ブライアン・ウイルソン自叙伝 ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

 

 (正しい表紙?アマゾンの表紙が間違っている模様)

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僕がクビだって?

僕は、新聞の一面に躍る大きな見出しを思い浮かべていた。“ビーチ・ボーイズの天才、ブライアン・ウイルソン、グループを解雇さる!”

(略)

ビーチ・ボーイズのメンバーは大きな会議用テーブルを囲んで座り、僕の反応を見つめていた。僕は手渡された書状を何度か読み、メンバーたちの顔をちらっと見た。(略)

書状にあった“終了”と同時に“即実行”という言葉が、感傷的な僕の頭の中で反響していた。(略)

「この僕が、僕が解雇されるのか?話というのはこのことなのか?」、僕は尋ねた。「そうだ」、マイクが冷たく言った。解雇だって──この僕が! 「ビーチ・ボーイズを創ったのは僕じゃなかったのか!」。

(略)

当時の僕は、麻薬に酔ったゾンビ、ドラッグ・トリップを繰り返す不幸な60年代を引きずったままの麻薬常習者だった。

(略)

「グループを辞めた場合、どうするんだ?僕はどうやって生活するんだ?」。「それはオレたちには関係ない」、マイクが言いきった。(略)

「いいかい、ブライアン、手短かに言うと、君は取り分をメチャクチャ使い果たしているんだ。君はまったくメチャクチャな状態だ。(略)

もうつまらん曲すら歌えない。自分の曲を弾くことさえできない。ステージにだって90%、出てこないじゃないか」。(略)

「なにもかも嫉妬だろ、違うか?いい曲が書けないから嫉妬してるんだろ?」。「黙れ、ブライアン!」、マイクが答えた。「君はゆっくり自殺しようとしているんだぞ。オレたちがそんなことに金を払うと思うか?」。

(略)

[ユージン・ランディの治療を受けろと要求され]

彼の1日24時間の集中治療は、僕にとって精神の健全さという意味で、軍隊の新兵訓練所と同義語だった。またランディに診てもらったら、どうなるかわかっていた。僕はそれがとても怖かった。ランディはドラッグを取りあげ、社会生活と対峙するよう強いるだろう。僕はもうそういうことはしたくなかった。

 「どうだ」、マイクが言った。「ランディに診てもらったら、金は入る。それが取引だ」。取引なんかくそくらえ!

(略)

怒りを表しながらオフィスを飛び出した。ビーチ・ボーイズなんか、金と一緒にくたばっちまえ!」

もう曲が書けない 

ピアノを弾いていると、涙が出た。プレイは衰えていなかったが、もう曲が書けないことがわかった。それが、ものすごく悲しかったし、辛かった。金のないのは一目瞭然だったが、キャロリンが生活レベルを変えないと決心しているのは明白だった。僕は何も言わなかった。

(略)

 拒否の姿勢で五里霧中の日々を送っていた僕の前に、突然、ミーティングに出席しなかったたった1人のビーチ・ボーイが現れた。デニスだ。短気でちゃめっ気があって、僕のものは何でも持っていってしまう麻薬中毒の弟が、酔っぱらって無一文で、しかも寝る場所に困り果ててやってきた。

(略)

デニスはいつもコカインを買う金が欲しくてやってきたが、今夜は珍しいことにポケットの中に1グラム持っていた。(略)

最初の快感がうすれはじめる前に、僕たちは同じことを考えながら顔を見合わせた。もっとだ、もっとコカインが欲しい。

(略)

彼は家の中を探しはじめていた。(略)「わかってるんだ、ブライアン。いつもどこかに印税の小切手を投げ出してるじゃないか」。そのとおりだった。(略)しかしデニスは、探し出すことができなかった。(略)

[ようやく、ブライアンのバスローブから千ドルの小切手を見つけ、10グラム持って帰ると約束し出ていったが]その日デニスは戻ってこなかった。

父の暴力 

 父は絶対に子供を作るべきじゃなかったと、僕は思っている。(略)

