文学王 高橋源一郎

  

文学王 (角川文庫)

文学王 (角川文庫)

 

小説の中の子供たち

(略)

『小鳥の園芸師』に出てくる、架空の村の子供たちは、昔話の多くがじつはそうであるように、ひどく残酷です。だが、同時にひどく懐かしい気もするのです。それは、この作品に流れる非情な感覚が、近代が成立する前のそれに底で通じあっているからなのかもしれません。

「 そこで、さくらんぼの実るころ、さわやかな金色の陽光がぼくらの体をやさしく撫ではじめると、冬の間の憂さ思う存分晴らそうと、ぼくらは木に登り、手当たり次第小鳥を摘み取っては、生きたままむしゃむしゃ食べたものである。子供のころ、ぼくはそれが大好きで、羽毛を吐き出すこともほとんどしなかった。果実を腹一杯食って丸くなり羽毛に覆われぴくぴく動くやつら、それをぼくはゆっくり時間をかけて噛みくだいたものだが、彼らの小さな嘴は、ぼくの唇の間にあってもなお、ぴいぴいと囀っているのだった」 

「いい野球小説を書くのはどうして難しいんだろう」

 SABRといったってなんのことかわからないでしょうが、これは“The Society for American Baseball Research”の略称なのであります。(略)

名前の通り、全身全霊をかけてアメリカ野球を研究する団体なわけです。(略)機関誌を発刊していて、そこで野球に関するあらゆる文献の批評を行うのです。

[『優雅で感傷的な日本野球』をクーパーズタウンにある「野球図書館」に寄贈しに行ってこの団体のことを知り]

(略)

ぼくはそこで売っていた“The SABR Review of Books"を何冊か買い、日本に帰ってから読んでいたのです

(略)

 そんな記事の中に、「いい野球小説を書くのはどうして難しいんだろう」というタイトルのエッセイがあったんです。むむ。野球小説を書いたばかりのぼくは思わず興奮してしまった。いったい、なにが書いてあるんだろうか。著者の名前はルーク・サリスベリー。プロフィルもなんにもわからない。わかっているのは、SABRの会員であるということ。あ、もう一つ。欄外の註に、著書『ベースボール教義問答――どうでもいいような疑問大全』がタイムス・ブックから近々出版予定、と書いてある。

(略)

すごい野球小説なんてあるんだろうか。SABRの会員なら、だいたい、マラマッドの『ナチュラル』を思いうかべるだろうけど、あれは本当に「野球小説」なんだろうかねえ。ぼくの考えじゃあ、「野球小説」を書く方法は三通りある。まず、その一は、リアルな設定の上に、虚構の物語をつくること。『ナチュラル』がいい例だね。その二は、虚構の設定の上に、虚構の物語をつくり出すこと。これはファンタジーを語るやり方でもあるんだけど、なかなか難しい。ぼくが「不思議の国のアリス」式と呼んでいるこの書き方の代表は、キンセラの『シューレス・ジョー』だが、こいつはセンチメンタルすぎて駄目だ。もちろん、野球に対してセンチメンタルなのはかまわない。だいたい、ぼくも含めて野球ファンという人種は、野球に向かうとすぐセンチメンタルになっちゃうもんだ。でも、キンセラは野球に対してはもちろん、文学に対してもセンチメンタルなんだ。お子様ランチだよ。このタイプでは、クーヴァーの『ユニヴァーサル野球協会』も忘れられないな。確かに、ちょっとシュールなところもあってわかりにくいけど、ゲームのエッセンスには必ずシュールなところが含まれてるからね。いい線いってると思うよ。ああ、ロスの『素晴らしいアメリカ野球』のことを忘れてた。あれはひどい。できそこないだな。リアルなところとファンタジーが混乱しちゃってるだろ。ぼくは呆れて、読むのを途中で止めたね。そして、第三のタイプ。じつをいうと、ぼくは「野球小説」に関しては、このやり方が いちばん脈があると思ってる。どういうのかっていうとだね、リアルな設定の上に、虚構の人物を配置する。ただし、コンラッドがやったみたいに、そいつはナレーターであって主人公にはしない。ほら、フィッツジェラルドが『偉大なるギャツビー』で使った手さ。あの小説のナレーターがもしギャツビーだったらどうする?想像もできないだろ。さて、この書き方を採用した小説は、っていうとエリック・グリーンバーグの『司祭』とハリー・スタインの『馬鹿騒ぎ』だ。さて、……。

 

ええ、この後、サリスベリーさんは本邦未訳のこの二作の説明と、優れた「野球小説」の書き方を講義してくれるんだけど、もうこれ以上書くスペースがない! 残念。 

優雅で感傷的な日本野球 (河出文庫)

優雅で感傷的な日本野球 (河出文庫)

 

 

跳躍へのレッスン

[訃報に接して]ぼくは本棚から鮎川氏の本や詩集を引っ張りだして読み返してみました。(略)

鮎川氏の書いたものをぜんぜん忘れていなかったことでした。

(略)

だいたいにおいてぼくは物覚えのいい方ではありません。(略)それなのに、もう長い間ご無沙汰していた鮎川氏のものは、昨日読んだばかりみたいに鮮明に思い出すことができたのです。そればかりか、中学三年の時、出版されたばかりの『鮎川信夫全詩集』を函から取り出す瞬間感じたときめきや、どこかの喫茶店にたむろしながら友人が朗読してくれた「小さいマリの歌」のことや、そのほかいろいろな、書くべきではない(この文章全部が本当はそうなのですが)ことをはっきりと思い出したのでした。

(略)

