公開性の根源—秘密政治の系譜学 大竹弘二

公開性の根源?秘密政治の系譜学

公開性の根源?秘密政治の系譜学

 

 主権の危機

問題は、現代の危機は単に民主主義や人民主義の危機なのではなく、主権の危機(略)
近代の発明物である主権概念が目指していたものの危機ではないかということだ。政治は、より正確に言えば「統治」は、法や主権から離脱しつつあるのではないか。
(略)
ナショナルであれ、グローバルであれ、そもそも統治行為が規範から自立し、正統化の手続きを無用のものにしつつあるという現象であるからだ。統治のこうした変質を前にして、主権の最高の発現である「憲法制定権力」はなお何らかの役割を果たすことができるのだろうか。

政治的公開性の機能不全

このように公開性のもとでのみ統治に正統性が付与されるというのは、絶対主義の「代表的公共性」のもとであれ、より民主的な「市民的公共性」のもとであれ変わらない。しかし、今日における民主主義への不信は、近代の政治的公開性が機能不全に陥りつつあることの徴候なのではないか。統治から民主主義の「重荷」を軽減しようという近年の風潮に見て取れるのは、統治が政治的公開性の世界から離れて自立化するという事態なのではないか。(略)
これはある意味では近代主権概念が誕生する以前の状況の回帰である。つまり、近代初期の政治的著作家たちによって「機密(アルカナ)」と呼ばれた権力空間が再び現れてきているということだ。
(略)
民主主義の再生に向けた新たな思考を探るためにも、公開性から退隠するこの統治空間、すなわち「公開性の根源」にまで遡る必要がある。
(略)
現在の政治的危機は主権概念によってもたらされているわけではなく、むしろその失効に起因するものにほかならない。
(略)
主権の行使であるはずの統治行為は、当の主権を無為のうちに追いやって抹消することもありうる。逆に言うと、主権は自らを実効的であらしめるために「執行」されることを必要とするが、まさにその「執行」のうちで自らが無力化されるというパラドクスに囚われるのである。
(略)
シュミットが指摘しているように、法の執行は、自らが適用しようとしている当の法そのものを超えてしまうことが起こりうる。彼はこれを「例外状態」と呼んだ。
(略)
 近代初期の政治的言説においては、このように統治が法規範を超えてしまう可能性がなお強く意識されていた。だがこうした問題は、確立した近代主権国家における三権分立原則のもとでは隠蔽される。執行権力は、主権的決定の場である立法府に従属する行政府へと馴致されるのである。このことが、近代政治学において主権と統治との分離という問題が見えにくくなってしまった理由でもある。
(略)
統治は本質的に、法や主権から分離していく可能性を孕んでいる。それによって開かれるのは、君主を取り巻く大臣の、法律を執行する官僚や警察の、神の意思を伝達する天使の世界である。統治の空間はいわば主権の「媒体」をなしているのである。
 私たちが近代初期の「公開性の根源」にまで遡ることで探り出そうとするのは、このような媒体としての権力空間である。

啓蒙主義による公開性の要求

事実上いかに困難だったにせよ、政治から秘密を追い払うことが近代民主主義の中核をなす要請であったことは疑いない。一八世紀の啓蒙主義の光は、絶対主義における秘密政治(官房政治)の闇を照らし出し、それを人民の前で明らかにしようとした。公開性の要求は啓蒙のプロジェクトの核心である。ルソーは人民の利益を害する「卑小な軽蔑すべき謀略」としての「国是と官房の神秘」を激しく批判している。秘密もしくは「アルカナ」は、啓蒙主義が絶対主義という敵を弾劾するための闘争用語として用いられていたのである。
(略)
 こうしてフランス革命以後、公開性こそが政治の第一の基礎となる。カントが公開性を道徳と法秩序の原則とみなし、また、ベンサムが恣意的な権力行使の予防策として言論・出版の自由を強調して以後、公開の討議は近代民主主義の疑われることのない前提となっている。政治的正統性の源泉は、もはや支配者が手にしているアルカナではなく、ほかならぬ「世論」となるのである。その反面、一九世紀以降の市民社会では、秘密は私的なものの領域に移植される。
(略)
つまりそれは、他者からの干渉を拒む近代的個人の私的空間を保護するという機能を果たすのである。

