フランク・ザッパ自伝・その2 オーケストラ批判

前回の続き。

フランク・ザッパ自伝

フランク・ザッパ自伝

アートの世界で、最も重要なものは枠組みだ。

絵画では文字どおり「額縁」だけど、ほかの芸術分野ではもうちょっと比喩的になる。つまり、このささやかな気遣いを忘れてしまうと、どこで「アート」が終わり「日常」が息を吹き返しているのか、絶対にわかってもらえないのだ。
 すべての芸術が「枠組み」を必要としている。もし枠がなければ、壁の上のクソは単なる壁の上のクソでしかない。
 ジョン・ケージを例にとろう。彼がこう言ったと想像してみてくれ。「今からわたしは、喉にコンタクト・マイクを貼りつけてニンジン・ジュースを飲む。これはわたしの作品である」これだけで、彼の喉をニンジン・ジュースが流れ落ちる音は、ジョン・ケージの作品として成立する。このような枠組みを与えるぞと、ケージが宣言したからだ。「誰がなんと言おうと、わたしはこれを音楽と呼ぶ」あとは、聴く側の趣味の問題となる。枠組みを宣言しなければ、そこに存在するのはニンジン・ジュースをごくごく飲んでいるただの男にすぎない。
 では、もしも音楽が最高であるとするなら、そもそも音楽とはなんなのか?どんなものでも音楽になり得る――それを音楽と呼ぼうとする誰かの「意志」が、音楽と感じてやってもいいと思う聴衆の「認識」と合致したなら。
 とはいうものの、ほとんどの人は抽象的な音楽を受けつけられないし、受けつけようともしない。言うことはみな同じだ。「曲を聴かせてくれよ。ばくはこの曲が好きなんだろうか?この曲は、ぼくが好きなほかの曲と似ているんだろうか?まえに聴いたことがあるような曲なら、ぼくはもっと好きになれるんだ。ほら、この三つの音だよ。ぼくだって、この三つの音なら一緒に歌えるんだ。こういう曲が、ぼくは大好きなのさ。ビートも大切だね。ヘンなのはお断りだ。ごきげんなビート、ぼくでも踊れそうなビートを聴かせてくれ。ズン・チ、ズンズン・チ――そう、これだよ。このビートがない曲なんか、マジで大きらいだ。こういう曲を今すぐ聴かせてくれ。それから、似たような曲をもっともっと作ってくれ。だってぼくは、本当に音楽が大好きなんだから」

