ラップは何を映しているのか 大和田俊之

ラップの非政治化

磯部涼 トランプの勝利確定直後の混乱状態においては、「これは白人労働者階級の革命だ」なんてことが言われましたが、だんだんデータが出揃ってくる中で、トランプを勝たせたのは、むしろ、「アフリカ系やヒスパニックのようなマイノリティだ」という見方も出てきていますね。(略)
BLM[Black Lives Matter]を通して広まった、怒れるアフリカ系というカウンター・カルチャー的なイメージとはまた違った姿が、現実には存在しているということをあらためて突きつけられた。エイサップ・ロッキーの「ファーガソンの事件については話したくない。なぜなら、オレはソーホーとビバリーヒルズに住んでいるからだ」や、リル・ウェインの「BLMとはつながりを感じない。オレはヤング・ブラック・リッチ・マザーファッカーだからだ」、あるいは、カニエ・ウェストの「自分は投票に行かなかったけど、もし行っていたらトランプに投票していた」といった発言にも、「ラップ・ミュージック=政治的」という見方がいかにステレオタイプかということを思い知らされました。
(略)
選挙戦後のチャンス・ザ・ラッパーの「政治の話はしたくない」というような発言にも象徴される、ラップ・ミュージックの非政治化
(略)
[トランプの勝利を後押ししたのはカントリー・ミュージックのスターだという話もあるが]
『ザ・ガーディアン』によると、実際にはカントリーにおいても政治的な発言は避けられる傾向にある。それどころか、2016年の「カントリーミュージック協会賞」ではビヨンセを呼んでバランスをとりましたよね。
 全体的に見れば、ラップ・ミュージックもまた同様だと思います。つまり、アメリカの分断が深まる中、ポップ・ミュージックはそれを無難なかたちで避けようとしている。(略)
大文字の政治という意味では、「いま」を映さなくなってきたとも言えるのではないかと、あるいは、それこそが「いま」なのかもしれません。

政治的なラップ

吉田雅史 (略)個人的なリスニング体験としては、「ラップというのは政治的だ」というところから入ったんです。しかし、その後いろいろと聴くうちに、パブリック・エネミーのように啓蒙的にアジるだけではなく、ただ目の前に見える風景を描写するようなもののほうにこそ考えさせられることが多かったりもして。(略)
パブリック・エネミーの場合は、ネルソン・ジョージも指摘しているように、政治的なものが“カッコイイ”んだという見せ方が商業的に成功した。パリスにしても、見た目からしてかっこよく見えた。
磯部 ブラック・パンサーみたいな黒ずくめの。
吉田 そういうイメージも上手く活用しながら商業的に成功したものが歴史を作っている側面も大きい、ということだと思います。
大和田俊之 いや、それでもアメリカでは基本的に「ラップは政治的であるべきだ」という評価がいまでも主流だと思います。というか、そのあたりの言い方が難しくて、実際にサウスを中心とするメジャー・シーンはあるんですが、やっぱり多くの評論家はいまでも政治的なラップを評価したいと思っている。
磯部 そこでいう「政治的なラップ」とは?
大和田 ブラック・コミュニティの地位向上に貢献する、ケンドリック・ラマーを代表とするようなラップですね。
(略)
黒人だけでなく、むしろ白人が黒人音楽に政治性を求めてきた歴史がどうしても目立つんですよ。彼ら彼女たちは例外なくリベラルで良心的であって、黒人文化の評価という意味ではその功績も計り知れないわけですが、それがどうしても行きすぎてしまう。すると、政治的な黒人音楽は評価するけど、政治的でない黒人音楽は評価しない、というようになる。つまり、彼らにとって「正しい」黒人音楽と「正しくない」黒人音楽という価値基準ができるわけで、それは彼らがリベラルな価値観をマイノリティのカルチャーに投影してしまうからです。そしてそれは、日本の多くの音楽評論家にも共有されていた価値観だと思います。

コンシャス・ラップ

吉田 コンシャス・ラップと言う時、ジェフ・チャンによればそれはポリティカル・ラップに比較して「牙を抜かれた」ような存在であると。面白いのは、タリブ・クウェリが、コンシャス・ラッパーとレッテル貼りされてしまうと自身を狭めてしまうと言っていることです。
磯部 日本で言う「意識高い系」みたいなものだ(笑)。
吉田 まさにそうですね。コンシャス・ラッパーと名指されることは「死の罠」であり、いわゆるサブジャンルとしてのコンシャス・ラップが好きな層にしか聴いてもらえなくなると。現にタリブはロウカスからデビューした当初は、早口で非常にコンシャスなラップスタイルでしたが、次第にオンビートなラップスタイルでポップなほうへと移行してゆく。ここ最近では世の中の動きもあってまた政治的な方向へと戻っていますが、アメリカではケンドリックに代表されるポリティカルな方向性が戻ってくるまでの空白期間が長かった印象ですよね。

ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]

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KRS・ワン

吉田 コンシャス・ラップというものを考えたときに、やはりKRS・ワンの存在は大きいですよね。彼はティーチャーと言われていますが、「ストップ・ザ・ヴァイオレンス」と言いながらもP・M・ドーンのことを公衆の面前で殴ったり、イェールやハーバードで授業を受け持つ機会があったりしつつも、黒人の生徒たちに、白人の作り上げた教育システムで学ぶことはないとか、黒人である以上まともな仕事に就ける保証などないと発言して、彼らを絶望させたりしてしまうんですね。そのような矛盾が言動に表れているんです。
 KRS・ワンは貧しい出自で、その底辺から自分を救ってくれたスコット・ラ・ロックという音楽パートナーであり命の恩人が殺されてしまったりということもあって、何も信用できない、キレイごとなんて言っていられないというところがあると思うんですが、まさにそのような矛盾がヒップホップにおいて「正しさ」とは何かを考える上で重要だと思うんです。

「The Message」(1982年)再考

磯部 ポリティカル・ラップについてということになると、やはり、グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブの「The Message」の話をすべきだと思いますが、これはいわゆるアメリカのゲットーを描いた最初のラップだと言われています。ラップの内容も、この街はまるでジャングルみたいだ、どこに行ってもガラスが割れていて……。
吉田 ゴキブリがいて、ネズミもいて、外をバットを持ったジャンキーがうろついているぜという(笑)。
磯部 で、フックは、「押すなよ、オレは崖っぷちにいるんだから。必死で気が狂わないようにしているんだ」と。
(略)
70年代のラップ・ミュージックは政治的というよりは、政治から逃避するための音楽だった。世の中は酷いことばかりだからせめて楽しいことをしようという、要するにパーティ・ミュージックだったわけですよね。
(略)
吉田 (略)当時、ラップのバックトラックは、ディスコ・ミュージックの延長線上で、ディスコ・ラップとも言われていました。それに対して「The message」のサウンドはBPMも遅く、ディスコ・ラップからは完全に抜け出している。さらに、ラップをしているメリー・メルの最初のフックの入り方やセカンドヴァースなんかは非常にテンションを抑えていて。パーティ・ラップはその内容もさることながら、ラップの仕方もテンション高めでそれこそアゲアゲだったのに対して、「The message」のシリアスな語り口はその内容と呼応しているように見える。
磯部 ただ、それは結果的にそうなったという話で、重要なのは、この曲にはグランドマスター・フラッシュを始め、メンバーがほとんど関わっていないということですよね。もともとは、デューク・ブーティというパーカッショニストがデモ・テープを作って、それをシュガーヒル・レコーズ社長のシルヴィア・ロビンソンがグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブに歌わせようとしたものの、彼らは、「こんな曲、パーティで受けない」と言ってやりたがらなかった。ちなみに、ヒットしたラップ・ソングの第一号であるシュガーヒル・ギャングの「Rapper's Delight」でも、シルヴィアがほぼ素人の若者を寄せ集めて、パクった歌詞をラップさせたという。そういった楽曲たちがラップ・ミュージックの歴史を変えてしまうんだから、皮肉ですよね。
吉田 それで、「The message」ではメリー・メルだけがしょうがないなとしぶしぶ歌って、他のメンバーは最後に寸劇みたいなもので参加して、MVでは口パクしている(笑)。(略)
要は、シリアスな楽曲がうけるんじゃないかというマーケティングの産物ということなんでしょうか。
大和田 前年の1981年にレーガン政権が誕生していますが、70年代以降のいわゆるポスト・インダストリアルな世界がとりわけニューヨークでわかりやすく可視化されていましたよね。つまり、黒人コミュニティ側に「The message」を発信するモチベーションもあったし、スラム化する都市の風景を問題化したいメディアにとってもタイミングがよかったということだと思います。
磯部 70年代末、ヒップホップはサウス・ブロンクスではすでに時代遅れのものになりつつあったそうなんてすね。(略)グランド・マスターフラッシュのところでさえ人が入らなくなっていた。それが「Rapper's Delight」のヒットで盛り返す。「The message」にしても、メンバーたちが「こんな曲、パーティでウケない」と言ったというのは、彼らの感性が古くなっていたということで、レーベルのほうが「いま」を的確に読めていたというのは興味ぶかいです。
吉田 そういう意味で売れたものが歴史を作っていくというのは妥当性があるわけですよね。アーティストだけに委ねているとシュリンクしてしまう可能性がある。

