デヴィッド・ボウイ インタヴューズ その2

前回の続き。

デヴィッド・ボウイ インタヴューズ

デヴィッド・ボウイ インタヴューズ

  • 発売日: 2016/12/17
  • メディア: 単行本
 

さよならジギー、そして……

『メロディ・メイカー』紙 77年

[なぜアメリカからヨーロッパに戻ったか]

そろそろあの国に対して飽きが来ているのを自覚していた。と同時に、自分のソングライティングのメソッドに対しても相当飽きがきていた。もう物語やキャラクター作りの手法から脱却したいと思っていた。平たく言えば、自分のやっていることを再検証したいと考えていたんだ。

(略)

[過去にやったことの繰り返し]には、もはや何も楽しみは見出せなかった――ただし『ステイション・トゥ・ステイション』は除いてだけど。あれはなかなかエキサイティングだったよ、まるで僕のヨーロッパ回帰願望の具現化みたいに思えたからね。(略)

 突然、彼は自分に対する苛立ちをぶつけるように、煙草の箱を投げ捨てた。「クソッ、違うだろ……一体僕は何を言ってるんだろうな?あのアルバムと『ヤング・アメリカン』の大部分は、どうにも陰鬱な気持ちになるばかりだっていうのに。あれはとてつもなくトラウマティックな時期だったんだ。僕の精神状態は本当に悲惨だった。自分がまだロックン・ロールの世界にいることに、とにかく頭に来ていたんだ。

 しかも、ただそこにいるだけじゃなく、いつの間にかその中心に巻き込まれていることに対してもね。僕はあそこを離れなきゃいけなかったんだよ。

(略)

まあとにかく、あの時点で僕はロサンジェルスという、アメリカという環境が、自分のソングライティングと作品を劣化させている元凶だということを悟り始めた。

(略)

僕は言うまでもなく、ロックン・ロールにすべてを賭けようとしたことは一度もない。(略)

率直に言って、僕は表現手段としての新しいメディアを常に探してる、ただの三流絵描きに過ぎないんだ。

 で、ロックはいかにも格好の表現手段に思えた。だけど僕はいつだって、ロック・スターになりたいという誘惑と、芸術家になりたいという高尚な束縛の間を揺れ動いていたんだ――その葛藤を抱えながら、クレイジーで薄汚いロックン・ロール・サーカスの中心で日常を送っていたわけだからね。

 あんなところにいるべきじゃなかった。あんなところで、あんなに大きな役割を背負わされるべきじゃなかったんだ。僕にとってはフラストレーションの溜まる日々だったよ。

(略)

今の僕は、もっとパーソナルなレベルで自分の作品を評価してもらうことに重きを置いてる。

(略)

ロックン・ロールっていうゲームの(略)一部だと思ったことはないし、そうなることを望んだこともない。

(略)

大部分は無意識の領域の話なんだよ。(略)ただ純粋に癇癪を起こしただけとか、傲慢さとか、無意識とか、そんなことをきっかけにして、必然的にずっと前進し続けてるだけなんだ。

 特にジギーは、ある種の傲慢さから生まれたものだった。でも思い出して欲しいのは、当時の僕はまだ若かったし、生気に溢れてて、あれをとても前向きなアーティスティックな主張だと思っていたんだ。僕にとってあれはひとつの美しい芸術作品だったんだ、本当にそう思ってたんだよ。実によく出来た俗受けする絵画だと思ってたよ、あの男のすべてがね。

 ところが、あのロクデナシはそれから何年もの間、ずっと僕につきまとい続けた。それからだよ、すべてが色あせ始めたのは。そのスピードの速さたるや、信じられないくらいだった。それを挽回するのには恐ろしく長い時間がかかったんだ。僕自身のパーソナリティも丸ごと影響を受けたしね。

(略)

 当時は本当に危ういところまで行ってたんだ。僕自身、自分の正気を疑うことがあったよ。(略)

「『デヴィッド・ボウイ・ライヴ』は、正真正銘ジギーの最期だ。いやはや、あのアルバムときたら。僕はいまだに自分じゃ一度もターンテーブルに乗せたことがないよ。あのアルバムに封じ込められているだろうテンションは、まるで迫り来るヴァンパイアの歯みたいに食い込んでくるはずだからね。おまけにあのアルバム・カヴァーの写真。いやはや、僕はまるでたった今墓場から出てきたところみたいじゃないか。 