オーケストラのアホぶり

 以前の俺は、五線紙に小さな黒い丸を書いてゆくのがなによりも好きだった。黒インクのボトルを脇に置いて背中を丸め、小さな丸や細い線を16時間ぶっつづけで書きつづけたものだ。
 いかなる誘惑も、俺をテーブルから引きはがすことはできなかった。コーヒーをいれたり食事を摂るため立ち上がることはあったにせよ、あとはひたすら椅子に座って曲を書きつづけた。数週間、あるいは数カ月も。
 頭のなかで鳴り響く音楽を、愉しんでいたからだ。こんなに面白いことはほかにないと、俺は自分に言い聞かせつづけた。
 音符を書きながら音楽を頭のなかで聴いてゆくという行為は、通常の音楽鑑賞とは完全に別種の感動を与えてくれる。
 今の俺は、もはや「紙に音楽」を書かない。シンフォニー・オ−ケストラと否応なくつきあわされたことによって、五線紙上での作曲をつづける意欲を失ったからだ。
 一曲分のスコアを準備するのには、気の遠くなるような作業が要求される。数百ページにわたって黒い丸を書き連ねなければいけないし、それが終わったら、ミスをしてないかチェックしてゆく必要がある。誰かにパート譜の作成を依頼するのは、そのあとの話だ。
(略)
 書き上げたスコアを、オ−ケストラに演奏させる前段階で登場するのが写譜屋だ。緑色のアイシェードをつけた彼は、袖をめくり上げこう言うだろう。「よーし、ベルからやっつけるか」彼はスコアを睨みつけ、ベル奏者への指示が書かれた部分だけを書き写してゆく。その曲の最後まで、一小節たりとも省略することなく。次に彼はチャイム奏者のパートに取りかかり、こうやって、オーケストラのすべての楽器に与えられた指示をひとつすつ順番に書き写してゆくのだ。
 この仕事で、写譜屋は金を――大金を――もらっている。誰が払うのかって? 作曲家に決まってるだろ。
 わが家の地下クローゼットには、オーケストラ用パート譜が束になって眠っている。五人ほどのフルタイムの写譜屋が、約五年をかけて写しまくった成果だ。この五年間で俺がかれらに払った手間賃は、30万ドル近くに達している。なのに、そのスコアが実際に演奏されるのを聴きたいと俺が思ったならば、さらに多額の金を使ってオーケストラを雇い、演奏させる以外に方法がないのだ。(略)
[以下オーケストラをめぐるドタバタが延々と。ウィーン・フィルとの共演の打診があり、三年かけて準備したのにドタキャン。すでに経費は12万ドル超だった。80年オランダ・フェスティヴァルでハーグ市のオーケストラがザッパの曲をやりたいと言ってきた。]
制作されるレコードからかれらが受け取る印税率の「決定交渉をはじめようとしている」というくだりがあった。(略)
 オーケストラに支払うレコーディングのギャラは、すでにCBSから正規の金額を調達していた。従って、このような要求は了簡違いも甚だしかった。なにより、ある作曲家の作品を演奏するオーケストラが、演奏してやるんだから印税をよこせとその作曲家に要求するなんて、前代未聞の話だ。むろん、この貪欲な職人どもの言いなりになって危険な前例をつくってしまい、ほかの作曲家の生活に悪影響を与えるつもりなんか俺にはみじんもなかった。
(略)
自分で作曲した「シリアス・ミュージック」への俺の投資額は締めて25万ドル、なのに俺は、ただの二日も、実際に演奏された音楽を耳にしていないのだ。
 さて、みなさん……以上がオ−ケストラのアホぶりに関するふたつの事例だ。(略)
 俺のことをバカ野郎だと思ってるあんた。これから俺のバカさ加減を立証してあげるよ。
 オランダでの話がこけたあと、同じような誘いがポーランドから入った。もっと正確に言えば、ポーランドのふたつのオーケストラから、別々に。どちらも、おなじみの結果に終わった。やたら金ばかりかかって、演奏は実現しなかったのである。ついに俺も、こう断言せざるを得なくなった。「ヨーロッパのオーケストラなんか、どれもみなゴミだ」
 このようなプロジェクトには、ほぼ例外なく役所(略)が絡んでおり、最初に接触してくるのは「役人」だった。そして必ず、かれらが全経費をもつと言うのだ。
 そこで俺は腹を決めた。どうせやるなら、俺がすべての経費をかぶり、アメリカのオーケストラを使ってやろうと。
(略)
 ところが、契約が締結されたあとになって、シラキュース交響楽団の「上層部」がとんでもないことを言い出した。死文化していたも同然の「ミュージシャンズ・ユ二オン地方支部規約」をかき集め、それに基づき、すでに同意されていた出演料を倍額にしたのだ。市場の適正価格を、やつらは自らの足で踏みにじった。
 俺は言ってやった――実際はわめいたんだが――「ふざけんな!脳みそが腐ってる組合マフィアの言うことなんか、誰が聞いてやるか!」

