身体のリアル 押井守・最上和子

身体のリアル

身体のリアル

 

精神病院

最上 精神病院に就職したときは27か28歳で看護助手という身分で入って。そこで2年ぐらい働いて、看護師になる決心をして、もうちょっと条件のいい病院に移って、そこで働きながら看護学校に行くという順番でしたね。(略)
仕事はとにかくキツかった。忙しかったし、そして怖い。急性期の患者さんとかすごく怖かった(略)
いろんなことがあるからすごく怖いいつも逃げたかった。
(略)
押井 でもちょっとわかる気がする。私も学生のときに当時精神病の本とかいっぱい読んでて、そういう映画作ろうと思って、横浜の精神病院にツテを頼って見に行ったことがあるんだよ。いま思うとよく入れてくれたと思うんだけど「じゃあ始めますか。医師として紹介するから白衣着てください」とか言われて、白衣着て病棟に入って
(略)
突然担ぎ込まれた患者に電気ショックをやるのを見ちゃったんだよ。あれは本当に喉がカラカラになった。なんだかんだ能書き垂れても内実はナーバスな映画青年にすぎないから、なんというか人間のすさまじさに仰天しちゃって昼食時に逃げ出した。もうロケハンだって意識が全部ぶっ飛んじゃって、とにかく一刻も早くそこから脱出したかった。やっぱりね、すごい世界だよ。言語に絶するというかさ。(略)
そこのお医者さんが言ってたけど「分裂病なんてじつはなにもわからないんですよ。なんでこんなものがあるんでしょうね」という話を聞いて、漠然と思っていた精神病に対するある種の崇高なイメージというか、神がかってるようなのも全部ぶっ飛んじゃった。みすず書房の本を読んでた側からすれば全然美しくないわけ。人間って分裂症になるとひたすら人間じゃなくなるだけだというだけでさ。だから映画の企画も全部ぶっ飛んで、本当にすごすごと逃げ帰った。だから逆に姉ちゃんは本当によく2年間もいたなと思って、いま話聞いててびっくりしたんだけど。
(略)
結局さ、学生運動やってるときも最後の瞬間は逃げる側だったんだよ。恐ろしくて踏みとどまれなかった。隣の奴のヘルメットが叩き割られる音を聞いた瞬間にね、動物的な本能で逃げた。どこまで走ったか覚えてないぐらい逃げた。やっぱり自分の本質はそっちなんだと思うんだよ。現実過程に本気で関わる気はまったくないんだよね。

スカイ・クロラ

最上 (略)私が『スカイ・クロラ』をいいと言ってるのは、すごく身体を感じたからなんですよ。なにか太いものがドーンと通ってる。なんにもない場面がすごく多いんですよね。後半の飛行機が飛んでるようなところじゃなくて、日常生活場面というの?人間がいちおう出てきてセリフをしゃべったり、いろいろしてるんだけどパカッとなにもない感じがすごく良くて。「あ、なにもない」という感じがあった。私はなにもないのが大好きだから(笑)。あのなんにもなさがすごく良かったというか。
(略)
押井 (略)私はべつに『スカイ・クロラ』って戦闘ものの映画と思ってなかったから。企画としては戦闘機をメインに持ってくるある種の戦争映画だったの。でも私はべつにそういう気はまったくなかったので、空中戦も本当はいらないと思ってたし、そういうつもりだった。(略)
もしディレクターズ・カットを作ってれば、たぶん空中戦とか全部消えてると思う。(略)
戦闘シーンは滑走路の向こう側の世界、雲の向こう側の世界という話で、それは「あっち」ということなんだよ。そこである種のものに遭遇したらもう帰ってこれないよというさ。その滑走路に立って待ってる人間の話であってさ、何度も何度も見送って、同じ人間なんだけどちょっと変わって帰ってくるという、そういう女の話だから。だから最初から希望とか解決とかそういうことはないんだよ。そういうものとしてやろうと思ったわけ。だからそれはそこそこ狙いとしてはうまくいったのかなというさ。表現としてもそこそこいけたのかなという気はしてた。だから気に入ってるんだよ。監督が一生に一度は必ず作るいわゆる死生観、死生観の映画だよ。
(略)
当初は『イノセンス』がその映画だと思ってたんだけどさ。あれは冥府の映画だと思ってたから。全員亡霊みたいな人間しか出てこないしさ。あとは人形と動物しか出てこない。それを目指してやったんだけど、実際には豪華な論文みたいな映画になっちゃった。『スカイ・クロラ』の場合はそれ以外のものを全部逆に消していったんだよね。だからなにもないの。情熱すらないの、本当はね。情熱とかそういうふうなもんじゃないから。それがあの2本の決定的な違いなんだろうと思う。まあ、達成感は――当然監督としての達成感だけど――それは『スカイ・クロラ』のほうが大きかった。自分がなにか表現できたという気がしたから。

