ジョンがポールと出会った日

ジョンがポールと出会った日を描いた本。

ジョンがポールと出会った日 (ハッピー・ブックス)

ジョンがポールと出会った日 (ハッピー・ブックス)

リバプール

 リバプールは砂岩でできた丘陵地帯に位置しています。もともと「リバプール」という名は「斜面の集まり」という意味のノルウェー語に由来しています。
(略)
 戦争が残したリバプールの傷はなかなか癒えません。地面は爆撃の跡ででこぼこに穴があき、その上に草が生い茂り、町の中心部はまるで修理をくり返した靴のように見えます。戦争はリバプールをぬれた真っ黒な石炭に変えてしまいました。
 午前四時三十一分。
 黒いすすにおおわれた穴ぼこだらけのこの町は「英国という月」の裏側のようです。うすいグレイの空が、ドック・ロードで燃えつきて捨てられた車の亡骸に、毛布をかけてあげているようです。

「メンローブ・アベニュー」

[市の中心の波止場から5キロ南のウールトン地区メンローブ・アベニューにはジョンの家]
 この地域は、工業都市リバプールというさびついた指輪で輝いているエメラルドです。空気がきれいで、静かで、時間がゆっくりと過ぎていく町。たくさんの公園、教会、店、そしてドアに鍵をかけたことなんてない家々。この宝石のような町は、そんな素敵なもののパッチワークでできています。
 とても気品のある町です。大きなひとつの公園のように、いつもきれいにしておくことを、住民は心がけています。1957年になっても、ここにはスーパーマーケットさえなく、近代化を拒んでいました。
 人々は家庭を中心にして、自然が生み出す不思議なことからも目を離さず、充実した毎日を送っています。名声なんてここではなんの価値もありません。そんなふうな平和なやり方が、うまく機能している地域です。
(略)
今日、ウールトンは、一年で一番大切な日なのです。セント・ピーターズ教会が毎年夏の初めに開くガーデン・バザーの日です。
 けっして国際親善に積極的とは思えない地区ですが、この催しは、パーティであり、バザーでもあり、パレード、食事会、ダンス・パーティ、カーニバル、サーカス、コンサート、そしてピクニック。それらすべてが、ひとつになって行なわれます。
 どこの家庭もなんらかの形でこのイベントにかかわりがあり、みんながこの日を楽しみに待っています。子どもも大人も、若者も年をとった人も、ほとんどの人々が参加するイベントです。

語呂合わせ

若いレノンにとって「アイデア」という言葉は、実際のところ「アイ ドリーム」と同義語だったのです。だからノートの中身は奇想天外です。ウィットのあるアプローチ、反抗的な調子、型破りなスタイル。
(略)
 小さい頃のレノンは、スティーブンソンを楽しく読んでいましたが、ティーンエイジャーになってからは、自分が今いる場所こそ、自分の宝島なのだと思うようになりました。(略)
 こうしてこの若者は、リバプールという宝島に埋められた財宝を探し始めました。風景の中に、音楽の中に、道路に、魂に、リバプールに伝わる物語の中に。
(略)
 青年に成長した今でも、彼は子どもの耳を持ち続けています。音に遊びを発見したのです。声の音、毎日の暮らしの音、体の音、楽器の音、自然の音。すべての音の中に、彼は無限に続くものを聴きとり、そんな音と飽きることなく遊びます。
 彼の語呂合わせは明らかに意図があります。例えば、エリザベス女王の妹、プリンセス・マーガレットの名前は、彼の耳には「プライスレス・マーガリン」と聞こえるのです。彼が「何を言っているかわからない狂人(バブリング・ルナティック)」なのか「若き桂冠詩人(バディング・ローリエット)」なのかは誰一人わかりません。
(略)
 レノンは二階のバスルームで髪をとかしています。もう二十分近くこうしています。何度も何度も何度も、髪をうしろへなでつけます。彼の髪は暗い赤毛。(略)
 ジョンは鏡をのぞき込み、くしで髪をとかし続けます。鏡から目を離し、くしを見ます。思い出しました。これはペニー・レーンの「ウールワース」店で買ったくしです。売り場の女の子の瞳が、カリブ海のようなブルーだったという記億もよみがえります。
 彼は手を止めて、自分自身の目を見ます。くし(コーム)、地下墓地(カタコーム)……彼は、思考の深みにもぐりこみ始めます。数秒間、まったく動きません。それから、彼はまた髪をとかし始めます。
 今日、この十六才の若者が特別念入りなのは、午後、ロックンロール・ショーに出演する予定なのです。くしにグリースをつけて、サイドの髪をバックになでつけ、前髪は前に。額にかかる髪は反逆の旗印です。

