未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学 宇野重規

 中高生を対象にした講演の書籍化。

ルソー 

でも、この人は明らかに変な人ですから。過剰で過敏な「困ったちゃん」です。人と一緒にいたくて、誰よりも人とわかり合いたいのに、人に理解され、愛されたいのに、そう思えば思うほど、どんどん暴走して自爆してしまう、そういう人でした。でも、だからこそルソーの著作はおもしろいのです。
 ある程度以上、人と近づくと、どうしてもその人を疑ってしまう。どこか裏があるのではないかと勘ぐってしまい、信じることができない。こういう人が『社会契約論』を書いたということなのです。

(略)
 ルソーは『社会契約論』で何を考えたのでしょうか。それはまさに、「人間はなぜ他の人間と一緒に社会をつくらなければならないのか」、そして「国家は、なぜ必要なのか」ということを、自分なりに一生懸命考えたのです。

(略)

 ルソーはやはり人と一緒にいたい。愛したいし、愛されたいし、仲間もすごくほしいと思う。でも一方で、そのために場の空気や人間関係に支配されるのはどうしてもいやなのです。自分はいつまでも自分のままでありたい。人には服従したくない。あくまで自分自身にのみ従いたい。(略)

それでは、一人でいるときと同じくらい自由でありながら、他の人たちとも一緒にいることはできないか。これを彼は真剣に考えたのです。ある意味で、不可能に近いことを彼は問題にしたのです。

(略)

 もし一般意志が示されたのに、それに反する意志を持つ人がいるとすれば、どうするか。その人には一般意志を強制してもいい、とルソーは言います。強制されることで、むしろその人は自由になるというのです。ちょっと恐い議論ですね。

(略)

ルソーはあれだけ自由を愛したにもかかわらず、二〇世紀に吹き荒れた個人を全体に従属させようとする全体主義思想の父だと言われることがあるのですが、このあたりにその理由がありそうです。 

 カント『啓蒙とは何か』

カントは、「啓蒙というのは自分の頭の中の理性のスイッチを入れることだ」と言っています。

(略)

おもしろいことに、肝心なのは勇気だと言います。つまり、理性を使うかどうかは、頭の良し悪しの問題ではないのです。

(略)

みんな自分の理性を使うのを怖がっている、言い換えれば、自分でものを考えるのを恐れているのです。

(略)

 カントは、自分の理性を使うことから逃げてはダメだと言います。一人ひとりに理性のスイッチはちゃんとあるのです。それなのに、自分で考えた結果失敗したら自分の責任になるからといって、人は逃げ回る。ちゃんと自分の頭で考えるのが恐いのです。つい、誰かに頼りたくなる。もっと言えば、誰かに決めてもらいたくなる。 

 でも、カントに言わせれば、人間の自由とは、自分できちんと決められることです。それもただ単に好き勝手に、思いつきで決めるのではなく、きちんと自分で考えて、納得した上で結論を出すことが大切なのです。もし好き勝手に決めているだけなら、それは自分の感情に流されていることになる。

(略)

[理性のスイッチを押す際]

カントはマイ・ルールが大切だと言います。自分で自分にルールを与える。その都度、でたらめに決めるのではなく、自分で納得したルールをつくる。そして、そのルールが本当にそれでいいのか、自分にのみ都合の良いルールではないかと、真剣に検討してみる。人生とはその繰り返しだというわけです。それしか自由を自分のものにする方法はないのです。

(略)

根っこにあるのは、カントもルソーも同じです。自分のことは自分で決めたい。

ヘーゲルアウフヘーベン

 もう一人紹介しましょう。ヘーゲルです。
 この人もルソーの影響を受けています。若い頃はフランス革命の報に接して興奮し、庭で踊ったとのちに告白しています。そして、カントについてもよく勉強しました。
 ただヘーゲルはカントと少し違うことを言います。なるほど、自分で自分をきちんとコントロールできることは良いことである。でも、それだけでは不十分だ。
 自分一人が自律しているだけじゃダメだ。ルソーは本当にわがままで子どもっぽい人だったけれど、他人と一緒に生きていこうとしていた。それが重要なのであって、抽象的な自由をいくら追求してもどうにもならない。誰とも付き合わず関係も持たずに、山奥に一人でいるのが、はたして自由だろうか。社会の中で仲間たちと具体的に活動して、なおかつ自分自身であり続ける、これがルソーの言っている意味での真の自由なのではないか。
 ヘーゲルは言いました。子どもの頃はいい、家庭で守られているのだから。しかし、人はいつの日か、欲望のうずまく社会の中に一人飛び込んでいかなければならない。そこでもみくちゃにされる。しかし、その中で、自分の自由を一歩一歩実現していくしかない。それが大人になることだ、と。

