壁の向こうの住人たち・その2

前回の続き。

壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き

壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き

 

 アレノ夫妻

「わたしたちは、聖書をちゃんと尊重する候補者に投票するんだ」(略)

アレノ夫妻は「強欲な企業」が寄ってたかって弱者を踏みつけにしていると批判する。(略)「共和党は大企業の味方なんだ。(略)」

 しかし共和党は神と家族をたいせつにする。アネットは、「わたしたちはそこが気に入っているのよ」と言う。(略)

ふたりの場合は、政治が独自に重要な役目を果たせたかもしれない文化的空間に、信仰が入ってきたのだ。政府は助けてくれなかったが、聖書は確かに救いを与えてくれた。ふたりはそう感じていたのだった。

(略)

[夫妻の息子]ダーウィンにとってバイユーディンドの解決策は、権力や政治や科学をはるかに越えた向こうにあった。両親と同様、携挙の到来を信じていて、「終末のとき」のことを話した。(略)

火には浄化する力がある。だから千年後に、地球は浄化される。(略)

神がご自分の手で修復なさるまでは、神が最初に創造なさったとおりのバイユーを見ることはできないでしょう。でもその日はもうすぐやってきます。だから人がどんなに破壊しようとかまわないんですよ」

環境問題に口をつぐむ政治家 

この選挙戦では、泡沫候補にいたるまで、環境問題に口をつぐむ傾向が広まっていた。(略)あるリバタリアン候補者が数百人の聴衆を前に、「政府を追い出して」ルイジアナが「稲田に大麻を植えられるようにする」と誓った。ある民主党候補は、「わたしは民主党や大統領の意見のすべてに賛成するわけではありません」とことわってから、自分は中絶の合法化にも銃規制にも、石油企業への規制強化にも反対だと宣言した。

(略)

民主党のことが話題になると、苦い思い出が披露された。ある男性は、父親が亡くなるのを待ってからようやく共和党に投票したと告白した。すると、テーブルの周囲から、共感のこもった笑い声が上がった。(略)

ルイジアナは、以前は保守民主党支持者が多数を占める州だったが、一九七〇年以降は、10回の大統領選挙のうち、七回で共和党が勝利をおさめてきた。このような年齢の高い白人たちのあいだでは、右派への移行が今後も続くようだ。ある男性は、「おれたちの多くはうまくやってきたが、手に入れたものは失いたくない、それを誰かにただでくれてやるのはいやなんだ」と説明する。何を「ただでくれてやる」と思うのですかときいてみると(略)

[それは、公害により環境や健康を失うことでも]公共セクターの仕事を失うことでもない。その男性は、働かない者──何ももらう資格のない者──にただで税金をくれてやるのはいやだと感じていたのだった。税金だけではなく、名誉もだ。(略)

報われてしかるべき納税者と、報われるべきではない税金泥棒──ひとつ下の階層の人々──とのあいだの亀裂へと話題が移っていく。わたしはその後、この亀裂が感情の引火点であることに、何度も気づかされることになった。

企業誘致と環境汚染

 ジンダル知事は、“優遇策”として、法人税を引き下げた。(略)

ほかにも、二〇〇〇年から二〇一四年までのあいだに、ルイジアナ州はさらに二四億ドルの損失をこうむっている。鉱産税を全額免除された石油会社があったからだ(新規の企業は最初の十年間は非課税とされているので、社名を替えさえすれば、さらに十年間、免税措置を受けられるのだ)。それどころか(略)ルイジアナ州では「新規製造事業に対し、全米で最も少ない法人税を課している」という。しかも三年のあいだ、このような石油会社が納税しているかどうかを確認することもできなかったらしい。

(略)

ルイジアナの働き口の15%を供給していることを別にすれば、石油産業が州にもたらす財政面の利益は減少の一途をたどっているのだ。誘致のコストはかさむ一方だったのに、誘致後のメリットは小さくなる一方だったのだ。そのつけを払うため、公務員が解雇された。

(略)

 ポール・テンプレット博士は、二杯目のコーヒーを飲みながら、さらに先へと話を進めていった。「石油はいくらか雇用を生んでくれましたが、ほかの職を奪ったり、ほかの業種の──たとえば水産業や観光業の──成長を妨げたりしました」二〇一〇年にBP社のディープウォーター・ホライズンが起こしたような石油掘削施設の爆発事故は、水産業と観光業に深刻なダメージを与える。

(略)

 石油関係の仕事を擁護する主張のなかには、そうした職業に就く人は高給を得ているので、地域に徐々にお金がまわって消費が拡大し、ほかの業種の雇用も増えて、賃金も上がるとする意見があった。だが、実際はどうだったのか。「あまり効果はありませんでした」と、テンプレットは言う。なぜなら石油企業の資金は、徐々に地域にまわるどころか、外へ出ていくからだ。「ほとんどの工場は海外の企業のものです。[幹部は他州に豪邸を建て、お金を落とす]

(略)

