悪魔のピクニック・その2

前日の続き。
アメリカ農業省のトップは元養豚&放牧業者が多いので当然衛生問題は野放し、病原菌はいて当たり前と開き直っている状態。そのくせチーズは衛生的に問題あるとはどういうことかと。

骨抜きにされた公衆衛生

レーガンブッシュ政権時に公衆衛生が骨抜きにされたと著者

食品を禁止することに関して、大西洋の両岸ではやり方が非常に対照的だ。北米の法制定者たちはヨーロッパで何世紀も安全に食べられてきた伝統的な食品の輸入を禁止するか、ばか高い関税をかける。それとは対照的に、ヨーロッパの立法者は魚の遺伝子を植え込んだトマトや、ホルモン剤を投与した牛からしぼったミルク、牛の死骸を食べて育った豚のベーコンの輸入を禁止している。(略)
ずっとこうだったわけではない。1970年代になるまで、アメリカはじっさい革新的で厳しい法を作る急先鋒だった。1966年の絶滅危惧種法は予防原理の表明の草分けであり、絶滅の危機にある生物に取り返しのつかない損害を与える恐れがある開発を禁じたものだ。ヨーロッパでまだDDTや染料の赤色二号が使われていた頃、アメリカは人体への発がん性の疑いがあるとして禁止した。そして1977年にはアメリカはオゾン層を破壊することがわかったフロンガスを世界で最初に禁止した。(略)

1999年、成長刺激ホルモンを与えたアメリカの牛肉には発がん性の疑いがあるとして、ヨーロッパは輸入を禁止した。アメリカはそのお返しに、ベルギー・チョコレート、ロックフォール・チーズ、フォアグラのパテ、ディジョンマスタードに相次いで法外な率の関税を導入した。(略)
テロワールという考え方が体現している非常に保守的で、神秘主義的ですらある食物に対する態度は、EU全体では予防主義として取り入れられている。アメリカの危険に対する考え方とは対照的に、新しい技術を用いるとき、それが人々にどれだけの害を与えるかを予測しようというものだ。

テロワール。原産地統制呼称(AOC

テロワールというのはもともとワインに使われていた原語なのだが、直訳すると”土”という意味である。一見意味がはっきりせず、感傷的に思えるが、すべての自然現象には魂があるとするアニミズムの現代版なのだ。つまりフランス人の味覚を豊かにしてきたすばらしい風味の数々は、みなその地方の土からじかにもたらされたという考えだ。(略)
別の場所で生産すると、それはどこか変わってしまう。土壌の豊かさとか、生えていた野や農場との太陽の位置関係とか、チーズの場合はその土地にしかない菌株のカビなど無形の条件から受けていた特長、いわば魂がなくなってしまうのだ。

(略)”うちの牝牛はお宅のところと全く同じ餌を食べているし、私はあんたと全く同じやり方でチーズを作っている。どうしてうちのチーズをエポワスと言ってはいけないんだ? あんたはただの保護貿易主義者だ!″」
農園が工場方式で運営されることや遺伝子組み換え飼料を使うこともある現在の農業界において、テロワールはこっけいなアナクロニズムに思えるかもしれない。エリート主義のヨーロッパ人の執着と見られることもある。けっきょくAOCに守られているシャンパンやパルマの生ハムは、スパークリングワインや、格調高いラベルの恩恵にあずかれない肉の切れ端よりもずっと価格が高い。

イタリアの蛆虫チーズ

カス・マルズ、店では売っていないペコリーノ・チーズだ。(略)カス・マルズは発酵してから食べる。しかも食べごろになったとされるのは、何千という透明な蛆虫がわいてからなのだ。さらにそのハエの幼虫は生きていなければならない。蛆虫が死んでいたらそのチーズは腐っているから食べられないとされる。サルデーニャの人々は新参者に、蛆虫が目に飛び込まないように、サンドウィッチの上に手をかざしながら食べるといいとアドバイスする。

そしてドラッグの話。

コカの葉をひたすら噛む。

私はレイヤ*1のかたまりをちぎると、それをコカの歯で包み、歯茎と頬の間に詰め込んだ。(略)
30枚まで詰め込むと、頬はふくらみ、舌の先がしびれてきた。唾液で溶けてどろどろのかたまりになったコカは、アルカリ性のレイヤと混ざり、私の口の中のペーハーを上げる。するとコカの葉の細胞壁がくずれ、微量のコカインが流れ出すのだ。昼食の時間だったが、空腹は消えていた。ずきずきする頭の痛みもなくなり、同時に時差ぼけと高山病からくる汗ばんでだるい感じからも解放されていた。(略)
コカはほのかな陶酔感をもたらす。それは結晶体の麻薬コカインがもたらす永遠に満たされない感じよりも長続きする。化学物質コカインが急微な高揚感をもたらすとしたら、その原料である植物のコカは同じ感覚のもっとマイルドで健全なバージョンを味わわせてくれる。

ボリビアのコカ伐採

「アルゼンチンやブラジルやアメリカではコカインが問題になっているかもしかないが、ここでは違う。世界で一番安く買える国だけどね。麻薬撲滅作戦は勢力浸透と政治的支配を目的にしたイデオロギーで、北米の情報機関の人々や禁止法で儲けている人々のためにあるんだ。理屈が通っていない。そこに何か論理があるなら、我々がヴァージニアに行って、タバコ会社が依存性を高めるためにタバコにアンモニアを加えているせいでボリビア人が依存症になってしまうからと言って、タバコの木を全部引っこ抜いてもいいだろう」
同じ意見は何度も聞いたことがある。たとえばアメリカは現在、違法なドラッグマリファナの世界一の生産国である。アメリカ政府はカリフォルニア州をいぶすべきではないのか? そうしないのなら、どうしてアンデスでコカを引っこ抜く権利があるのか?

スイスの過激なヘロイン政策を

軽く見てはいけない。これは政府が違法な麻薬を常用者にただで配るプログラムなのだ。世界が倫理もなにもない混乱状態に陥るのを防いだばかりか、多くの依存症患者が自主的にやめているのである。ドラッグの入手のための努力をしなくてよくなると、そこに残るのは依存の倦怠感だけだ。そしてジャンキーたちはクスリをやめることを以前より少し落ち着いて考えられるようになっているのだ。(略)
ドラッグをただにすることによって、その商品価値を下げ、ドラッグの売人や商人たちの力を奪うこともできた。(略)その入手方法を運転免許の交付みたいに退屈な手続きにしたとき(略)その暗い魅力は消えてしまったのだ。

*1:レイヤとは、漂白という意味の言葉で、アルカリ度の高い焦がした根にショ糖をくわえたものを表わす。それは葉からアルカロイドを抽出するのを容易にするために使われる