響きの生態系 ディープ・リスニングのために

響きの生態系―ディープ・リスニングのために (Art edge)

響きの生態系―ディープ・リスニングのために (Art edge)

音律の再考、純正調

音律に対して意識を向けることは、どのようにわれわれが音や響きを体験し、そして、見えなかった音の基準がどのようなかたちで音楽の表現やスタイルに影響を与えているかといった認識につながる。(略)
[そう意識させたのが]ハリー・パーチというアメリカの実験作曲家であった。もし、この作曲家の存在を知らなかったら、いまでも「現代音楽」のクリシェにからみとられ、袋小路に陥っていたと思う。
(略)
身体が振動して絞りだされる自らの声。パーチはこのような自らの身体と声に基づく表現をめざそうとした。
(略)
なぜ、身体と音律が関わってくるのであろうか。
(略)
 近代以降の作曲手法の変遷にも、平均律は多大な影響を与えていく。平均律が提供した均質な音程関係は、ワーグナーの音楽にみられる不協和音の多用や転調の連続によって調性の秩序を揺るがせ、ついには、シェーンベルクによって十二音技法という平均律の均質な音程関係を組織化する手法が考案された。(略)そして、「無調」というユニバーサルなスタイルが確立されたのである。
 「調性がない」という調。このパラドキシカルな「無調」という音の組織化は、十二音技法以降、セリアリズムのような数理的思考を積極的に取り入れながら、構築性や複雑性のレベルをさらに高めていった。そして、シュトックハウゼンやブレーズなどを中心とした戦後の西欧の前衛運動の風にのって、無調のスタイルが全世界に拡大し、いわゆる「現代音楽」という特異な音楽のジャンルが生まれたのである。(略)
「現代音楽」という音響イメージをつくりあげた平均律は、さらに、楽器の特殊奏法による非楽音的な効果や、クラスター(音塊)などにみられるノイズ性の高い音響テクスチャーを生みだす要因にもなった。(略)
音型の複雑な連鎖や多層的な声部の重ね合わせといった無調のスタイルに顕著にみられる特徴は、無機的で、たえず緊張した神経症的な響きをもたらす。このような響きこそ、あきらかに平均律の音響的な充足性の欠如の現れといえる。
(略)
非楽音やノイズ性の高い音響テクスチャーは、一見、平均律のグリッドから逸脱しているようにみえる。しかしながら、平均律がもつソリッドで均質な音空間の枠組があって、初めて非楽音やノイズ性に、音響的な強度が与えられる。均質性とノイズ性。相反する関係にみえるこの二つは、互いに補完しながら(略)戦後の前衛音楽の傾向を特徴づけていった。平均律は、まさに、このような均質性とノイズ性を生み落とした母体だったのである。(略)
さらに、過去の音楽からの引用や演劇性の導入、拡張された身体性、テクノロジーの援用、非西欧圈の作曲家たちのアイデンティティなど、さまざまな要素を貪欲に飲み込みながら、あらゆる方向性が試された。(略)ただし、このような激動のなかにあって、不動の領域があった。それが、平均律という音律なのである。
(略)
[微分音的(マイクロ・トーナル)な音律]のような細分化の方向は、平均律の十二のグリッドの数を増やしただけであり
(略)
作曲家たちは、前衛的な表現に向かって自由に可能性が開かれているようにみえるが、知らないうちに平均律という牢獄のなかに閉じ込められているのである。そして、牢獄にいることさえ気づかない多くの現代の作曲家たちは、その平均律の均質なグリッドのうえにステレオタイプ化した「現代音楽」を量産しているようにみえる。
(略)
平均律にかわって、パーチが音律の拠り所としたのが純正調であった。純正調は、古来からの音律法である。簡単にいうと、うなり(音高の異なる二つの音による位相のずれが生み出す現象)のない協和した状態の純正音程によって、体系づけられた音律ということになる。(略)つまり、倍音列のなかにみいだせる自然な音程を組織化した音律が純正調なのである。