父は自分のことを、子供達を厳しくしつけている、やさしい父親だと思っていたが、僕達を精神的にも肉体的にも虐待し、決して瘉えない傷を残した。(略)

 父は、僕が精神障害者になる素因を植えつけた。父は言葉とは裏腹に、自分自身を嫌悪し、世間に対し憤慨し、その憤りを家族のせいにしたと僕は理解している。

(略)

僕は常々、両親が僕の誕生を喜んだかどうか疑問に感じている。僕のその後の人生が悲惨なものになって以来ずっと、僕は生まれてすぐに見放されたと思っている。(略)

父は父親になると思うとぞっとし、怖かったと言ったことがある。父は絶えず、僕を怒鳴っていた。これが僕の父に対する最初の記憶だ。

 父は幼児の僕を、アパートの外のコンクリートの歩道に投げ捨てたことさえある。(略)
僕はよちよち歩きの幼児の頃から物怖じする子だったらしい。もう少し厳密に言えば、戦闘神経症だったと言える。父の厳しい攻撃は容赦なく、絶えず怒りが爆発した。僕たちの狭苦しいアパートでは、逃げる場所もなかった。(略)

[小学校入学時]にはすでに神経質で、ひどく敏感で内向的な、何に対しても怯える子供になっていた。僕は誰もが僕に向かって怒鳴るんじゃないかと怯えていた。

(略)

とにかく僕は、黙っているほうがうんと楽だと早くに結論を出していた。その結果、かなり損もしたが、僕はすでにあることに夢中になっていた。音楽だ。(略)

耳に障害があったにもかかわらず、バックにかすかに流れているメロディーさえも聴き取ることができたのを覚えている。僕は物心がついた頃から、神秘的なすばらしい音楽に周波数を合わせることができた。それは僕の天賦の才能だった。

父の曲が流れた日 

父のソング・ライターとしてのキャリアは、僕が10歳の時がピークだった。バチェラーズという、まあ名の知られたグループがアルバムに父の曲〈トゥ・ステップ・サイド・ステップ〉を吹き込んだ。(略)「レコード会社のペテン師がもっと宣伝したら大ヒットするんだがな」と父はくり返し言っていた。(略)全米が熱狂すると確信し、それに合わせたサイド・ステップのシャッフル・ダンスまで考えた。

(略)

父はレコード会社からの電話で、ラジオの生中継でローレンス・ウェルクがその曲を歌うということを知らされて狂喜した。それは、いままで見たこともないような喜びようだった。(略)
そして、その夜が来た。「これがどういうことなのかわかるか、オードリー?」、父は答えを待たずに言った。「世界に公表されるんだ。道が開けるんだ。チャンスが来たんだ。誰もがマリー・ウイルソンという名前を知るんだ」。(略)
その晩、家族全員がラジオのまわりに集まった。興奮で騒然としていた。

(略)

「さあ、1曲いってみよう」、ウェルクが言った。「才能あるカリフォルニアン、マリー・ウイルソンの曲(略)

「とうさん、本当にやってるよ!」、僕が叫んだ。「信じられない」、父も信じられなかったのだ。父は感きわまって泣いた。眼鏡をはずし、ハンカチで涙を拭いてこらえようとしていたが、だめだった。狂暴な男がおいおい泣くのを見ているのは不思議な気持ちだった。(略)

僕も夢を見ているようだった。ごくあたりまえのピアノで父が書いた曲、僕が何度といわず歌っていた曲がラジオから流れ、数え切れない人々が喜んでそれを聴いている。

(略)

 しかし、あの夜のような楽しいことはあまりなかった。ある日、僕は裏庭に立たされていた。9歳だった。何もできず、悲鳴をあげて泣いていた。「痛っ。やめて、お願いだから。痛い!」。それは夢ではなく、現実だった。僕はやせた小さな体を必死に守ろうと、体を折りまげ、胎児のような格好で地面に倒れていた。父は僕を立たせて、割れた角材で僕の背中や腹を殴打していた。

