もっとも崇高なヒステリー者 ラカンと読むヘーゲル

もっとも崇高なヒステリー者 ――ラカンと読むヘーゲル

もっとも崇高なヒステリー者 ――ラカンと読むヘーゲル

「父ガソウデアッタヨウニ、騎士ニナリタイ」

 最初の「へーゲルの唯物論的転倒」とは。人はこれを正確に位置づけることができる。それは一八二八年の五月二日、ニュルンベルクの中央広場で起きた。この日、奇妙な服をまとった一人の若者がニュルンベルクの街の中心部に現れた。彼の様子、そして彼の仕草には固さが刻印されていた。言葉としては、ただ、暗唱された「主の祈り」の断片さながら、「父ガソウデアッタヨウニ、騎士ニナリタイ」という謎めいたフレーズ、つまり〈自我理想〉への同一化の糸口を、文法的間違いを犯しながらたどたどしく発するのみであった。そして、左手にはカスペル・ハウゼルという彼自身の名と、ニュルンベルクの騎兵隊長の住所が記された紙片が握られていた。後になって、言葉を獲得したカスペル自身が語った生い立ちの物語によれば、彼は、ニュルンベルクに連れてこられるこの日まで、たったひとりで「暗い洞窟」の中で暮らし、「黒い男」がそこに飲み物と食べ物を運んできてくれていたのだという。その黒い男が、その日、彼をニュルンベルクヘと連れてきたのだが、その男は道すがら彼に言葉を教え込み、そのために彼は言葉らしきものを唱えることができたのである。ダウメル家に託されたカスペルは「急速に人間らしくなり」、「本当の意味で」話すことを覚え、いわば有名人士となった。(略)平穏なままに数年が過ぎたが、一八三三年十二月十四日の午後、彼は刃で瀕死の重傷を負わされて発見されることになる。死の床で彼は、襲撃したのはあの「黒い男」だったと告げた。
(略)
カスペルは、子供の時に野に棄てられ思春期になって発見される王家の子というあの古い神話を体現していた。すぐに彼はバーデンの王子であるという噂が広がった。(略)
十八世紀の終わりという時代には、人間の共同体の外で生育した子供というテーマは、人間の「自然的」部分と「文化的」部分の峻別という問いの純然たる具現物として、文学的にも科学的にも、ますます頻繁に扱われる対象となっていた。
 だから、カスペルとの遭遇は「唯物論的」視点から見れば予期せぬ一連の出来事の帰結にすぎないとしても、形式的視点から見れば、それは本質的に必然的なものであり、その時代の知の構造が前もってその場を用意していたものなのである。ひとつの空の場がすでに構成されていたという事実があってはじめて、彼の出現はセンセーションを引き起こすものとなったのだ。一世紀早くても一世紀遅くても、彼の出現は認識されなかったにちがいない。満たすべき内容に先行するこの形式、この空の場を把握すること、その点にこそへーゲル的意味での理性、つまり、悟性に対置されるものとしての理性の真の意味がある。(略)
ヘーゲルは決して「唯物論的転倒」に茫然と追い抜かれたのではなく、彼はまさにそれに先んじて、それを理性化した者だったのである。

