アメリカン〜・その3 ゴダール、コッポラ

前回の続き。

ジャン=リュック・ゴダール

――〈Every Man for Himself〉は“第二の処女作だ”とおっしゃいましたが、その意味は?
★(略)[ラボやカメラマンとの]議論は昔と同じさ。たとえばぼくが「コダックのフィルムはこの20年間にずいぶん良くなってるはずだ!」と主張したりしてね。だから技術的な面でも、自分が、禁じられた領域に足を踏み込んでいく気分さ。自分が10歳の少年のようにも感じたし、一方、いまやいっぱい物を知ってる大人なんだ、とも感じた。しかし同時に、未知の世界にも入って行ったんだ。この“未知”という感じがあったから、第二の処女作をつくってるような気になったのさ。ぼくは、新しいものを発見したかった。自分にとってとっくにわかっているものを、呈示したりはしたくなかった。映画はほとんどが、そうだけれど、ぼくはそうしたくなかった。
(略)
――今日の映画が抱えている問題は何だと思いますか。
★ごく単純なことを発見したんだ。ほとんどの映画作家が、彼等の道具、すなわちカメラを、肌で知っていない。自分のカメラを持ってる人さえいない。タクシー運転手なら、1〜2年仕事から遠ざかっていたあとは、自分の家の周りを回ったりして、運転技術を忘れていないことを確かめるだろう。映画人には、この種のためらいがない。2年前にカメラにさわったことがあるから、もう、なんでもわかってる、というふうだ。ぼくが思うに、そんなことはあり得ない。自分の女房とだって、1年に1度しか会わないようだと、充実したメイク・ラヴはできないはずだ。でも、映画屋のやり方はこれなんだ。彼等は1年に1度、映画をつくる。だから、いまの映画はどれも、昔のよりつまらないのだ。マイケル・チミノが一年もカメラにさわらなくて、それをどうやって使えるのだ? プロデューサーは1日24時間、映画のことを考えている。詩人は毎時間、詩のことを考えている。朝の7時から夜の8時までの仕事だ。あとは忘れていろ、なんて考えない。
 もう一つの問題は、映画作家達が共同で映画をつくろうとしないことだ。一人一人がバラバラに、フォックス等々の大会社と契約する。すると彼は、映画づくりの総体に関する責任を持たなくなる。大会社の重役達は、映画作家にこびへつらわさせるのが好きだ。そういう意味では私も売春婦だが、しかし女衒は嫌いだ。第一番の敵は女衒だ。同類の売春婦ではない。ほとんどの映画作家が、こびへつらうことを好んでいる。しかし、肝心の映画をつくるのは彼等自身なんだ。もっと、共同して強くならなければならない。
(略)
一つの国に、映画作家は何人いればいいのかね? アメリカで年に百本の大作が出来るとすれば、千人は要らない。たぶん百人で十分だ。ただしいつも同じ百人であってはならない。チミノは2〜3年、ハード・コア・ポルノをつくってみるのもいいだろう。そうすれば違ったアイディアも持てるようになる。あるいはニカラグアでドキュメンタリーをつくってもいい。いつまでも同じようなことをやってちゃいけないんだ。マーティン・スコセーシを見ろよ。彼は、ときどき、小さな仕事をするが、それは彼にとっては、大作と同様に重要なんだ。その効果は必ず出て来る。フランシス・コッポラのやり方もこれとよく似ている。ジョージ・ルーカスなんかのやり方とは逆だ。
 ぼく自身は、カリフォルニアの仕事とモザンビークの仕事を同時に持っている。なぜか? 理由はきわめて論理的だ。カリフォルニアには映像が多量にある。モザンビークには全くない。人口の80パーセントは、映像というものを見たことがない。自然だけだ。ちょうど目が見えるようになったばかりの子供の前には、なんの記号も、意味もないのと同じだ。ただ、見ているだけだ。だから、モザンビークでは映像がナマな素材だ。一方、ハリウッドでは、映像はあまりに洗練されていて、もはや、解読することすら出来ない。ぼくは両者の中間に生きている。影響はカリフォルニアから受けるものが多いが、全然反対の方向にも行く必要がある。他人の作品ではなく、自分の作品をつくりたいからだ。
(略)
――〈Every Man for Himself〉でひんぱんに使われている、スロー・モーションやストップ・モーションについてお尋ねしたいのですが。