 彼は続けて、自分がここ2作のアルバムのレコーディングを行なった環境について言及した。「ベルリンは、悲しみと幻滅に駆られた人々が酔いどれるためのバーで出来た街なんだ。(略)

あの空気を、何とかしてその時描いてた絵の中で表現したいと思ったんだよね。僕はあそこにいる間に、街に暮らすトルコ人たちの絵を何枚も描いたんだ。ニュー・アルバムの中に“ノイケルン”っていう曲が入ってるけど、それがまさにベルリンの中のトルコ人街だよ。随分酷い生活環境で、みんな掘っ立て小屋みたいなところに住んでいるんだ。

 周囲からも相当隔絶したコミュニティでね。それは暗くて物寂しいところだよ。とても、とても惨めなんだ。そういうリアリティが、『ロウ』と『ヒーローズ』、両方のアルバムのムードには間違いなく反映されていると思う。

(略)

『ヒーローズ』のタイトル・トラックは、そういう現実に直面して、堂々と立ち上がるっていうのがテーマなんだ。

(略)

 昨年のロンドンでのボウイのパフォーマンスは、彼の英国に対する見解と、ファシスト政権が誕生する可能性に言及して物議を醸したことで、記憶に新しい。彼のコメントは一部メディアでは極右政党の主張のように解釈されたが、大方は彼の意見をどちらかと言うとファシスト政治への傾倒よりも、予言的あるいは警告と受け止めた。

「あの発言について説明することはお断りするよ」と、この話題を振られたボウイはもどかしげに言った。

(略)

唯一反論するとすれば、僕は絶対ファシストなんかじゃないってことだよ。僕は政治的主張とは一切無縁なんだ。

『ジグザグ』誌 78年

[来年のツアーのバックは]

ボウイ : (略)僕自身としては是非イーノとフリップとステージで一緒にやりたいけど、ご存知の通り、ブライアンを彼のアパートから連れ出すのはそれだけで一週間はかかる一大事業だから、彼をロードに連れて行くのはまず不可能だね。でも多分、何ヵ所かは引き受けてくれると思う。(略)

ロキシーに関してはファースト・アルバムがとても好きだったよ。あれはとてもエキサイティングだった。すべてのコンセプトがとても斬新で、僕がそれまで耳にしたことのないような素敵なものばかりが並んでいた。キング・クリムゾンについては(略)フリップは僕にとって、好きだと言える数少ない名演奏家のひとりなんだ。僕はいわゆる楽器の達人っていうのをあまり好きになったことはないんだけど、フリップは昔から僕には魅力的に感じられたんだよ、彼のプレイがね。

(略)

僕は「ロウ」では何ひとつ明確なメッセージは発していないからね。(略)

「ロウ」の制作過程が面白かったのは、新しいプロセスや新しいソングライティングのメソッドを求めて散々紆余曲折を繰り返した結果、最終的にイーノと2人で聴き返した時に、僕たちはそこで、自分たちが知らないうちに新しい情報を作り上げていたことを発見したんだよ。しかもそれは、何ひとつ僕たちが意図的に書こうとしたことじゃなく、ハッキリどういうことだとは明確に言えないようなものながら、逆に僕たちが「よし、コンセプト・アルバムを作ろう」と示し合わせてやったとしか思えないような作品になっていたんだ。あれは実に驚くべき現象だったよ、だから僕らは、グレイト、上等じゃないか、それじゃもう一度あの調子でやってみよう、ってことになったんだ。あれは実にエキサイティングだったよ、そうやって生まれたのが「ヒーローズ」だった。僕たちは莫大な量のイメージや比喩表現を次から次へと並べ、驚くようなソングライティングのメソッドを用いたんだ。ランダムに選んだ本の中からどんどん言葉を引っ張ってきたり、音楽的にもコード・チェンジを多用したりしてね。

(略)

[これから仕事をする予定の相手は?]