(略)

父は楽しい曲、シンプルでわかりやすい心なごませるメロディーを書いた。曲から受ける印象は、穏やかな性格の、すてきで愉快な紳士という感じだった。父の心の奥には、ほんのわずかだがそういう一面があったとは思う。だが僕たちは、父のそういった一面をピアノに向かっている時だけしか見ることはできなかった。普段はとても危険な、いつ爆発するかわからない地雷のようなものだった。今日は大丈夫だなと思っていると、突然何の前ぶれもなくドカーンときたものだ。
 ある晩父は、台所に家族全員を集めた。(略)父は素っ裸でテーブルの上に立って、ターザンのように胸を叩いていた。「オレがこの家族のキングだ」、父はわめいた。「オレがくそキングなんだ!わかるか?」。

僕の作曲法

 僕の作曲法は、最初からあまり変わっていない。まずコードを弾き、一連のブギウギで始まる、おもしろくて覚えやすいリズムを探す。音楽が時空を超越し、忘我の状態で、論理的に思考する左の大脳が作動しなくなるまで弾きつづける。そういう恍惚感を誘導するリズムの中から、ノートが少しずつ現れる。そして希薄な空気から飛び出すようにメロディーが少しずつ見えてくる。しかし、そういったものをキャッチできるのは、僕がラッキーな場合に限る。

 マイクは、この生まれたばかりのバンドを、当時流行していたペンデルトーンズのシャツからとって、ザ・ペンデルトーンズと命名した。

オリジナル曲

父は、ハイト・モーガンと彼の妻ドリンダに、ペンデルトーンズを会わせる手はずを整えた。僕の両親の知人、モーガン夫妻はハリウッドでスタジオ・マスターズという小さな会社でレーベルをいくつか興していた。それに父の曲〈トゥ・ステップ・サイド・ステップ〉のパブリシャーでもあった。(略)

[演奏を聴いた夫妻は、悪くはないが、オリジナル曲とかはないのかと訊ねてきた]

デニスが突然口を開いた。びっくりした。「僕たちにはオリジナルがあります、〈サーフィン〉という曲です」と言い出したのだ。デニスにはこういう度胸があった。僕はその曲を書いてはいたが、まだ完成していなかった。(略)

僕は海が嫌いだった。あの茫漠とした広がりと力強さを前にすると、ただ怖れを感じるだけだった。

 デニスはみんながサーフィンに夢中になっていると言い、彼自身のサーフィンの離れ業、ボードのワックス法、女の子、特に男がサーフィンするのを大挙して見にやってくる女の子たちの話をした。サーフ・ギタリスト、ディック・デイルについても触れた。彼の熱意がモーガン夫妻を動かし、ハイトがその曲を聴きたいと言い出した。

(略)

僕は“サーフィン、サーフィン、サーフィン”と歌いながら、即興でピアノを弾きはじめた。ひどくつまらない感じだった。だが、その時マイクが“バ・バ・ディピティ・ディピティ・バ・バ”と歌いだした。彼は以前何度となく歌ったベース・サウンドから新しい音を探そうとしていた。そしてどういうわけか、彼が歌ったその瞬間、僕はコードをいくつかポンポンと弾き、彼の歌に伴奏をつけていた。そして彼は、僕の歌った単調な“サーフィン、サーフィン”の一節を続けた。「もう一度」、僕が言った。20秒後、僕はビーチ・ボーイズの最初のヒットになる曲のオープニングを作っていた。2~3時間後には曲は完成し、〈サーフィン〉というタイトルをつけた。

(略)

[両親がメキシコに休暇に行っている間に、機材をレンタル]

僕たちは奮い立って3日間、ほとんど寝ずに新曲〈サーフィン〉のリハーサルを繰り返した。(略)

[休暇から戻り散乱した機材を見た父は]顔が怒りで真っ赤になった。(略)