ロックンロール

[母]ジュリアは飼い猫にエルビスと名前をつけるほど、ロックンロールが好きです。
 1956年のある日、ジュリアはジョンに、蓄音機でエルビス・プレスリーのレコードを聴かせました。(略)それは、新しい出発でした。解放でした。(略)
十代の秘密で織られた魔法のじゅうたんで滑空する「肉体を離れた声」を聴いている気がしました。
(略)
 彼にとって、このうるさい音楽の一番重要な点は、音のしない、ある「感じ」を彼にくれるということです。「強さ」という感じ。「楽しさ」という感じ。「解放」という感じ。
 「罪悪感がない」という感じ。ロックンロールは、はっきり見えなかったものを、はっきりさせてくれる気がします。人生は階級やお金、学校に支配されているという考えを消し去ってくれます。
 この音楽は若者に、あるメッセージを送ります。
 若いということは、たぶん、きっと、いや絶対に、楽しいことなのだ。成功はたぶん、きっと、いや絶対に、勝ち取るものなのだ。抑圧に対しては、もしかしたら、おそらく、いや何があっても、闘わなければならない。
 人生をこんなふうに感じているのは自分だけではなく、まるごとひとつの国、まるごとひとつの世代が同じように感じているのだ、ということも教えてくれます。
 若いジョン・ウィンストン・レノンは、自分の人生について確信を持てるものは何もありませんでしたが、これだけは確かでした。
 これまで知っていたものの中で、ロックンロールが、一番真実だ。

ポール

十五才になってから二週間と四日しかたっていません。彼は広い通りに面した部屋が六つある家に、父親と弟と一緒に住んでいます。家の前に大きなモクセイの垣根があって、裏庭に丈夫なりんごの木が植えられています。
 一家の生活は、労働者階級からようやく抜け出し、中流階級を目指しているといったところです。公営住宅ですが、この家はもっといい暮らしをしたいという希望であふれています。
 この若者の母、メアリー・マッカートニーは、家族の中で一番、イギリス社会のはしごを登ることに熱中していました。優しいけれど強い女性だった彼女は、家族と仕事に自分を捧げ、看護婦から巡回看護婦、そして地域助産婦へ昇進していったのです。毎朝、籐かごのついた小さな自耘車で仕事に出かけていきました。
 夫婦二人で働きながら、何度か引っ越しをし、そのたびに住所をいいところへ変えていきました。そして1956年の夏、アラートン地区フォースリン・ロード20番地に引っ越してきたのです。
(略)
引っ越してから、数ヵ月後の1956年10月31日、メアリー・マッカートニーは癌で亡くなりました。とても信仰心の強い女性だったメアリーは、痛みで苦しんでいる日には片手に十字架を、もう片方の手には牧師の写真を握りしめていました。
 妻を亡くしたジムは、自分の頼りない収入だけで、二人の子どもを育てていかなくてはなりません。戦後不況の真っ只中、リバプール綿花取引所で働く父親は、週に八ポンド(約八千円)しか稼ぐことができません。

石切り場

教会の広場と隣接している砂岩の石切り場は、広場の乗り物よりももっと厳重に監視されています。(略)ここに、つるはしとダイナマイトで石を切り出し、毎日町へ運ぶ男たちがいます。それが石切工(クオリーメン)です。
 この豊富な石で作った建物は、リバプールのあちこちに見ることができます。ウールトン地区のセント・ピーターズ教会、そして大聖堂。リバプールの多くの家とか学校も、ここからの石で作られます。
 1957年以前は、この石切り場は険しい崖でした。そのため、教会の広場と石切り場の間に石の塀とフェンスが張りめぐらされています。今日のバザーが開かれている間は、フェンスの前に何人かの男性がいて、子どもが乗り越えないように見張っています。

クオリーメン登場

 メガネをかけていない上に、アルコールの霧に包まれた状態だったので、かすんだ目に映るかすんだ景色を見ているだけです。(略)
 ジョンはハローと言って、バンドを紹介します。二個のグレイのホーン型スピーカーが、その声をはっきりと運びます。夏のそよ風に、刺激的な潮風が混ざったような声。
 バンドは突然一曲目に入ります。むし暑くてネバネバした空気の中へ、音のシャワーを浴びせます。錆っぽい、キンキンの音です。この音楽は、近くのリバプールの死者たちの墓石にはね返り、低く垂れたリバプールの空ヘロケットのように飛んでいきます。
 ステージの前で、まだ歯の生えていない赤ちゃんが、母親の腕の中で泣きわめきます。太ったリスがステージの下から、裏の木立へあわてて駆けていきました。
 この若者の音楽は伝統のバザーのムードを切り裂きます。ゆったりした午後を織りなすタペストリーをずたずたにして、十代の震える糸にしてしまいます。音の波は広場全体に押し寄せ、包みこみ、すべての人の鼓膜を洗い流します。
 観客はトンカチで頭を殴られた気分で、ほかのものに目がいきません。みんな口をつぐみ、眉をつり上げ、バンドのいるステージヘ向かいます。ほとんどの人は最初、音響装置がイカれたのだと思いました。
 教会の催しだと言うのに、こんな底ぬけのバカ騒ぎをする人が、ウールトンの世界にいるはずがありません。しかも教会はすぐ隣です。セント・ピーターズ教会から、優雅に流れてくるコーラスとは全然違います。驚くべき不調和!音楽が今にもスピーカーから飛び出して、牧師を叩きのめしそうです。
 一体何が起こっているのか、みんなが理解するまでに少し時間がかかりました。最初の衝撃のあと、多くの人は、この激しい音は何かわからないけれど楽しい、と感じました。この音楽を理解しようとする人たちの中には、歌っている若者の産みの母ジュリア、ミミおばさん、ほかに二人のおばさんもいます。そのテイーンエイジャーがステージの上にいるのを見て、ジュリアと二人のおばさんは誇らしげでうれしそうです。
 彼のおばさんであり、守護母でもあるミミだけは、違います。