 鮎川氏が亡くなった直後、編集部から文章を求められておことわりしたのは、最初に書いたように、どうしても感想が湧いてこないような気がしたからだったのですが、少し時間がたち、現代詩読本の鮎川氏追悼号をめくっていると、ぼくは自分が哀しいようなあるいはうらやましいような視線でそれを読んでいることに気づきました。

 

「ぼくはうすらいだ自分の家の立場を思いうかべたと書き、そして以上のようないうまでもないと思えることを書きそえていくところで、戦後詩を書くことのない自分までが戦後詩の人となってそこにしっかりとゆわえられていくような妙な気分におちいっている。しかしそれは戦後詩が『上』を書いたことへの共感によるものではないのだ。逆に『上』を書いていたはずの人が、詩の生理として同時に『横』にもまみれてもいた。そこに目を開き、耳を傾けたいのである。詩を見えないものとするために。鮎川信夫の死によって、ぼくはゆっくりと戦後詩の人になっていく。誰に教わるでもなく、どこをめざすでもなく、人はそのようにあるき出すこともあるだろう」

 

 これは荒川洋治氏が鮎川氏への追悼として書かれた「ホームズの車」という文章の一節です。ぼくはこの、いつもの荒川氏のそれとは違った高い調子の、追悼文を読んだ時「ああ正しいいい方だ、そしてなんてうらやましいんだろう」と思いました。

(略)

ぼくにとって(略)現代詩とはじつは戦後詩の別称であり、戦後詩は鮎川信夫によってはじめられたものにほかなりません。同じ言語芸術の一分野でありながら「戦後文学」と「戦後詩」はまったく異なった方角を向いています。「戦後文学」は「戦後」という言説体系を規範として成立しているのに、「戦後詩」は逆にその言説と衝突しなければならなかったからです。いや、「戦後」は「戦後詩」の中にしか存在しなかったのかもしれない。

 衝突すべき「戦後」は見事に消滅しました。ぼくがその一員である「戦後文学」にははじめから衝突すべき「戦後」など存在しません。ぼくはいまでもそのことにとまどってしまうのです。どうして言葉が通じないんだろう。奇妙なことですが、そこにいると、自分だけが場違いな「戦後詩の家の人」のような気がしてくるのでした。

 おそらく鮎川信夫氏は我々皆を「戦後詩の家の人」にしたのです。「見えない」詩とはたぶん「戦後」というような余計な形容詞のつかない詩のことでしょう。しかし、限定されないものへ辿りつくために人はまず限られたところから出発しなければなりません。

 ここから先、向こうになにがあるのかぼくにはわかりません。だが、とにかくぼくはここまでやって来ました。それがどんな道筋であり、どれほど鮎川氏たちの恩恵をこうむっていたかを、書きつくすことはできません。たぶん、ぼくは鮎川氏のことをこころおきなく忘れることができるでしょうが、振り返って見た時、遙か遠く、出発地は彼だったことをどうして忘れることができるでしょう。

ほかになにもすることがなかったので

恋に落ちる話でも読んでみることにした

 スティーヴ・バーセルミの処女短篇集『そういうわけで彼は一部始終をその子馬に話してやった』の中におさめられた「ほかになにもすることがなかったので」はこういうふうにはじまっている。

 

「ほかになにもすることがなかったので、彼は恋に落ちる話でも読んでみることにした。

『この話を聞きたいかい?』彼はいった。

『いま、なんていったの?』

『だから、この話を聞きたいかいっていったのさ』

『そうね、聞きたいかもしれないわね』女は首肯くと、腕にはめたセイコーの時計を一瞥し、それからテーブルクロスの上のゴミをなんとなく指でつぶした。

『長い話?』

彼はテーブル越しに女を見た。テーブルの上にはダブル・チョコ・アイスクリームが二つとチョコ・クッキーとエクレアが一つあった。

女は喫茶店の大きな窓ガラスから外を見つめていた。

そして、彼はしゃべりはじめた」

 

 というわけで、ここから彼の話がはじまるのだが、これを読んでいるとだれでも続きを読みたくなってしまうだろう。この続きのことを書く前に、少しスティーヴ・バーセルミのことを書いてみよう。名前を見て、ははんと気づかれた読者も多いことだろうが、スティーヴ・バーセルミは去年亡くなったポスト・モダン派(略)の巨匠ドナルド・バーセルミの弟である。ドナルドには、『セカンド・マリッジ』(略)などでミニマリスト派の代表作家になりつつあるフレデリックバーセルミという弟もいたが、なんと三男までデビューしてしまった。

(略)

きわめて実験的なドナルド、ミニマルな味わいの濃いフレデリックと比べてみると、外見的には最新流行のミニマリズム(略)の作家のようにも見えるのだが、これがどうしてなんともいえないキュートな哄笑がここかしこに見つかるところなど前衛でもミニマリズムでもない「三男坊」的(?)な独自のスタイルのように思えるのだ。

(略)

典型的なミニマリストたちの作品の登場人物たちの会話が結局のところ(どんなに研ぎ澄まされたものであっても)日常感覚とでもいうべきものへ行き着いて終わるのだとしたら、スティーヴ・バーセルミの登場人物たちの会話はもう少し違った場所を目指しているといえるだろう。それはミニマリストたちの世界と対極をなしているポストモダニストたちの作品のそれとも通じているところがあるような気がするのだが、そこのところでも兄貴のドナルドの作品を思い出してしまうのはしようがないところだ。この奇妙な味を持った短篇作家がこれからどう化けるかぼくはいまとても興味を持っているのである。(略)