際限のない詩魂

「詩の森文庫」の記念すべき「001」番なのに現代詩手帖の特集ではあまり触れられてません。なぜだ。時間もないのでざっくり引用。
いつの時代もスモールサークル

日本の一系列の文学者には、はじめ軽薄な文学青年として文学者のなれ合いの小世界をわたりあるき、とうとうその世界から生活社会にとびでることによってしか、一人前になれない型がある。啄木はその系列を徹底させたほとんど唯一の文学者といってよいとおもう。(略)

打ち明けて語りて
何か損をせしごとく思ひて
友とわかれぬ

当時37歳の吉本

むかし、十七歳の戦闘的な少年であったとき、わたしは、「起きるな」という啄木の詩が好きであった。いまも好きである。

起きるな、起きるな、日の暮れるまで。
そなたの一生に涼しい静かな夕ぐれの来るまで。
  
何処かで艶いた女の笑ひ声。


萩原朔太郎が同性愛的感情を抱いていた白秋へのクレイジーな手紙

「きのふ、も少しで絶息するところでした。実に苦しい日でした。おととひ大酒をしたのでれいの病気が(神経系統の)出たのです。私のこの病気は『赤い花』の作家ガルシンまされたものと全く同じ奴です。肉行のあとで笑つたうす白い女の唇や酔中に発した自分の醜悪な行為や言語などが言ひがたい恐しい記憶ではつきりと視えたり聴こえたりするのです。その度に神経が裂けるやうな恐ろしい苦痛をする。きのふは柱に何度も頭を叩きつけたので今朝まだいたい。狂気になるのかとさへ思ひました。
[強調部分は誤植ではなく、いわゆる「ママ」]

さらにモロにホモな手紙

曽てあなたの芸術が私にどれだけの涙を流させたか、その涙は今あなたの美しい肉身にそゝがれる。真に随喜の法雨だ。身心一所になる鶯の妙ていだ。私の感慨は狂気に近い。かんべんして下さい。あなたをにくしんと呼ぶ。(略)
一所に銭湯に這入つた日からあなたの気分がぜんぜん私の気分を支配して行くのを感じた。何ともいえない法悦のよろこびが私の血管に泌みわたつて行くのを覚えた。

こんな国語の授業なら楽しかろう

三十づらをしながら、母に寄食している生活上の無能者であり、不和な結婚者として家庭失格者であり、たれも仕事とも文学ともみとめてくれない詩人であるというようなさまざまな根がからみあったろうが、朔太郎の性的な感覚の特質が、思想的な意味をもとめて流れはじめたとき、たたかわずして挫折した生活者のかげが、朔太郎のこころを占めるにいたった。「強い腕に抱かれる」のような女性願望のつよい作品で、朔太郎がうたったのは、強くたくましい腕をもった女に抱かれて、弱々しくいつも何かを怖れている心を保護してもらいたい欲求であり、また、この願望がうらがえされたかたちであらわれたのは、家のまん中にでんと坐って、一生おまえにとりついて離れてやらないというようにかまえている最初の妻にたいする憎悪であった。

とっても素敵なライナーノーツ

鮎川信夫が近代以後の詩にはじめてもたらしたもの
鮎川信夫という名は、戦乱にえぐられた都市の廃墟の場所や、流れのとどこおった運河の水や、飢えた猫のように歩きまわる人々が何べんも渡った木や鉄の橋などが、みんな言葉として倫理の別名だった戦後の時代に、それらをすべて詩の暗喩にしてしまう方法を、近代以後のわたしたちの詩に、はじめてもたらした最大の詩人であった。わたしたちはみな、かれの詩の言葉に誘われて廃墟のうえを彷徨し、文明の現在の偉大な混沌にまでたどりつくことができたのである。
鮎川信夫全集』推薦文・1989