 ある作曲家がジョン・ケージとの距離を語るということは、その作曲家の資質を自ら明らかにするようなものかもしれない。(略)踏絵としてのケージ。(略)
 僕自身も、作曲の学生だった頃から、ずっとケージの考えやその音楽に傾倒してきた。(略)
[だがカリフォルニアで]ケージとは異なったスタンスを保持している実験的な作曲家たちやその音楽と身近にふれることによって、少しずつではあるが、ケージの呪縛から解放されるようになった。
(略)
 しばしば、ケージの音楽は「実験的」であるといわれている。この「実験的」という言葉をケージ自身、「結果が未知である行為」と定義している。予想できない結果をもたらすような不確定な行為を通して、音は作曲家のコントロールから解放される。その結果、ケージ流の言い方をすると「音がそれ本来の権利を取り戻す」のである。
(略)
しかしながら、ハリー・パーチやルー・ハリソン、コンロン・ナンカロウなど、カリフォルニアであらためて接した音楽の中には、ケージが定義するような「実験的」ではなくても、一般的な意味においてきわめて実験的で、かつ魅力的なものが少なくなかった。そして、チャールズ・アイヴス以来、脈々と流れるアメリ実験音楽の伝統といわれているものが存在し、その精神が若い世代にも受け継がれているということを身をもって感じた。
(略)
アメリ実験音楽のなかの「実験」とケージの「実験」の違いは何なのか。
(略)
 ケージが行なったさまざまな実践のなかで、やはり忘れてはならないのは、プリペアード・ピアノの発明であろう。ケージは、西欧近代主義の産物とでもいえるピアノに対して、ゴムやボルトなどの物体を弦の間に挟み込んだ。そして、この楽器にそなわっていた均質な音高と音色を解体し、多数の不揃いな音の属性をもつ別の楽器に変質させたのである。ケージにとっての西欧からの離脱とは、まさに、近代主義が生んだシステムに異物を介在させ、制御が不可能な状態を設定することにより、合理性や機能性を停止させ、また、主体の意図を無効化することであった。
 一方、ハリー・パーチの場合は、近代西欧のいかなる規範も徹底的に拒絶するところから出発する。パーチのこうした拒絶の姿勢は、数多くの独創的な楽器の制作へと駆り立てた。さらに、ピアノとともにもうひとつの近代主義の産物とでもいえる十二平均律を否定したパーチは、純正調に基づく古代ギリシャの音律理論を拠りどころに、独自の音階を考案していったのである。
(略)
ケージの行なった解体の作業は、表現行為や聴取という態度を大きく転換させたとはいえ、結局は、解体したシステムに収斂していくような余地を残していたとはいえないだろうか。
(略)
 シェーンベルクについて、ケージは「不協和音を解放したとき、さらに進んで音楽を音符から解放すべきだった」と語り、また、ハリソンは「すべての和音を十二音からなる一つの調(すなわち無調)に還元したとき、さらに進んで音程を純正調による音響的に正確な関係に再調律すべきだった」と語ったことがある。西欧の近代的思考から離脱するそれぞれの方向を、このようなシェーンベルクに対する二人のコメントの中から読み取ることができる。
(略)
[《四分三十三秒》の場合]享受する者は、その音から何らかの意味を見いだし、関係性を聴き出さなくてはならない。聴取という積極的な行為が介在しないかぎり、《四分三十三秒》は、たんなるノイズを聴くための音楽になってしまう。
(略)
認識の転換によって、あらゆる音が興味ある対象として音楽の素材に生まれ変わり、楽音/非楽音といったような音のあいだのヒエラルキーが消滅したのである。
 しかしながら、そこにケージの巧妙なレトリックが隠されていることに気づかなくてはならない。つまり、聴取という行為によって、あらゆる音の営みは「音楽」という文脈に収斂してしまうおそれがある。たとえ、風や波のような自然環境の音であろうと、昆虫や鳥の鳴き声であろうと、最新のデジタル・テクノロジーが可能にしたヴァーチュアルなサウンドであろうと、すべての音は「音楽」になってしまう。
 すべての音は「音楽」なのだ。すべての音は「音楽」を内包している。すべての音から「音楽」を見つけることができる。(略)このような教えを容認するまえに、「彼(ケージ)は、音楽と呼ばれる一組の文化的コードによって永遠に定義され、操作されうるような、脱文脈化された産物として音を利用するための論法を作りあげようとした」(デヴィッド・ダン)という意味合いがその背後にあることを知らなくはならない。
(略)
すべての音を「音楽」として受け入れるとき、音楽の外延は無限に拡がり、そして、解体しながら、やがて死を迎えることになるだろう。サウンド・アートのあらたな音の表現や実践を「音楽」に殉死させない方向が、ケージ亡き後、求められている。