エロス

押井 (略)[エロスが出てきたのは]姉ちゃんが舞踏家として活動を始めた時期と重なってるんだよ。興味を持って結構参加したから。見たいと思った。
最上 [最初の公演]「中野テルプシコール」ね。ほとんど動きがないという。(略)
こうやって歩いてる動きが『イノセンス』にパクられてたというのがあって(笑)。大きな人形が歩いてるのはあれは私の公演のパクリ(笑)。

自己否定への反動

あとは自分の身体とうまく折り合いをつけていくことをやろうと思ってるんだけど。順番が逆なんだよ。そうなろうと思ってそうしたわけじゃなくて、というか人間そういうふうにできてないんでさ。みんなそれ結構誤解してると思うんだけど「こういう生き方がしたい」とか「こうありたい」と思ってそうなれるわけじゃないんだよ。むしろ結果的にそうなっちゃった、という後付けなんだよ。人間っておおむねそういうふうにしか生きられないし、自分が思ったとおりに生きられると思ったら大間違いであってさ。
(略)
そのなりゆきの結果をどう受け止めるかの問題があるだけであってさ、そのなかで自分がこうだという方向性だけはあるけど。(略)
姉ちゃんが言ってたのは「身体は必ず自分を肯定」するというさ、「身体は自己否定しない」という、それはそうだと思ったんだよ。私や姉ちゃんが生きた若い時代って自己否定の青春時代だったんだよ。(略)
そのことに対する強烈な反動があるわけ。(略)
いったん自分を捨てるところからしかなにも始まらないというさ。それは捨てて始まるんじゃなくて、捨てられたところから始まるだけなんだよ。さっきの順番が違うというのはそういうことなんだよ。否定するまでもないんだよ。あえて否定する必要もないんだよ。否定されたところから出発するのが人間なんだからさ。個人であろうが世の中であろうが。そのことにあるとき気がついたわけだ。
(略)
いまの若い子に関して言うと「壊れちゃったらすべてを失う」という強迫観念のほうが強いんだよ。
(略)
壊れること自体よりも壊れることに対する恐れが強烈にあって、壊れるとどうなるかと言うと自滅するか、まわりの人間を殺して滅びるか、どっちにしても破滅するんだと思ってるわけだ。すべてを失うというさ。それを失うまいと思って相当なプレッシャーのなかで生きてる。結果的にそれで病んじゃう。破滅するわけでもなんでもないんだよ。破綻することと破滅することは違うからさ、べつになにかを失うということはないんだよ。肯定するという意志があれば。

イノセンス

山に行って犬や猫と暮らすぞって、実際にやってみたら本当にめちゃくちゃ楽しかったんだよ。毎日散歩に行ってさ。だから『攻殻〜』やってた頃は金曜日に熱海に帰るのが待ちきれなかった(略)
駅に迎えに来てるんだよ、ガブが。そして飛びついてくるわけ。その頃からかな。バセット・ハウンドって強烈な匂いがするんだけどさ、それでも気持ちいいなというかさ、官能(略)を感じたわけ。動物って官能的な存在だなって。じーっと見るとさ、目がすごいんだよ。潤んでるというか、全面的にこっちのことを信じてくるというかさ。(略)
それって久しく感じてなかった官能だと思うんだよ。そういうものからすごく遠ざかって生きてたから。(略)
ただそのときの体験とサイボーグってお題はまだうまく結びつかなかったわけ。自分が機械になっていく、どこまで機械になってもいいのかなという話と、自分の腕のなかにある命の脈動みたいなやつと、どうもうまく結びつかないなというさ。ただ、どちらにも惹かれてたことは間違いない。『イノセンス』はそれをやろうと思ったわけだ。ただ、サイボーグと言うととSFになっちゃうから、だから人形にしようと思った。人形もすごく官能的なものだし、不思議なものだし、ある種の怖さもあるというかさ。それでヨーロッパとかアメリカとかさんざん回って、いろんな人形を見て、人形作家と何度も話したりとかしてるうちに、漠然と自分なりに「もしかしたら自分というものもとっくの昔にサイボーグになってたんじゃないか」ということを考え始めたわけ。(略)
イノセンス』のときははっきりそう思ってた。「ああ、私たちはもうサイボーグなんだ」というさ。ようするに外部記憶装置もあれば並列化もしてるし、自分の固有性の根拠ってどこにあるんだろうというさ。そんななかで「もしかしたら最後にすがるべきなのは動物なのか」って思ったわけだよね。無意識に生きてる命というのはすごく特権的な感じがしたわけよ。自分を疑わないしさ。そして他人を信じるということを躊躇しないし。まあ、言っちゃえば『イノセンス』ってそれだけの話なんだよね。冷たい身体を選ぶのか、獣の匂い立つような身体を選ぶのかというさ。でも人間はたぶんどちらにも行けそうにもないなというような、言わば立ち尽くしちゃう物語みたいなことを漠然と考えたわけ。もうひとつは男と女の、実体がなくなっちゃった女を愛せるのかみたいな話。ネットにのみ込まれた女を思っていまでも犬と暮らしてる男というのはさ、いまふうのハードボイルドとしてはいいのかなというさ、そんなようなことをやってみたわけよ。そしたら結果的にはボロボロの身体だけが残ったという(笑)。

