資本主義はどう終わるのか

とりあえず第六章だけ読んだ。

資本主義はどう終わるのか

資本主義はどう終わるのか

ヘラー、シュミット、そしてユーロ

 カール・シュミットの「権威主義国家」にかんするヘルマン・ヘラーの透徹した議論は、リベラリズム自由主義)と民主主義との本質的関係――というよりむしろ民主主義と資本主義の深刻な緊張関係の本質――について、私たちに多くのことを教えてくれる。(略)
ヘラーがシュミットに見出したリベラリズムは、国家や公権力と奇妙かつ逆説的な関係性をもっている。市場が国家の干渉から自由であることが自由(実際にはリベラル資本主義経済)と定義されるとしても、そのようなリベラル国家が自然な存在というわけではない。むしろ、それは政治的に構築され、公的に制度化され、そして国家権力によって強化されたものであり、またそうでしかありえないとヘラーは考えている。ようするに、リベラル経済の脱政治的な条件そのものが、政治の産物――特定の政治目的のために、特定の仕方で国家の権威が行使されるという意味で――なのである。リベラル国家とは一種の政治的構築物であり、それは次のような危険を避けるための政治的な防衛手段としてつくられたものである。その危険とは、すなわち市場を転覆させる目的をもつ非リベラル社会的勢力がその力を行使し、政府がその勢力によって支配される事態である。
 国家とその諸機関が利用されるのは、そのときである。
(略)
経済と社会が深く結びついていることは、たえず市場に「歪み」がもたらされる危険があることを意味する。市場に歪みをもたらすのは、民主主義的な人民――現在であればポピュリストと呼ばれるだろう――であり、「社会正義」の観念である。それらは経済の効率性を損ねるばかりでなく、基本的な所有権さえも縮小させてしまうだろう。「全体国家」とは、1932年当時のシュミットにとって、たんに民主主義国家、より正確には介入主義的な社会民主的福祉国家を指す言葉でしかなかった。
(略)
[ナチスによる]本物の全体国家が登場したとき、1932年の時点でシュミットが抱いていた懸念は意味を失ってしまう。全体国家は経済と社会に深く根を張り、民主的な労働者階級の組織は資本主義市場がつくりだす富を正しく再分配するために、その国家を利用した。その全体国家はつねに民主化、すくなくとも民主主義的な目的のために利用されるリスクを抱えていた。しかし、そのリスクは、ヒトラーが左派の指導者たちを強制収容所に送り込んだ後に解消された。
(略)
シュミットの「権威主義国家」は、ヘラーが正しく指摘するように、リベラル権威主義国家なのである。その国家は、古典的なリベラル国家がそうであるように、強さと弱さを合わせもっている。その国家は、民主的な再分配への要求から「市場」と「経済」を守る――ときには民衆の勢力を利用して再分配の要求を抑えつけることもできる――役割を果たすことについては、きわめて強いカをもっている。しかし、市場――資本家が自分勝手に利益を追求する聖域――との関係はきわめて弱い。なぜならその国家の政府方針は、市場を保護し、必要であれば拡大するが、しかし口は出さない、というものだからである。
 興味深いことに、このような強さと弱さを合わせもつリベラリズムの国家、つまり資本主義市場経済の保護者でありながら、その取引には関与しない国家のあり方は、ライプニッツの理神論が描く神の姿と似たところがある――全能の時計制作者でありながら、自身のつくった完璧な時計を眺めるだけで、それに手を触れることのない神。
(略)
国家の干渉が必要とされるのは(略)市場の自由が脅かされたときだけである。(略)権威主義国家はその名にふさわしい力をもつことを示し、リベラル経済のルールが紙の上だけの存在でないことを妨害者に思い知らせなければならないのだ。
 ヘラーとシュミットの著作を読んで、もうひとつ思い浮かんだことがある。それはシュミットの「権威主義リベラリズム」と第二次大戦後ドイツの「オルドリベラリズム」の近似性にかんするものである。
(略)
権威主義リベラリズムは、シュミットからみればその当時の「全体国家」がまだ多元的民主主義に近すぎたため、次善の策にすぎないものだったのかもしれない。しかしナチスという独裁主義的な全体主義国家が消え去った後、20世紀前半の災厄によって名誉の傷ついた資本主義を回復させるという観点からみれば、権威主義リベラリズム(すなわちオルドリベラリズム)こそが最善の策とみなされるようになったのである。
(略)
戦後20年間の「経済の奇跡」の時期に西ドイツ経済省を支配したオルドリベラリズムは、ケインズ主義のニュー・ディール政策や戦時経済をしばらく引きずっていた合衆国にくらべて、はるかに「自由市場」主義的であった。

