ブライアン・ウイルソン自叙伝・その3

前回の続き。 

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

 

結婚 

 1人で生活しはじめて、僕は前以上に引きこもり、孤独になった。(略)

僕はマリリンに、学校をさぼって一緒にいて欲しいと訴えた。深夜に電話をかけ、僕のアパートに来て欲しいと請うた。(略)

マリリンに電話をするかわりにローベル家に車を走らせることもあった。(略)僕は廊下を歩いて、かつて自分が寝ていた姉妹の寝室に入った。そしてツイン・ベッドで寝ているマリリンとバーバラをじっと見た。そっとバーバラのそばにひざまずき、静かに彼女の体に顔をくっつけた。彼女の香りを感じた。小鳥のように柔らかい彼女の手を取ってなでた。

 ある夜、彼女は目をあけて微笑んだ。僕は彼女にキスしようとしたが、彼女はさせなかった。「だめ、ブライアン」、彼女が言った。「出ていかなくちゃいけないかな?」、僕が尋ねた。「ううん」、マリリンを起こさないようにささやいた、「いていいわよ」。(略)僕の気持ちが彼女に伝わるだけで僕は満足した。僕とマリリンがお互いに真剣になってからも、妹バーバラに引かれる自分と葛藤した。後にそれは姉ダイアンになった。だが、マリリンと過ごすことに何の疑問も感じていなかった。

 彼女は僕のエンジェルだった。僕には彼女が必要だった

(略)

[二度目の豪州ツアー]

僕のぎごちない様子に気づいたマイクが、わざと僕に女の子を何人かまわすと約束した。僕はメンバーに合わせたくて、ついふざけた。マリリンはそれを聞いて、僕を睨みつけ怒った。「楽しんでくればいいわ、私も楽しむから」(略)

僕は傷ついた。(略)彼女もマイクやデニスのように遊ぶつもりなんだろうか?(略)

「ハニー、君がいなくちゃだめなんだ。絶対に君を失いたくないんだ。君を失うことをちょっと考えただけでも、心臓に矢が突き刺さったみたいにぐさっとくるんだ。どれだけ愛しているかよくわかったんだ。マリリン、自分でも想像できないぐらい愛してるよ」(略)「このままだと僕は死んでしまうよ。破滅してしまう。だから考えたんだ」、「何を?」、「結婚するんだ。

(略)

[結婚して] 「最初の2~3か月はトラブルの連続だった。ある晩マリリンと僕は、ベッドにいい雰囲気で横たわっていた。そして僕がささやいた、「愛してるよ」。ところが、とんでもないことが起こった。違う名前を口走ってしまったのだ、「バーバラ」。「バーバラ?」、マリリンが叫んだ。彼女はベッドから飛び起きて電気をつけた。「バーバラ? バーバラってどういう意味なの?」「僕は、僕はバーバラを愛してる……」、僕は目を閉じたまま答えた。「バーバラを愛してる?」、マリリンが金切り声で言った。「私の妹を愛してるの?じゃあ、どうして私と結婚したの?」「いや、バーバラを愛してはいない」、僕は大きな間違いを認めて、その思いを捨てようとした、「どうしてこんなこと言ったのか、自分でもわからないんだ」。

 マリファナ

[新しい友人、ローレン・シュワルツの家でマリファナを体験しハマる。ドラッグを嫌うマリリンと険悪に。マイクがマリリンとファックしたがってると疑心暗鬼に]

僕はマリリンを失うだろう。マイクはダイアンともバーバラともファックしてしまうだろう。僕を気づかってくれる者はいなくなってしまう。僕は1人ぼっちで、惨めな絶望的な状況に置かれるだろう。(略)「彼のペニスがでかいからか?」、僕はぶっきらぼうに言った。「ブライアン!」(略)「そんな言いかたしないで。マイクと私の間には何もないわ」。

 僕は、ぼーっとした暗い気分でマリリンに別れを告げ、機内に入った。そして後部座席に座った。胸騒ぎが激しく、周りのものが見えなかった。アルが僕のそばに座った。僕は前の座席についた小物入れの網目の数を一目ずつ数えていた。滑走路を走りはじめた飛行機のエンジンの轟音が、脅えた動物の絶叫のように聞こえた。僕はむなしくなって、喪失感だけが残った。飛行機が離陸して数分後、涙がこぼれ、顔は真っ赤だった。髪は逆立ち、房になって頭皮から抜け飛んでいく寸前のような感じがしていた。涙で腫れた目でアルのほうを見た。「ブライアン、どうしたんだ?」、アルが心配して尋ねた。「いつ気が狂うかわからないんだ」、「しっかりしろ、ブライアン。自分を取り戻すんだよ」。

