啓蒙の民主制理論・その2

前回の続き。

啓蒙の民主制理論―カントとのつながりで (叢書・ウニベルシタス)

啓蒙の民主制理論―カントとのつながりで (叢書・ウニベルシタス)

51 カントとホッブズのちがい

カントが、国家元首は「罰せられることができない」と言ったからといって、それは決して、国家権力に対するあらゆる抵抗の否認を意味するわけではなく、ましてや国民主権の否定を意味するものではない。そうではなくてカントは、いまだなお中世的な法維持国家の訴訟手続きと、その形式的な処罰行為とにとどまる抵抗権に反対したのである。
(略)
 カントが抑圧された国民に対して、国家元首に対抗する「強制権」をまったく認めないからといって、カントは国民の権利一般を否認するわけではなく、元首を法から免れた者とするわけでもない。カントの定式化によれば、「社会契約の理念」からは「国民のための現実的な諸権利は」導出されえないのであるが、このことは常に繰り返しホッブズ的解決との類似点として誤解されてきた。しかしカントは(まだ主権者となっていない国民と元首との関係に関して)、同じ場所で忍耐強く次のように説明しているにもかかわらず、それが正しく理解されることはなかった。「国民が権利をもつならば、国民は権力をももつということほど当然のことはないように思われる。しかしまさに国民は、正当な権力をまったく樹立しえないがゆえに、厳密な法はもたず、ただ理念的な法をもつにすぎない」。「法」と「強制する権能」に関するカントの含意から、法の理念性とは、法の非現実性を意味するのではなく、国家によって運用される実定法に対する対立項を意味するだけであることがわかる。この点に関してカントは、ホッブズとの相違を全体に関わるものとして、十分な正当性をもって説明している。実際のところホッブズは、カントとは「正反対の意見」をもち、自らの契約説から国家市民の無権利状態を導出し、国家市民に対する国家元首の不法はありえないと宣告した。これに対してカントは、国民は「国家元首に対して、たとえ強制権ではありえないにせよ、失われることのない諸権利をもつ」、と主張し続けた。
(略)
ホッブズが主権そのものを自然法によって構成しようとするのに対して、カントは国民主権を理性法によって基礎づける。(略)
ホッブズは立法的主権と暴力の国家独占とを同じように自然法によって正統化し、ともに国家の上層部に委ねるが、カントは「理念的」法と強制法を区別することによって、まさにホッブズ的な解決を回避する。カントは理性法によって国民主権を正統化するのであるが、暴力の独占はそうした正統化からは除外されたままである。暴力の独占は上層部に委ねられ、国民主権は社会的底辺層に委ねられる。その際こうした分離独立化の本来の意味は、国家権力を純然たる国民意志の執行へと還元するという点にある。
 こうしたカントによる構成は、国民主権がまだ実現されていないようなシステムに対しても首尾一貫性を保っている。君主は主権者ではなく、たんに主権者を代表するにすぎない。そのかぎり君主は立法権を管理するが、執行権の最高位者としては、文字通り「法則の下に」立つ。
(略)
カントにおいて、君主は主権者としては法則の上に立つが、統治者としては法則の下に立つということである。それゆえ民主主義以前の段階においてすら、執行的強制権力は、法治国家において従わなければならない最小限の拘束をもつのであって、それは、法的に拘束されない主権者としての君主が立法した諸法則によって、統治者としての君主が(これとともに全執行機関が)拘束される、ということである。