Pillow Talk: Very Best of

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  • アーティスト:Sylvia
  • 発売日: 1998/08/11
  • メディア: CD
 

ギャングスタ・ラップ

磯部 (略)N.W.A.にしても、「暴力的で性的な黒人のステレオ・タイプ」を演じているという批判がブラック・コミュニティの内部からあったわけです。実際、歌詞を書いていたアイス・キューブはコンプトンの出身ではなく、大学にも通っていて、言わば外部の視線でもってギャングを描き、イージー・Eに演じさせた。だからこそフィクションとしてクオリティが高いものになって、白人にも受けたと思うんですが、ギャングスタ・ラップの元祖と言われるスクーリー・Dの「P.S.K. What Does It Mean?」なんかはギャングが自発的に、コミュニティを楽しませるために作っていたという側面が強いんじゃないでしょうか。(略)
吉田 最近話題の『ラップ・イヤー・ブック』の前書きをアイス・Tが書いているんですが、彼はスクーリー・Dの「P.S.K.」を聞いて、このような表現ができるのかとラップを始めたと言っています。(略)
さらに、1988に「ドープ・ジャム・ツアー」というエリック・B&ラキムやブギ・ダウン・プロダクションズなどの大御所とのパッケージ・ツアーで国を横断して、初めてファンの存在を認識したという。つまり、それまでネイバーフッド内の近視眼的な環境下で作っていたものだったと。
(略)
大和田 あと、ギャングスタ・ラップのイメージでいうと、映画『スカーフェイス』(1983年)が重要だと思うんですよ。(略)
 あの映画がウケたのは、舞台がマイアミに設定されているからだと思います。従来のギャング映画はシカゴやニューヨークなど都市の暗い路地でストーリーが展開する。(略)
都市の暗がりとは真逆の太陽が燦々と照りつけるマイアミで、コカインをめぐる暴力的でホモソーシャルなギャング間の抗争が描かれる。(略)それがまさに西海岸の風景と合致した。都市の路地裏ではなく、開放的なビーチ。ダーク・レディではなく、ビキニの女性たち。しかも、それまでのギャング映画がイタリア系移民中心だったのに対して、トニー・モンタナはキューバ移民、つまりヒスパニックという設定です。『スカーフェイス』のイメージこそがギャングスタ・ラップを準備したともいえると思います。

P.S.K. 'What Does It Mean'?

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ポスト・ソウル世代

大和田 (略)ライターのグレッグ・テイトが80年代の終わり頃に『ヴィレッジ・ヴォイス』に書いた記事が最初と言われてますが、要するに90年代以降、黒人コミュニティやその文化は「ポスト・ソウル」の時代に突入したというわけです。(略)
公民権運動やブラック・ナショナリズム運動が一段落したあとに成人した黒人を指しますが、彼らの考え方が、それ以前の世代とはまったく違うということなんですよね。
磯部 ノンポリになったということですか?
大和田 ノンポリにもなっているし、ブラック・アイデンティティをより流動的に、ハイブリッドなものとして捉えていると。アフリカ系アメリカ人ポストモダニズムという言い方をする人もいます。面白いのは、そのポスト・ソウルを象徴するヒップホップの曲として、アウトキャストの「Rosa Parks」が挙げられているんです。この曲、リリックもローザ・パークスとはほとんど関係ないというか、「バスの後ろにみんな行け」っていうラインがあるといえばあるんですが、基本的には「みんなで騒ごうぜ」としか言ってなくて(笑)、公民権運動の伝説的人物にあまりに無礼だということでローザ・パークス本人に訴えられるんですよ。
 ただ、多くの人がこの曲をポスト・ソウル世代の典型とみなすのは、その前の世代がどこまでも真面目にブラック・アイデンティティにこだわり、運動を繰り広げてきたのに対して、新しい世代はもう少し脱構築的にというか、わざとポピュラーでヴァルガーなかたちに落とし込むことで「Rosa Parks」という固有名を流通させる、そこにある種の戦略的可能性を見るからなんですね。

Rosa Parks

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