はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで



はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで
(講談社現代新書)
作者: 中村隆之
メーカー/出版社: 講談社
発売日: 2018/06/21

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アダム・スミス

 なぜそれほどに戦争をしたかというと(略)
強者であること、支配者であること、そしてそれによって金銀を稼ぐことで国を富ませるという発想は、ある意味で常識的でもあった。(略)
 重商主義政策によって国を富ますという大方針、つまり「強者=支配者」になることで国は富むという考えは、まちがっているのではないか?それがスミスの経済学のテーマである。
(略)
富める国の源泉は外から来るのではない。富める国とは、豊かな生産力を持ち、それを消費することで、人びとがよい暮らしができる国である。だから、その源泉はその国の内側、つまりその国の人びとの勤勉な労働にある。庶民が一生懸命に働き、人びとの暮らしを豊かにする財・サービスを生み出せている国が、富んだ国、豊かな国なのである、とスミスは主張する。(略)
重要なことは、労働によってどれだけの財・サービスを生み出せるか――労働生産性――である。少ない労働時間でたくさんの有用な財・サービスが生み出せる国は、富んだ国である。(略)労働生産性を高めるカギは「分業」である、とスミスは考える。
(略)
[ピン製造工場の分業]と同じ原理が、社会全体でも起きている、とスミスは考える。つまり、人びとが異なる職業に従事し、それぞれに専門的知識・技術を習熟することによって、全体として豊かな生産が可能となるのである。
(略)
 市場を介してそれぞれの人が別々の才能を伸ばしていくことで、全体として豊かになる。これがスミスの豊かな国のイメージである。そのためには、それぞれの人の努力が公正に報われなければならない。頑張っても報われない――例えば奴隷のようにこき使われるだけ――ならば、才能を発揮する努力自体がおこなわれないだろう。(略)
市揚が公正であるためには、自由競争が作用していなければならない、とスミスは考える。(略)
自由競争市場は、個々人がそれぞれ自分の利益を追求しているだけなのだが、結果として各人の努力に対して公正な報酬を与えることになるのである。
(略)
スミスは、モラルという秩序の形成において「共感」が重要な役割を果たしていることに注目した。
(略)
 モラルの世界と経済の世界に共通しているのは、どちらも相互評価をしているということである。
(略)
ライバルよりも努力し、よい商品をより安く提供するという競争――これがフェアな競争――において、優れた売り手を買い手は評価する。
(略)
他の人から評価されることは、お金が儲かってうれしいし、社会から認められること自体もうれしい。
(略)
 スミスは、庶民の力を引き出すことが国を富ませる第一原理であると考えていたが、さらにもう一つ、資本主義を適切に作用させることも、国を富ませる第二の原理として重要であると考えていた。
(略)
「資本」「土地」を持っている者が、もっとも儲かる用途にそれらを向けることで、一国全体が豊かになるからである。
(略)
人びとが欲しがるものを供給する産業分野の利潤率は高くなるので、そこに資本が集中的に投下されていく。かくして、「資本」を持っている人は、自分の儲けだけを考えてどこに資本投下するかを決めているだけなのに、結果として人びとがもっとも必要としている財・サービスが供給されるように行動している――富める国になるように導いている――のである。
(略)
 さて、この二つは、両立可能なのだろうか?(略)
[持てる者と持たざる者の]「不公正」はどこまでならば認められるのだろうか?
(略)
スミスは、利子を無制限には認めていない。もし利子を高く取ることを認めてしまうと、社会を富裕にする生産的な事業に対してではなく、浪費家や投機家に貸し付けられてしまうからである。「資本」が、社会のことなどどうでもよく、自分さえ儲かればよいという利殖の機械になってはいけない、という意識がスミスにはある。全体の富裕化を推進してこそ利潤は正当、それを促してこそ利子は正当なのである。
(略)
植民地を支配し、強い国になったといい気になっていても、スミスに言わせれば、それは内実、自国の富裕化を遅らせているだけに過ぎない。イングランドアメリカ植民地を支配するのは、アメリカ植民地に不利益であるばかりでなく、本国イングランドにも不利益なのだ。だから、国が国を支配するという優越感がもたらす幻の夢から醒め、アメリカ植民地から手を引くべきなのである。
(略)
彼は、国と国は、「努力の等価交換経済」における人と人の分業関係のように、互いを活かし合っている関係であるべきだと考えている。(略)
たとえいまは対等な力関係にないとしても、自由な経済交流を通じて対等になっていくだろうと考えていた。
 このスミスの考えには、弱国スコットランドと強国イングランドの合邦が影響しているだろう。
(略)
 自由な経済交流は弱者の側にも大きな機会を与え、弱者が成長するのを助ける。