スカイ・クロラ

空手を始めちゃったというのが大きいと思うんだよね。めちゃくちゃ気持ちよかったから。ひさしぶりにドーパミンが沸騰する味を思い出したというかさ。10代の感じとか、あるいはもっと言えば学生のときに学生運動でメットかぶって走り回ってたときのあのものすごい高揚感とかね。祝祭性みたいな。それをひさびさに思い出したというか、思わずそっちに突っ走っちゃったんだよね。そして官能という言葉に目覚めちゃった(笑)。自分の身体がどんどん変わっていって、顔つきも変わってというさ。
(略)
当然作るものも変わるんだよ。なんて言うか官能的な映画を作りたいというさ。匂い立つようなものをやりたい。それもなにか激しいものじゃなくて、佇んでいることで溢れてくるなにかみたいな、そういう情感に満ち満ちた時間みたいなのを演出してみたいと思ったんだよね。まあ『パリ、テキサス』みたいなことなんだけど。みんな生きてるんだか死んでるんだかよくわからないんだけど、ある方向に向かって流れてるというかさ。ずっと立ってるだけで成立するような、そんなようなものを作ってみたいというさ。もちろんだから自分でやりたいと思った以前にそういうオーダーが来たからなんだけど、そのオーダーのなかでそういう意味では全然違うことをやっちゃったんだよね。もともとはバンダイビジュアルから「ものすごくエッジの立った戦闘機映画を作ってくれ」という話だったんだけどさ。それが『スカイ・クロラ』で。「売れなくていいんだ。海外で評判になってソフトが売れればいいからさあ。戦闘機好きでしょ?」というさ。「もちろん大好きだよ」「じゃあやろうか」ってやっているうちに「やっぱりこれは『パリ、テキサス』だよな」というさ(笑)。(略)
エンターテインメントだから空中戦をやったんだけど。嫌いじゃないからね。だけど「これっていらないよな」とはいまでも思ってる。(略)
だから自分なりに身体を回復したいという(略)立ち上がってくるものを求めたといういきさつはあったと思う。

土方巽

押井 土方巽という人がやっていた、東北の土壌というテーマがあったじゃん。土だの血だの家だのというさ。あれって結局物語にならなかったってことなの?
最上 いや、彼なりには物語を作ったと言えるんじゃないの? どっちかと言うと大野(一雄)さんに比べると土方さんのほうが物語的なところがある。だけど物語としての普遍性がなかったというか……(略)
土方さんの場合はわりと戦略として自分の生まれ育った土地みたいなものをローカルに持ってきたんだけど、たぶんそれを普遍化するところまでは行かなかった、ということだと思う。でもあの時代にはすごく意味があったわけですよ。
(略)
押井 でもあそこから先、行き詰まっちゃった気がする。
最上 そうそう。土方さん自身――私は直接知り合いじゃないんだけど、昔、土方さんと多少付き合ったことのある人に聞くとね、すごく次を求めてた。だけどそれがどうしても見つからなくて、彼は晩年は吉本隆明に会いたがってたんだよ。(略)
「吉本に会わせてくれ」って。ただそれは叶わないうちに死んじゃった。だから彼は新しい頭脳を求めていた。自分ではやっぱりちょっと限界というふうに思ってたらしくって。まあ、50代で死んじゃったのでね。あの人は結構外部に三島由紀夫を持ってきたり、(ジャン)・ジュネを持ってきたり、いろんなことをして求めてたんで、これはダメ、東北もダメ、次どうしようというときに吉本さんが浮上したんだと思うけど会えなかったという。すごく次を求めた。