EU

 現代のヨーロッパ資本主義は、政治的な仕方で脱政治化が進められてきた。(略)
国民国家とは異なり、民主化が起こらないように注意深く設計された制度的文脈へと意志決定の場が移ったのである。
(略)
左派の国際主義によって左派が無力化され、資本主義政治経済が脱民主化される――しかもそれが当の左派によっておこなわれる――というのは、じつに皮肉な話である。(略)
グローバル市場が民主政治を牛耳り、ひいては経済が社会を支配することが懸念されると、その懸念を追い払うために「それは将来のグローバル民主主義(あるいはすくなくともヨーロッパ大陸の民主主義)につながるのだ」というほら話が吹聴され、左派の理想家たちがそのエサにひっかかる。近い将来、あるいは遠くない将来に国際民主主義は国際資本をコントロールする力を手にしているだろう、したがってよりよい未来が私たちには約束されているのだ、というわけだ。
 ふたたび言えば、現在のヨーロッパでは、権威主義的な言葉でそのような主張をするのは時代遅れである。その代わりに、「専門家の意見に従うべきだ」という官僚的な意見にくわえて、「諦めて〈グローバル化〉の〈現実〉を受け入れろ」という意見を混ぜ込んで主張する必要がある。しかし、それだけでは十分ではない。だからこそ、新たな権威主義の政治経済体制を設計する専門家たちは、大衆にたいして、いうなれば国際民主主義という映画の予告映像をみせてやらなければならないと判断した。それが「欧州議会」と「欧州選挙」である。(略)
もちろん、この「議会」は名ばかりのもので、運営権のある執行部もなければ、立法権ももたず、したがって「欧州憲法」を修正することもできない。ヨーロッパにそのような権限をもつ議会が存在しないのは、欧州連合というゲームのルールを決めたのが各国の行政府であり、しかもそのルールが専門家でさえ面食らうほど複雑かつ解読不可能な国際条約から成り立っているからである。欧州議会には政権与党がいないので、当然ながら野党もいない。「偉大なるヨーロッパ」の建設に懐疑的あるいは無関心な議員は投票で棄権するだけであり、また、そのような議員の割合は増える一方である。逆に議員たちが投票して、EUエリートが「反ヨーロッパ主義」とみなす人物を代表に選ぶと、エリートの仲間である議員たちは議会の日々の討議にまったく参加しなくなり、次の選挙までの五年の在任期間中に一言も声を発したことがないほど、傍観者として振る舞うようになった。発足から数十年にわたり、欧州議会は中道諸派の大連立によって担われており、意志決定権を国内民主政治から「欧州」へと移すことを求め、各国にたいして強力なロビー活動をおこなってきた。それは「欧州」が各国の民主政治による要求を無視し、シュミットのいう「民主的多元主義者」によって資本主義の自由市場メカニズムが妨げられないようにするためであった。
 現在「ヨーロッパ化」という言葉は、各国の民主政治から政治経済的実体を制度的に奪い去ってしまうことと、ほとんど同義である。それは国境を越えて成長した経済がついに政治的に構築され国際条約によって承認された「単一市場」を完成させるにいたって、その市場から国民国家にかろうじて生き残っている再分配主義的な「社会」民主主義を一掃してしまうことである。
(略)
