プリンス論 西寺郷太

プリンス論 (新潮新書)

プリンス論 (新潮新書)

〈ビートに抱かれて〉

 なんとこの曲には、全編を通じて[黒人音楽の肝である]「ベース」が存在しない。そもそも制作過程では入っていたようなのだが、最終段階でのミックスで、「ベースがない方がクール」というプリンスの判断により、ベースのトラックがオフになったままリリースされたのだ。(略)
さらに凄いのが、この異質な構成の奇妙奇天烈な曲が、1984年のビルボード年間チャートで1位を獲得していることだ。(略)
同じ音楽家として言うが、「変なこと」「異常なこと」それだけを追求するのは実は難しくない。しかし、アヴァンギャルドでありつつヒットさせることほど難しいことはない。

《ダーティ・マインド》

[前作までの]ポップでハッピー、かつメロウでソフィストケイトされた音楽性をサード・アルバム《ダーティ・マインド》以降、綺麗さっぱり捨て去ってしまう。
 薄っぺらいシンセサイザー、ドラムとベースだけの生々しいサウンドに、当時のリスナーは「これはデモ・テープか?」と驚いたという。
 その印象は正しい。
 なんと《ダーティ・マインド》は、プリンスが作ったデモ・テープをそのままリリースしたアルバムだったのだ。
 性的に露骨な歌詞はエスカレートし、放送禁止曲となることでかえって注目を巣めた。さらに、それまで入念なレコーディング・ワークと完璧主義によって見えにくくなっていたメロディのキャッチーさそのものに、フォーカスが当たる結果となった。そのダイナミックな即興感覚は、同時期にロンドンで爆発したパンク・ミュージックの影響も大きかったのかもしれない。

DIRTY MIND

DIRTY MIND

白人文化の影響

1970年代のミネアポリスには黒人が「全人口の3%弱しかいなかった」のだ。(略)
圧倒的な「白人文化」に囲まれるようにして、天才プリンスは育った。(略)
ある種のウィークポイントとも言える「白人アーティストたちからの圧倒的な影響」。しかし、振り返ってみれば、それこそが人種間の壁をその音楽で壊したプリンスの「新しさ」に繋がったと言える。

サイン・オブ・ザ・タイムズ

サイン・オブ・ザ・タイムズ

《サイン・オブ・ザ・タイムス》

[83-86年に恋人だったスザンヌ]
「おそらくプリンスが生涯一番奸きだった女性。ザ・レヴォリューションの重要メンバー、ウェンディは双子の姉妹。
(略)
[専属エンジニア]スーザン・ロジャースが、BBCのプリンス未発表曲追跡企画『Hunting for Prince's Vault』で語った(略)
「あるときプリンスはスタジオに入って、とても美しいバラードをレコーディングしたわ。(略)レコーディングを終えた後、プリンスはとても穏やかに『消してくれ』と言った。私の中のファン魂が『だめ!』と心の中で叫んだわ。私は『すこし考えたらどう? 明日までせめて待ちましょう』と言った。すると彼はボタンを押して録音を消してしまった。その音源は永遠に無くなってしまった」
 この消去された幻の曲は、プリンスが別れたスザンナを想って作ったものだ、と伝えられている。
(略)
 〈KISS〉や〈マニック・マンデイ〉がチャートで暴れまくっているその同時期、プリンスはザ・レヴォリューションと共に、結果的に未発表に終わる2枚組《ドリーム・ファクトリー》の制作に入っていた。収録される予定だった楽曲には〈ドロシー・パーカーのバラード〉〈スロウ・ラヴ〉〈スターフィッシュ・アンド・コーヒー〉〈プレイス・オブ・ユア・マン〉〈サイン・オブ・ザ・タイムス〉などがある。これらの楽曲は、バンドによる演奏をプリンス自身が演奏し直したヴァージョンと入れ替えられながら、翌年にリリースされる《サイン・オブ・ザ・タイムス》へと集約されてゆく。(略)
 《ドリーム・ファクトリー》の特徴は、初期の「ワンマン思想」(そもそもデビュー・アルバムの段階で彼は、すべての楽器を演奏していたのだ)からは考えられないほどに、ソング・ライティングにおけるリサとウェンディの比重を高めるなど、「一層のバンド化」を狙ったことにある。
(略)
 しかし、彼は心変わりする。(略)
 バンドとの共同作業でもあった《ドリーム・ファクトリー》制作を突然中止した彼は、自身による作詞・作曲・演奏にこだわったプロジェクト《クリスタル・ボール》と、意表をついたアイディアによって生まれた企画アルバム《カミール》に集中する。(略)
 まずリズム・トラックや演奏を女性歌手が歌うキーに合わせてレコーディングした後、あえて男性であるプリンス自身がその女性キーで歌う。その際テープの回転数を大幅に落とし、再生時に元に戻して早める。(略)
 少し不自然な子供のような甲高い声になるのだが、プリンスはこの声の主を架空の女性シンガー「カミール」と名付け、アルバム丸1枚分を制作した。しかし、この作品もお蔵入りとなった。最終的に《サイン・オブ・ザ・タイムス》に、カミールの楽曲リストから〈イフ・アイ・ワズ・ユア・ガールフレンド〉〈ハウスクウェイク〉などが収録されることになる。そこで聴けるヘンテコな声こそが、「カミール」の声だ。(略)
[《ドリーム・ファクトリー》《カミール》と同時進行していた《クリスタル・ボール》はアルバム3枚組のボリュームに]
ワーナーから「せめて2枚組に。たくさんある曲を削って濃縮させればもっと良くなるのでは?」と指摘を受ける。(略)
 そして22曲の《クリスタル・ボール》からさらに15曲を選抜。シーナ・イーストンとのデュエットでシングル的要素の強い〈U・ガット・ザ・ルック〉が加えられたのが、《サイン・オブ・ザ・タイムス》となる。
 ちなみにこの3枚組から2枚組への取捨選択の中でカットされてしまった、10分28秒の大曲〈クリスタル・ボール〉こそが、プリンスの音楽キャリアの中で最も凄みのある傑作だと僕は信じて疑わない。

