仲代達矢が語る 日本映画黄金時代

 

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)

 

 映画デビュー

映画デビューできたのも幸運なんです。俳優座に入った次の年に、イプセンの『幽霊』という芝居で、オスヴァルという主役を射止めました。(略)それで初めて賞をとりました。(略)

それでも、新劇はお金にならないんです。(略)生活費の足しに(略)月丘夢路さん主演のラジオドラマにガヤで出ることになりました。(略)

[月丘の目に留まり『火の鳥』で相手役に。監督は夫の井上梅次]

俳優座では、カツラの金がないから、金髪の外国人の役をやるときはオキシドールを自分で頭にかけて髪を金色に染めていました。(略)その姿を月丘さんが偶然ご覧になって、「これは面白い」と。今まで九回も映画のオーディションを落ちていたのに、月丘さんが認めてくれたんですね。あの大女優さんが。

『黒い河』

[『泉』のオーディションには落ちたが]

その時に小林正樹監督には私の印象が残っていて、次に『黒い河』という映画を撮る時に「どうしても仲代君を使いたい」と。

[10日ほど俳優座の端役の舞台とダブるので断念したが、『黒い河』に出演予定の東野英治郎に監督が経緯を話すと千田是也に掛け合ってくれ]

私の小さな代役をベテランの東野さんが一週間やってくださったんです。だから、今でも私は東野さんにずいぶん感謝しています。それが、そのあとの『人間の條件』につながるわけですから、役者の宿命なんてものは、どこに転がっているかわかりません。

人間の條件

[映画化が]発表されて大評判になりまして。誰がこの主人公〈梶〉(略)をやるのかと騒然としていました。(略)

私は『黒い河』で〈人斬りジョー〉なんて残虐非道な新興ヤクザをやっているもんですから、〈梶〉は絶対来ないなと。ただ、何かの役で出たいとは思っていました。

(略)

[監督が]「最後、半分狂ったようになっていく〈梶〉という男の目は、仲代君の目がいい」と思ったらしいんです。

(略)

[無名に近い仲代に松竹は反対したが]製作するのは「にんじんくらぶ」という独立系のプロダクションで、そこの若槻(繁)社長が押し込んでくれまして

(略)

〈梶〉の妻である〈美千子〉の役に東宝新珠三千代さんを配役したのにも驚きましたね。「にんじんくらぶ」が作っているんですから、そこの幹部である岸惠子さんか有馬稲子さん、久我美子さん、本来ならばこの三人の誰かが〈美千子〉になるはずです。でも、小林さんは芸術至上主義なんですよ。一切の妥協をしないんです。きっと「にんじんくらぶ」の三女優はがっくりしたと思いますよ。

(略)

 小林監督は〈梶〉は自分自身だと思っていました。私も小林監督の軍隊経験をうかがい、それは大変なものだと思いました。

 小林監督は、劇中の〈梶〉と同じで満蒙の地を転戦して回り、最後は沖縄の石垣島の部隊にいたから本島での玉砕戦に巻き込まれなかったんです。でも、その後しばらくは捕虜としての収容所生活ですからね。

(略)

映画ってたいていの場合、そうなんです。役柄の具体的なイメージがなかなかわからない時は、監督を見ているとすぐ大体わかる。監督の生き写しという場合が多いので。(略)

あの自分の思ったことは絶対崩さないという姿勢なんかも、まさに〈梶〉そのものでした。

(略)
この映画でカメラを担当したのが、小林正樹監督と幾多の名作を残すことになる宮島義勇だ。(略)時として独断で監督を先行していく撮影スタイルから「宮島天皇」の異名をとっていた。

(略)

監督が二人いるようなもんですから。小林監督がOK出しても、「ダメ」と言うくらい、アクの強い方でした。それでも、お二人の関係性は抜群で、暗黙のうちの「あうんの呼吸」がありましたからね。

(略)

 映画のことは全てあの現場で学んだといっても過言ではありません。まず私が宮島さんから言われたことは、「おまえは舞台の役者だけど、映画の芝居は、どんなうまいことやってもカメラのアングルの中でやらないと意味がない」ということでした。

(略)

動から静へと転じるシーンだと、なかなかその把握が難しいんです。たとえば「向こうからダーッと走って来て、アップになる位置で止まって、そこで山村聡さんと芝居やって、それから向こうへ去っていって、ある地点で振り返って、手を振って走っていく」というのを宮島さんが一カットで撮ろうとします。すると、向こうから走ってきて、山村聰さんと二人のアップになる位置で止まったとして、走っているうちに重心をちょっと変えただけでアングルから顔が外れちゃうんです。いちおう、リハーサルの時に立ち位置は印をつけておくんですが、本番はもちろん印を取ります。すると、もうカメラと私の位置関係や、これがどういうふうに映っているかというのは、動物的カンみたいなことで芝居するしかないんです。三年間、毎日がそんな現場ですからね。「映画での芝居」に関して、本当に勉強になりました。