 それは不可能だった。僕はすでにおかしくなっていた。苦痛でばろぼろ、涙でびしょびしょという状態だった。枕に顔をうずめて思い切り泣き、かろうじて正気に踏みとどまろうとした。声をあげて泣いた、わんわん泣いた。椅子の背に拳を打ちつけた。そんな僕を見て、アルがスチュワーデスを呼んだ。彼女は僕の背中に手をかけた。「この飛行機から降りたいんだ」、僕はわめいた。「降りたいんだ、いますぐに!」、「ですが、お客さま、離陸したばかりですよ」、「かまわない。僕はこのくそ飛行機から降りたいんだ!」

(略)

輪ゴムがパチンとはじけたように僕の怒りが爆発した。そばにいるスチュワーデスにかまわず、僕は乱暴にものすごい勢いで立ち上がり、アルをまたいで通路を歩いた。自制心を失い、脅え、怒り狂っていた。誰かが僕を制止しようとすると怒鳴った。ほっといてくれ! 向こうに行って自分のことでも考えてろ!! 僕は完全にまいっていた。数分もたたず、弟たちが僕をなだめて席に着かせた。その午後ヒューストンに着くまで、デニスとカールはそれぞれ僕の手を握りしめ、心配することは何もないんだと励まし続けていた。

(略)

[ロスの空港まで母親に迎えに来てもらい、両親の離婚以来空き家になっていた昔の家に行く]

父が裸でテーブルの上に立ち、自分が家族のキングだとわめいた空っぽの台所をちらっと見た。父が僕に義眼を見せ、毎晩水の入ったコップの中に義眼を入れて寝た寝室を覗いた。目から涙があふれだしたが、黙って僕のなつかしい寝室にゆっくり入っていった。母はすぐ後をついてきた。“イン・マイ・ルーム”だ。すべてがはじまった空間、僕が音楽に心を満足させてくれる喜びを発見し、初期の曲を書いた場所は、静まりかえり、そこにあるのは色あせたサウンドの無味乾燥な残骸だった。それでも目を閉じると、その空間にあった僕のベッド、ピアノ、そしてオルガンが鮮やかに甦った。自分の人生を模索していたあの特別な時代にタイム・トリップしたかった。

 僕は部屋の真ん中に座った。「ねえ、8位の曲があるんだょ」、僕は母に言った。「〈ダンス・ダンス・ダンス〉っていうんだ」、母は僕のそばに座った。「知ってるわ」、母が言った。「だけど、すごく疲れてるんだ」、僕はため息をついた。「すごく疲れているし、すごく怖いんだ」。

ツアーには出ない

僕は言った──もうステージで演奏するつもりはない。彼らは最初、真剣に受けとめなかった。しかし、僕が話を続けるうちに黙っていった。

(略)
「ただ僕がスタジオに残り、君たちがツアーに出るというだけのことだ。他のことはすべていままで通りなんだ」

(略)

[65年5月『ビーチ・ボーイズ・トゥデイ』アルバム部門4位]〈ヘルプ・ミー・ロンダ〉がシングル・チャートの1位だった。いつもと同様の仕事に見えた。しかし、その音楽には微妙な、注目に値する変化が起こりつつあった。僕は『ビーチ・ボーイズ・トゥディ』のB面すべてをハイな状態で書き、アレンジした。以前のアルバムと比べて音楽はテンポがスローになり、もの悲しく、情緒に訴えかけた。コード・パターンは複雑になり、レコーディングは密度が高く、サウンドは豊かだった。そして、僕のレコーディングに関する考えかたも異なっていた。僕は曲を分解し、それぞれの楽器を個別に扱って一種類ずつサウンドを積み重ねはじめた。

 その要因は、マリファナだった。(略)毎日マリファナを吸うようになっていた。(略)

マリファナは既成概念のすべての枠組みを変え、僕を豊かに、知的に、スピリチュアルにしてくれた。(略)

マリファナをはじめる前の僕は過激なピアノ・プレイヤー、いわばアタッカーだった。僕は速く激しくキーボードを叩き、ティーンエイジャー気質でプレイを自慢するタイプだった。だが、ストーンドしてからは心の動き、渇望、恐怖や不安を探り、表現しようという気持ちが強くなり、それほどピアノで人を印象づけたいと思わなくなった。僕のこの新しい一面は、着実に仕事に反映されはじめた。

 LSD

ある晩ローレンは、衝撃的な音楽を聴いてみたいと思わないかと言った。

(略)「LSDだ」、「LSDってなんだ?」、「マリファナよりも20倍強力なドラッグだ」。すごい!マリファナよりも20倍強力だとすれば、20倍は気持ちいいはずだ。

(略)

