音楽の未来を作曲する 野村誠

音楽の未来を作曲する

音楽の未来を作曲する

 

 バルトーク

小学三年生の頃に、ぼくはバルトークと出会ってしまった。二十世紀の前半に民俗音楽を収集し自身の作曲に応用した作曲家バルトーク・ベーラにだ。(略)

バルトークの音楽に、ガツンとやられた。それは、今まで聴いたどの音楽とも全く違った。頭の中では、四角や丸の物体が、目まぐるしく蠢き、世界がかき混ぜられるような感触がする。脳みそがグルグルまわり、皮膚が痺れる。もう何が何だか分からない。四十年近く経った今でも、あの時の衝撃が蘇ってくる。
 躍動的で、不思議な響きがして、メロディーとか和音とかでは説明できない音楽が、ものすごくパワフルに、体に直接ぶつかってくるのだ。なんなんだ、これは。聴き終えた後、ぼくは興奮して先生と話し込んだ。
 その日から、ぼくが尊敬する人は、「バルトーク」になった。

(略)

 山田誠津子先生は、そういう音楽のことを「ゲンダイオンガク」と言うと教えてくれた。ぼくは(略)「ゲンダイオンガク」の作曲家になろう、と決意した。ハ歳のことだ。

(略)

先生は、変わった先生だった。教え方がその時々で異なり、カリキュラム化されていないのだ。(略)

色んな楽譜をぼくに自由に見させてくれて、次に弾きたい曲を自由に選ばせてくれた。そして、小学生の子どもを相手に、時折、真剣に現代音楽について語ってくれた。
 先生が言うには、現代音楽というのは難解になりすぎてしまって、一般の聴衆を置き去りにしていて、それが問題らしい。この現状をどうしたらいいと思う?と、十歳にも満たない子どもを相手に大真面目に質問してくる。(略)

自分は大人になったら「現代音楽の作曲家」になるんだ、と決めているので、これは深刻な問題だった。

(略)
 一音もピアノを弾かず、ただただ悩むだけというのが、ある日のレッスンだったこともあった。

 「作品」と「演奏」

[高校一年、戸島美喜を訪ね自作曲の楽譜を見てもらう]

先生は開口一番、

「これは作品というより、君の演奏だね」(略)

[さらに続けて]

「作曲の学生で、先生にここを直せと言われて、言われた通りに直す人は、一流になれないよ」

とおっしゃった。(略)

[その意味をずっと考え続け]

「作品」というより「演奏」という部分を個性として保ちながら、独学で自分の道を進みなさい、というメッセージ[だと受けとめた]  

音楽と建築

音楽と建築

 

音楽サークルでの交流

 独学で作曲をすることにしたぼくは、クセナキスの「音楽と建築」 という本にも影響を受けて、大学では数学を専攻することにした。

(略)

[大学の音楽サークルの大先輩の河合拓治さんは]ポスト・モダニズムの音楽にも行き詰まりを感じていて、その解決策として、即興演奏をしていたようだ。(略)

[その考えを理解しようと延々即興演奏をやってみたが]ちっとも楽しくない。自分の手癖が出てばかりで、何度やっても同じような音楽になってしまうのだ。(略)

模索していると、即興演奏をする友達ができた。(略)
 これが、メチャクチャ面白かったのだ。今まで一人でピアノを弾いていても、同じところをグルグル回ってどこにも行けなかった。ところが、二人になった途端、相手の演奏に刺激されて、今まで自分が演奏したことがないようなパッセージが、次から次へと指から出てくるのだ。音楽が自分と相手の間に生起する。初めて味わった感覚だった。
 河合さんの即興の謎は、すっかり頭から消えてしまった。とにかく、こうやって音楽的な交換をしたい。違った音楽様式を引用し、変形し、コラージュするポスト・モダン音楽は、超えられると思った。だって、人と人が一緒にいるということは、お互いの音楽様式を引用し、変形し、コラージュするだけじゃない。人と人が一緒にいれば、相互作用が起こる。交流が起こる。それぞれの個性をコラージュするだけじゃなく、それぞれが持ち合わせていない何かが、その間に立ち上がるはずだ。だから、人と人が出会って交流する場を作ろう。作曲する遊び場を作ろう。作品というより演奏という自分の個性を伸ばそう。そう思ったぼくは、作曲と即興演奏を追求するサークルを結成することを決意した。