The Harry Partch Collection, Vol. 1

The Harry Partch Collection, Vol. 1

  • アーティスト: Harry Partch,Ben Johnston,Betty Johnston,Donald Pippin,Bill Snead,Horace Schwartz,Gate 5 Ensemble
  • 出版社/メーカー: New World
  • 発売日: 2004/09/28
  • メディア: CD
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「純正調」ハリー・パーチ

 「純正調」という言葉をもちだすと、非常に西欧の数理的な思考に基づいているような印象をもつ人がいる。しかしながら、それは、物を叩いたり、弦をはじいたりする音のなかから浮かび上がる音響特性を意識した音律のひとつの方法なのである。異なる音高がうなりのない純正音程で響き合うという状態は、おそらく古代人の耳にも容易に把握されたように思われる。その純正の音程関係を意識的に、あるいは無意識にずらしながら、うなりという現象を積極的に取り入れていくなかで、民族固有の音律が生みだされてきたのではないだろうか。つまり、音程が合った純正の状態を耳で感知できるからこそ、その音程をずらして、いかにうなりを発生させるかという「音の作法」が生まれたように思える。あるいは、パーチの楽器のように物体としての楽器そのものが、純正音程からの自然なずれを導き、豊かなうなりを生じさせているとも考えられる。
 ブルーノートは7/4という比率で表せるような純正七度音程に近似しているといわれている。ただし、正確にこの音程で歌われているのではなく、おそらくこの音程の存在を無意識に感じながら、この音程の周辺を微妙にずらすことによって独特の抑揚が生みだされているのではないだろうか。パーチが行きついた純正調。それは、西欧が育んだ数理的で調和した世界を指向するものではなく、自らの身体や声の抑揚と深く関わるための音響的なインターフェイスであった。

Symphony 1 (Tonal Plexus) (Reis)

Symphony 1 (Tonal Plexus) (Reis)