60 イギリス革命とフランス革命

カントはフランス革命を正当化するためにこれを「合法的革命」として叙述したのではない、ということである。むしろカントは、新たな法を法外的に創設しようとする際、フランス革命家たちの憲法体制理解に完全に従っていたのである。
(略)
君主自身が変革のための法基盤を提供してしまった[とする](略)イギリスにおける適法性という擬制は、国王を、「無効宣言」し「免除」する事件の立役者とみなすのに対して、カントでは、君主は主権を委譲したのではなく、むしろ逆に国民の方が立役者であって
(略)
イギリス革命の主導者たちは、カントが革命を法外的なものとして理解したのとは異なり、革命を適法性に基づいて構成しようとしたのである。これが意味するのは、君主の法違反から自動的に新しい法的状況が生み出され、その基盤の上で名誉革命の諸活動が遂行される、ということである。
(略)
これに対して、カントは、フランス革命憲法草案者たちと同様に、新しい憲法体制の樹立という目的のために、主権をもつ憲法制定権力の法外的交代を基礎づけた。
(略)
カントの用語法では「革命」は、それがその暴力行為という側面と同一視される限り、消極的にしか使われない。カントは次のように言う。理性のアプリオリな諸原理にふさわしい憲法体制は、「革命的に、ある飛躍によって、すなわち(!)、それまで存立していた誤った」憲法体制の「暴力行為による変革によって」導入されてはならない。「なぜならこの場合、その中間にあらゆる法的状態の根絶する瞬間が生ずるだろうからである」。
(略)
いかなる状況においても避けるべき破棄とは、市民状態一般の同時的根絶である。
(略)
カントにおいて憲法体制一般が意味するのは、立法的主権そのものの現存であり、繰り返すが、特定の主権者の現存ではないのである。(略)
以前の憲法体制が革命によって破壊されたとしても、およそ立法的主権者が存在する限り、市民状態は遺棄されない。カントにおいて重要なのは法の継続性ではなく、法を基礎づける法外的な主権の継続性なのである。
(略)
国王がひとたび全国民の代表者を召集した後では、国王の不幸はまさしく自分の主権に由来するのである。そのとき国王は無に帰した。なぜなら国王の立法的権力は、国王が全国民を代表することにのみ基づいているからである。以上から、一個人が主権者であることの不正義もまた明らかとなる。この主権者は、彼が代表している者が自ら登場してくることを許すことができない。彼は全体を具現しており、自分自身はその一部ではなく、たんにその代理人にすぎないので、この全体が自ら立ち上がるというような事態を招いたならば、彼は無に帰するのである」。それゆえカントは、主権の不可分割性に基づいて革命という出来事を正当化する。

69 カール・シュミットとカント

[カントと法実証主義の]その合致点は、以前からあらゆる法実証主義理論の「制限」として不当に批判されており、すなわち、法実証主義理論は革命を常にたんなる「事実的領域において起こった法変更としてしか扱い」えないと言われている。
(略)
ヴァイマル憲法に反対する旧保守層や保守的過激派の反民主的戦略は、まさに革命以前の憲法体制の法原理に基づいて新しい憲法を判定しようとしたり、あるいはさらに、革命的創設作用そのものに法的性質を与え、そこから国民議会の憲法制定権力に対する実質的な拘束と制限を導き出そうとしたのであった。とりわけカール・シュミットは、法実証主義理論をたんなる権力理論にすぎないとして弾劾した。なぜなら、法実証主義理論の自己理解によれば、この理論は変革によって生み出された新たな国家権力を、その基礎づけの際の違法性は国家権力の普通のメルクマールにすぎないという議論によって、法的に承認してしまうからである。これに対してシュミット自身の理論は、憲法制定権力そのものを一つの法現象として彫琢し、その中で実質的な基準を獲得しようとする。こうして得られた基準に照らすならば、民主的憲法制定や民主的法定立という成果は水泡に帰すはずである。
(略)
実定法概念は革命的事態に直面して「国家法がここで途絶えた」ことを認めうるだけである、とカール・シュミットはその制限を批判する。これに対してシュミット自身は、法概念が革命的状況や、一般にあらゆる極端な例外状態をも包含しうるように、これを拡張するのである。しかしこれによって法は、カントおよび民主的形態の法実証主義にとって、あるいは少なくとも法治国家的形態の法実証主義にとって重要であった性質を失ってしまう。(略)
極端な状況に対応する柔軟さをもつ法が、あらゆる個別事例に関して国家機構に例外的措置を許すならば、拘束は何もなくなってしまうであろう。かくしてナチス体制は、カール・シュミットの理論を利用することによって、法治国家において定められた一切の法を破りながら、なおかつ「法のうちに」とどまることができたのである。カントの厳しい表現は、正式の処刑によって例外そのものが規則へと高められ、それによって法の基盤が破壊される場合には、この処刑を殺害よりも重大な犯罪であると宣告する。このようなカントの厳しい表現は、全体として、恒常的な例外状態を法秩序へと高めてしまうシステムに対して向けられているのである。

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