The Story of My Life

The Story of My Life

  • Guitar Slim
  • ブルース
  • ¥150

ギター・スリム

一ドル五十セントでオークションに出ていたギターを弟のボビーが買ってきて、ひとりで練習しはじめた。アーチトップの大型ボディにfホールという楽器だった。当時の俺は、すでにR&Bを聴きはじめていた。ブルース・ギター・ソロの響きは気に入っていたものの、ギターをメインの楽器にしているレコードの数はあまり多くなかった。どれも主役はサックスだ。
 ギター・ソロが聴けるレコードを俺は待ちかまえていたのだが、どのレコードも短いギター・ソロしか入っていなかった。俺は自分でソロが弾きたくなり――それも長いやつだ――ギターを独習しはじめた。コードなんかひとつも覚えようとせす、ひたすらブルースの決め技[リック]ばかり練習した。
 スタイルという点で、俺のアプローチはギター・スリムのそれにいちばん近い。50年代中ごろに活躍したギター・スリムは、スペシャルティ・レーベルに吹き込んでいたブルース・プレーヤーだったが、誰かにアイスピックで刺され若死にしてしまった。〈ストーリー・オブ・マイ・ライフ〉での彼のソロは、チェックしておいたほうがいい。
 初めてあのソロを聴いたときは、「こいつ、なにやってんだ?」と思ったものだ。「本当に頭にキてるんじゃないか」と。彼の演奏スタイルは「音を超越」しているように思えたし、むしろ、「心がまえ(アティチュード)」一発で自分の楽器をぶっ壊しているかのようだった。一定のピッチ、一定のコード、一定のリズムを単に総計した音ではなかった。俺の耳には、もっと別のもののように聴こえたのだ。彼が示してくれたのは、この「心がまえ」だけではない。思い出せる限りにおいて、レコード上に記録されたエレクトリック・ギターのディストーションサウンドを俺が初めて聴いたのも、ギター・スリムの作品を通してだった。
 今でもギター・スリムのリックがさっと弾けるとは言わないけれど、彼の「心がまえ」――ぶちこわせ/絞め殺せ――は、その後の俺が獲得していったギター・スタイルにとって美意識の面で重要な指針となった。ギター・スリムを別にして、俺に影響を与えたギタリストはあとふたりいる。ジョニー“ギター”ワトソン、そしてクラレンス“ゲイトマウス”ブラウンだ。
 俺はギターのヴァーチュオーソ[名手]なんかじゃない。(略)俺は自分の身についたものしか弾けないからだ。こうしたいと思うことができる程度の器用さなら体得しているが――それも時間が経つうちに衰えてきた。(略)
 1980年代の「ロック・ギター・ソロ」コンセプトは、すでにかなりの卑小化を遂げてしまっている。「ロング・トーンを決めながら歯を食いしばり、自分の性器みたいに握りしめたギターをまっすぐ天に向け、マジにすごいことをやっているような振りをする。そのとたん、モーター付き照明が一斉に回転しはじめてスモークがどかんと噴き上がり、客席は大いに沸く」――−こんなこと、俺には無理だ。いまだに俺は、うつむいてネック上の自分の指を見ていないと、満足に演奏できないのだから。(略)
ギターをはじめたころの俺は、この楽器に秘められたインプロヴィゼーションの可能性に夢中になっていた。しかしこの熱意も、やがて少しばかり削がれることになった。(略)
 俺みたいに風変わりなスタイルを選択したソロイストは、とどのつまりリズム・セクションの囚人となってしまう。いくら「実験的な領域」に踏みこみたいと思っても、リズム・セクションが許してくれる範囲内でしか動き回れないのだ。問題の根源は、ポリリズムにある。ポリリズムが発想できるドラマー、ベーシスト、キ−ボード奏者を見つけるのは決して簡単ではないし、ポリリズムに対し瞬間的に反応して適切な演奏ができる人となると、発見はもはや至難のわざだ
(略)
 かといって、ジャズ・ドラマーでもうまくいかない。拍子に柔軟性をもたせることで、逃げてしまう傾向があるからだ。ポリリズムというやつは、異なったリズムがメトロノームなみの正確さで(やや緩められていてもかまわないが)同時に演奏されたとき、初めて面白いものとなる。そうでなければ、ルバート[任意に拍を伸び縮みさせること]の海で溺れているだけだ。(略)
あるラインのリズムが、最初に意図された基本的な拍子に対し衝突の度合いを増してゆくにつれ、より強力な「数学的テンション」が発生しはじめる。

