出版幻想論・その2 安原顕対談

前回の続き。またまた著者の話ではなく、安原顕との対談を。

出版幻想論

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94年5月に出た本なので、まだ肩書はリテレール編集長・安原顕となっているけど、対談の中で、『「リテレール」の最初の一年間の金主で、一年もたたぬうちに、僕らに四千万円もの借金を押しつけて逃げた、昔の竹内書店の同僚、天道』なんて話も出てきてる。

安原顕、原価計算

安原 (略)[大手の編集者が原価計算とか知らない]というのは、組合が強かった時代、中央公論の場合、原価計算を教えると、利益や粗利が全部分かっちゃう。となると組合が賃上げや労働条件の改善とかの話をしてきた時、都合が悪い。その当時の中央公論社は全集ブームで儲かっていたんだよ。『日本の歴史』は、一冊480円時代で、たしか各巻平均80万部も売れた。(略)
編集者たちは毎月三百時間の残業をやらされた。(略)当然、これだけ働き、会社も儲かっていたから、給料を上げろ、労働条件を改善しろと、労働争議に発展していったわけね。しかも、大手は分業制なので、制作は制作と、別々だから、一人の編集者が一冊の本についてトータルに関われない、関わらない。僕は小出版社をいくつか経て中央公論に入ったから、前の会社では多少原価計算もやっていたので、中公に入ってまず、その事に驚き、かつあきれたね。儲かる本を作らないと言ったって、最初から原価計算を教えていないんだから。
(略)
 さっき集英社の人と会っていたんですが、あの会社は四十代で年収二千万円なんだそうです。マガジンハウスや文藝春秋もそうですが。その他交際費、交通費といった諸経費を合わせると、約二千五百万円にはなると思う。会社はもっとかかる。まあ、集英社はマンガもあるし、バブルの頃は広告費だけでも年間二百億円あったから、どうせ税金で取られるんだから、どんどん払ってもいいんです。五千万円でもいいと思うの。ただ、これは集英社だから成立する話であって、平凡社岩波書店ではなかなかむずかしい。(略)
しかも、岩波書店は体質的に、働く人は悪[土日も出社する奴は資本家の走狗と言われる]、働かない人は善みたいなところがあるでしょう。(略)
 でも、なぜそんな体質でもやっていけるのかというと、『広辞苑』があるからなのね。返品なしの買い切りで六千八百円だかの辞書が百万部以上でしょう。それはおいしいなんてものじゃないよね。卸しもわれわれとは違って73%掛けとか78%掛けとかでしょう。でも、友人に聞くと、その金はもうとっくに使っちゃったんだって。
(略)
藤脇 (略)[『広辞苑』新版発売時、岩波の社長が記者から]「岩波がめずらしく宣伝していますね」という問いを受けて「岩波といえども、黙って売れる時代ではないんです。広告費を破格に計上しました。そうしないと、もうやっていけないんです」と答えていた。いつものサイクルより早い八年で新版を出したので、僕はおかしいとは思っていたけれど。しかし、初めて聞いた、岩波書店の社長がそういったことを口にするのを。
(略)
藤脇 (略)安原さんが言われたような本[カラヴァッジオの『画集』とか古い文庫の復刻etc]を出すためにも、きちんとビジネスとして成立する本を片方で用意しておかなければならない。(略)
書店は、やはり一冊売れて幾ら、千円の本を売れば二百円入るということで物を考えざるを得ない。でも、そのどこがいけないのかと思う。商売なんだから。

再販をやめて淘汰されてしまえ

安原 そこまでいうんだったら、僕は、まず再販制度をやめにして、取次も潰して、全部買い切りにすべきだと思う。それで淘汰されればいいんじゃないの。
(略)
藤脇 でも再販制度が崩れたら、日本の出版社の八割はなくなる。雑誌も出せなくなる。
安原 つぶれてもいいし、雑誌なんて出せなくなったっていいじゃない。元々出版社なんていまの一、二割ぐらいで、ちょうどいいんだよ。そのために藤脇君の会社やメタローグがつぶれたっていいじゃない。そうなったら僕は別の販売ルートを考えるから。雑誌だって、五割返品なんて当たり前なんだぜ。四色のヴィジュアル雑誌、280ページで十万部ぐらい刷ると、紙、製本、印刷だけでも、だいたい一億円はかかるのね、一号当たり。それで五割返本だと単純計算でも五千万円ドブに捨てたのと同じなんだよ、毎月。パルプの量だってベラ棒ですよ。地球に優しいとか、エコとか言ってるエコロジストは、なぜこの本の返品問題に殴り込みをかけないのか。
(略)
藤脇 でも、直販や買い切りとなったら、もう少し価格が上がらないと、書店も乗らないでしょう。
安原 そう。だから目黒考二さんが、本の値段は全部今の二倍でいいと言っている。ところがこれまた問題は大手出版社なんだよ。大手は原価計算なんて無視しているからね。例えば、純文学は売れないけどニ、三千部では少なすぎるので、五、六千部は一応刷る。もちろん半分は戻る。でも、定価を見るとたいてい千五、六百円でしょう。大手は他の商品で儲かってるから、こんな価格設定にしているけれど、これで何百人もの会社がやっていけるわけないじゃない。第一、小出版社では返品五割の本なんか作れないよ。だから三千六百円の定価を付けるとする。でも読者はそんなカラクリは分からないから、なぜこんなに高いのか、ってな話になっちゃう。
(略)
「リテレール」の場合、平均240ページで、紙、製本、印刷費で、だいたい四百五十万円。それに原稿料が一号当たり平均ニ百五十万円、合計七百万円かかるんだよ。それで一万四千部刷って、だいたい二割返本、多いときは三割だからちょっと厳しいんだ。
(略)
藤脇 (略)『フィネガンズ・ウェイク』を初回二百冊入れるなんてリブロ池袋店でしかできない。あの本は定価が三千八百円でしょ。利益も大きい。ある種の理想論かもしれないけれど、そういうふうに商売すべきなんだと思う。(略)
安原 それとリブロ池袋店は特殊なお客がついているからね。読まなくても、見栄張って、読書人面をしているお客の心情をよく知っているんだよね、彼らは。
藤脇 そう。買わせればいいんだから。その後読んだかどうか、そこまで考える必要は出版社にも書店にもない。
安原「リテレール」創刊号を六百冊売ってくれましたからね、リブロ池袋店は。(略)
だからリブロ池袋店には足を向けて寝られないの。
藤脇「リテレール」が一軒の書店でマンガ並みに売れるなんてことはスゴイですね。
安原 すごいんです、あの書店は。その他、青山ブックセンター八重洲ブックセンター、パルコブックセンター渋谷店も、毎号三百冊くらいは売ってくれてます。こういう書店が十軒くらいあると、僕としては最高なんだけどね。