J・S・ミル

[フェアプレイによる自由競争という]
スミスが示した資本主義の道徳的条件は、一九世紀になれば、明らかに満たされなくなる。資本が利潤を稼ぐために労働者をこき使うようになり、労働者階級の貧困という問題が出てくるからである。
(略)
 J・S・ミルは、[ベンサムと親交があった]父から早期教育を受け、若くして功利主義改革の論客と[なるが、やがて父に作られた機械ではないかと思い悩み、自分が感情を持った人間であると気付き](略)
ベンサム功利主義から距離を取り、豊かな感情を持つことの価値を重視するようになった。(略)
 個性を発揮する自由があること、そしてその機会が多くの人びとに開けていることが、よい社会(質的な価値を考慮したうえでの最大幸福)にするために何より重要である。活躍の機会が与えられれば、人間は能力を伸ばし、成長するものである。
(略)
ミルはスミスが示した資本主義の条件が崩れている(悪いお金儲けが蔓延している)ので、それを再建するために、労働者への分配を主張した。資本が他者などどうなってもいい利潤獲得機械になってしまっている現実を踏まえ、他者との関係のなかで生きる資本――フェア・プレイを意識せざるをえない人間が動かす資本――にする必要があった。

ケインズ

 [工業でアメリカに抜かれた]一九世紀後半以降のイギリスは、自国内の産業力ではなく、世界中に投資する金融力によって、世界一の地位を保っていたのである。
 そのような状況で、第一次世界大戦の混乱により、イングランド銀行金本位制を一時停止した。(略)
 さて、混乱期が終われば、いつ金本位前に復帰しようかという話になる。(略)しかし、変動相場制下の現状の為替レートと旧レートはあまりに違いすぎる。そこで、旧レートで復帰しようとする政府は、イギリス国内の物価を下げようと考えたのである。
 この政策をケインズは、二つの観点から批判した。一つは、旧レートでの金本位制への復帰は、誰の得になる政策なのかという観点から。もう一つは、金本位制という制度そのものの前提が崩れているのではないかという観点からである。(略)
 旧レートでの金本位制への復帰政策(デフレ政策)で得をするのは、ポンド建ての資産を持っている人びとと、ポンドの威信が商売の基礎になっている金融界である。ケインズは彼らを「投資家階級」と呼ぶ。一方、物価の下落で損をするのは、産業界――「企業家階級」と、そこで働く「労働者階級」――である。デフレ政策によって売れ行きが悪くなり、物価も下がれば、企業にとっては売上額が大きく減少する。
(略)
 では、この「金融」と「産業」、どちらの利害が重要なのだろうか?たしかに金融界がイギリスにもたらす利益は莫大であり、産業は斜陽であるから、一見すると金融の利害を優先した方が得なように見える。
(略)
 だが、ほんとうにそうだろうか?海外からの利子収入と国内での生産による価値のどちらが重要か?(略)
[アダム・スミスの]真の富の源泉についての考え方にもとづけば、旧レートでの復帰をめざす人びとは、偽りの富を追いかけ、真の富の生産を妨げていることになる。イギリス産業は、ただでさえアメリカやドイツに後れをとっている。そこにさらに産業界へのデフレ圧力を加えたら、イギリスは産業面でずっと二流のままであろう。(略)
もし金本位制に復帰するのであれば、実力より強い旧レートではなく、現在の実力にあった新レートにすべきである、とケインズは主張するのである。だが、それも金本位制に復帰するならば、である。金本位制そのものへの疑いという第二の批判理由を説明しよう。
(略)
[金本位制には金準備が必要だが]イギリスは例外であった。国際的な取引に必要な短期のポンドを国外者に貸していたので、少しだけ金融引き締め(公定歩合の引き上げ)をおこなえば、その資金の返済を促すことができ、それで金の量を増やせたからである。いつでも金を増やすことができるので、イギリスは金準備を多く保有する必要がなかった。そして、イギリスが余裕を持っているから、金利はそれほど高くならなかった。
 ところが、第一次世界大戦後は、それらの前提が崩れていく。
 第一に、第一次世界大戦アメリカからの大借金で乗りきったことにより、イギリスは対アメリカの債権国から債務国になった。保有する対外債権は減り、経常収支黒字を支える利子収入も減少した。(略)
[短期資金を借りるようになれば、少しの金融引き締めで金を回収という仕組みも機能しなくなる]
 第二に、経常収支黒字国となったアメリカは、流入する金をため込んでいた。(略)アメリカには、大規模な対外投資をする金融ノウハウ(略)がまだなかったのである。
 かくして、戦前に金本位制を円滑に機能させていた条件は、戦後にはもう崩れている。だが、人びとはそれに気づいていない。大英帝国の繁栄は金本位制とともにあり、という常識に縛られている。だから、ケインズ金本位制を辛辣なまでに批判する。
(略)
 投資家階級の利子を稼ぐお金儲けは、全体の富裕化に繋がらない。繋がらないどころか、富裕に導く価値を生み出している産業(企業家階級と労働者階級)の繁栄を妨げている。これが、一九二〇年代のケインズの思考から読み取れる彼の経済観である。持っているだけで儲かる利子収入よりも、財・サービスを生み出して儲ける利潤の方が大事だということだ。
(略)
 従来の経済学では、資本市場(貯蓄と投資の均衡)によって利子率が決まると考える。そこでは、貯蓄は美徳である。
(略)
利子とは、全体の利益につながる貯蓄をしてくれたこと(消費を我慢してくれたこと)に対する報酬と位置づけられる。全体の富裕化につながるお金儲けだから、「よいお金儲け」ということになる。
 ところが、流動性選好理論に登場する人びとの行動はどうか?資産を売り買いしている人びとは、全体の利益につながる行動をしているのではない。(略)
債券価格が持続すると大方が考えるならば、債券価格は安定する。債券価格が下落すると大方が考えるならば、債券価格は下落する。この集団的に見れば自作自演の世界(消費者とは無縁の世界)が、利子率を規定し、実物投資水準、そしてGDPを規定してしまうのである。
(略)
だからケインズは、政府の役割を重視するのである。政府は、利子率を低く保ち、公的支出によって有効需要を高く保つことで、民間企業の産業投資が活性化する環境を作っていかなければならないのだ
 金融(悪いお金儲け)が産業(よいお金儲け)の邪魔をしているというケインズの経済観は、彼の株式市場の見方にも表れている。(略)
健全な株式市場は、成長するべき企業を助け、全体の富裕化を促進する。(略)そうであれば、株式市場でのお金儲けは「よいお金儲け」である。ところが、ケインズは、株式市場はこのようには機能していないかもしれないと指摘した。
(略)
ケインズの経済学はスミスの自由放任主義を倒したのではなく、スミスの挙げた資本主義の道徳的条件をケインズの時代の現実――所有者のお金儲けが全体の富裕化に繋がらない現実――において満たそうとしたもの、と位置づけられる。