★ぼくの新しい映画の創世期さ。メリエも、動きの錯覚をつくり出すことが面白いとは考えていなかったのだ。彼は、様々の異った動きを見ることが重要だ、と言った。ぼくらも、一つの動きについて、どの速度にすると、脚本の意図にいちばんぴったりするのか、研究したことがある。たとえばキスの場面は、遅い速度がいいだろう。いまの映画をよく見てみれば、どの映画でも、どの俳優も、同じ速度でキスしていることに気付くだろう。しかし、これと対照的に、グレタ・ガルボがレイモン・ナバロにキスするときの様子はどうだ。サイレント映画には、一本の映画の中にも、ものすごく速度の違いがあった。それは、カメラがやったんじゃなく、俳優自身の決定でそれをやったのだ。今日のわれわれは、このセンスを失ない、いつも同じリズムでやっている。サイレント映画にあったリズムは、トーキーでせりふが喋られることによって平板化し、停滞した。これは、時と場合によっては良いことだ。しかし、サム・ペキンパーの殺しのシーンや、〈ロッキー2〉のスローモーションは、陳腐になってしまった。コマーシャルが多用したからね。だから、ぼくは、違った種類の速度を用いるべきだ、と考えた。でも今回は、その始まりにすぎない。ぼくは、ブライアン・デ・パルマの〈フューリー〉にたまたま使われているスローモーションが、スローモーションの唯一の良い使い方だと思う。小細工として使われているのでなく、ひとつのシークェンス全体にわたって使われているからね。
(略)
――あなたはいつも、映画の中でさえ、映画の本質を問い続けておられましたね。
★これからもそうしていく。というのも、ぼくは、コミュニケーションとは、ある場所から別の場所に行くことである、と考えるからだ。たとえば、ニューヨークから、テラライドに行くこと。ぼくにとって、人間であることとは、二つの場所の間にいることなのだ。重要なのは動きだ。一つの場所にいつづけることじゃない。ぼくの場合、映画をつくることと、生きる・生活することとが分かれていない。両者はひとつだ。だから、ぼくという人間は、映画をつくっているときに存在するのだ。よく、ぼくに、『あなたには個人生活がない。あなたみたいな人とはつき合えない。メイク・ラヴしてる最中にも、突然、“すごいシーンを考えついたぞ!”なんて言い出す。まるで色のことしか話題のない画家みたい』などと言う人がいる。しかし、自分のやっていること――創造行為――が、唯一、自分の喋れることじゃないかな。
 ぼくは、愛を求めていると思う。しかし、仕事を通じての愛でなくてはいやだ。
(略)
――すると、あなたの生活は、事実上、映画なのですね。
★映画だ。そして、ぼく自身が映画だから、ぼくは自分の生活と深い関りを持ち、これを、他の人々とわかち合うことができる。ぼくはいろんな、恐ろしい物事、美しい物事、口当りの良い物事、等々を見せたい。そうすると人々にはぼくがわかるだろう。いまでは、映像を人に見せることについて、前よりも勇気を持っている。自分自身であるためには、ぼくは、ぼく自身を外に投映しなければならない。映画産業がそのためにある。絵画と違って、特殊技能は要らない。ただ、映画を撮って、正しい時に記録する、勇気さえあればよい。これにもむろん、技能は必要だがね。そうすると、ぼくはぼくの一部を、人に見せることができ、人々はぼくの内側を見ることができる。映画は、人間が人間の内側を見るための唯一の手段だ。だから人々は映画を好むのであり、映画は不滅なのだ。
(略)
 映画カメラマンは、レンズとカメラがこっちにあって、ファインダーがここにある、という考え方をめったにしない。単純に、自分の目が対象を捉えている、と思っているだけだ。眼球―網膜―映像という、客観的な系を、対象化して考えようともしないのだ。画家や音楽家なら、自分の感覚器官を完全に対象化しているじゃないか。(略)
映画カメラマンはぼくに『ジャン・リュック、五・六でいいかな』とは言わずに、『こっちの動きと、さっきの動きと、どちらが大切かな』などとしか言わない。ぼくらは、ほんとなら、ある決定に基いて、レンズの絞りの適正値を発見しなければならないのだが、その種の質問を受けたことは一度もない。彼等はみんな高給取りだし、かつ、映画に対して責任を持っていないからだ。映画が出来るのは、コダック(の科学技術)が80%、カメラが15%、映画会社のトップが残りの%、オレには関係ねーや、というわけだ。
 ほとんどの映画カメラマンが、自分が何と戦っているのか、そして、敵に来て貰いたいのか去って貰いたいのかさえわかっていない劣等兵だ。ベトナムを撮っていても、自分にとってベトナムは何なのか、という観念が全く無しに撮っている。自分がベトナムに居たいのか、居たくないのかさえわかっていない。彼等とは話が出来ないよ。だからぼくは常に、映画についてなにも知らない人――たとえばアマチュア・カメラマン等――に関心を寄せてきたのだ。だからぼくは自分の映画に“アマチュアの”テクニックを用いてきたのだ。〈勝手にしやがれ〉では、当時ハリウッドとは縁もゆかりもなかった、ライフ誌の記者のテクニックを用いた。またぼくは、露光不足の画面を用いたこともある。ひどい、と言われたがね。でも、ぼくらは、人間の映画だからこそ、こんな画面も必要だ、と主張してきた。いまでこそ、一般に認められているが。(略)

