哲学の犯罪計画・その4 弁証法

前回のつづき。

 弁証法とはたんなる普遍的「実体」と個別特異的「主体」の平和的な統合を意味するわけではない。
(略)
「一人の人間は、すべての要素とは違うものであり、個体的生の無限性はかれとは無縁であるときにのみ、一人の個体的生たりうる。生の全体性が分割されてはじめて、ひとは存在しうる。ひとはその一部であり、残りは他人のものである。しかし、ひとが存在するのは、自分がなにかの一部などではない、自分から切り離されたものは何一つないというときのみである」。近代民主主義や平等主義的規範によって均質化作用を被る平凡な人間の偏狭なヴィジョンに縛られたままでいることはできない。人間はどこの一部分でもない。全体とは、人間の目には見知らぬ奇妙なもののように映る。しかし人間は、この外部を自分と分離していないものとして考えることを引き受けるのだ。この外部が垣間見られるのは、強風のなかにおいて、一つの変容へとその外部を押しやっていくことのできるすきまから吹き抜ける風のなかにおいてである。その変容は一つの統一体であるが、しかしそれが統一されているのはただ絶対的な多様性ないし無限の裂傷によってのみである。弁証法はそれゆえ、ニつであること、分離、同一ではないものへと続く自己に開いた穴の手がかりである。それゆえ人間は哲学者として新しい人生をはじめることになるのだ。
 復活は人間の死へ通じている。しかし、同時に神の死へも通じている。それによって一つの存在、一つの思惟が、人間の彼岸かつ神的なものの超越性の此岸へとその位置を向上させられることとなった。当初は宗教的なものであったこのカテゴリーで問題になっているものは、未だかつてない一つの生の誕生と死に関係している。その生は決して人間学的な型にはめられるものではない。むしろ一つの冒険、《概念》に属する一つの犯罪計画というかたちをとる。人間の彼岸の生は存在するのか? 人間なくして継続し進展する思惟の生は存在するのだろうか?
(略)
《概念》は特殊な個人に密着した主体的現実に留まってはいない。葛藤に、運動に呼応するものである。ヘーゲルを読むハイデッガーはそれを《現存在》と形容することになろう。もはや動物の生や、いわんや人間という有機体の生とは違い、みずからを客体化する様式を見出し、また技術によってそれを永遠化のものとすることをも見出した生を通じて、その息吹に満たされて現前する一つの存在である。
(略)
主体――完全に存続する実体へと組み込まれている――はもはや、カントやフィヒテの主観性とは完全に比較不可能だ。芸術と宗教という経路も、それ自体乗り越えられてしまうのはこうしたわけだ。
(略)
ドイツ観念論――信仰も人間もあまりに簡単に認めてしまう――のいっさいから解放されたヴィジョン、ヘーゲルが目指したのはそれであった。そのためにかれは文学的な手法を、あるいは文字通りに循環運動と化しておのれのなかに包み込まれる概念を提示する手法を用いたのである。かれはこの概念という神経回路の展開のなかに、ごくごく密やかにわれわれを巻き込んでいく。そしてその概念がわれわれに「死んで消えた神人、あるいは人《神》は、それ自身普遍的自己意識である」ことを明らかにする。意識は死を免れ、われわれから、われわれが経験した諸契機からおのれを切り離すことでおのれ自身を作り出す。それは普遍的自己意識であり、人間主義の向上とはいっさいの共通点を持っていない。自己超克に、あるいは無化に触れる悦びと共通点を持つのである。ここにあるのは否定であり、それが死の試練に直面し、そのなかでしっかりと身を固めることで、《存在》と《思惟》の超−人的な概念形成を機能させることができるのである。この死をヘーゲルが理解することができるようになったのは「啓示宗教」のおかげである。死は主人を前にした奴隷の不安が表している死ではない。聖書のなかで述べられ記された、人間の域を超えた肯定によって絶対的な勇気を見せたキリストが直面した死である。聖書とは、ここでは無限の図書館として理解されたものであり、それはただの紙片を超えて、沸き立つ生気に満ちた名も知れぬ実体のなかに吸収される可能性をもっている。