マルクス

一八四二年、ケルンで『ライン新聞』の編集者となり、現実の諸問題に直面した。そのなかで彼の思想形成史において重要なのは、木材盗伐問題である。
 従来、森は入会地であり、周辺住民が出入りして薪を取ってくることが慣習的に認められていた。ところが、近代の「私有財産権」という考え方が広まってくると、森の土地所有者が「ここは私有地だから、勝手に入るな。薪は私のものだから、勝手に持っていくのは泥棒だ」と主張するようになった。そしてライン州議会は、そのような土地所有者の言い分を聞き、木材盗伐取締法を制定しようとした。
 『ライン新聞』編集者であったマルクスは、この問題にどのような態度をとるべきか悩んだ。「私有財産権」は自由主義的な思想のなかで重要な位置を占める大事な権利である。自由主義は、特権的地位にある者たちが支配するのではない、一般の人びとの自由と権利を守る考え方である。その理念(=フランス革命の精神)の実現を正しいことと考える雰囲気のなかでマルクスは育った。ところが、その自由主義が主張する権利の一つである私有財産権が、慣習的権利を奪い、人びとを苦しめている。これはいったい、どういうことか?
 私有財産権というのは人びとのための権利ではなく、一部の持てる者だけの権利だから、それを廃止して友愛の共同体を建設すべきだという過激な「社会主義」思想(フランスで強い)があった。こちらの方が正しいのか?はっきりとした自信が、マルクスは持てなかった。
(略)
自分には経済学が足りないと感じ、経済学の猛勉強を開始した。私有財産権を擁護する既存の経済学から、私有財産権の積極的な意義を学び取ろうとした。
 マルクスは、アダム・スミスから多くを学んだ。スミスが擁護した私有財産権とは、自身の労働の成果を自分のものにできるということであり、またそれを自身の労働を拡張する基盤として活用できるということである。
(略)
マルクスは、そこに私有財産権のプラス面を見る。
 ところが、私有財産を増やす自由がある世界は、「雇う側」と「雇われる側」に分かれ、私有財産を資本として使い、つぎつぎと利潤を生みだす自由をも認める世界になる。ここでは私有財産は、自身の労働の成果でもなければ、自身の活動基盤でもない。心血を注いだ製作者の喜びも、作品を享受する人間の喜びも無縁の、ただカネで表示された価値に過ぎない。ここに、私有財産権のマイナス面を見る。(略)
既存の経済学は、カネで表された価値の増殖をそのまま肯定してしまっている。だからマルクスは、既存の経済学を乗り越え、「私有財産権」がプラスからマイナスに転じてしまう理由を突き止めようとした。
(略)
 生産諸力と生産関係がかみ合っているとき、生産関係は変わらない。だが、生産のあり方は時代とともに変化していく。生産のあり方に変化が起きて、既存の生産関係と合致しなくなったとき、生産関係が新しいものに変わる。例えば、市民の商工業によって生み出される富が多くなると、土地からの冨が主であることに対応した封建制という枠組みと合致しなくなる。そこで、市民革命を経て、自由競争と私有財産権をベースとする「近代市民社会」になる。このように、生産諸力の側から歴史の大きな流れを説明するのが、マルクスの「唯物史観」である。
 ここから、マルクスは将来の体制変化を読み解く。
(略)
ここには製作者と享受者のあいだの共感、そして努力をする者同士の苦労を分かち合う共感がある。労働も消費も社会的な生命活動であり、そのなかで社会性と感受性を鍛え上げていくことが人間としての本来の姿であると考えるマルクスにとって、スミスの「努力の等価交換経済」に見られる「努力と喜びの相互共感」は、その理想に近いものである。
 しかし、それは、誰もが働く世界、たとえ資本があっても自己の労働の場としての資本であるような小生産者の世界でしか成り立たない理念的な経済像である。価値が貨幣に代置され、資本が私有財産権ゆえに利潤獲得機械化すれば、スミスの示した世界(略)は崩れてしまう。それが「資本主義」である。この変質を起こしたカギは「私有」である。だから、マルクスは、来るべき未来社会において「私有」を取り除こうとするのである。