 「神秘体」の転用、『王の二つの身体』

パウロが用いた身体的比喩は、中世になると、信徒たちの有機的な結合である教会のイメージとして利用されることになる。つまり教会制度こそが、キリストあるいはその代理である教皇を「頭」とする「キリストの体」であるとされるのである。
(略)
 カントロヴィッチの「中世政治神学」が関心を寄せるのは、まず教会について言われていたこの「神秘体」の思想が世俗の政治権力へ転用される経緯である。(略)
君主を頭とする「国家の神秘体」への転換である。(略)「神秘体」は擡頭しつつある近代国家の自己主張に利用される。同時に、身体の超自然的な永遠性という神秘的性格も、教会から政治権力に移植される。(略)
王はその物理的身体とは異なる象徴的身体を持つとする「二つの身体」の教説が、中世後期に登場するわけである。
 かくして、絶対主義的な「国家の神秘」の核心にあるのは、国家という神秘的な身体の頭部としての王が不可死であるという観念である。それこそが、国家を永遠に持続する有機的連続体として存立させるのである。
(略)
[カントロヴィッチの]『王の二つの身体』では、「国家の神秘」の分析に引き続いて、「祖国のために死ぬこと」の分析が行われる。不死の永遠性は、「教会」から「国王」を経て、最終的に「祖国」の観念に引き継がれる。いまや「神秘体」を体現するのは、自らの永遠性のための犠牲を求める「祖国」となるわけである。

マキャヴェッリに公開性原則の萌芽あり

思想史的には、近代政治学創始者とされるマキャヴェッリは、しばしば啓蒙主義の系譜に位置付けられることがある。つまり、いかに陰謀・偽装・嘘といった政治的術策を教示しているように見えようと、彼には近代的な公開性原則の萌芽があるというのである。それは、彼が『君主論』をまさに人々に読まれるために執筆したという事実そのもののうちに見出される。あるカント主義者によれば、『君主論』はたしかに剥き出しの権力政治の準則を語ったものであるが、しかしそれをあえて著作にして公然と世間に知らしめたこと自体にマキャヴェッリの功績があるとされる。

タキトゥス主義

中世には完全に忘却されていたタキトゥスが近代初期に再注目されるようになった(略)[最大の理由は]当時ヨーロッパに悪評が広まりつつあったマキャヴェッリの思想の隠れ蓑として、タキトゥスの名前が用いられたことが挙げられる。
(略)
マキャヴェリズムの嵐によってほとんど禁書同然の扱いとなったマキャヴェッリの代わりに多く引用されるようになったのが(略)
古代ローマで繰り広げられたさまざまな権力闘争を透徹した視線で描き出している政治的診断者タキトゥスである。
(略)
 近代初期の著作家を悩ませていたのは、宗教や神学が規範としての拘束力を持たなくなったところで、いかにして安定した統治と支配を実現できるかということであった。そして周知のように、政治が何らかの外在的な規範に依拠することなく、自律的に自らの安定性を維持する手段と方法こそ、まさに「国家理性」という主題のもとで問われたことにほかならない。事実、一六/一七世紀のタキトゥス主義は国家理性論との密接な関連のもとで展開し、「アルカナ・インペリイ」はしばしば「国家理性」と同義の概念とみなされた。
(略)
 少なからぬ批判を受けつつも、クラプマルの著作はタキトゥス主義のアルカナ教説を代表する著作となり(略)特にドイツのカルヴァン派諸邦では統治技術の主要教科書になった。
(略)
 だが、学問としてのアルカナ論は、一七世紀後半には早くも姿を消していくことになる。それは明らかに、一六四八年のウェストファリア条約による領域国家あるいは主権国家体制の確立と軌を一にするものである。重要なのは、もはや宗教内戦という政治的混乱のなかで秩序を打ち立てる技術としてのアルカナではなく、内政的安定を前提とした「公法」秩序となるのである。かくして一七世紀半ば以降、「帝国公法論」と呼ばれるジャンルが全盛を迎える一方で、アルカナ概念に対する公法学者たちの弾劾もあって、理論的主題としてのアルカナ・インペリイは廃れていくことになる。いまや法学が技術に取って代わるのである。