『用心棒』

 三船さんが凄いなと思うのは、たとえば十人斬る場合に、殺陣師の久世竜さんが(略)手を細かく説明しても、三船さんは「うん」と言うだけなんです。それで、黒澤さんが「三船ちゃん、行っていい?」って言うと、「あ、どうぞ」って言うともう本番が始まって。あれよあれよという間に「はい、OK」ですよ。

 いろいろな時代劇役者さんと立ち回りのシーンを演じてきましたが、三船さんが一番素晴らしかったです。特に力強さと技の速さですね。伝統的な時代劇役者たちは舞うようにしながら人を斬る。でも、三船さんは相手に実際に当てるんです。それで本当に斬っているがごとく見せて、しかもそれで約十秒に十人、一秒一人を斬っていくわけです。そうすることで、それは今までにない迫力が出ました。

 なにしろ動きがよかった。身体能力が凄かった。だから、立ち回りもうまいわけです。それと、テストの時から本気になってやる。動きすぎてセットを壊しちゃうんです。だから、黒澤さんは「壊すな!」ということで、もうリハーサル無し、一発で行こうということになりました。『用心棒』はほとんどそうでしたね。

(略)

あの映画は望遠レンズで全て撮影しているんですが、それが大変でした。(略)

カメラが遠くにある。それで「あ、ここはロングショットだな」と思って芝居していると、「バカー!おまえのアップを撮ってんだ」って黒澤さんに怒鳴られまして。(略)

歩きながらちょっとでも首を下げると、もうフレームから外れてしまうわけです。(略)

和服ですから、懐から出すわけで、そうするとピストルは顔の前に構えることになるんです。火薬は入っていなくても、弾は出るピストルですからね。それで撃つ瞬間に目をつぶってしまうんです。すると、黒澤さんから「アップで撮ってんだから」とまた怒鳴られる。

 それとホコリも大変でした。「用心棒」では西部劇の雰囲気を出すために、物凄い量の砂埃を舞わせるんです。きな粉と砂とそれから塩が入ったやつを使いましてね。冬だったもんですから、霜が立たないように塩が入るんです。すると目を開いてられないぐらいつらいんですが、それでも黒澤さんは「目を開いてろ」というわけです。

椿三十郎

[最後の一騎打ちは監督と一部スタッフ以外何が起こるか知らされていない]

三船さんは三船さんで殺陣の型を覚えて、私は私で型を覚えていて、と本番まで互いに別々に稽古をしていました。

 私の型はいわゆる居合抜きの方法で(略)刀を抜いてから最短距離で振りかぶって、そこからスタンと斬りおろす。これだけをひたすら覚えたんです。一か月、毎日練習していました。

 本番は御殿場で撮りましたが、その時、衣装の胸元に管を付けられました。それを小道具さんが地面に埋めて、さらにその先にはボンベが並んで。最後に私が斬られることだけはわかっていましたから、このボンベから管を通して血糊がワッと出るんだろうなと、想像はしていました。

(略)

刀が私の心臓へバッと入る。そして、血糊が噴き出る──その瞬間、私は後ろに跳ね飛ばされそうになりました。ボンベを小道具さんがブワーッと回して、斬った瞬間に胸元の管から一挙に物凄い勢いで噴き出したんです。今の私だったら当然倒れているくらいの勢いでした。

 しかし、一瞬の出来事なのに、脳裡は凄く働くもので。「うわー、血が出た。スクリプター野上照代さんが逃げていく。その後ろ姿に血糊がブワーッとかかった。白いジャンパーなのに大丈夫かな」とか思いましたよ。あと、「今ここで倒れたらばもう一回やるの?」とか。NG用に衣類は三十枚くらい掛かっていましたから。それで「いやあ、もう一度この嫌な思いはしたくないな」と思って踏ん張ったんです。若いから踏ん張れた。その踏ん張った感じも黒澤さんの計算に入っていますね。そこにいる若侍の加山雄三さんとか田中邦衛とかが呆然と見ているのは、彼らも事前に知らされてないですから、三船さんが真剣で私を本当にやっちゃったのかなと思って驚いたからなんです。

(略)

[何をやるか知っていた]野上さんも逃げるぐらいですから、あんなに血が出るとは思わなかったんでしょう。

『天国と地獄』

 黒澤さんは「この役は仲代君、俺は本当はヘンリー・フォンダにやってもらいたいんだ」って言うんです。いや、そんなこと俺に言う必要ないだろうと内心思いましたけど。それで、さすがに私も「私はヘンリー・フォンダじゃないですからね」って言い返しました。そうしたら黒澤さん、「それでも、ヘンリー・フォンダ風にやってくれ」って。しかも「君はヘンリー・フォンダにしては額が狭いんだよ」と言ってくるんです。額が狭いって言われたって困っちゃいますよね。それで「毎日メイキャップを呼んできて、撮影の時は毎日、額を上まで剃れ」と。(略)

今までの『用心棒』とか『椿三十郎』とは全然違って、そういうサラーッとした感じでやってくれっていうんで、頭を毎日剃られてですね、「君も三船も匂いのある役者だ。今回はその匂いを消してくれ」と。