(略)
 出来事は死なねばならず、《歴史》は「いまここにあることを捨てて、その形象を思い出に残す」ことを経験せねばならなかった。「いまここにあるものは消滅しこの夜の闇のなかに保存される。いまここにあるものは廃棄され、除去され脇に追いやられるが……それが新たにいまここにあるものとしての精神、新たな世界そして新たな姿となる。そしてその姿のまま、無邪気に、またはじめからやり直さねばならないのである」
(略)
[生きながらえていたなら]キリストはキリストたりえなかったろう……。持続的な意味、永遠の本質を具現するには、存在は無化されねばならないのだ。ここに、ヘーゲルの定式の意味がある。それによれば、概念を通じたアプローチはいかなるものであれ殺害と読み替えられるのだ。
(略)
そして最終的には「自己意識はしだいに豊かになり、意識からすべての実体から引き抜いて、その本質性の構築全体を吸収し統合してしまうにいたる」。『精神現象学』はこの殺害の撮影ないし直接的痕跡の集合であり、神の殺害も人の殺害も含めその記録がそこには保存されている。絶対知はこうした犯罪の手がかりを、諸々の関係に従って再配列したものに過ぎない。だがその関係には、どうしても避けられぬ部分、すなわち「概念的に理解される配列」があることを、ヘーゲルは読者ともども感じ取っている。つまり、たとえそれぞれの絵画は明らかに偶然的な性格を保っているとしても、そこにはてこでも動こうとしないこの操作の痕跡が残っていることを感じ取っているのである。
(略)
 『精神現象学』は何度も再演され再聴取される。こうして、その結末から再度開始されるという希有な書の一つとなっている。この書はおのれのなかにおのれを含み、おのれ自身の行程をなぞりながらも、その行程には世界の記憶が改めて書き込まれる。その行程はもはやたんに経験された出来事のなかだけではなく、出来事の記億のなかにも、その印や徴のなかにもある。そしていまやそれらはその記された場を変えることもできるものとなっている。そう、書物とは世界を飲み込んでいるのだ。(略)
精神は凝縮し、世界の《歴史》の隅々にまで行き渡るこの印刷物のなかで一つの事物となる。そしてこの印刷物の表面がその記録面となるわけだ。アルチュール・ランボーが語った紙で折った船。このとき、かれの詩は普遍を漂流し、そして無限のヴィジョンを飲み込み、旅した空間の痕跡を抑留する素材のなかにそれを吸収していく。
(略)
《精神》がこの世界から解放するものは、凍りついた影のなかに解体されるようなものではなく、むしろ一つのダイナミックな概念によって解体されるのであり、その概念というのも諸現象を一つの運動するイメージのなかに溶かし込むような概念なのである。それはこれらのコピーを寄せ集め飾り立てたイメージであり、そしてこのコピー自体もまた事物からは排除され、非常に強力な否定によってそこから切り離されてしまう。こうしたイメージ自体もまた、いまや自由を得た一つの働きによって自然な諸要素からは「解離」している。ヘーゲル的《概念》はこうして、見せかけとして出現するものを取り巻いている霊気を全面的に活性化する可能性をもたらすのである。