まだアメリカではレコード・デビュー前でね、ディーヴォって言うんだよ。僕は彼らがテープを送ってきてから、もう随分長いこと聴き倒していたんで、できれば今年の終わりくらいには彼らのレコーディングに漕ぎ着けられたらと思ってる。喩えて言うなら3人のイーノと2人くらいのエドガー・フローゼ がひとつのバンドにいるような感じなんだ。実に独特な個性派集団だよ。 

ロウ <2017リマスター>

ロウ <2017リマスター>

 

『メロディ・メイカー』紙 78年

[6年前の「僕はゲイだ」発言について]

――どうして私にあんなことを言ったんです?

ボウイ : いやあ、それは僕自身、いまだに理由がわからずにいるんだよ。ひとつ間違いないのは、事前にそうしようと思っていたわけじゃないってことだけだ。僕は当時ジギーというキャラクターを構築し始めたところで、彼が徐々に具現化し始め、僕は当然のようにその役になり切ろうとした――要は自分自身の中にある資源を活用したんだよね(略)

で、バーン!そいつが突然目の前のテーブルの上に出現したわけだ。単純な話だよ。

(略)

 でね、あの発言をした時の僕は、自分はロックン・ロールの世界にひとつ、虚飾の流れを生み出すんだと半ば本気で思っていたんだよ。(略)

結局のところ、単なるやっつけの場繋ぎだったんだと思う。でもそこには多少なりとも強い気持ちがあったと思うんだよね、きっと。そこは断言出来るよ。

(略)

 アメリカに到達し、あそこで自分がどういう人間に仕立てられているのかがわかった時点で、僕はひとまずその線でやっていくことで妥協したんだ。とりあえず「うわあ何てこった、こんな膨れ上がった雪玉状態じゃもはや闘いようがないぞ。ここはひとまず共存して、徐々にコントロール可能なところまで押し戻していく以外に道はない」って思ったからね。

 折しも僕はジギーを始めたばかりだったわけで、そこで突然止めるわけにはいかなかった。

(略)

[『地球に落ちてきた男』について]

ボウイ :(略)僕があの映画を観たのはたったの一度きり――映画館で一度だけ観たんだ――だったけど、いまだに思っているのは、完成した本編からよりも実際の製作段階からの方が、学ぶところが遥かに多かったってことだな。

 純粋に映画として観る分には、正直楽しめなかった。とてもタイトでね。まるで目一杯巻かれたバネがゆるゆると戻るような感じで、名状し難い緊張感が全編にわたって続くんだ。勿論、それもいわゆる映画の持つマジックってやつだろうけど――何かとても、禁忌を垣間見ているような気持ちにさせるってやつだね。 表面的な抑圧の下で、絶えずふつふつと沸いているものの存在が感じられる。それは最初から最後まで表に出ることを結局許されないから、観客の側には閲覧制限をかけられ通しだったような、微妙に不快な後味が残るんだ。 

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イーノと共同作業

ボウイ:(略)彼が[僕の音楽に]注入してくれたのは、それまでとはまったく違う視点、あるいはまったく違う曲を書く動機だ。彼は僕がもうどうしようもなく嫌気が差していた物語の歌詞の世界から解き放ってくれたんだよ。

(略)

僕の目から見た、アメリカで起こっている日常を小品風に切り取って、それをアルバムの中に小難しく編み込んでいく作業(略)

そんな中で、ブライアンはサウンドの加工とか、観念的(抽象主義的)コミュニケーションっていう発想の方向に僕の目を向けさせてくれたんだ。

(略)

いまだにバロウズのアイディアを沢山採り入れているんだけど、まずすべてを意図的にバラバラにするんだよ。それがたとえもの凄く筋の通った、それだけで完成しているようなものであってもね。多分今までのどの時期よりも、素材をバラバラに砕いているんじゃないかな。でもいまだに一番の主眼は、僕の伝えたい3つか4つの考えを、相互に関連付けるってことなんだ。(略)

ひとつ文章を書いたら、その文章と上手いこと並列出来るような文章を考えて、あとはメソッドに沿って手書きでどんどん書いていくんだ。今はそういうやり方に夢中になってるけど、一時期は凄く場当たり的な方法に走ったりもしたんだよ。

 「ロウ」の時は今より遥かにランダムだった。「ヒーローズ」ではもう少しよく考えていたと思う。僕はひとつのフレーズに特定のフィーリングを持たせたかったんだよ。ただし、決してその曲全体でそのフィーリングを表現するということじゃなくてね(略)

