ダウン・ビート・アンソロジー・その2

前日のつづき。

JAZZ LEGENDS―ダウン・ビート・アンソロジー

JAZZ LEGENDS―ダウン・ビート・アンソロジー

  • 1958.10.30

モンク夫婦漫才。頑なに質問をはぐらかす夫に妻がキレる。

僕のことをクレイジー呼ばわりしてやる気を失わせようとしてる人たちがいたのは知ってる。でも他人にイカれてると思われる方が僕にとっては都合良く働くこともあるんだよ。誰だって自分が一番好きなことをやるべきさ、自分が満足できるようなやり方でね」
これからモダン・ジャズはどこへ向かって行こうとしていると思うかと問われると、彼は(傍らで明らかにじりじりしている妻を尻目に)こう答えた。
「どこへ行こうとしてるかなんて分からないよ。地獄に向かっているのかも知れないし人間の手で物事をある方向へ持っていこうとしたって無理な話さ。すべてはただ“起こる”だけなんだから」
ここに至って、夫の寡黙さに軽くキレ気味になったモンク夫人が口を挟んだ。「自分が感じてることをちゃんと言葉にしなきゃダメじゃないの。あなたはこれからジャズが向かおうとしている方向性に対して満足してるわけ? 正しい方向へ向かってると思ってるの?」

  • 1960.09.01

ビル・エヴァンスの簡素な3LDKにはドラマーの妻グウィネス・モチアンの抽象画とビル自身のへたくそなデザイン画がかかっていた

「僕は何もかも自分だけが悪いと思っていたんだ、間違っているのは僕だと思い込んでいたんでね。何人もの人から、自分の信条のために攻撃を仕掛けられたし特定のピアニストみたいに弾くことが当然だと強硬に主張するミュージシャンたちからも攻め立てられた。そんなことが続いて、僕は間もなく小さな子供みたいに自信を失ったよ。自分のやってきたことは全部間違いだったと思い始めていたんだ。でも今は軍隊に入る以前の自分に戻ったんだ。今は誰に何と言われようと気にならないね。自分がやるべきだと思うことをやるだけさ」

  • 1966.05.18

ローランド・カークが若手に喝

みんな何かと自由自由って言うけど、僕に言わせればブルースは今でも最もフリー・フォームが許されている音楽のひとつなんだよ。転調の仕方さえ知ってれば、どこにでも行きたいところに行けるんだからね。まあ全員とは言わないが、あの連中の大半はメロディなんてひとつもプレイ出来やしないんだ。彼らとひとしきり”フリーダム”ってやつを演った後で、僕が『なあ、そろそろ何かちゃんと曲を演奏しないか』って言っても、彼らはまともにリズムをキープすることさえ出来ないんだからね。
囚われの身になったことがなければ、自由とは何かってことを本当に理解することは不可能だ。自由のない状況下から様々な変化をひとつひとつ経験することなしに、自由であるとはどういうことかを知ることなんてどうやって出来る?

昔33回転のレコードを78回転で聴いてたよ。そうやって自分の耳を違うレベルに持っていくんだ。

  • 1969.04.03

チック・コリア。

参加してみると、マイルスとウェインがプレイしてるのは凄くハーモニー志向の強いものだったから(略)僕は何をしたらいいのか途方に暮れちゃってね。しかもハービーの影がちらついてたし(略)
[マイルスに好きにやれとアドバイスされ躊躇せずにプレイしたら]
マイルスとウェインが僕の提示したものの中でプレイし始めたんだよ。
(略)
クラブでプレイする時の問題は生ピアノだと音がソフトすぎて全然聴き取れないんだよ。それじゃ何も新しいことなんか出来ないし、ストレスが溜まるばかりなんだ。色んな楽器に囲まれてプレイしてるわけだから、とにかくすべてが会場の音響次第なんだよ。ところがフェンダーのエレピを使えば、ヴォリュームを大きくすることによって自分のプレイしたいものをぐっと前に出して聴いてもらうことが出来る。僕は基本的にはエレクトロニックなフィーリングは好きじゃないけど、これによって問題が解決したお陰で、僕はようやく自分がバンドの一員になれたって実感を持てたんだよ。

MIX-UP

僕は自分のレコード・コレクションから切り貼りのコラージュを作ったことがある。最初のうちは自分の一番好きなものの寄せ集めに過ぎなかった。でもその後、ひとつのものから別のものへと移って行く過程が面白くなってきてね。セシル・テイラーのひとつのパッセージが、あっという間にアート・テイタムストライド奏法につながっていくんだけど、移って最初の数秒間は何が変わったのか分からないんだよ