 私が三船さんの家に乗り込むシーンでは、十分間ワンカットをカメラ四台くらいで一気に撮りました。特急こだまの現金受け渡しの時は八台のカメラで回して、「NG一発出すと二千万損するんだからな」とか言われながらやりました。 

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 『切腹

私の扮する津雲半四郎が井伊家の庭先の白洲の畳の上に座って、反対側にいる家老の三國連太郎さんに向かって過去の出来事を段々と話していきながら物語が進展するという作りになっています。橋本さんの本もそうだったんですが、映画というよりもラジオに近い気がしましたね。

(略)

[浪曲、漫談、落語]そういったいわゆる語り芸っていうものが『切腹』の基本にあるんですね。

 私は舞台出身だったので、そういう素養はあったんです。当時は、ああいうやり方の出来る映画俳優さんってあんまりいなかったものです。その語り芸を小林監督が上手く活かしてくれましたね。

(略)

 私がもし死ぬ時、「今まで出演した映画から一本だけ選べ」と言われたら、いろいろいい作品に出させていただいていますけど……やっぱり『切腹』です。それほどあらゆるものがよかった。

(略)

[ラストの大殺陣が心配で、共演して仲が良かった有馬稲子の夫の萬屋錦之介に話を聞くと]
「まあ、あんなもの、来るやつ斬りゃいいんだ」って簡単な理屈を言うんですよ。「主役は上手く刀を振ってさえいれば、カラミ(斬られ役専門の役者)が上手く斬られてくれる。あとは、彼らと呼吸さえ合わせられればチャンバラは大丈夫だ」と。それを聞いて随分と気が楽になりましたね。

 その「斬る」型の基本は「漢字の『米』を書くことだ」って言うわけです。まず、構えてから斜めに斬り上げ、返す刀で斜めに斬り下ろす。そして真横から斬り、最後は真上から斬り下ろす。そうやって「米」の字を描くイメージで斬っていくと、綺麗な型になるということでした。

 当時、私は自宅の庭に道場を作りまして。そこは今、無名塾の稽古場ですけど、昔は私のチャンバラだけのための稽古場だったんです。そこで、阪東妻三郎さんや片岡千恵蔵さんとか、かつての時代劇スターの映像を取り寄せて、それを観ながらそういう人たちはどういう歩き方をして、どういう演技をして、どういうチャンバラをしたかというのを研究していました。その上で自分で木刀で素振りをして、殺陣の稽古をしていました。

(略)

切腹』の殺陣は、全て本身(真剣)です。刃もつぶしてない。それは刀の怖さを出そうという小林監督の演出意図によるものでした。

(略)

 丹波哲郎さんとの決闘シーンも当然、本身でした。「気が狂ってないから、俺は頭なんかかすめないよ」って丹波さんも言うんです。それでも怖いですよね。胴とかなら相手の体のスレスレまで斬りに行けますが、それが頭を狙うとなると竹光でもなかなか行けないんですよ。しかも、今度はそれが刃のついた本身ですからね。竹光は軽いから、頭に斬りに行っても運動神経だけで止めることができますが、本身は重いから、一度斬りに行ったら止まらないわけです。ですから、頭を狙うと離れたところをかすめるしかない。それでも、実際に命がかかっていましたから、そのギリギリの緊迫感が画面に出ます。小林監督はそれも狙ったんだろうと思いますけど、本当に怖かったです。

(略)

切腹』のカメラは『人間の條件』六部作と同じく〈天皇〉宮島義勇

(略)

 『切腹』はカメラや照明の楽しい撮影現場でした。最後の立ち回りと回想以外、私はほとんど座りっぱなしです。(略)昼、夕方と私は座ったままで時間が過ぎていく。それをカメラや照明が工夫して、その時間経過を映像として表現しているんです。宮島さんは、「おまえは、足かけ四年間『人間の條件』撮って、撮り飽きたよ。もう撮りようがない」とおっしゃっていましたが、全くそんなことはなかった。

 たとえば、朝十時と十一時の間でしたら、カメラのアングルの中に段々と光線が差してくるようになっている。夕方になると、今度は光線が引いていく。そんな工夫をされていました。一見すると同じアングルに見えますが、一カット一カット、カメラの位置や照明の位置を調整しながら、私の影の長さや角度、光の強さや光線の長さを微妙に調整していたんです。そうやって時間の経過を伝えていました。

(略)

[カンヌ映画祭の]上映会場は騒然としました。特に竹光での切腹のシーンは、五、六人の女性が卒倒しましてね。「ひどい」って声も上がりました。そうすると今度はそれに対して「静かにしろ」という方や「これはすごい映画だ」という客も現れて、上映中に論争が始まるんです。やっぱりカンヌって凄いなと思いました。

 上映が終わったらば、フランスの各一流新聞やメディアが、「もう今年のグランプリは『切腹』で決まりだ」と一斉に報じましてね。私も監督も、賞をもらうつもりでインタビューを受けました。もらった感想までテレビで語っちゃったら[ヴィスコンティの『山猫』が受賞]

次回に続く。