歌詞の一行一行にそれぞれ違う空気をまとわせたかったから、バロウズ式のやり方で構築していったんだよ。それぞれの曲には2つか3つのテーマがあって、歌詞では一行毎に、時には数行ずつが塊の状態で、バラバラの雰囲気を醸し出すように組み合わされているんだけど、そのテーマは互いに連係しているんだ。

 もっとも、僕は自分をひとつのプロセスだけに制限したくはなかったから、多分2行ぐらいは何もヒネリのない物語方式で行ってみたりもした。でも結局ゴチャゴチャにする方に戻ることになった。

(略)

 ――“サウンド・アンド・ヴィジョン”は何について書かれた曲なんですか?

ボウイ : あれは究極の引きこもりソングだよ。と言うか、僕がブライアンと一緒にザ・シャトーで仕事を始めた時に、彼のことを考えながら書いた最初の曲なんだ。あれはアメリカを脱出するには、っていう歌なんだ、まさに僕が当時ハマっていた鬱々とした状態の象徴だね。僕はとにかく酷い落ち込みを味わっていたんだ。冷え冷えとした小さな部屋で、どこまでも真っ青な壁に四方を囲まれて、窓という窓にブラインドを下ろして、独りでいたい気分だったんだよ。

(略)

 ――ボブとは上手く行っていますか?

ボウイ :(長い沈黙)

 ――ボブ (* : ロバート)・フリップですよ。

ボウイ : ああ、なんだ、ボブ・ディランの話かと思ったよ!そう言えば彼とは全然ダメだったな、ボブ・ディランとの折り合いは最悪だったよ。あんなに不快な思いはしたこともないってくらいにね。彼とは何時間も話をしたんだよ。思い返してみると、多分ちょっと僕の側が興奮し過ぎてたんだろうな、とにかくスイッチが入ったみたいにひたすら喋り続けてたんだ。何が笑えるかって、僕は彼の音楽について、本人に向かって持論を述べてたんだよ。彼が何をするべきか、何をするべきでないか、彼の音楽が何を成し遂げ何を成し遂げていないか、そういうことをベラベラ喋ってたら、最後の最後になって彼が僕に向き直って――あれはただ僕を茶化しただけだと思いたいけど、どうもそうじゃなかった気がするんだよな――こう言ったんだ、(安っぽいアメリカ英語のアクセントで)「とりあえず俺の次のアルバム聴いてから言ってくれ」

 僕は思ったよ、「おいおい、あなたはそんなこと言わないでくれよ、お願いだ!他の何を言ってもいいけど、それだけは止めてくれ!」。(略)

 彼はそれ以降、一切僕に連絡を取ってきてないよ(高らかに笑う)。
(略)

[ロック界に興味を持てる人物はいないという話の流れで]

現段階において、僕はもの凄くロックとの距離を感じているし、意識的かつ純粋にその方向に努力をしているんだ。レコードを聴くことも拒否しているんだよ。と言うより、音楽全般聴くことを拒否していると言うべきか。

 ――クラフトワークでさえも?

ボウイ : (略)僕は彼らに関しては初期の作品の方が、実のところ最近のものよりも刺激的だったような気がするんだ。僕はどちらかと言うとフリーフォームっぽいものの方が好みなんだよ。

 それはご存知の通り、彼らがノイ!と一緒にやってた時期の作品なんだよね。非常に大きな軋轢を生じる2つのエレメントが、互いに作用し合って絶大な効果を生んでいた――完璧な質感を追い求めるノイ!と、フローリアンの徹底してメソッドに基づいたプランニングだね。

 僕は今はもう彼らからは以前のような満足感を得ることは出来ないんだよ。ただ、人間的には非常に好感を持ってるけどね、特にフローリアンに対しては。実にドライな奴なんだよ。

(略)

[飛行機嫌いで陸路でツアーをしていたボウイが]

メルセデスを1台手に入れて、自分で運転して回っていたんだ。そうしたらフローリアンがその車を見たんだよね。

 彼が「何ていかした車だ」って言うから、僕は「ああ、これは実はイランの王子の所有だったんだけど、彼は暗殺されて、車が市場に出ることになり、僕がツアー用に手に入れたんだ」って応えたんだ。

 そうしたらフローリアンは言ったんだよ、「ヤー、車ってのはいつだって人間より長生きするからな」って。彼のあの独特の冷酷なエモーションと温かいエモーション、僕はどっちにも惹かれるんだよ。工場から生まれたフォーク・ミュージックさ。

 ――「ロウ」を作っていた時には、クラフトワークからの影響はありましたか?