ハイエク

「私有」を乗り越えるとか、企業を株主から離れた自立的存在とみなして社会的責任を重視するとか、そのような観点をきわめて強く否定している経済学者がいる。自由主義の伝道者、ハイエクである。
(略)
 ハイエクは、市場経済の形成期を観察したデイヴィッド・ヒュームを参照する。ヒュームは、ヨーロッパ諸国では、「所有権の安定/同意による財産の移転/約束の履行」というルールが徐々に自然にできてきた、と述べている。表面的には身分制があり、すべての市民が法的に対等とは言えない状態であったとしても(略)、市場経済の発達にともなって特権の濫用を抑えるようなルールが自然に形成されてきた。明文化されていなくても、一般的なルール(誰であろうと所有権を侵害しない、させない/誰にでも契約を守らせる)を持っている国の方が、経済的に繁栄していたので、自然と一般的なルールが浸透していったのである。
 ハイエクは、こうして自然に形成される秩序(=自生的秩序)を信頼すべきだ、と考えた。自由競争市場がうまく機能するためには一般的ルールが不可欠であり、逆に言えば、一般性を損なうような政府の介入や新しいルールの設定は、よくないということである。
(略)
 世の中には、人知を超えたものがある。誰も全体の仕組みなど理解していないが、うまく機能している秩序がある。「市場」という自生的秩序もそうした人知を超えたものの一つである。そうした対象を相手に、理解して、介入して、よりよいものにしようという発想はおこがましい。われわれは自生的秩序を信頼し、その秩序を支えるルールを大事にすべきなのである。

フリードマン

 市場は善、政府は悪とする「市場主義」は、じつに歯切れがよい。(略)
どんな問題も斬ることができる。けれども、それは危険な宣伝にしかならない。(略)
 フリードマンによれば、差別問題を解消するのは自由競争市場である。
(略)
どんな宗教を信じていようとも、安くてよい製品やサービスを提供する店は繁盛し、そうでない店はつぶれる。(略)
[無能な白人を採用する事業主は有能な黒人を採用する事業主に商売で負ける]
よって、自由競争市場が働けば、差別はなくなっていくはずである、というのがフリードマンの主張である。
 このように、一見すると筋が通っている主張ができてしまのが、「市場主義」の怖いところである。
(略)
[だが雇用の際]相手の能力が直接的には把握できない場合、その人の属するグループの平均で判断するという方法が使われる。黒人の平均的能力が白人より低い場合、黒人グループに属する人は差別的な扱いを受けるのである。多くの雇用主がこのような統計的差別をおこなっているときに、「それは偏見だから止めたほうがいいのでは?」と言うだけで済ますのが、フリードマンの差別に対する処方箋である。
(略)
[市場主義は]権威づけにスミスを持ち出す。(略)
 しかし、フリードマンのように「市場は善、政府は悪」と唱えることがスミスを継承することなのか?そうではないだろう。スミスの条件が満たされなくなった現実に向き合わなければ、真の意味でスミスを継承したことにはならない。一九世紀の労働者階級の貧困も(あるいは現代の低賃金労働の問題も)自発的な交換だから双方が得をしている、で済ませるのか?ケインズが取り組んだ「金融」の問題も、貸手と借手がいる自発的交換だから互いの利益になっていると言い、しかもそれが協同の利益になっているとまで言い張るのか?変化する現実のなかでスミスの条件を満たすように試みた経済学者たち――ミル、マーシャル、ケインズマルクス――の方が、スミスの精神の真の継承者だ、と私は考える。