たしかにヨーロッパの諸国にはいまも民主的諸制度は残されているが、それらの制度による経済的ガバナンスをおこなうことは、もはやできない。というのも、市場の歪みを正そうとする非資本主義的な要求により、経済運営が左右されることは認められないからである。そして、経済的ガバナンスが存在するところには、もはや民主主義は存在しない。しかし、それが誰の目にも明らかになると厄介なので、EUの首脳陣たちは昨年の欧州選挙――グローバル「金融危機」への対処を決める必要性が感じられていた時期――にさいしてさまざまな手段を講じた。それらの手段は、すでに国内の民主政治で、有権者たちに自分たちが選択肢をもっていると思わせるために、ずいぶん前から使われてきたものである。中道左派中道右派の二大派閥の首脳陣は、互いの政治的主張や政治的利害にいかなる違いも見出すことができなかったため、問題を理念から人物へとすり替えることにした。すなわち、選挙でEUやユーロ通貨への賛否を問うことは避け、自分たちが欧州委員会(もちろん、これは欧州議会ではなく加盟国政府が委員を任命する委員会である)の議長職を争う立場にあることを全面に訴え、候補者を立てたのである。それはまさに、ハーバーマスのいう「上っ面民主主義」そのままの振る舞いであった。この両派は、互いの相違点を説明することもなかったという点では、ドイツ国内の社会民主党キリスト教民主同盟に相当する派閥よりもひどかった。(略)そのため投票率は低下して43%となり、あえて投票所に足を向けた人々の15%が「反ヨーロッパ主義」と(「真のヨーロッパ派」によって)分類された政党に投票したのである。そのような状況であるにもかかわらず、議席の30%を獲得(これは投票者全体の13%の得票にすぎない)した派閥の筆頭候補者は勝利宣言を出し、他方で25%の議席を獲得した敵対勢力の派閥は、欧州委員会の副議長を自分の派閥から出すことを条件に、相手方の筆頭候補者にたいして彼の議長就任への支援を約束した。ただし、その後こうした約束が明るみになり、すべてご破算になった。
(略)
 欧州理事会は各国の民主的制度、とくに各国の議会から影響を受けない仕組みになっており、各国政府間で秘密交渉をつうじて運営される。したがって理事会がひとたび決定を下せば、各国の民衆や政治家たちがその決定を覆すことは、ほぼ不可能である。
(略)
 ヨーロッパの経済ガバナンスにおいて欧州理事会が特権的立場に置かれたことは、もうひとつの帰結をもたらした。それは階級闘争が国際対立として再定義され、それによって階級間の配分問題が国際問題へと転化されたことである。それは国内の階級を超えた連携を促すための口実となったばかりでなく、経済的対立をごまかすための口実にもなった。というのも、経済的対立はさらに広い諸問題のパッケージを構成するひとつとみなされ、外交領域の問題として扱われるようになり、さらに国際平和の問題といっしょくたにされてしまったからである。こうして(略)国際協力が社会正義より優先されることになった。
(略)
ハイエクはこう述べる――国際的連合は将来に国際平和を達成し、維持するために必要となる。しかし、経済的統合に失敗したら、その連合は崩壊するだろう。経済規模がさまざまに異なる諸国の経済を統合するためには、市場を統合するしかない。なぜなら加盟国は、おそらくそれ以外のいかなる合意も結ぶことができないからである、と。この1939年に書かれた論文によって、さまざまなが流れがひとつに結ばれる。すなわち、オーストリア学派の経済学、両大戦間のシュミットの「権威主義リベラリズム」、戦後ドイツのオルドリベラリズム、そして1990年代以降の欧州通貨同盟の新自由主義が、ここでつながるのである。

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