 「例外状態」、「必要は法を持たない」

主権という最高規範は今日、複雑に専門化した社会の統治を担うにはあまりに無力であるように見える。(略)
統治の諸分野においては、それを規範的にコントロールする法やルールの設定そのものが、往々にして「その筋の」専門家に委ねられる。いまや主権的決定としての立法権は、技術の論理によって植民地化されているようである。
(略)
 法は一般的なルールを指示するだけである。だが、現実の統治はつねに個々の具体的なケースの処理であり、そこでは単なる法解釈を超えた判断が求められる。
(略)
規範を適用・執行する行為が、当の規範を踏み越えてしまうことが起こりうるのである。このように法に対する執行の優位が極限にまで達した状態が、いわゆる「例外状態」と呼ばれる。
(略)
 緊急の政治目的によって強いられる法侵犯。このような規範侵害を正当化する原理として頻繁に持ち出されたのが「必要」の概念であった。これを言い表した有名な格率が、「必要は法を持たない」、もしくは、「必要はあらゆる法を打ち破る」である。この言い回しは一二世紀の教会法学者グラティアヌスによって定式化されたとされ、近代以前からしばしば見られるものであったが、まさに一六/一七世紀のヨーロッパ宗教内戦の時代に、格段の重要性をもって注目されるようになる。
 ネーデルランドの新ストア派政治学者ユストゥス・リプシウスは、オランダ独立戦争のさなかに出版し、多大な影響力を持つことになった著作『政治学』(一五八九)のなかで、セネカの君主鑑『慈悲について』第一巻九節に触れ
(略)
ここに現れているのは、法を超えて罪人に慈悲を与える君主こそが国の平和を実現するという近代初期の新ストア派帝王学にお馴染みの思想にほかならない。(略)
法を超えた判断を下す君主こそが「栄光」を手にし、国の平和を作り出すというのが、この当時の「慈悲」の政治思想の核心なのである。
(略)
オランダ独立戦争の渦中に身を置いていたリプシウスにとって、平和の回復は喫緊の課題となっていたのであり、その目的のためには、しばしば法を超越する君主の例外措置もやむなしとされる。
(略)
 この「必要」は、しばしば「公共善」、「公共の福祉」、「公共の利益」とも言い換えられる。(略)
「国家理性とは、公共の利益、もしくは、より大きくより普遍的な理性のために通常の法を侵犯することにほかならない」。法侵犯の正当化のためにこれらの概念が持ち出されるとき、その用法はもはやアリストテレス以来のコミュニタリアン的な徳論の伝統とは断絶していると言える。(略)
近代初期の宗教内戦の時代を経ることによって、いまや「公共善」は市民たちが有徳な政治生活を送るための共同目的ではなく、もっぱら公安と秩序の確立を意味する語へと変容していく。
(略)
 理論的には一七世紀後半のホッブズにおいて完成する主権概念によってはじめて、近代初期における例外状態の統治、すなわち国家理性は、法規範のうちへ呼び戻される。
(略)
問題は、(歴史的に見ても、シュミット自身の理論においても)主権理論は例外状態(として)の統治を飼い慣らすことに根本的には成功しなかったのではないかということだ。