ラヴ・シンボル

ラヴ・シンボル

マイケルとプリンス

《ラヴ・シンボル》でもうひとつ触れておきたいのが、アルバム冒頭を飾る〈マイ・ネーム・イズ・プリンス〉についでだ。
 この曲はマニアの中で、「キング・オブ・ポップ」と自分を称し始め、独自のファンク路線を捨てニュー・ジャック・スウィングに擦り寄ったマイケル・ジャクソンヘの攻撃、揶揄だとする解釈がある。
 「俺の名前はプリンス。我はファンキーで唯一無二だ。お前の娘を手に入れるまで、俺はこの街を立ち去ることはない。俺は王になどなるつもりはない。なぜなら頂上をこの目で見たからだ。そこは儚い夢だった。大きな車と女性たち、可愛い衣装の山、それで顔は立つかもしれないが、魂は救われない。俺はオマエにそれを告げにきた。もっとうまくいく方法があるんだ」
 マイケルの特徴である「ダッ!」「アオー!」などのパーカッシヴな唱法を意図的に真似した、と言われるこの曲。プリンスの真意はわからないが、時代の荒波に飲まれることに抗うプリンスからの盟友への、厳しくも愛を込めた忠告のようにも聞こえてくる。(略)
[ライバルの二人は]意外にも仲が良かった。(略)一緒にペイズリー・パークでバスケット・ボールや卓球で遊んだ(プリンスが意外にもダンス以外では運動音痴なマイケルをこてんぱんにした)など、エピソードには事欠かない。いわゆる「黒人音楽」の範疇に収まりきらない特殊な環境で育ち、頂点を極めた同士。数少ない「黒人スーパースター」として、シンパシーを感じる間柄だったのだろう。
 面白いのはマイケルが自らの長男を「プリンス」と呼んだことだ(本名はマイケル・ジョセフ・ジャクソン・ジュニア)。「ブランケット」という愛称で呼ばれた次男は、正式名をプリンス・マイケル・ジャクソン2世という。「プリンスという名は、母方の祖父から受け継いだ」とマイケルは説明しているが、わざわざ最大のライバルの名を息子たちにつける感覚は、常人にはよくわからない。
 マイケルの死後、プリンスは彼の代表曲のひとつ〈ドント・ストップ・ティル・ユー・ゲット・イナフ〉を、ライブの定番レパートリーに加え演奏し続けている。

3121

3121

プリセット主義

最初から完成された音が頭の中で鳴っているのか。
それとも、作業中に偶然ひらめくものなのか。
この質問にプリンスは、こう答えている。
「俺はすべてをはじめから心の中に描いている。シンセ・パートのオーヴァー・ダブにしてもそうで、フレーズに合ったサウンドが得られるまでプリセットを次々と呼び出している。サウンドの組み合わせを耳で確認しながらね。だが、プリセットに手を加えることはほとんどない」(略)
[カレー作りに例えるなら]市販のカレー・ルーをそのまま使う、というのだ。(略)
実はスティーヴィー・ワンダーも、「プリセットしか使わない」とインタビューで答えている。頭の中でその音が完璧に鳴り響いている天才は、ある意味せっかちなのだろう。無数にあるプリセットの中から音色を選び取り、そのまま使う。音色は、プリセットから選び取ればそれでいい、弾き方や鳴らし方にこそ個性が生まれると思っていることがふたりに共通している。
 実は、この唯我独尊の直観主義者ゆえのシンセサイザー音色などへの過度な期待のなさ、ある種の悪い意昧での思い切りの良さこそが、1990代にプリンスが失速した音楽面での最大の理由だと僕は考えている。それが2000年代に入って、状況が変化する。
 2004年の《ミュージコロジー》、2006年の《3121》における状況好転は、彼自身の方針の変更によってもたらされただけではない。一時はダサいと忌み嫌われた「80年代的シンセ・サウンド」が、2000年代になって復権する。それが大きく影響しているのではないだろうか。(略)
当時を知らない若い世代も、その上の世代も、シンセ音源むき出しのチープさ、ダサカッコよさこそキュートで面白い、という空気になったのだ。
 だからといって、1980年代の手法をそのまま繰り返せばいいというわけではない。その絶妙なブレンド具合こそが必要になってくる。(略)
《3121》収録曲〈ロリータ〉を聴いてみてほしい。プリンス自身が叩く生々しい人間的なドラム・サウンドと、彼が弾くまさしくプリセット音源的なシンセサイザーのコード・ワーク。その組み合わせこそが「ゼロ年代」的な響きであり、新たな衝撃を広い世代に与えた。
 特にセカンド・シングルになった〈ブラック・スウェット〉では、プリンスが「自分らしさ」の換骨奪胎に挑戦し、見事に成功している。〈ビートに抱かれて〉〈KISS〉に続いて、彼はゼロ年代にまたしても「ベースラインが存在しないプリンス流“密室ファンク”」の傑作を生み出した。

kingfish.hatenablog.com

噂のメロディ・メイカー

噂のメロディ・メイカー

マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)

マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)

[関連記事]
kingfish.hatenablog.com
kingfish.hatenablog.com
kingfish.hatenablog.com
プリンスのこの言葉から始まった。「ジェイムズ・ブラウンの話をしてくれ」
kingfish.hatenablog.com