次のアルカイダ、ラシュカレ・トイバ

モンスター - 暗躍する次のアルカイダ

モンスター - 暗躍する次のアルカイダ

ラシュカレ・トイバはもともとアフガニスタンソ連軍に抵抗するムジャヒディン闘争に参加していた。(略)創設者の名はハフィズ・モハメッド・サイード。(略)
 サイードもまた、ペシャワルで[ビンラディンの師]アッザムと親しくなった。そして1989年、サイードアッザムが中心となり、パキスタンのラホールを拠点にしたイスラムスンニ派組織マルカズウト・ダワ・ワルイルシャド(MDI)を立ち上げる。さらに翌年には、MDIの戦闘部門をアフガニスタン東部のクナル州で設立した。そう、それがラシュカレ・トイバである。ちなみにアッザムはその直後に何者かに暗殺されている。
 当時、サイードビンラディンとも知り合った。ラシュカレ・トイバの設立には、ビンラディンが20万ドルほどの資金を提供している。そしてアフガニスタンでの聖戦から、アルカイダとラシュカレ・トイバは密に協力関係を保ってきた。
(略)
パキスタンは、絶対的ライバルであるインドの影響力がアフガニスタンで拡大することを恐れていた。そこで、イスラム武装勢カタリバンアルカイダに資金や武器を提供するなどの援助をして、北部同盟への攻撃を続行させていたのである。
 そんな状況下で、ラシュカレ・トイバも戦いを開始した。
 彼らは宗教的に誰よりも狂信的だった。欧米人やユダヤ人、そしてインドのヒンズー教徒に対して、心の底からわき上がるような憎悪を抱いていた。パキスタン軍の情報機関、軍統合情報局(ISI)は、これ幸いとタリバンアルカイダの後援をするようラシュカレ・トイバに命じ、その上で戦闘力強化のためにさまざまな協力をした。
 ISIの思惑通りにタリバンなどがアフガニスタンで優勢になるにつれ、ラシュカレ・トイバは徐々に、その活動をインド側のカシミールにシフトさせていくようになる。言うまでもないが、そこにはISIの指示が働いていた。
(略)
カシミールでも全面的に支援を行うと約束したISIは、3つの交換条件を提示した。
 1つ目は、パキスタンが目指すカシミールパキスタン併合を支援すること。2つ目はカシミール以外でもテロ攻撃を行うこと。そして3つ目は、一般のインド人も標的にすること。ラシュカレ・トイバはこれらすべてに合意する必要があった。(略)
専門家の中には、「彼らがビンラディンを超える野心を抱いている」と見る者も多い。そしてこう指摘されている。
 「パキスタンはモンスターを作り上げてしまった」
 そして2008年、彼らが世界に散らばるメンバーを使い、インドのムンバイで前代未聞の大規模テロを実行するのだ。そう、ムンバイ同時多発テロ

実行犯と指揮官との通話記録

 「アブドル(レーマン)、メディアはお前の攻撃を9・11テロと比較しているぞ。警察の幹部が1人殺害されたな」
 「今イスラム教徒2人を人れて5人の人質がいる」
 と、レーマンは答える。
 「すべてがメディアに記録されている。最大級のダメージを与えろ。戦い続けろ。絶対に生きて捕まるな。そこの人質を殺すんだ、だがイスラム教徒の2人は殺すな。あと、電話を切らずにこのままにしろ。そうすれば、銃殺する音を聞けるからな」
 そしてファハドゥラに代わる。
 「3人は外国人だ。女もいる。シンガポールと中国の出身だ」
 すると指揮官はこう言い放つ。
 「殺せ」
(略)
 「雰囲気は良くなっている。街全体が破壊を感じている。13、14ヵ所で250人以上が負傷していて、あちこちで火災が発生している。アッラーが味方だから、誰にも邪魔はさせない」
(略)
「それで今、何人の腰技けどもを人質にしているんだ?」
(略)
 「職業を聞け」
 「教師だと言っている」
 そして電話の向こうで、教師に怒鳴る声が聞こえる。そこでは、若いテロリストがムンバイ最高級のホテルに滞在するインド人を相手に、異様なまでの怒りを露にする様子が垣間みられる。(略)
 「お前が2万ルピー(約4万円)以上の給料を貰っているなんてことはないだろうな、この密売人が!タージマハルに泊まっているのか? 教師なんて、夢の中でもタージマハルに足を踏み入れることなんかできないはずだ!」

慈善団体として

[2005年国連が、2008年アメリカがテロ組織指定]
 アメリカから初めてテロ組織に指定された時、サイードは自分たちの活動を継続するために組織の改造を開始する。(略)
イードは、MDIを「ジャマートウド・ダワ(JuD)」という名称に変更して、慈善行為や人道支援を行う組織に路線変更した。その上で、自分は、MDIの軍事部門であるラシュカレ・トイバとは完全に無関係である、と主張し始めたのだ。(略)
[JuDも同一テロ組織とみなされるが]
イードはそんなことはおかまいなしで、慈善団体のリーダーであることを全面に出してJuDを率いている。最近ではパキスタン中を行脚して資金集めに集中するようになり、JuDを介した新しいネットワーク構築に勤しんできた。
 だが同時に、このころからラシュカレ・トイバはある傾向が強くなる。「アルカイダ化」だ。(略)世界中のイスラム系テロ組織へ金銭や武器の援助を行うスポンサー的な役割を担うことだ。
(略)
イードが最近、力を入れてきた戦術のひとつに、パキスタン人への「人道的支援」がある。(略)
 JuDの慈善活動が世界でも大きく注目されるようになったのは、2005年にカシミール地方を襲ったパキスタン地震と、2008年にアフガニスタンとの国境にあるバルチスタン州で起きたパキスタン南西部地震だった。共に大きな被害を出した天災だったが、被災地にいち早く赳き、支援を行ったのはJuDだった。食糧だけでなく医薬品なども惜しみなく提供していた。
(略)
[JuDが]人道支援で苦境にあえぐ人たちを助けているのは事実だ。そしてこうした人道的活動によって、国民から支持されて国内での活動も普通に行えるようになる。(略)
 彼らが慈善団体として活動を行っていることで、さらに別の問題も浮上している。州政府からの補助金も堂々と手にしているのだ。(略)パンジャブ州の2008、2009年度予算にはJuDへ8200万パキスタンルピー(約8200万円)以上の支払いが計上されていた。これは現在もJuDによって運営されているムリドケの学校や病院に対する補助金だった。
 ラシュカレ・トイバにはもうひとつ、大切な資金源がある。イスラム教独特の制度であるザカートだ。これは裕福な人が貧しい人に、余り分の資産を分配するという宗教税のシステムだ。ザカートは宗教的な責任であり、祈りや断食と同列で大事な行為だと信じられている。
 パキスタンでは年間に必要だった出費の余り分、つまり貯金など、使われなかった金銭は、その2.5%を貧しい人に再分配するために提供しなければならない。ある意味で財産税のようなものだ。パキスタンでは断食月の初日に政府ヘザカートを支払うが、政府以外にも支払うことができる。
 現実には、多くの国民は政府に払ったザカートがきちんと貧しい人たちの手に届いているのか疑念を抱いている。なぜなら政府には伝統的に汚職が蔓延しているからだ。そこで天災の際には政府よりも先に被災者支援に向かうJuDに寄付する者も少なくない。