珍種扱いのアニメと舞踏

最上 (略)演劇的な設定で、ビジュアルが非常に美しいとかさ、そういうところで見せているだけであって、身体の問題というのはなにも考えられていないと私は思ってる。私かピナ・バウシュを批判すると負け犬の遠吠えになっちゃうから言わないんだけど。(略)
じつはそう思ってる。ピナ・バウシュがどれほどのことをしたって、はっきり言ってなにも大したことはしてない。ただ、あれはなんで成り立つかと言えばやっぱりいまの身体表現の世界は世界的規模で見てやっぱりヨーロッパ文化という土壌の上にあるからよね。(略)
ヨーロッパの身体表現、舞台表現のなかでの美しい花を咲かせたのがピナ・バウシュであったり誰かであったりするだけで、ヨーロッパ系の舞台表現という土壌を取っちゃったらなにもしてないんですよ、はっきり言って。(略)
神もない、他界もない、光もない、風もない、花もないんですよ。人間しかいないんですよ。人間がいろんなことをやってるだけなんですよ。これがいくら言ってもどうしてもわかってもらえないのね!(笑)。誰もそれを疑ってないんですよ。だから有名なシルヴィ・ギエム(略)ものすごいですよね。あれはまさにサイボーグ。私なんかが見るとやっぱり体操。(略)
体操をちょっと情緒的にしてみたりとか、そういう感じでしかない。でもそれが疑われないのはなぜかと言うと、ヨーロッパ文化という土壌の上に立ってるからですよね。それを誰も疑問に思ってないから「シルヴィ・ギエムすごい」って無条件にすごいになっちゃうんですよ。
押井 そういう強烈な言説というか言論空間が。
最上 そう、言説。まさしく言説。
押井 それは映画もだいたい同じなんだけどさ。
最上 ヨーロッパの尻を追いかけてるの。もう身体表現者はみんな。それは下手なの。ヨーロッパ人より全然。もちろん骨格とか違うから。(略)
押井 ヨーロッパの映画祭とか行くと本当にそれを感じるからね。その価値は微動もしない。(略)
微塵も疑ってないからね。そのなかでさ、アニメとか香港映画とかアジア映画というのは変わったものを集めてきました、というさ。(略)
ようするにプラントハンターだよ。(略)いろんな人種を集めさせてコレクションしたというさ、そういう意識とまるきり同じだからね。称揚する気はないんだよ。ただ境界線上の向こうに違うものがあるというか。それはヨーロッパでも伝統的に繰り返されたありようじゃん。たまたまそれにアニメが引っかかったというさ。
最上 舞踏もそうだよね。海外では立場的にアニメと舞踏はそっくりなのね。珍種なんですよ。
押井 珍なるものなんだよね。それを懐に収めてみせることで度量の深いところを見せるというさ。(略)
ベネチアなんてその典型で、だから一度落ちぶれてなくなりかけたんだからさ。で、あれマルコ(・ミュラー)っていうプロデューサーが香港映画とかアジア映画とかアニメーションを引っ張り込むことで復活したんだもん。だけど賞をあげる気は毛頭ないんでさ。それはそういうことなんだよね。
(略)
ここから逃れるというのはなかなか難しいんだから。だって例の(ヴィム・)ヴェンダースだって、若かりしというかブイブイ言わせてた頃はあれほどヨーロッパ的なものを否定してたのに、おまけにアメリカ願望みたいなのがあってさ。だけどベネチアで会ったときはまるっきりヨーロッパの映画人になってたもんね。だって審査委員長だもん。昔のロマン・ロランが滞在したホテルのロビーで昼からコーヒー飲んでるのがぴったり絵になってるんだよ。びっくりしたよ。「あ、コイツこんなになっちゃったんだ」ってさ。というかやっばね、映画ってたかだか百年しかないのにそういう文化ですら強烈に絡め取られてる