ケージが拒否したグレン・ブランカ

 かつて、ジョン・ケージがグレン・ブランカの音楽に対して、異常ともいえるほどの拒否反応を起こしたという話は興味深い。(略)
 一九八二年(略)ケージはブランカの音楽を聴いたあと、次のように語っている。「ブランカは私をゆさぶったんだ。自分のエゴに引き戻されるように反応している自分に気づいた。私の感覚は乱され、そして、悪、すなわち力と音楽を結びつけようとしている自分に気づいたんだ。自分の人生でこのような力は欲しくないね」。ケージのブランカに対する嫌悪感はさらに続く。「私は政治的な意味を持っているように思われることに対して否定的な感じを抱いた。だれかが他の人たちにこのような強烈なことを強要するような社会には住みたくないね。もし、それが政治ならファシズムじゃないか。そんな意図的なものより、ソローやアナーキー、自由の考えを断然好むよ」
 ケージによってファシズムという烙印を押されてしまったブランカの音楽は、強烈なロックのビートと雷のような大音量がそのトレードマークとなっている。延々と続くその大音響は、聴き手の判断能力を奪い、受け身の状態を強いる。その音楽は、アナーキーな音の状態をめざしたケージの音楽とは全くの対極にある。
(略)
 核をもった音のうねり。それは、ケージにとって、まさにファシストの大軍が行進する統制のとれた足音のように聴こえたのかもしれない。
(略)
 ブランカにとって、音響現象という自然がもつ物理的原理から導かれた倍音構造は、重要な規範となっている。言い換えれば、ブランカは、この倍音構造の特性を最大限に活用することによって、暴力的な音響を生みだすことに成功している。
(略)
 一様な音の分布がもたらすホワイト・ノイズと異なり、ブランカが作る音のうねりには、その背後に倍音列を支配する基音の存在がある。そして、共振する音のうねりは、すべてこの基音という音の中心によって統合されている。神にも相当するような絶対的な価値としての基音という存在。ケージがブランカの音楽のなかに、このような絶対的な価値、すなわちファシズムを感じたことも確かにうなずける。ただし、この中心の存在は、音を支配し、管理するというよりも、さまざまな音を生み出し、それらの音の関係を支えている母体のようにも思える。合理化/機能化のために近代西欧が採用した十二平均律では、均質した関係のなかで、音の自律性は失われ、音相互の結びつきが希薄になった。基音というひとつの音から体系立てられた純正調では、音の関係に固有性が与えられ、そして、さまざまな色合いをもった響きが生み出される。
(略)
すべてを受け入れるはずのケージが、なぜ、ブランカに対してあれはどの拒否反応を示したのか。このことは、十分に考えてみる必要がある。「すべての音は音楽になりうる」と音の解放をうたったケージの実践が、ひとつの音から生み出されるブランカの強靭な音楽の方向と相いれないことは予想できる。さらに、純正調に対しては、もうひとりの音の解放をうたう実験作曲家も生理的な嫌悪感を露にしている。「だから“ジャスト・イントネーション(純正調)”標傍する[ハリー・パーチらのような]音楽家たちのことも信用できないとおもいます。自然倍音列をもとに、数のうえで整合性があればいい、という考え方は、二十世紀にして初めて出てきたものでしょうが、これまた水晶球を眺めているような世界で、ちょっと過大評価されているような気がしますね。(略)その音たるや、じつにぬめぬめして、気持ちのわるいものでした」。これは、あるインタヴューに笞えたブライアン・イーノの発言である。

Drums Along The Pacific

Drums Along The Pacific

アメリカ・ガムランの父」ルー・ハリソン

 ケージは音高の定まらない打楽器やファウンド・オブジェの音素材に対して、リズム構造を基にした時間の組織化という方向をみいだした。一方、ハリソンは、このような音高の不揃いに興味をもち、音律の豊かな可能性へ向かっていく。たとえば、大きさの異なるいくつかの植木鉢を叩くと、平均律の音程の枠からはみだすような不均等な音程が得られる。このような不均等な音程のあいだの微分音的な差異が旋律を特微づけ、魅力あるものにするということをハリソンは直感したのである。
 不均等な音程をいかに組織的に扱うか。そんなとき、作曲家のヴァージル・トムソンが一冊の本をハリソンに渡した。それが、ハリー・パーチの主著『ある音楽の起源』だったのである。
(略)
 打楽器音楽の経験は、純正調の可能性をひらくとともに、ルー・ハリソンガムランの世界へと導くきっかけともなった。四〇年代のケージとの共作《ダブル・ミュージック》は、使用された金属打楽器とリズム・パターンの組み合わせによってガムランの世界と通じるものがあるが、七〇年代になって、ハリソンは本格的にガムランを学ぶようになる。そして、ビル・コルヴィックと新しいガムランの楽器の制作を開始し、「シ・ダリウス」「シ・ベティ」などと呼ばれるガムランのセットを完成させている。
 一九五九年に民族音楽学者のマンデル・フッドがジャワのガムラン・セットを合衆国にもちこんで以来、アメリカン・ガムランの運動が巻き起こった。ルー・ハリソンはその運動の指導的な立場となり、「アメリカン・ガムランの父」と呼ばれるようになった。インドネシアの楽器を取り寄せ、現地の伝統音楽を学ぶだけではなく、アルミ板などの日常の素材を使ってオリジナルの楽器を作り、アンサンブルを組織し、そしてあらたな作品を生み出していく。このようなアメリカン・ガムランの実践を支えてきたのが、ルー・ハリソンの「超民族的」な思考だったともいえよう。

次回に続く。
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