(略)

[参加メンバーの一人、小林薫が]誰かがちょっと間違えたことがきっかけで、アイディアが生まれたり[と話したことから](略)

ぼくは「間違い」について考え始めた。

 例えば、ある楽譜を正しく書き写すには、たった一通りしかない。ところが、ある楽譜を写し間違えるのは、一通りではない。どの音を書き間違えるか、どんな風に書き間違えるか、間違え方は無限にある。「間違い」は多様で豊かなのだ。

 「間違い」について小林さんに尋ねると、フレデリック・ジェフスキーの「パ二ュルジュの羊」という曲があると教えてくれた。この曲は、一つのメロディーを集団で一斉に演奏する曲なのだが、間違いやすいメロディーなので、どうしても間違えてしまう。間違えた人は、間違えたら、弾きなおして再開して、他の人とずれていく。こうやって間違えが誘発するずれが、カノンになって、曲が多様化していく曲だ。(略)

確かに面白い曲で、名曲だと思った。しかし、ぼくがテーマとしたい「間違い」の多様さには、この曲は着目していない。この曲は、間違いによって生み出される「ずれ」をうまく利用しているが、ぼくはもっと「問違い」にフォーカスできる音楽をやってみたい、と思った。
 「ドレミファソと演奏して」と言われて「ドレミファソ」と正しく演奏できる人が、百人集まって一斉に演奏しても、「ドレミファソ」のユニゾンでしかない。ところが、「ドレミファソと演奏して」と言われても「ドミレ~レファ」とか「レミファソラ」とか「ドレファソラシ」とか間違えて演奏する人が、百人集まって一斉に演奏したら、リズムも複雑にずれるし、ピッチも複雑なハーモニーになるだろうし、多様性に満ちた音楽になるだろう。
 音大ではなく一般大学に通っていたので、周りに楽譜を正確に演奏できる仲間が少なかった。だから、複雑な楽譜で作曲をしても、演奏されることがない。だから、ぼくはいつの間にか複雑な楽譜を書くことへの興味を失っていた。
 そして、発想を逆転させてみた。ぼくは音大にいない。だからこそ、周りには楽譜を正確に演奏できない仲間がいっぱいいる。こういう仲間と一緒に、多様で複雑な音楽を創造していくことができる。そう考えた途端、音楽の可能性が一気に広がったような気がした。

「真似をしても似ない」

  この「真似をしても似ない」というのは、偉大な発見だった。それまでのぼくは、自分のオリジナルな音楽を生み出さねばいけない、誰もやっていないことをしなければいけない、でも、どうすればいいんだ、と苦しんでいた。ところが、気づいてしまったのだ。「真似をしても似ない」ということに。

(略)

韓国や中国の雅楽と、日本の雅楽は、同じ雅楽でも全然違う音楽だ。かつて真似したはずなのに、全然違う。どうして日本の雅楽は、あんなに渋いのだろう。

(略)

 また、LASのメンバーの一人が、新曲を聴かせてくれた時、
 「ここが、ちょっとライヒの真似で恥ずかしい、この和声が少しラヴェルの真似で恥ずかしい」
と言う。ところが、どう聴いたって、その曲はライヒにもラヴェルにも似ていなかった。彼の個性ばかりが目立つ曲で、どの部分が真似なのか、さっぱり分からなかった。こういうのを個性というのだ、と思った。そして、ぼくは解き放たれた。そうか!「真似をしても似ない」んだ。厳密に言えば、真似をしても似ない部分こそが、その人の個性なんだ。だったら真似をすればいいじゃないか!そして、真似をしても似ない部分こそ、自分の個性として伸ばしていけばいい。

野外楽

 野外楽の作曲への手がかりは、野外に出かけ、野外で演奏してみることだ。試みにおもちゃのピアノを持って、近所を散歩する。外の風は気持ちいい。しかし、街を歩いて行くと、自動車のエンジン音が、かなりうるさい。おもちゃのピアノの微細な音色は、自動車の低音に見事な程にマスキングされてしまう。(略)

だから、そうした環境にも耐えうるだけのパワーがある楽器(例えば、和太鼓など)が、しばしば野外楽で用いられるのだろう。
 野外楽で効果満点だった和大鼓を、非常に残響のあるコンサートホールに持って行く。今度は、壁からの反射音が強すぎて、はっきりとリズムが聞き取れない。ウワンワウンと響いて、何が何だか分からなくなってしまう。音が耳に突き刺さって痛い。音の逃げ場がないのだ。同様に、野外を前提としているバリ島の楽器ガムランも、コンサートホールでガンガン鳴らすと、響き過ぎて、音の粒が聞こえてこなくなってしまうことがある。