廃墟願望

ちょっとだけ『ドラゴンクエストビルダーズ』の話をしていい?(笑)。いまさら『〜ビルダーズ』に夢中になってるのは(収録当時)、ようするにキャラクターがいない世界を作ってるんだよ。人間がいない風景を演出することになってるわけ。町を一歩出たら荒野しかなくて、モンスターがいるだけで、町の人間って町の周辺から一歩も離れないから。それでいろんなところにモニュメントを作ったり、塔を作ったり、水路を引っ張って水没させたりとかやってるんだけど、無人の風景なんだよ。これがものすごく美しいわけ。なんで無人の光景がこんな美しくて平穏な気分になれるんだろうってさ。それで水路を作って、そこにスライムがパチャパチャ弾けてたりするわけ。ドラキーがヒラヒラしたりとかさ。それを見てるとすごく和むんだよ。町を離れてトンカチ1個でキャンプ生活しながらモニュメントをあちこちに建てて回ってさ、日が沈んできてモンスターが跋扈し始める前にキャンプに戻らなきゃいけないんだけど、その瞬間の無人の落日の光景がものすごく美しいわけ。これにハマっちゃったんだよ。お話なんかもはやどうでもいい。町の連中はもはやどうでもいい。(略)
なんでこんなに無人の廃墟が美しく見えるんだろうというね。もともと好きだったんだけど、廃墟願望の塊だったから。いまそれに浸ってるんだよ。「それはなぜなんだろう?」という思いがある間はたぶん作るんだろうきっと、というさ。無人ってなんか惹かれるんだよ、すごく。無人の廃墟みたいな世界に惹かれるのと、自分が考えている身体とどこでどう繋がるんだろうという思いがあるんだよね。

沈黙期間三年目

[空手を例にして]そのタイミングがわかったらカウンター打ち放題であってさ。(略)自分からアクションを起こしてロクなことはないんだから(笑)。相手がなにかアクションを起こすのを待ってるわけ。
(略)
昔はカリカリしたけど。「俺に映画撮らせろ」と思ってこんなになった時期もあったけど、最近はね、なきゃないでゲームやってるからいいわというさ。ただ漫然とゲームをやってるだけじゃなくて、ゲームをやりながらちゃんと勉強してるんだから。(略)そういうふうなことを私は全然ムダだと思ってないので。映画は待っている時間も撮っている時間もじつは同じようなものだという部分はあるんだよ。
(略)
鈴木清順にせよ、みんなそうだよ。あの人も仕事が来るまでべつになにもやらないし、それが苦痛でもなんでもないって言ってるんだからさ。まわりが騒いでるだけじゃん。「空白の8年間」っつってさ(略)
私も当時知ってるけど、本人に会って聞いたら「いや、べつに、仕事が来ればやるだけだよ」とか言ってさ。「来なかったらべつにコタツに潜って本読んでるか、酒飲んでるだけだもん。もともと映画ってそういうもんなんだよ。わかる?」ってさ。当時学生だったから全然わからなかったけど。まあ、そういうふうなことなんじゃない?(笑)。べつに心配されなくてもいいんだって。

教養主義

映画って本来見る側にとって知的研鑽と教養というやつが絶対必要なわけじゃん。(略)
「お前これも見てないの?」と言われたくないからがんばって見たというさ。それはゴダールだ、ベルイマンだ、小津安二郎だ、フェリーニだというだけじゃなくて、それこそフィルムセンターでドイツ表現派特集だとかさ(笑)、実際私だって当時学生だったから、なにもわからなかったから『ジークフリート』なんて死にそうだったよ。小津安二郎も死にそうだったけど(笑)。いま見ればもちろん違うよ?いろんな見方ができるから。でもそれでも「がんばって見よう」という価値観はあったわけだ。それは教養主義だったと言えばそのとおりかもしれないけど、でもそういうことに関するある種、語り継がれたものに対する権威みたいなものすらないんだよ。「わかんないものを見たい奴は勝手に見ろ。あいつら頭おかしいんだ」という話になるわけじゃん。(略)
そういう価値観が蔓延してるじゃん。わかることが最優先なわけじゃん。俺に言わせたらわかることなんかどうだっていいんだよ。わからないものを見たいんだよ。わかることなんかいまさら見てどうするんだよ……と思ってたし、いまも思ってる。わからないものをわかるようになりたいからがんばって見るんでさ。そりゃ見ること自体が全然つまらなかったら見ないけど、好きだから。でも好きだからと言って退屈でないわけじゃないんだよ。でもそういうふうな時代なんじゃない?だからたぶん人間の身体なんていうのはそのなかで一番わからないものだから。わかりそうでわからないものだから。