(略)

 世の中にはいろいろ矛盾がありますよね。そこで、ルソーみたいに「自分は純粋だ」と一人で言っていてもどうにもならない。社会はともかく欲望のうずまく場所だから、そこに出れば挫折のオンパレードです。

(略)

しかし、そんな経験からでも、人は何かを学ぶのです。賢くなるのです。「今回はこうして失敗したから、次は別のやり方をしてみよう」と考える。人は挫折から成長するのです。(略)

それがヘーゲルのいう「止揚アウフヘーベン)」です。

政治と感情

 でも、本当に理性と感情って、そんなにきれいに分けられるのでしょうか。分けた上で、理性が感情をコントロールするなんて、可能なのでしょうか。西洋思想でも、そのように考えた人もけっこういます。たとえば、先ほど出てきたヒュームがそうです。人間にはさまざまな感情がある。理性と感情はそんなにはっきり分けられるものではない。むしろ理性とは、結局のところ感情に従っているのだ、というのがヒュームの考え方です。
 それでも、西洋思想の流れにおいては、やはり理性と感情をはっきり分けて、理性が感情をコントロールする、というモデルで考える人が多いですね。政治においても同様です。政治が一時的な情念や感情に振り回されることは望ましくなく、いかにして政治の場において理性的な判断を実現するか、という発想が主流だと思います。

 でも、実際に世の中を動かしているのは、やはり感情であるとも言えます。(略)「その意見は感情論だ」と、人々の感情に基づく意見を政治からすべて排除してしまうのは、やはり問題だと思います。(略)感情をすくい取るような民主主義の仕組みを考えることは重要な課題ではないでしょうか。(略)

[またヘイトスピーチ等]負の感情を燃料にして炎上をねらう政治スタイルは、今後もますます力を持ってくるでしょう。

 だからと言って感情を政治から排除しようとしても、政治が無力化するばかりです。政治にいかに感情を取り込んでいくかは、永遠の課題だと思います。

 プラグマティズム

馬車が走ると轍ができます。(略)轍の残っているところがだんだん道になっていくのです。これがキャリアの語源です。何人もの人が通ってきた結果できあがった道筋のことをキャリアというのです。毎日同じことを繰り返していれば、それがだんだんその人のキャリアになり、やがてキャラクター、すなわち人格ができあがっていくのです。そうして人格が変わっていくと、やがて運命も変わります。
 まあ、いかにもアメリカ人らしい発想かもしれませんね。ドイツ人のカントやヘーゲルが難しい議論を展開するのと比べると、アメリカのプラグマティズムはとてもシンプルです。心を変えたければまずは行動を変えよう。一回だけではダメで、習慣にしよう。そのような習慣が積み重なれば人格が変わるし、人格が変わればやがてあなたの運命も変わっていく。

(略)

自分の運命だけではなく、社会そのものも変えていけるのではないか。プラグマティズムの思考はそのように展開していきました。

(略)

ジョン・デューイは、民主主義とは一人ひとりが実験していける社会のことではないかと主張しました。ルソーが言うように、社会の共通の意志を実現するのが民主主義ではなく、むしろ各個人がそれぞれの人生をかけて、自分の思いを試してみるのです。結果として社会も変わっていくのではないかというのが、プラグマティズム的な民主主義理解です。

 僕は、いまはこちらの民主主義理解の方がいいかなと思っています。

(略)

[公民権運動についての説明があり]

 言葉だけではなかなか人は動きません。それでも、少しずつ習慣化された変革の動きがすでにあり、それに弾みがついた段階でキングさんの言葉が加わったからこそ、爆発的に運動が発展したのです。

 もちろん、それで問題が一気に解決したわけではありません。いまでも差別の構造は残っています。それでもいろいろな実験を繰り返すことで、少しずつではあれ社会を変えていこうとするのが、プラグマティズムの民主主義です。
 すべてが完璧に準備されてから行動するのでは、時間が過ぎるばかりです。とりあえず、やってみよう、そしてその結果を見て、修正すべき点は修正していこう。そういう発想です。うまい具合にいけば、それをみんなが真似するようになります。それはやがて習價となり、社会を変えていきます。一つの革命ですべてをいきなり変えようとするのではなく、実験を重ねていくのが、プラグマティズムです。現代のようになかなか一つの正解が見出せない時代において、プラグマティズムは有効なやり方だと思います。 

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