「二つの身体」

一七世紀半ばより、宗教内戦の時代は国際法の時代へ、つまり、領域支配を確立した国家同士の戦争と平和の時代へ移行する。(略)
国家理性という語も、今日一般にイメージされるように、もっぱら外交・国際関係に関わる用語へと転化していく
(略)
 一般に近代ドイツにおける国家の学としてよく知られているのは、公法学という分野である。一六〇〇年頃にドイツの大学内の講座として誕生したとされる「公法」は、一七世紀を経るうちに急速に発達し、それとともに、政治についての学はもっぱら「帝国公法論者」と呼ばれる法学者たちを主役として展開することになる。それによってアルカナ論は徐々に公法学のうちへ吸収されていき、一七世紀半ば頃からドイツで定着してくる国家理性の語もまた、非法学的な例外措置というその性格を稀薄化させ、もっぱら法学ディシプリンの内部の概念として受容されるようになる。そして一八世紀には、国家理性というテーマ自体が帝国公法論のなかから消えていく。
(略)
[しかし]法や主権のコードから独立した統治の学はまた別のかたちで発展してくる。それが、一七世紀に公法学と時を同じくして生まれてきた「官房学」である。つまり、租税・貿易・財政など富の増加に関わる行政統治論であり、ドイツにおける政治経済学の起源ともされる学問分野である。(略)
ここには、まさに近代国家が有する「二つの身体」が顕著に顕わとなっている。すなわち国家は、一方では法と主権に基づいて構築された規範的な存在であるが、他方では自然科学にも似た実証的な知によって理解される物理的な存在でもあるのだ。

大衆への恐怖

偽装を行う政治支配者たちの生と大衆の生との距離を広げたのは、疑いなく宗教内戦のエスカレートである。宗教改革に伴う対立と混乱の拡大は、支配者や知識人たちに、情動的な存在としての大衆に対する軽蔑あるいは恐怖感を植え付けたからである。礼儀や作法を通じてストア主義的に情念を抑えようとする賢人に対し、非理性的な大衆は激情の発露を抑えることができず狂信に流される。大衆向けには別の語り口を用いる支配者の二重言語もここから要請される。支配者に賢人たることを求めるこの時代の言説が示しているのは、そのような大衆蔑視もしくは太衆恐怖の意識である。
 大衆への軽蔑的感情は、一見したところ、いまだ宗教内戦という問題とは無縁であったマキャヴェッリにも存在するように見える。だが、そうした印象とは反対に、彼は依然として民衆という存在に高い政治的価値を与えているのである。
(略)
マキャヴェッリにおける政治支配は、何らかの超越的・神学的根拠によって「上から」限定されるのではなく、大衆の情念と想像力によって「下から」限定されるのである。
(略)
マキャヴェッリが宗教による偽装の効用を説くのは、単に大衆をだまし欺くためではない。むしろ、宗教に表現されるような大衆の情念と想像力は一つの大きな政治的力であり、それは君主にとっては政治権力の基礎を成すものである。周知のように、このような大衆の想像力を通じた権力構成はスピノザにも見て取れる。たとえ「想像力」に支配された大衆は宗教に縛られているにせよ、こうした想像力を出発点に歴史的宗教を内側から変革することで、理性的認識(「十全な認識」)に至ることができるはずである。『神学・政治論』のプロジェクトはここに賭けられているのであり(略)
大衆の想像力や情念は、理性的な国家へ向けた権力構成が行われる内在性の場を成しているのである。
 大衆およびその宗教的想像力に対するスピノザのアンビヴァレントな評価のうちには、近代初期の偽装という問題系が孕む両義性が表れているとも言える。すなわち、大衆向けの語り口は、何か隠された現実を隠蔽するただの外皮にすぎないのか、あるいは、それ自体に無視しがたい現実としての力を認めるべきなのか。偽装はあくまでも虚偽にとどまるのか、それとも、そのフィクション性そのものに一定のリアリティがあるのか。