清貧のススメ

僕は自分に金がなくて幸いだと思ってるよ。だってもし金持ちだったら多分何もかもから手を引いていただろうからね。少なくともこういう暮らし向きだから、僕は否が応でも何とかして外の世界と関わろうとすることになる。きっと僕には必要なことなんだろう。
ホテル暮らししてる時にはよくスケッチをしてるんだ。紙と絵の具かクレヨンを買って、スケッチしたものを壁に掛けたりする。でなければ色付きの紙を買ってきて、ドアにコラージュを施してみたりね。それはそのまま部屋に置いて出ることにしてる。いい気分だよ---自分が通った後に何かを残していくっていうのはね。

  • 1970.02.09

ジャズだって金をかけて宣伝すればロックのように売れるはずだし、クラシックのよう芸術扱いされてもいいはずと憤る、リー・モーガン

マイルス・デイヴィスデューク・エリントンみたいなスーパースターでさえ、レナード・バーンスタインや二ューヨーク・フィルみたいな露出は得られないんだよ。きっと僕らがやってるこの音楽は大衆向きじゃないんだろう。でも向こうは偉大な指揮者として崇められ、ペントハウスに住んで、金持ちで、リンカーン・センターでニューヨーク・フィルを指揮してる。一方コルトレーンはスラッグスなんかでプレイしなきゃならない。そこが大きな違いなんだよ。
ほら、レナード・バーンスタインだって少数派のオーディエンスのために演奏してるわけだろう、だって世の中みんながみんなシンフォニー・オーケストラを好きになるわけじゃないからね。だけど交響楽団には政府の助成金が出てる。でも本当に政府に援助されるべきなのはジャズなんだよ。ジャズは唯一、純粋にアメリカから生まれた音楽なんだ。

  • 1972.05.11

リズムが僕の強み
ディジー・ガレスピー

実は僕の本分はリズムなんだ。それはどのドラマーもみんな知ってるよ。僕は色んなドラマーを教えてきた、マックスからアート・ブレイキーから、あらゆる連中をね。で、彼らはみんな僕が昔教えた通りに今やってるわけだ。例えばあの6/8拍子---僕は6/8のリズムをチャノ・ポゾからコピーしてドラムに採り入れ、チャーリー・パーシップに教えた。それをチャーリー・パーシップがみんなに広めたのさ。今じゃみんないつでも、6/8でいこうって言えば僕のリックをプレイしてるよ(略)
昨日の夜あるラジオから、僕自身でさえもうすっかり忘れていた僕の昔の曲<スウィング・ロウ・スウィート・キャデラック〉が聴こえてきて、そのレコードを聴きながらうちのコンガ奏者にこう言ったんだよ、『ほら聴いてみろ、こいつは世界一だよ、この男は本物のコンガ・ドラムの音を出してる!』---そう言った後で気が付いたんだ、そのレコードのコンガ奏者が自分だってことにね!

  • 1978.02.09

バディ・リッチのドラム講座
「クローズドとオープンの両方のロールをマスターするのが鍵」

もしシングル・ストロークが出来るなら、それを凄い速さでやれれば、それは自然とクローズド・ロールに近い音になる。スピードを緩くして、ちょっとテンポを落とせば自動的にオープン・ロールになる。ロールひとつ入れればまたシングル・ストロークに戻ってもいい。シングル・ストロークってやつはとても柔軟で、それを使ってリズムのアイディアをひねり出したり、リズム・パターンを構成する素になってくれる。そこから徐々に続けて左手でのトリプレット、右手のトリブレット、行ったり来たりしてまたロールに突入するとかね。ロールが出来ないドラマーの大半は、両手を使ったテクニックなんて何ひとつこなせやしない。サンドペーパーを引き裂くような音でロール出来るくらいまで、徹底して手首をコントロールする力を身につけなきゃね
(略)
最近はどこの先生たちも、ひとつ決まり切った演奏の仕方があるって教えてるらしい---右手から始める、あるいは左手にお決まりのパターンを叩き込むところから始める。でもそんなやり方は間違ってるよ。自分が両手を置いた、そのポジションから叩き始めればいいんだ、自分の感じるまま自然な動線でね。左か右かじゃないし、右か左かでもない、その場で思いつくままにプレイしていけばいいんだ。自分のテクニックをコントロールする力と、頭の中に描いたものを具現化する能力があればね。それが本来の考え方なんだよ

[昔は]僕はいつも2枚のシンバルを一度に鳴らすように心掛けてプレイしてたんだ。ハイハットのトップだけで演奏したことは一度もない。いつも両方のシンバルの音が聴こえなきゃ気が済まなかったんだよ。その結果としてアンダーハンドでプレイするようになった、そうすれば両方の端を同時に叩けるからね。ただトップ・シンバルを♪ティーティー・バッ、ティーティー・バッ♪と鳴らすだけの代わりに、こうすれば♪ツゥ・ツゥ・ツゥ、ツゥ・ツゥ・ツゥ♪って音を出せるんだ。トップハットをほんのちょっと上げてね。そういう音を出す唯一の方法は、両方のシンバルを同時に叩くことなんだ

体調不良で面白いかどうかわけがわからなくなってきたので、明日につづく。