出版は元々セコイ商売なんだよ

[利益だけ考えるならラブホテルやパチンコ屋をやればいいんだ、という安原に]
藤脇 僕もそう思う。金儲けしたいんだったら、それは別の業界に行った方がいい。
安原 僕は藤脇君も嫌っている「文化だから守れ」とか、そういうばかばかしいことを言っているんじゃないのね。そうじゃなくて、つまりもっと言えば、出版社が大きくなり過ぎたんだよ。
藤脇 その点は同感ですね。つまりこの業界というのは、いい意味での中小企業の集合体なんだから、あまり大きくなると違うことを――文化とか良書とか――言いだすようになる。
安原 せいぜい十人とか二十人で、大して給料は貰わないけれど、まあ何とか人並みぐらいに暮らせる。それでも本が好きで、これは売れないけれども、別の本で何とか帳尻を合わせるから企画を通してほしいとかなんとかの世界で、一冊一冊の原価計算をチマチマやるような元々セコイ商売なんだよ。
藤脇 だけど、80年代に入って、マンガの売り上げと雑誌の広告が、それを変えてしまった。そうした状況の中で、良書というものを押し付けられる書店のことも、少しは考えた方がいいんじゃないかということです。
(略)
安原 (略)藤脇君は編集者が企画まで外部委託、進行管理だけをする出版状況を取り上げて「編集者の時代の終わり」について書いているよね。この指摘は正しいんじゃない。例えば、マガジンハウスは企画や編集をガンガン外注してるよね。しかも、その外注先のフリーの編集者のレベルの低さといったらない。しかももっとおそろしいのは、そうしたフリーの連中の出す「ゴミ企画」ですら、もはや編集者は出せない。つまり、企画が立てられないんだね。(略)
試験問題を解くことだけは得意だから、難しい入社試験はできるんだけど、さて、会社に入ると何をどうやっていいか分からない。だってちょっとしたライターの名前すら知らないんだから企画を考えるとっかかりすらない。
(略)
安原 (略)大手は卸正味は高いし、六ヵ月の委託本でも翌月80%〜100%、取次から現金が支払われ、六ヵ月後の清算時点で、返品分の金を取次に戻すシステムでしょう。弱小出版社は卸正味は62%、委託本は六ヵ月後に売れた分だけ入金、翌月支払われるはずの注文品も30%が保証金として半年間も支払われない。弱小出版社と大手とでは一冊千円の本の卸正味で一冊につき百円も違うんだから、やってられねえよな。
藤脇 トーハンと日版は、もともと大手出版社の販売部門から始まってますから。
安原 とにかくトーハン、日版だけでシェアの80%近く、二社の売上は一兆二千億!その金はすべて大手にまわって、われわれ弱小出版社は返品マージンだ、やれなんだかんだと金を取られて大手出版社の損失補填をさせられている。
(略)
安原 [年俸制にしろ。『マリ・クレール』連載の吉本ばなな『TUGUMI』が二百万部六億の利益をあげたのに]
その社長賞が十万円だからね。人をなめきってるよな。そんなもの一千万円でしょうが。(略)樋口可南子の『ウォーター・フルーツ』の担当者なんて、特別ボーナスをきちんと一千万円もらったって言うからね。
(略)
その頃、広告費が月に二億円だよ(略)
しかも会社はマンガで大損しているんだから。『藤子不二雄全集』って、知ってる? 毎週一冊ずつ出して完結までに五年もかかったんだぜ。全部買うと十万円以上するんじゃない。それで確か一巻480円で、刷りは(略)一万五千部だって話。どれだけ損したか分かる?
藤脇 どうやって採算を合わせているんだろう。合わせてない?
安原 しかも製作は、100%中央公論の別会社で、親会社に卸すから帳簿上は返品ゼロ。だから定価かける部数が全部売り上げで、利益だと思っているんだから呆れる。それからマンガの愛蔵版って知っている?(略)
三冊六千円近い金で一体誰が買うんだよ。返品の山また山だぜ。だから僕はマンガという話を聞いただけで、ムカムカしちゃうんだ。マンガで潰れるなんてみっともないじゃない。だったら秋田書店みたいにマンガ専門の出版社になりゃあいいんだよ。

次回に続く。