 「自己統治」

この時代に特徴的なのは、人間学というものが極めて大きな役割を果たしていたということである。宗教内戦が人間の情念という心理学的な要因によって説明されるなど、政治状況がいわば「人間学化」されて解釈されるのである。例えば、ユストゥス・リプシウスはオランダ独立戦争の渦中で著した著作のなかで、戦争や騒乱といったこの世の災厄は、情念に流される大衆の「臆見」によってもたらされるとしている。そして、こうした政治危機の克服もまた、人間学的な仕方で試みられる。つまり、公安と秩序を回復するためには、何よりも人々の剥き出しの情念の発露を抑えることが必要であるとされるのである。このように、この時代の思想家たちは新たな政治秩序を構想するにあたって、神学や宗教よりも、もっぱら人間学を拠り所とした。(略)
当時の統治論のなかでは、情念の統御という心理的コントロールの問題が極めて大きな重要性を持つことになった。そのさい特に重視されたのは、大衆の情念の統御というよりは、何よりも支配者自身が自らの情念を抑え、その荒れ狂う魂を静めることである。実際、政治的叡智論のなかで君主が身に付けるべきとされた偽装や隠蔽の技術とは、自らの情念を抑圧する技術でもあった。
(略)
フーコーも指摘するように、統治をめぐる近代初期の言説のなかでは、「自己統治」ということが大きな主題となるのである。
(略)
 ところでこうした情動統御は、広い観点では「文明化の過程」の一部なのかもしれないが、思想史的に見れば、当時のいわゆる「新ストア主義」の強い影響下で出てきたものである。自らの内面の自己統治というのは、とりわけストア派的な問題なのである。かつてアウグスティヌスは、自然との一致による幸福な生というストア派の主張を、人間の原罪を否定するものとして批判した。しかし、近代初期の内戦状況のなかで、罪と恩寵という神学的な概念によって規定された人間観がその説得力を失い、人間がもっぱら情念の複合体として捉えられるようになったとき、情念の統御もしくは情念からの解放を説いた古代のストア主義が復活することになる。

利己的人間という新たな人間学パラダイム

一七世紀前半には、政治の近代的な学が形成されていくなかで、政治的行為者を情念から解き放ち、その行動を合理的に統制するための別の原理が現れることになる。それこそが、ボテロやボッカリーニなどのイタリア国家理性学派で重要な役割を果たすようになった「利益(interest)」の概念である。(略)
 とりわけ一七世紀の「国家利益」論の中心であったフランスでは、利益に基づく人間行為の分折が広く普及することになる。例えば、ラ・ロシュフーコーの『箴言集』は、徹頭徹尾「自己愛」という観点から行われた人間観察である。(略)それは、あらゆる徳や情念の背後には私利が潜んでいることを暴き出そうとしている。(略)
こうした自己利益の暴露実践においては、ストア的な賢人の倫理は嘲笑の対象でしかない。
(略)
 一七世紀前半のフランス宰相リシュリューによる、「人々の感情は、その言葉によってではなく、その本当の利益によって判断しなければならない」という発言は、宗教に代わって、「利益」もしくは「国益」が政治の原則となる時代の到来を告げるものと言える。このように政治における利益の意義を表現したものとしてもっとも有名なのは、ユグノー派貴族ロアン公アンリの著作『キリスト教国の君主と国家の利益について』(一六三八)の冒頭の発言である。「君主は人民に命令し、利益は君主に命令する」。君主個人はときには欺かれたり、判断を誤ることがあるかもしれない。しかし、彼が指針とすべき利益はつねに揺らぐことはない。判断の恣意性は利益によって防ぐことができるのであり、利益こそが合理的な行為の道標たりうるのである。
 このように利益をもとにして人間の行為を考量することの利点は何か。それは、人間の行為に予見可能性もしくは計算可能性が確保されるということである。(略)
利益を人間のもっとも根本的な行為動機に据えることによって、政治理論は予測しがたい人間情念の動きに煩わされることなく、人間についての合理的科学へと変容することができる。
(略)
和解不可能な大義の争いが、調停可能な利益の対立へと中和化される。
(略)
情動的人間に代わって現れた利己的人間という新たな人間学パラダイムのもとでこそ、公安と秩序を回復し、近代的な統治を確立する道が開かれるのである。
(略)
 人間は利己的であるからこそ、平和と秩序を作り出すことができる。(略)ホッブズの方法論的個人主義のもとでは、徳や善き生についての問はもはや役割を果たさない。そうしてホッブズは、古典的共和主義から近代リベラリズムへの移行者となる。自己保存を追求する彼の人間像は、近代市民社会におけるブルジョワ的個人の範型を提供することになる。

次回に続く。