ヘーゲルフロイト

へーゲルが概念について言っているところを思い出してください。彼は「概念は物の時間である」と言っています。確かに、概念は常にものが存在しないところに存在していますから、概念はものそのものという意味でのものではありません。それはものに取って代わることになります。……ものの何がそこに存在しうるのでしょう。それは、ものの形でも、ものの現実でもありません。何故なら実際の現実という点ではすべての場所が占められ塞がっているからです。へーゲルはそのことを大変厳密に次のように言っています。「概念とは、そこにはまったく存在していないのに、ものを存在するようにさせるもののことである」。……差異におけるこの同一性、概念との関係を特徴づけているこの差異の同一性によって、ものはものであり、……「fact(事実)」は象徴化されているということになるのです。(ラカンフロイトの技法論』)
 「死の欲動」とは、だから、ものが象徴化されるや否や起こる、無媒介的現実性におけるもの、物体としてのものの抹消を意味している。ものはその直接的現実の中よりもその象徴の中により現前することになる。ものの統一という、ものをものたらしめているこの特徴は、ものの現実との関係において中心から逸れている。ものは、その概念的統一に象徴を横切って到達するためには、現実としては「死ななければ」ならないのである。
(略)
 フロイトのある概念は、この無に帰す行為をきわめて見事に示している。それは「なかったことにすること」、つまり「すでに起きていることを起こらなかったことにすること」であり、あるいはより簡潔に言えば、遡行的な取り消しである。(フロイトフロイト全集19』)。へーゲルにこの「なかったことにすること」を精神の崇高な力として規定する同じような言い回しがあるが、これは単なる偶然という以上のものである。過去を「解体する」この力は、象徴的水準においてのみ考えることが可能なものである。つまり、無媒介的生において、またその循環においては、過去は過去でしかなく、それはそういうものとして否定できないものである。しかし、一旦、テキスト、すなわち象徴的痕跡の網としての歴史という水準に置かれるや、すでに起きたことを起きていないことにすることができ、過去を打ち消すことができる。だから、「なかったことにすること」、つまり否定の最上位の現れを「死の本能」のへーゲル版として考えることもできるだろう。それは、へーゲルの理論過程における単なる偶発的、辺縁的な要素ではない。むしろ弁証法過程の鍵となる契機、「否定の否定」とも呼ぶことのできる契機、「反定立」の「総合」への転倒を指し示すものである。総合に本質的な「和解」は分割の超克や(それが「弁証的」であれ)保留にあるのでも、向こう側への通過にあるのでもない。そうではなく、「和解」は、分割などまったくなかったことにする遡行的確認のうちにこそある。「総合」は分割を遡行的に打ち消すのである。『エンチクロペディー』中のへーゲルのあの謎めいたしかし決定的な一文はまさにこのように読むべきものである。
   だから、終わりなき終局(目的)が完遂されるとすれば、それはまだ完遂されていないとわれわれに信じさせている幻想を取り除くことによってしかありえない。
――目的はそこに到達することによって完遂されるのではない。そうではなくて、その実現化の道しか見えないその時点ですでに達成されていると感じることによって、完遂されるのである。前進しながら、なおまだそこに達していないのに、しかし、突然にそこに達していることになる。(略)
途上において、われわれはまだそこに到達していないのに、真理は〈亡霊〉のように、すなわち道の果てでわれわれを待つ約束のように、われわれを前方へと押し出す。

「理性の狡知」

 最初に指摘しておくべき点、それは、通常忘れられていることだが、ヘーゲルが理性の狡知の位置づけについて語る時、彼はそれによって理性の狡知を批判しているという点である。より正確に言うなら、ヘーゲルは「理性の狡知」の主体という位置は本質的に不可能であることを論証している。「理性の狡知」というものはつねに二重のもの、それ自身二重化されたものである。(略)
ヘーゲルのテーゼは、操作者はつねに操作されているということである。(略)
 しかし、「理性の狡知」という観念を見いだすのに、何もへーゲルを待つ必要はない。すでにカントが、フランス革命の帰結(恐怖政治等々)に落胆し、「自然の隠された計画」という観念、歴史の発展を方向づけるものとしての神の企図という観念を持ち出している。歴史過程の合理的性格という考え方、歴史過程は「制御的観念」によって導かれ、理想状態へと接近しつつあるという信仰を守るために、カントは――フランス革命という過剰、すなわち純粋な主体性の宣言の後――歴史過程の目的論を保証する超主観的な〈絶対者〉を持ち出さなければならなかった。明確なこのパラドックス、つまり、〈絶対者〉は隠された自身の目標の実現のために道徳的な主体を無意識の方法として使いながら、道徳的主体の役に立っているというパラドックスがある以上、諸主体はただ〈絶対者〉の知恵に帰依し、自身の運命に耐えるだけでいい。それは、人が究極の〈目的〉のために犠牲となるという意識、人がもはや超越的な力の玩具ではなく、真に自由であるような状態の確立に貢献しているという意識とともに、行われるのである…。知識人の運命について講じられたフィヒテの講演の中によく似た主題を見いだすことができる。すなわち、歴史は神的〈理性〉の形をとった〈絶対者〉によって支配されている。〈知識人〉には、少なくとも部分的にでもこの神的〈理性〉を認識し、この理性と調和する形で蒙を啓かれていない他の個人たちの活動を導くことが委ねられている。フィヒテのこの省察には、〈党〉についてのレーニン的、スターリン的な考え方の萌芽が含まれている。(略)
一見すると、「理性の狡知」という概念を導入することで、へーゲルもこれと同じようなことを言っているように見えないこともない。
(略)
しかし、「理性の狡知」に関するへーゲルのこの見方と〈知識人〉の役割に関するフィヒテの考え方との間には本質的な相違がある。ヘーゲルにとって考察外にあり、アプリオリに排除されているのは、まさに、レーニンスターリン的な〈党〉において実現されるフィヒテ的観念、つまり次のような考え方である。ひとつの力、政治的歴史的な一人の行為者が「理性の狡知」によってその行為を正当化することができるという考え方、自身の行動を「神的企図」の枠内に位置づけ(略)具現化された〈歴史的理性〉として、非媒介的に、あらかじめ措定することができる、そういう一人の政治的歴史的主体があるという考え方である。言葉を換えれば、ヘーゲルにおいて考察外にあるのは、〈絶対者〉の認識を主張するひとつの主体的立場が歴史的実践的次元と結びつくことである。つまり、ヘーゲルはこのような結合、歴史における〈理性〉の具現化として自らを正当化するような行動的立場が全体主義的恐怖しか生み出さないということを熟知しているのである。「理性の狡知」はつねに事後的にしかやってこない。(略)
行動の実際の帰結が、目指していた目的とは異なることに主体が気づいた時はじめて、後から遡って把握されるものである。(略)行為はつねに本質的に失敗していて、根本的な間違いを内包するものである。