ロバート・レッドフォード

――あなたの時代に、映画業界というのは変りましたか。
★60年代後半は、大きな映画会社が、いわゆるそれまでの大御所達の手から、ゼネラル・フーズとか、自動車部品メーカーといった巨大企業に渡って行った時代だ。新しい経営者達は、映画を、完全にビジネスと考えた。ところが、ちょうどそのころから、製作費何百万ドルという超大作が、さっぱり当たらなくなったんだ。そして、いまの映画業界には、予想とか計算はしょせん完璧には出来ないんだ、という、とても自然な空気がある。(略)
 で、それからは、大企業の経営者は表に立たなくなった。実質的に業界を牛耳った新顔達は、エージェント、つまり、映画会社のボス達だ。ところが、この体制で、腐敗が進行した。そして、いまは、映画作家が映画をつくる、という時代になっていると思う。会社はもはや、予算とか、制作意図の思想的な面とかで、若干の管理をするだけだ。
(略)
――あなたは以前、自分の環境問題への取り組み方が、初期にはあまりにも真面目すぎて、効果があるどころかかえって、人にケムたがられた、とおっしゃったことがありますね。
★まあ、若いときは、カッカとするからねえ。若いときは、目に見える現象だけを見て腹を立てる。山が裸になったり、空気が灰色になったりを見てね。しかし、その後、ものごとの全体像がみえてくる。たとえば、公害企業でも、それに目をつむって働かないと食って行けない人々がいるとか、そういう事実がわかってくる。そして、根本の問題を考えるようになる。(略)
――『自然資源学校』をつくれ、というあなたの提案については、まだ詳しく伺ってませんが。
★環境問題は、利害関係がからんでにっちもさっちも行かなくなることがある。だからこそ、政府が関与すべきなんだ。提案の核心は、経済開発と環境保護の双方をとりしきる資源管理官を養成しろ、という点だ。石炭を掘るな、とは言わない。掘ってもいいようなところで掘れ、と言いたいんだ。たとえば、国立公園地区は、人間の精神のために保護しておくべき地区だから、そんな地区を裸にすれば、人間が自分で自分の首を絞めるようなことになる。石炭を掘ってもかまわないような地区は、ほかに沢山ある。ぼくらのねらいは、これまでのように、開発や雇用と、きれいな空気とを、相容れないものとして考えず、これから25年後になって、われわれが後悔しないで済むような意思決定を、下せる人間を養成しよう、という点にある。(略)