「これはどういうことだ?」、「楽器をレンタルしたんだ」。父は一発のミスもなく僕を殴り、じゃがいも袋みたいに壁に投げつけた。壁に打ちつけられるたびに鈍いゴツンという音がした。(略)

「どこでオレに逆らうことを覚えたんだ?」、「ごめんなさい」、僕はうつむき、床を見ていた。「僕が考えたことなんだ。ごめんなさい」、「ごめんなさいだと、くそったれが」、「僕はただサウンドを完璧に仕上げたかったんだ。

〈サーファー・ガール〉

僕のガールフレンド、ジュディ・ボウルズが、〈サーファー・ガール〉のブロンドのモデルだと言われている。ブロンドでブルーの瞳という点ではたしかにそうだが、その説は間違っている。〈サーファー・ガール〉にモデルなんていなかった。僕はある午後、ホーソーンをドライブしている時にあの曲を作った。メロディーが突然ひらめいた。はっきりと、レコードのサウンドとほとんど同じくらいに完全に。急いで家に帰り、ピアノで仕上げた。曲は、すでに僕の頭の中で完成していた。それをピアノで表現しただけだった。僕は本当に作曲の才能があるんだと思った。

父との対立 

[父と僕は]2人とも、グループを成功に導いたのは自分だと思っていた。(略)当時の僕は、自信過剰で自己中心的になっていた。だが父は、自分のバックアップこそがビーチ・ボーイズを成功させたのだと考えたがった。そして、自分の名前をできる限りクレジットしはじめた。僕たちの対立の一番の要因は、ゲイリー・アッシャーだった。父は彼が嫌いだった。ゲイリーと僕の合作が増えるにつれて、父のゲイリーに対する嫌悪も増大していった。

(略)

ゲイリーは父の作詞作曲に関する時代遅れの意見を聞き、疑問を感じながらも父の横暴な監督ぶりを見ていた。ある時ゲイリーが僕に言った、「彼をぶん殴るんだ。あのくそったれをぶん殴れよ」。僕たちには、父が僕たちのソング・ライターとして得た成功を嫉妬していることがわかっていた。ゲイリーは夜には家に帰ることができたが、僕はその後も父のたわごとを我慢しなければならなかった。

(略)

[ある晩ピアノを弾いていると]

「ブライアン、コードが違うぞ!」、父が寝室から叫んだ。(略)

僕は父の言葉を無視して弾き続けた。(略)

[そばにやってきて罵倒し始めた父に「くそったれだ!」と言い返すと]

父はショックを受けたようだった。何も言わなかった。

(略)

 僕の感情が爆発しそうになった出来事の少し後、父はゲイリーと僕にサーフィンや女の子のかわりに、愛、きれいな花、青空といった永遠のテーマをとりあげるべきだと言って介入してきた。父には、僕たちが僕たちなりの方法で愛や青空を表現しているということが理解できなかった。「かわいい笑み? キス? 青春?」、ゲイリーが馬鹿にした口調で言った。父は嫌悪をむきだしにしてゲイリーを見すえた。ゲイリーを徹底的にやっつけたがっているようだった。僕はピアノを弾いていた。その時、ゲイリーは、僕が考えているだけで口に出す勇気のなかったことを口にしていた、「そんな時代じゃないんだ」、ゲイリーが続けた。「なにがヒップなのかってことがわかっちゃいないんだ」。「黙れ」、父が言った。「もしおまえがわずかでも自分のことをわかっているつもりでいるのなら、アインシュタインは失業するだろうな」。それでもゲイリーは、父が怒り狂うまで非難し続けた。

(略)

[遂に家を出ることに]

僕が車を走らせようとすると、驚いたことに父が道のど真ん中に立って、泣きながら手を振っていた。(略)僕は、父のそういう部分を見たことが
なかった。長男が家を出ていく光景が、父には耐えられなかったのだろう。僕はひどく混乱した。すぐに殴る父が、いまは泣いている。そんな困った男だった。

次回に続く。

 

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