 突然ローレンのステレオから、音楽が大きな音で聞こえてきた。(略)いままで経験したことがないほど明確で濃密で強烈だった。僕は疲労感を感じるまで、その音の中で、川を歩いて渡るような感覚を味わっていた。

(略)

狂人のように歩き続けて、僕は頭に浮かぶことを何もかも大声で叫んだ。そして不思議な感じの男が角を曲がるのを見た時、僕は彼が神だと確信した。(略)そして神は消えた。僕は動転した。(略)

ぼろぼろの状態で家に帰りついた。マリリンはいきなり激しく責め立てはじめた。(略)

トリップのことを話そうとした。あのドラッグは強力だった。恐ろしかった。ぞっとした。動悸がした。頭はもんどりうっていた。(略)僕は怖かった。気づかってほしかった。僕は二度とやらないと誓った。(略)

本当に神を見たんだ。感じたんだ。神だとわかったんだ」、「見てよかったの?」、彼女が尋ねた。「いや、そう、いや。どっちかな」、僕は混乱して口ごもった。「とにかくメチャクチャ怖かった」。マリリンは首をふった。そして、また泣きはじめた。

(略)

マリリンは、LSDが僕を変えてしまったとぐちをこぼし続けていた。(略)彼女は間違っていなかった。(略)

予測できない躁鬱の大きな波が、周期的に僕を襲うようになった。僕は1分間泣いた後、今度は何の理由もなくヒステリックに笑った。甘いデザートを大量に食べ、人付きあいを避けた。

[自分かローレンかどちらかを選べという最後通牒を無視したので、マリリンは家を出ていった]

(略)
ほとんど1か月経過した後、僕は初めてマリリンが僕のもとを去ったという事実に対処する必要を感じた。僕は自分自身に没頭していた。自分だけを気づかい、甘やかしていた。

(略)

 LSDが効きはじめた時、僕は家の向かいの消防署から消防自動車が轟音を立てて出動し、そのサイレンの音がどんどん大きくなって耳に入ってきたことを覚えている。僕は怯えた。(略)

消防士がアパートに押しかけてくる。負傷する。死ぬんだ。(略)

僕はついに炎に包まれた。死ぬんだ、死ぬんだ。そして僕の頭の中のスクリーンはぼやけていった。今度は一定のリズムで、自分が過去にさまよい戻る姿が心に浮かんだ。若くなって小さくなって……。僕はティーンエイジャーの自分を見た、そして子供だった自分を。さらに父の虐待を追体験した。僕は走って隠れたかった。だが動けなかった。僕はどんどん小さくなった。幼児だった。赤ん坊だった。そして僕は子宮に戻った。卵子だった。そして僕は消滅した。僕は存在しなかった。

素敵じゃないか?

僕は父に〈キャロライン・ノー〉をピアノで弾き、聴かせた。僕たちはほとんど接触がなかったが、どういうわけか、僕は父の意見を求め続けた。父はその曲を誉めたが、キーをCからDに代えたらどうだと言った。

(略)

仕事が進行するにつれて、このセッションは、ビーチ・ボーイズとしてではなく、僕1人のソロ・プロジェクトだと考えはじめた。

(略)

マリリンとダイアンに対する相反する感情があった。(略)ダイアンは僕の秘書だった。そしていつも彼女がそばにいることで、僕の彼女に対する気持ちはふくらんでいった。間もなく彼女を愛しているということを彼女に告白した。そしてその後すぐにマリリンに真実を話した。まだダイアンと僕の間には何もなかったし、実際僕の気持ちを彼女に伝えることで、僕の空想を言葉で表したにすぎなかった。

 マリリンと僕の関係は、そのことで緊張した。

(略)

「きのうの彼女、すごくきれいに見えただろ?」、僕がトニーに尋ねた。「誰が?」、彼は驚いた。「ダイアンを見ていたら、ほんと、きれいだったんだ」、「ブライアン、結婚してるじゃないか」、「そうさ」、僕は肩をすくめた。「だけど、彼女のそばに身を横たえて、あの長い髪の中に顔をうずめられたら素敵じゃないか?(Wouldn't It Be Nice)」(略)「僕は恋をするっていう感じに恋してるんだ」(略)女の子の髪が光できらきら輝いていることだけで、その子が好きになれるんだ。感覚なんだ。フィーリングなんだ。僕が欲しいのは、それだけだ」、「だけど、そんな簡単にはいかないよ」、「そうだな。でも、そういうのって素敵じゃないか?」

次回に続く。