憎むべき慣例

 古典主義時代のクラシック音楽を俺が退屈に思うのは、「機械的な塗り絵」を連想してしまうからだ。あの時代の作曲家には、やってはいけないとされていることがいくつもあった。それが交響曲であるか、ソナタであるか、はたまた「なんじゃもんじゃ」であるかを決める業界の規定から、少しでも外れる曲を作ってはいけなかったのだ。
 いにしえの日々に遵守されたこれらの規定が生まれてきたのは、自分たちが金を払う曲に「決まりきったサウンド」をもたせたいと、スポンサーになる連中が要求した結果だった。
 王さまが言った。「ああいう曲を作らないなら、余は汝を斬首刑に処すぞ」(略)
「ああいう曲じゃないと、ラジオじゃかけられないんだよね」。ラジオでかかる音楽より、クラシックのほうがどこかしら高尚だと思っている人たちは、これら二種の音楽を様式という視点から考え直してみるべきだ。さらには、誰が金を出しているかという視点から。かつてのスポンサーは、王さまや法王さまだった。それが今では、放送免許を握っているやつら、ラジオの番組編成担当者、ディスクジョッキー、さらにはレコード会社の重役たちだ。要するに、むかし音楽を型にはめていったクソったれどもが、卑しい身分で現代に生まれ変わっているんだな。
 こうした悪弊をカタログ化し、まとめたものが現在の『和声学教本』となる。(略)
 「素晴らしい芸術作品」として音から認定されてきた多くの曲が、この憎むべき慣例の臭気を放っている。(略)
 ティン・パン・アリーが送り出したヒット曲とジャズのスタンダードは、このII−V−Iにのっかって栄えてきた。俺にとって、これは憎むべき進行である。ジャズの世界では、この三つのコードのそれぞれによけいな音を付け加え、いくらか複雑な豪華さを演出しているけれど、それにしたってII−V−Iであることに変わりはない。俺の耳に、II−V−Iは「悪しき白人音楽の心髄」として響く。
(略)
現代音楽でさえもが、憎むべき慣例をもっているのだ。たとえば十二音音楽の技法。最初に鳴らした音は、ほかの十一の音がすべて鳴り終わるまで――サイクルが完結するまで――鳴らしてはいけないことになっている。十二の音すべてに均等な重要性を与えることにより、理論上は調性が生じてくるのを防げるからだ。
(略)
 音楽の究極のルールは、次のようなものであるべきだ。「もし君の耳にいいサウンドだと聴こえるなら、その曲は最高。もし悪いサウンドに聴こえるんだったら、その曲はクソ」
(略)
音楽大学で未だに作曲法が教えられているというのは、驚異ですらある。現代音楽作曲家になるため高い学費を払う――これって、金をドブに捨てるのと同じじゃないか!どれほどいい講座であったとしても、卒業したあと、なにをやってメシを喰えばいいんだ?(略)
 音楽大学のカリキュラムを決定づけている要素を、ひとつ挙げてみよう。「今どき流行の現代音楽のうち、どのスタイルが、ナントカ財団の氏名を明かさない後援者どもから最高の助成金を引き出せるか」。ちょっとまえまで、これはミュージック・セリエルだった。音高、強弱、積み重なってゆく音の密度など、すべてに数字がつけられる音楽だ。この系統に属していなければ、良い音楽とは認めてもらえなかった。誰かが書いた曲のなかで、もしも数字の帳尻が合っていなかったら、脇に控えていた評論家と学者先生どもが待ってましたとばかり飛び出してきて、「この作品はクソですね」と断じてくれたのである
(略)
たとえば、かつてはドスン・バタン・ピコピコのセリエル/エレクトロニック作品が寄付金を独占していた。それが今や、ミニマリズム作品でないと金がもらえない(略)今の大学ではなにが教えられているかって?ミニマル・ミュージックに決まってるだろ。理由?金がもらえるからだよ。それが文化面でもたらす結束?単色単調症という病気の蔓延だね。