ボウイ : どうだろう、音楽的な部分ではないんじゃないかな。彼らが音楽をやりたいっていう前提条件の中には、興味深いと感じるものもあったけど。 

Footstompin'

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David Bowie - Footstompin' (Live Dick Cavett Show 1974)

 ――似非ソウルの話に戻りますが、例えば“フェイム” はどういうところから生まれた曲なんですか?

ボウイ : あれは実を言うと、カルロス(・アロマー)の “Footstompin'”(*ザ・フレアーズのカヴァー)のリフから生まれた曲でね (略)僕が“Footstompin'”をやりたくて、「カルロス、このリフはもの凄くいいね。僕はこいつをこの曲から戴くことにするよ、これを使って何かやってみよう」って言ったんだ。

 そこへレノンがやって来て、(スカウス《リヴァプール》訛りで)「こいつはスンゲえグレイトじゃないか、ええ!なんてェイカしたリフだ!」って言ってさ。で、ジョンは自分のお気に入りの場所に立って何だか音を発し始めたんだけど、それがどこか“フェイム”っていう言葉みたいに聞こえたんだよ。(略)

「よし、キーワードが手に入ったぞ。さあ、あの言葉から主題を作って、その主題を進化させていこう」って。曲の生まれるきっかけっていうのは大体そんなものだよ。

 ――そのプロセスと、例えば「ロウ」収録の“ワルシャワの幻想”が出来るプロセスはどんな風に違っていましたか?

ボウイ : (略)僕が言ったのは、「ねえブライアン、ちょっとひとつ、思い切りスローな曲を作りたいんだけど、凄く感情に訴えかけるような、ちょっと宗教的な感じがするくらいのものにしたいんだ。今言えるのはこれくらいなんだけど、まずとっかかりとしてはどの辺りからがいいと思う?」、それだけだった。

 すると彼が言ったんだ、「じゃあまずフィンガー・クリックのトラックを作ってみよう」。そして彼は、僕の記憶が確かなら、まっさらなテープに430回分の指を鳴らす音だけを入れたトラックを作った。それから僕たちはそれを元に、紙の上に点を描いていき、全部にナンバリングして、その点の並ぶ区画を幾つか僕が選び、残った区画からまた幾つか彼が選ぶ、というのを繰り返した。あくまで自由裁量に基づいてね。

 選び終わったところで彼は再びスタジオに入り、コードをプレイして、数字にぶつかる度にコードチェンジを繰り返して、その調子で最後まで彼のセクションを作り終えた。続いて僕もスタジオに入り、同じようにして自分のセクションを作った。それから僕たちはクリック音を取り除き、そのままの状態で音を聴き返してから、おもむろに自分たちが作った小節毎の長さに合わせて、メロディになる部分を書き足していったんだ。

(略)

でも、わかるだろう、シーンの中でずっとワクワクさせるような存在でいるための唯一の方法は、絶えず新しいことをやっていく以外にないんだよ。僕にとってその鍵はいつも変化する。(略)

これも僕の中のエリート主義の為せる業なんだろうけど、僕は自分自身がいまだにポップやロックだけの世界にいるっていう認識が薄くて……と言うより、僕にはそこに属しているということの定義がわかりかねているんだけど。

 何しろ僕は誰より率先して、今の十代の若者たちが何を考えてるのか皆目わからないって認めるからね。僕には本当に見当もつかないんだ。

 ――パンクについてはどうですか?

ボウイ : アーティスティックな部分では理解出来るよ、うん。でも今の14や15のストリート育ちの子供たちが、その年齢だった時の僕と同じようなことを考えているかどうかは定かじゃないな。どうなんだろうね。そこまで他人と違うことを考えてるんじゃないかと思うのは、いささか期待し過ぎな気がするよ。

次回に続く。