ポール登場

 午後四時二十八分。クオリーメンが演奏を始めてから十分たちました。(略)ポール・マッカートニーが、自転車で教会の広場に到着します。自転車をフェンスに立てかけると、焼きたてのケーキのコロンを心地いいそよ風がはこんでいます。(略)
 マッカートニーは広場をぶらつきます。彼はギターを背負っていますが、体の一部になっているのでそのことさえ忘れています。太陽は彼の髪の毛を茶色に照らし、リバプールの地面は彼の影をあたたかく受けとめます。
(略)
 彼の丸い顔がレノンの方を向いて、そこでとまります。(略)
 急に太陽がまぶしくなり、ポールはズボンのポケットにひっかけていた片手をはずして、額にかざします。(略)
頭には、マイクの前に立つギタープレイヤーのことしかありません。彼以外のメンバー、世界のすべてがこの午後の暑さに溶けていきます。
 彼だけがもつロックンロールの感覚です。(略)
 細い体でしなやかに、すべるように動く十六才のジョン・レノン。(略)
 歌詞をすべて知らないので、若者は勝手に詞をでっちあげています。
(略)
ロックンロールの鼓動を聴いています。燃えたつ歌詞を聴きとりたくて、レノンの喉を見ています。(略)
彼がバンジョーのコードを弾いていることに気がつきます。(略)彼が全部の歌の、全部の詞を覚えているわけじゃないことがわかりました。彼のこんな限界がわかった上で、マッカートニーのレーザー光線のような目は、限界の向こう側にある何かを発見していました。
 第一に、レノンの創造的な即興性は、マッカートニーの心に深く刻みこまれました。(略)歌詞は全部知らなくても、彼はそれぞれの歌が一体何で勝利した歌なのかが、完全にわかっています。
 心に残った二番目は、そこにバンドが本当にある、という具体的な現実です。現実世界にそれが存在しているというシンプルな事実に、十五才の若者は感動しています。

邂逅

[紹介された二人は]互いに口をほとんどききません。(略)
二人の間には氷の壁がありました。(略)
 先に氷の壁を打ち砕いたのはポール、立ち上がって、隣にあったギターを取り、弾き始めます。(略)
相変わらずトゲトゲしいレノンは、胸で腕を組んだままです。この黒髪の坊やは少しエルビスに似てなくもないな、と考えています。ギターで何かましなことをやるには幼すぎる、とも。
 その数秒後、マッカートニーがギターに魔法をかけて、それをテューニングの合った一個の楽器に変身させていく光景を、レノンは見入ってしまうことになります。ロックンロールの本能に導かれるまま、このエルビスに少しだけ似た若者は、エディ・コクランの『トゥエンティ・フライト・ロック』をルーズな感じで弾き始めました。丸太にくいこんでいくノコギリのようです。
 声も、演奏も、動きも、素晴しく新鮮で震えてしまうほどです。ホールの緑色の壁を、彼が作ったビートがなぐり続けます。
(略)
 大きな教会の窓からさす光が、夢の中の光のようです。その先に浮かんでいる音楽が、レノンにはかぐわしい音符のブーケのような気がします。(略)
 レノンは口を開きかけ、でも言葉が出てきません。彼の舌はしばられたままです。(略)
 レノンは、もううっとりとマッカートニーから目を離しません。(略)
 二人の出会いです。(略)
 最後にマッカートニーは、たくさんの在庫を持つ記憶の倉庫からリトル・リチャードのメドレーを選び出しました。声をしぼり、ためらいもなく爆弾を一斉投下するように、かん高い叫びを投げつけます。
(略)
 演奏を終え、彼は肩ごしにのぞき込んでいるジョンに気がつきます。(略)彼はレノンに 『トゥエンティ・フライト・ロック』の弾き方について、自分の知識を教えてやります。クオリーメンのギタリスト、エリック・グリフィスもこの講義に出席します。
 そのあとマッカートニーは「もっといいもの」をレノンにくれました。『トゥエンティ・フライト・ロック』と『ビー・パップ・ア・ルーラ』の歌詞を書いてくれるというのです。(略)
 ペンが紙の上をすべり、きれいで読みやすい字が書かれていきます。そして二人に、魔法の指で最高機密であるギターのテューニング法を見せてくれました。
 レノンはこの素晴しい技術を見つめ、学び、吸収します。小さな氷が血管を流れていく感じがして、その瞬間、自分の音楽的地平線がぐんと広がったのを感じました。

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