マルクスフロイト

 マルクスフロイトの間には、それぞれが商品と夢の「秘密」に迫ろうとした際のやり方に基本的な相同性がある。どちらの場合も、形式の背後に隠れる「内容」というフェティシスト的な幻惑、盲目を避けることが要となっている。分析によって暴かれるべき「秘密」は、形式(夢の形式、商品の形式)によって隠蔽された内容ではなく、逆に、その形式そのものである。夢形式の理論的な把握は、夢の「隠された核」とか潜在思考を説明することで成立するわけではなく、むしろ、なぜ夢の潜在思考がこのような形式をまとったか、なぜそれは夢という形式へと変換したのかという問いへの答えの内にこそある。商品の場合も事情は同じである。真の問題は、商品の「隠された核」、つまりその商品の生産のために費やされた労働量による価値の決定へと迫ることにあるのではない。そうではなく、なぜ、労働がある商品価値という形式をとったのか、なぜ労働はその生産物という商品−形式でしかその社会的性質を示すことができないのか、それを説明することにこそある。
(略)
マルクスが言っているように、「労働生産物が、商品形態をとるや否や生ずる、その謎に満ちた性質はどこから発生するのか?明らかにこの形態自身からである」

「幻想を横断する」

「幻想を横断する」とは、まさに、見られたものに対する眼差しのこの優先性を体験することではないのだろうか。ヘーゲル自身が彼の「私生活」で、このことを裏付けているように思われる。(略)へーゲルはある手紙に、25歳から30歳の間に彼自身が陥っていた長い抑うつ、「自己の力をすべて麻痺させる」までに至った「ヒポコンドリー」について語っている。ヘーゲルは絶対知の代価を払う覚悟が、つまり、犠牲そのものの犠牲にまで至ることで根源的な犠牲を払う覚悟ができていなかったのである。この経験について、彼は『信と知』の中で次のように描写している。
 主観という一切の蚊は、この燃え尽くす火の中で焼滅する。そしてこの犠牲と否定の意識すらも否定される。
(略)
ヘーゲルは幻想を横断する時期を経てはじめて、つまり、〈他者〉における欠如の経験、そして対象はこの欠如によって開かれた空を埋めているにすぎないという経験を経てはじめて、「へーゲルになる」のである。この経験の上ではじめて、ヘーゲルは主体性の位置をひとつの空なる場として、分断された身体の断片が、つまり幻想的部分対象が出現するスクリーンとして、他者の眼差しの中に具現化された〈空〉として、同時に「世界の夜」であり、深淵であり、「無からの無」である〈空〉として、描くことができたのである。そこを出発点としてのみ新たな内容の創造が可能となるあの「無」である。
 人間はこの夜であり、すべてをこの夜の単純態のなかに包み込んでいる空虚な無であり、無限に多くの表象と心像とに満ちた豊かさなのである。とはいえ、これら表象や心像のいかなるものも、人間(の心)にただちに浮かんでくることもなければ、あるいは、生々しいものとして存在することもない。ここに実在するものは夜であり、自然の内奥、純粋な〈自己〉である。幻影に充ちた表象のうちには、あたり一面の夜が存在しており、こなたに血まみれの頭が疾駆するかと思えば、かしこには別の白い姿が不意に現れてはまた消える。闇に浮かぶ人の姿に目を凝らしても、見えるのは闇ばかり。人の姿は深く闇にまぎれて、闇そのものが恐るべきものとなる。げに、世の闇は深く垂れ込めるものなれば。
 人が人をその目において見る時、人が知覚するのはこの夜である。すなわち、恐ろしいものとなる夜である。この時われわれに現れるのは、世界の夜である。(『イエーナ体系構想』)

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