は見るんですか?」という問いに、「見ますよ。でもぼくの夢はひとつしかない、いつも登場人物は高畑さんです」。