わたしはテンプレットにきいてみた。石油の発見が、ルイジアナ州の貧困を招いたのでしょうか、と。「いいえ」と、彼は答えた。「ルイジアナはそれ以前から貧しい州でした。いまも貧しいです。全米で二番目にね」

(略)

わたしがルイジアナで話を聞いた住民の多くは、環境規制は、意図的に、あるいは結果的に、仕事を奪うものだと言っていた。

(略)

[MITの政治学者、スティーヴン・M・マイヤーの研究によると]

規制の厳しい経済圏ほど、多くの就職口があることがわかったのだ。(略)

厳しい環境政策は、国際市場における競争力を損なうどころか、むしろ強めることがわかっている。(略)

なぜティーパーティーの支持者たちはそれを耳にしていないのだろうか。おそらくその理由は、テンプレットが描いてみせた図式の最後のふたつの要素だろう。それは、石油業界の肥大化と、これみよがしの企業優遇策だ。企業が州から搾り取れば搾り取るほど、質のよい教育や医療の確保がむずかしくなり、貧しい人々がわずかな機会を利用できなくなり、経済のほかのセクターが委縮していく。すると、さらに石油業界に力が集中していくのだ。

 皮肉なことに、企業は善意のしるしと称して、しばしば地元のコミュニティに利益を還元してみせる。だがそもそも、その資金の出所は、財政難に苦しむ州政府が彼らを誘致するために工面した補助金なのだ。

(略)

いまやルイジアナの人々は……と、テンプレットはここでひと息ついてから、悲しい皮肉を口にした。「仕事だけではなく、贈り物までもらっていると感謝しているのです」と。

(略)

[社会学者アーサー・オコーナーの研究により]

青い州よりも赤い州のほうが、高レベルの公害に苦しんでいる実態が明らかになっていたのだ。(略)

[共和党候補が勝利した22の州では]住民がより汚染の進んだ環境で生活していることがわかった。

(略)

 二〇一〇年のデータでは、有毒物質による汚染が深刻な郡に暮らす人ほど、アメリカ人は環境汚染を「心配しすぎている」と考え、国は「十分すぎるほどの」対策をとっていると信じる傾向が顕著だった。そして、自分は共和党を強く支持すると答えた人の比率が高かった。

税金と献金 

 バプテスト、ペンテコステカトリックなど、わたしが訪れた教会では、どの宗派でも精神面以上のニーズに応えていた。しかも、わたしのティーパーティー支持派の友人たちが公的なものと結びつけて感じる屈辱感を与えない形をとっている。トリニティ・バプテスト教会は、エアロバイクや筋力トレーニングマシンを備えた広大なフィットネスセンターを敷地内に持っている。(略)

彼女のふたりの子供たちは幼いころ、ふたつの階にまたがる巨大な滑り台がお気に入りだった。上階から下の階まで一気に滑り下りると、色とりどりのやわらかいフォームラバーのタコやクジラやサメ、それにワニの操縦士付き飛行機、大きなカモメなどに迎えられた。もう少し大きな子供たちのためにも、日曜日ごとにスナックバー付きラウンジが開かれ、夏には教会のキャンプが催される。(略)

ほとんどの教会は、信徒に十一献金──収入の一〇パーセントを納めること──を求めている。多くの人々にとって、これは大金だが、献金は名誉なことだと考えられている。彼らにとって税金は支払うものだが、献金は捧げるものなのだ。

 携挙

 「わたしは資本主義と自由企業を支持しているの」カフェでアイスティーを飲みながら、マドンナ・マッシーはそう言った。「“規制”という言葉大きらい。自分が飲むコカ・コーラのボトルの大きさや電球の種類なんか規制されたくないもの。(略)

環境保護活動家は、絶滅危惧種のカメを守るために、アメリカンドリームを止めたがっている」と、彼女は言う。「でももし、アメリカンドリームとカメのどちらかを選ばなくちゃならないとしたら、むろん、わたしはアメリカンドリームをとるわ」わたしが話を聞いたほかの人たちも、同じような二者択一のシナリオを描いてみせた。

(略)

  アレノ夫妻やそのほかの人々と同様、マドンナも携挙を信じていた。聖書によれば、そのときには「大地がうめく」のだと、彼女は言う。「竜巻、洪水、雨、吹雪、争いが起こって、大地がうめくのよ」と。(略)

マドンナは今後千年のうちに、信心する者が重力から解き放たれて天国へのぼり、不信心者が「地獄」と化した地上に取り残される日が来ると信じているのだ。(略)

 では、いまうめいているこの地球をどうすればいい?と、わたしはマドンナにきいた。すると彼女は、「わたしは一〇人のひ孫たちには、すばらしい星に住んでいてもらいたいわ。でも、地球はもうなくなっているかもね」(略)

 米国の全土では、多くの人々がマドンナと同じことを信じている。二〇一〇年にピュー研究所が作成したある報告書によれば、米国民の四一パーセントが、二〇五〇年までにキリストの再臨が「おそらく」あるいは「必ず」起こると信じているという。

次回に続く

 

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