(略)

ホルンという楽器は、室内で演奏すると、部屋全体を響かせて独特な豊かな響きが出るのに、反射する壁がないと、途端に貧弱な音色になってしまう。 

 ジャワ島での野外楽

 鍵盤ハーモニカを持ってポンジョンでの即興演奏に加わったぼくは、最初、大いに戸感った。鍵盤ハーモニカは西洋音楽の十二平均律に調律されている。ところが、アナンの持参したタイの楽器は、一オクターブを七等分した七平均律に調律されている。さらに、スボウォ、中川真が持参したジャワのガムランの楽器は、一オクターブを五等分しているスレンドロという音階だったりする。この三つの全く違った音階が同時になっている。ぼくには、三つの異なる音階が共存する中で、どの音を吹いても、何か馴染めないような気がして、模索の連続だった。でも、音楽は「音を全感覚で体感する行為」なのだから、音律については考えないようにして、ただ、全身で音を感じようとした。日本とは全く違う鳴き方で、ジーワンジーワンと蝉が鳴いている。心地よい風が吹き、木々がざわめいている。ぼくは、アナンやスボウォと演奏しているだけではない。蝉とも、風とも、この場にある全てのものと共演している。

(略)

音に名前をつけることをやめて、全ての音にニュートラルに向かう。そこには、音がある。色んな音が鳴り響いている。それに、何かを感じて、自らも音を発したい衝動に駆られる。そして、音を発する。ただそれだけだ。
 ぼくは、徐々に自分の概念化された耳から解放されて、音律などについて気にせずに鍵盤ハーモニカを演奏できるようになっていった。鍵盤ハーモニカだけではなく、風、葉っぱ、石、田んぼ、用水路の水、あらゆるものと対話を交わし続けた。 

 世界は音楽に満ち溢れている

 料理のレシピだって、壁紙の模様だって、心電図のグラフだって、空の雲だって、電話番号だって、幾何学だって、星空だって、地図だって、森だって、冷蔵庫の中だって……、ぼくが、そこに音楽があると思った瞬間に、全部が音楽になってしまうのだ。そうか、世界は音楽に満ち溢れていて、「そこに音楽がある」とぼくが思えた瞬間に、音楽は存在するのだ。逆に言えば、そこには音楽がある、と思えない限りは、そこには音楽なんて存在しないのだ。ぼく自身の問題だったんだ。
 楽器だってそうだ。ペットボトルは単なる容器だが、楽器だと思えた瞬間に素晴らしい楽器になる。石だって楽器だと思えた瞬間に、繊細な音色の打楽器になる。一方、ピアノが楽器だと知らなければ、ピアノは単なる黒くて大きな箱だ。
 そうなると、ぼく自身がそう思えさえすれば、「全ての事象は楽譜」として見えてくることになるし、「全ての物は楽器」になる。ヴァイオリンを頂点とする楽器のヒエラルキーは崩壊して相対化される。竹輪とフルートと雨どいとペットボトルは等価になる。著名な指揮者を頂点とする音楽家ヒエラルキーもガラガラと崩れる。雨漏りの音と超絶技巧のギタリストが等価になる。全ては等価に音楽だ。相対化された広大な創造の海が広がっている。ぼくは呆然とする。ぼくは何を音楽にするのか?何を音楽にしないのか?ぼくは誰と音楽をするのか?誰と音楽をしないのか?

(略)

「みんなのための芸術」をしなければいけない風潮に、ぼくら芸術家はしばしば曝される。「みんなが芸術家で、すべてが芸術である」と言ってしまう危険性。その瞬間に、全ての物が持っている価値が、等価に大暴落してしまい無価値になってしまうのではないか?全ての物が相対化されて、絶対的な価値が存在しない時代だからこそ、ぼくなりの価値を明確に発信したい。曖昧な「みんなのための音楽」をしている場合じゃない。最大公約数な音楽ではない。世界の全てが音楽で満ち溢れているからこそ、ぼくは明確に選択しよう。他の誰もが目を向けない微かな小さな音楽を。ぼくが心底愛せる音楽を。