MELOPHOBIA 安川奈緒

MELOPHOBIA

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玄関先の攻防

    1

「おまえがかつて見たものを俺が見ることはないということには耐えられない」 避けたかった豚の暑い季節がまた来る 自然に起こることすべてに満足している そのことは寂しいことではないと胸も言っているが 今は西瓜に頭を突っ込んで眠りたい 内側の赤をなだめるために

 

「このみずみずしい時代に爆死とはどういうことだ 男をやめさせてやろう」 他人の部屋に入ることの難しさは陰嚢にでも触りたくなるほどで おじゃまします 怒らないで聞いてほしいけれど何度か死にましたね 死にました 窓の外に交通機関が存在するだけでうれしくて 他人の髪に飽きるほど指を差し入れたい

(略)

「他人への優しさで痩せていく女をますます痩せさせるよ 僕は」 という意味不明の夫婦宣言から二年 夫が妻を絞殺するという映画 「観たい、観たい、観たい」 そして網膜のこと いないほうがいい親たちのことを話した 会話の維持のためには暴力の行使もありうるということを 隠蔽するようでしていない

(略)

   2

許しを乞うてこない者を 許すことはないよと 玄関で土下座する 苦々しい大陸のような男 想像では子供が三人いる 想像ではブランコで遊ばせている 誰のこともまだ愛したことはない 女たちは象に乗って消えていく

 

「女は自分の性別の引き受けに時間がかかる そしてその引き受けの遅延を用いて他人に苦痛を与えたいと欲する 他人にこれ以上ないほどの苦痛を」

「でも男は自分のことを男だと思い込んでいるだけ 誤解しているだけですよ」

 

月夜のことを誰も指摘しない 無駄になる全生涯のことを思っているから 部屋に三人でいることだけで打撃だと笑いあう 女たちの動脈が強く打つ 他人を愛する能力のない人間までも 愛することができるのに 陸に閉じ込められて

(略)

「おまえを助けたい」

「ああ ぜひたのむうまくやってくれ」

(略)

週末のおでかけ

他人の住所を
まずいところに書き込んだ
そのあと走って
映画館に駆け込み
すばやく感想を言えた
「いい映画だった。
   すみずみまで希望がなくて」
おまえの顔は裏返ってる
雨かと思った

(略)

今夜、すべてのメニューを

制覇したからうつむいた
平成元年の
「おまえに何がわかる 帰ってくれ」
以来あがりつづける傘型のアドバルーン


背中を叩かれ、
変なものを食わされた
このやさしさ このやさしさは…
家族のせいだ
そして家族に暴力をもって向きあうとき
涙はあふれ
涙の川
そこのひと
このわたしの川で
魚を釣るな!


警察と駅員をしんとさせる
圧倒的なヒステリーだったけれども
肩をがくがくと揺らすと
「この高み!」
などと言うから殴ってやった

 

「ひとつでもあたらしいことを言う前に消えてしまえ」

 

他人の部屋の前で
「おまえのせいで わたしは死ぬ」
と倒れる
そのとき

下水道に横たわっていた男のほうは

助かりたくて

オレンジの花に触りつづけていた

(略)

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