フランシス・コッポラ

 最初の主役(ハーヴェイ・カイテル)をクビにしたのがまずかった。スタッフは動転するし、しかも、あんなかたちでクビにされることは俳優生活の大きな傷になる。
(略)
元の脚本は、ベトナム戦争を通じての政治諷刺コメディみたいな感じだったんだ、たしか。漫画的なシーンの積み重ねで(略)フンのアッチラ(カーツのこと)が、マシンガンの弾丸ベルトを二本、肩からかけていて、主人公(ウィラード)をつかまえ、「どんなもんだ、まいったか!」なんて言う。ウィラードはカーツ側に寝返って、終りには彼を捕えに来たヘリコプターを、狂ったようにわめきながら銃撃する。まさに、漫画映画だよ。(略)
自分の仕事にしてから、まずやったのは、ウィラードに心理表現をさせること。これをまず徹底的にやった。元の脚本では、ウィラードは文字通りのゼロ、人格が無いんだ。手がかりが無かったから、最初のキャスティングをスチーブ・マックイーンにした。マックイーンならウィラードが生身の人間になるだろう、と考えた。でも、それからさらにぼくは、ウィラードの人間像をつっこんで考えてみた。非常に多くの場合に、ぼくはウィラードを“目撃者〜証人”として位置付け、それでいてなお、気持のいい人間らしさ、実在感も出したかった。
 マーティンに与えられたのは、ほとんど演ずることの不可能なほどの役柄だった。彼は、観察者、見張人に徹しなければならない。多量の関係書類に目を通す、完全に内省的な人物でなければならない。観客に、ベトナムで実際に起きていることの匂いを感じさせる人物であってはならない。カイテルにはそれが出来なかった。彼のおハコは、顔の筋肉をヒクヒクけいれんさせることで、そうするとお客は、彼に注目してしまうことになるんだ。
(略)
 あの映画の最良の部分――ヘリコプターの攻撃やサーフィン――は、ジョン・ミリウスの元の脚本からいただいた。(略)一方、変えたところも多い。ボートの乗員が殺される、これは脚本にはなかった。橋のシーンから先は、原作と、ぼくのアイデアが半々ぐらいだ。
(略)
――フィリピンの撮影が終ってから、マイケル・ハーが参加しましたね。せりふは全て彼が書いたんですか。
★彼の独壇場だった。彼は声のトーンまで決めた。ウィラードの、あの、かっこいい声、あれはマイケルの仕事だ。
(略)
★きみは、どの終り方のを見たの?
――ウィラードがカーツを殺す。彼はカーツの一味に対面する。それからランスを助け出して寺院を去り、ボートに乗る。爆撃の目標指示を要請する無線が入ってくる。ウィラードは無線機のスイッチを切る。彼とランスが川を下っていく。
★もうひとつのは見た? カーツを殺したウィラードが寺院の入口の段段に立って、群衆に相対している。群衆は彼におじぎをする。彼はそれを見つめ、うしろをふりかえり、また群衆を見つめる。それから縁の顔と“ザ・ホラー、ザ・ホラー”だ。(略)
一緒に仕事をしている優秀な連中(略)はだれも――コンピューターさえもが――ウィラードが少年を助けてボートで去る方の終り方を望んだんだ。
――あなたは望まなかった?
★ぼく個人としては、終り方は、ウィラードが出て来て群衆の方を見たとき、観客が、主人公は川を下って、カーツの書いたものをカーツの子供に届けようと考えているんだな、とわかり、寺院の方をふり向いたときには、彼は王になるつもりなのかな、と考える、こんな感じなんだ。彼は二つの選択の間を揺れ動く。そこへあの石の顔、そしてカーツの声で“ザ・ホラー、ザ・ホラー”が出て来る。これが、この映画の結論だ、と考えていた。
――わかりました。でもそれは、実際に封切られた映画の結論ではないですね。
★その通りだ。
(略)
――おどろきましたねえ。あなたの心の中では、いまだにあの映画は、ウィラードが寺院の階段にいるところで終りなんですね。
★最後に私は、この映画は常に、選択に関する映画であった、と感じた。彼は常に決意をする。使命を評価する。こんな具合だ――この男はアメリカ人じゃないか、殺してもよいのか? 慰問団を見ているときも、こんなんでいいのか? ここの連中はほんとに撃ち殺されて正当なのか? これでいいのか? これは正しいのか? ――全編を通じてこうだ。だから終り方も、選択を残した終り方にしたかった。それは“私はカーツたるべきか、ウィラードたるべきか”という選択だ。でも、そう考えたときには、その考えを十分に展開してみるだけの余裕がなかったんだ。そこで、まあ、ランスとボートで帰って行くのが無難か、とも思った。
 むろん二つは同じではない。石の顔が出て来て、“ザ・ホラー、ザ・ホラー”が聞こえる、というのは、本当の選択というよりむしろ、警告なんだ。残念だね。
――つくり直す気はありませんか。
★そこまではね。あの映画の終らせ方に関しては、5年間頭を痛めた。それに、いまの終り方が、いちばん大衆受けする終り方だということをぼくは知ってる。でも、もう一つのが、ぼくの終り方なんだ。かといって、これ以上時間を浪費するわけには行かない。あの映画が、大衆受けする形を持ってなかったとしたら、人気は二週間ぐらいしかもたないだろう。(略)
[二度目のインタビュー]
あれから2ヵ月経ったが、いまでは納得しているか、と聞いてみた。
 「いまではなにも後悔していないよ。どうして納得したかを話してあげよう。音楽に注意しながら見てみたんだ。あれは非常に不思議で、ヒロイックで、そして悲しい音楽だ。雨が降ってる。ウィラードが階段を降りる。少年を連れ出す。ぼくは、これでいいんだ、と思った。彼が少年を助け出す、という、暖かさがいい。いまでは、この終り方が好きだ。」
(略)
 記者は、さきのインタビューで、フランシスが、あの終り方が、コンラッドの原作の終り方と同様、気安めを目的とする“嘘”だ、と言ったことを思い出させた。
「たぶん、ある程度は嘘だろう。彼は武器を捨て、権力者になることを拒否するが、人間性というものは必ずしもこんなものではないだろう。でも、いまの、現実的な人間性と、ぼくが、こうあって欲しいと願う人間性とは、違う、ということも事実なんだよ。」
 私達は二人とも、肩をすくめて会話を終え、フランシスのオフィスを出て、階段を降りた。歩きながら彼は、相当に満足気に、「あーあ、これでやっと、“ゴッドファーザーフランシス・コッポラ”と言われずに済むようになったよ」、と言った。

ゴダール 映画史(全) (ちくま学芸文庫)

ゴダール 映画史(全) (ちくま学芸文庫)

ゴダール全評論・全発言〈1〉1950‐1967 (リュミエール叢書)

ゴダール全評論・全発言〈1〉1950‐1967 (リュミエール叢書)

NOTES ON A LIFE -コッポラ・家族の素顔-

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