エピローグ

 ヘーゲルは『精神現象学』を飛び交う銃声のなかで完成させた。哲学者の住まいは略奪にあったので(略)プロイセン傭兵軍に混じってあてどなく逃げ道を切り開く羽目になる。(略)マントの下にまるで盗賊のように『精神現象学』の重たい草稿を隠して。(略)それは物理的な事物だ。しかし精神はその上を流れ、そして長らく秘密のまま隠されていた、この黒いインクに満たされた美しい聖杯からあふれ出ていく。
(略)
それはまさに、フランス思想の「唯物論」と同時に「ドイツ観念論」にとどめを刺すものであった。(略)
ヘーゲルの哲学は騒乱という姿で登場する。それは、はるかのち、大学に承認のもとに(略)完成され(略)若書きのテクストのぞんざいな縮小阪に甘んじてしまった一つの体系の姿とは違っている。
 この哲学が示すのは、混乱に陥った一つの存在、逃走中の人間であり、その手稿は伝記形式、あるいは生の記録をとどめている。それも、《神》そのものの手稿だ。《神》はこの雑然と構成された作品のなかに眠り、そしてその諸形象が陰影線でラフに描かれはじめると、そのあとに映像を一コマ一コマ記していく哲学者の《精神》が現れる。
(略)
 ヘーゲルがどのような矛盾にその根を下ろしていたのかが理解される。自分は紙の上に、あるいは円盤や聖杯の上に記される、創造者の孤独に沈むかれ以外の誰にもまだ読まれたことのない一つの《概念》を啓示する者の手となっていたのだ、という感覚である。しかしこのとき、かれはほんの一瞬ナポレオンの視線を感じる。
(略)
「皇帝――この世界精神は偵察のために街から出る。馬上にあって一点に意識を集中し、世界を手に収めそれを支配する、こんな人物を見るとはじつに素晴らしい感覚だった」。ヘーゲルはこのわずかな一瞬に、完成された哲学者としてではなく、否定の、それもどうあがいても凍りついたかのようにその場を離れぬ否定という行程を堪え忍ぶ一人の背信の輩として登場している。
(略)
つまりは一人のゲリラだ。(略)その戦いはなによりまず、「二つの矛盾する世界に住み、意識はこの二つのあいだでためらい続け、落ち着くことができない、そういうある種の両生類」のような自分自身に向けられている。(略)
自分のうちに蠢いていることをヘーゲルが感じととっている二つの世界、現実的なものと潜在的なものの和解はまだあまりに遠かった。世界の意識を自己意識へ、主体をその実体へと導いていく循環は、完全に密閉されたかのようにみずからを閉ざすことはできないのである。
(略)
《神》が人間を笑い、笑いすぎ死んでしまったということ、人間自身も自分自身の無意味さのなかで死ぬが、その無意味さこそが新しい、超−人たちの時代を産み落とすということ、これらについて、しかもいまここにあるものの自由をもたらすものを否定することなく説明することのできる論理は、おそらくまったく存在しないはずだ。そのためには、別の論理学を作り直し、不条理さを少しも怖れない一つの方向性を与えるしかないのだ。
(略)
神がいまここにあるもの――神が完全であるならばそれはいまここにある必要がある――ヘと移行することを可能にする一つの理念型、完成形だけを求めねばならないとしたら、《歴史》は生まれる前に流産してしまったことだろう。けがれなき概念形成の固定性のなかに凍りついてしまっていたはずだ。「天が下、新しいことなどなし」! それゆえ、「純粋論理学」とは別の視点から「絶対《知》」なる表現の言わんとすることを理解せねばならないのだ。ヘーゲルにとって、絶対者には不完全性がつきものである。
(略)
論理や完全性といった手段だけを用いて(略)それを実現することは拒否せねばならないだろう。
(略)
ただ矛盾だけが、現実や差異がこの世界を覆うことを熱望しうる。(略)
生に近づくためには、一つの削り跡、傷跡を前提にせねばならない――つまり、最初の犯罪である。それが幕開けをもたらすのだ。

訳者あとがき

ヘーゲルの新資料についての研究から、体系の哲学者というイメージはすでに過去のものになった、という指摘もあろう。犯罪についても然り。プロイセン体制のイデオローグ、というイメージは、たとえばベルリン警察の資料を駆使したジャック・ドントによる一連の伝記作品などによってかなり覆されている。そこに描かれるヘーゲルは、当時の政治活動家たちについての内偵資料に頻繁に登場する、まるで(やや大げさに言えば)黒幕のような存在だ。ご丁寧にも当局に睨まれている人物ばかりを助手的なポジションで雇い続ける。はては川に面した監獄に収監された弟子と会話するために、夜中に小舟を出して格子越しにラテン語で声をかける、などという一幕も報告されている。不遇の私講師、新聞の編集長、ギムナジウムの校長などを経て、ベルリン大学の教授として功成り名を遂げたあとも、ヘーゲルはどこか不穏であり、そして弟子たちは輪をかけて不穏であり、職務熱心なベルリン警察はそれを怠らず監視していたわけだ。赤狩りならぬ「デマゴーグ狩り」を、おのれに恥じることのない態度で切り抜けたことをヘーゲルが誇るのも無理はない。こうした時代だからこそ、そしてこうした事情だからこそ、ヘーゲル色を一掃するための切り札的な大物としてシェリングが登用されたという哲学史の一コマが、政治史的にも納得のいくものとなりそうである。さしあたり、国家主義的哲学者のイメージの裏に、犯罪の匂いをかぎ取ることは決して受け狙いの牽強付会ではない、ということはまずご理解いただけるのではないかと思う。

 マルタンにとってヘーゲルは特別な思想家である。というのも、1982年ストラスブール大学へ提出したかれの修士論文の主題は『否定的差異についての批判』であり、これは形而上学の終焉を疑問視しつつ、『精神現象学』の循環的道程を問い直すものだったのである。
(略)
 その頃、マルタンとの議論のなかでドゥルーズはさかんに「ヘーゲルは思惟のなかに運動を持ち込んだ最初の思想家だった」と語っていたという。事実、この語は晩年のドゥルーズガタリとの共著『哲学とは何か』の冒頭に結晶化することになる。
 だが、ドゥルーズの系譜はここまで。こうした「運動」の重要性を強調しつつ、その運動が残す残余、残滓の描く連続線が主体のなかの残余としての幻覚と再び結びつき、一つの形象を描き出す可能性に賭ける、という見立てはマルタンに独自なものだ。