浄瑠璃を読もう 橋本治

浄瑠璃を読もう

浄瑠璃を読もう

仮名手本忠臣蔵』は江戸元禄の事件を暦応元年(1338年)に移した。足利尊氏の弟が京都から代参に来るのを高師直(=吉良上野介がモデル)が接待する。その下に塩冶判官(=浅野内匠頭)と桃井若狭助がいる。師直にさんざんいびられた若狭助がもう我慢ならんアイツ殺すと家老・加古川本蔵に告げ、慌てた本蔵は師直にどっさりつけ届け。師直に横恋慕された塩冶判官の妻・顔世は恋文を渡され、どう断ったらと思案に暮れる。

[本蔵の場面での]《忠義忠臣忠孝の》の《忠》の音は、鼠の鳴き声にひっかけてある。《白鼠》は福を呼ぶ縁起のいいものだということにもなっているが、ここは、本蔵の白髪頭にも引っかけているはずで、浄瑠璃作者は、本蔵の《忠》を咄っていることにもなる。(略)
[加古川本蔵のモデルは]浅野内匠頭を抱き止めて、刃傷を制止した人物、梶川与惣兵衛である。(略)「浅野内匠頭を抱き止めた人間は、なにを考えていたんだろう?」という、普通の人間なら考えないような発想(略)
仮名手本忠臣蔵』の作者は、実のところ「忠臣」とか「忠義」にかなり懐疑的なのだ。
(略)
[お軽は顔世の師直に対して断りの手紙を]持ってやって来た。まったく、余計なことをする女だが、この「主人の複雑な状況をまったく推測しない新入りの腰元お軽」は、「今時の新人OL」と考えて一向に間違いがない。こういう女性が登場してしまうところが、『仮名手本忠臣蔵』のすごさである。
 お軽は、京都近郊の山崎に住む百姓の娘である。兄の平右衛門は、塩治家の足軽になっている。そのつてを頼って腰元になったのだろうが、お軽はその名の通り「軽い女」である。(略)《ちいさい時から。在所をあるく事さえ嫌いで。》と語られる人物でもある。「田舎なんか、歩くのもいや」という娘が、都会に憧れてOLになったのである。目的は一つしかないだろう。しかも、塩冶の御家中には、その「目的」がちゃんと裃を着て存在していた。三十の手前の早野勘平は、お軽にとって、とびっきりのイケメンだったのである。すぐにお軽は、勘平と出来てしまった。奥様の顔世御前は、「このお断りの手紙、どうしようかしら?」と悩んでいるが、お軽は、「その手紙持ってけば勘平さんに会えるな」とだけ考えて、「私、ちょっと行ってきますよ」で、勝手に使いに出てしまったのである。(略)どこまでも「勘平さんに会いたい」で、会ったらどうするも決まっている女なのである。
(略)
 桃井若狭助は、「師直が現れたら叩っ切ってやる」の勢いで、松の間にいる。そこに伴内を連れて現れた師直は、いきなり刀を差し出して平あやまりになる。拍子抜けした若狭助は、「こんなものを切ったら刀の汚れだ」という心境になっているが、師直の方はここぞとばかりに、目下の若狭助にゴマをする。(略)[うんざりした]若狭助は逃げ出すつもりで、師直主従に付き添われて去って行く――これを本蔵が物陰から見ていて、「ああ、よかった」と思うところに、判官が現れる。そして、「バカな若造にペコペコして、ああ、気分が悪い」と思う師直が戻って来る。
 師直は、ただでさえ八つ当たりをしたい気分でいて、そこに現れた塩冶判官は、顔世御前の書いた「お断りの返歌」さえも手にしている。事情を知らない判官は、知らないまま顔世から托されたものを渡し、それを見た師直は、煮え湯を飲まされた気分になる。なにも知らないまんま平然と座っている判官の顔を見ると、「この野郎、夫婦揃って人を咄いやがって!」の気分になる。かくして、一方的に堪忍袋の緒を切ってしまった師直は、思いつく限りの罵詈雑言を判官に浴びせ、さしもの判官も堪えかねて、刀を抜く。
 師直は額を切られ、「あと一刀」と思う判官の体を、物陰に隠れていた本蔵が飛び出して押さえ
(略)
 時間外の業務をオフィスラブで過ごした勘平は、殿様が大事件を起こした[と知り責任を感じ切腹しようとするが、お軽が責任は私にあると止め](略)
「別に、侍なんかやってなくたっていいじゃないの。私の家に来れば、父さんだって母さんだって、あんたの面倒みてくれるわよ」なのである。[こうして勘平お軽はとんずらの決意](略)
 今の歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』では、このお軽と勘平のシークエンスを、ほとんど上演しない。(略)
東京ではこれをやる代わりに、原作にはない「お軽と勘平の道行」ですませてしまう。満開の菜の花と富士山の見える戸塚山中を美男美女が道行をして、そこに追っかけて来た鷲坂伴内を勘平がやっつけるというシーンだが、これは、幕末になって作られた別物である。お軽と勘平が「濃厚に生々しい現代人」であるということを十分に承知した江戸人は、その生々しさに飽きて、代わりに「きれい」を採用した結果がそのまま受け継がれているのである。(略)お軽と勘平は「どうしようもない現代人」だからこそ、ああいう悲劇を演じなければならないのだから、やはりここはちゃんと上演してほしい。
(略)
やっと登場した大星由良之助(=大石内蔵助)は、この二つのドラマの見届け人的役割しか果たさない。
 どうしてかというと、浄瑠璃というものが、そういうものだからである。(略)
人形浄瑠璃の観客と作者達は、みんな「町人」なのである。(略)
有名な仇討ち事件も、実は「自分達とは関係ない武士の起こした事件」なのである。(略)自分達とは関係のないドラマなのだ。(略)
江戸時代の人間は、「自分はなにものであるか」を明確に知っている――つまり、「町人」でしかない自分を「なにか別のもの」と仮想して、「自分」から逸脱することが出来ないのである。だから、自分達の参加出来ないものを改変して、「そこに自分達が参加出来る余地」を作ってしまうのである。だからこそ、『仮名手本忠臣蔵』には、大切な職務中の男の手を取って、「しよう」と平気で言ってしまう女が出て来るのである。(略)だから、彼等はかくも生々しい。
(略)
[自分のいる外に、討入を仕切った大石内蔵助]という立派な人物はいるのである。いるのだから、もうそれでいいのである。そこに参加の余地はない。(略)傍観者でしかない江戸時代の町人達は、「傍観者として事件に参加していたその人物」を探し当ててしまったのである。

第七:一力茶屋の場。敵の目をあざむくため祇園で遊びまくる大星。偵察に来た元ライバル家老は帰ったふりをして床下に潜んで様子を探る。ドタバタが静まった夜、大星が顔世御前からの密書を読んでいると、二階にいるお軽に読まれてしまう

演出上、お軽に気づいた由良助が動揺する隙に九太夫が手紙を引っ張り、手紙は破れて、その跡を見た由良助が床下の九太夫に気づくことになっている。(略)
 由良助は、二階のお軽に「下りて来いよ」と言う。(略)
「お軽が密書を見たのなら、口封じのために殺す」と決めているのである。だから、「人に見られないように、ここにある梯子を使って、窓から下りて来いよ」と言う。そして、自分の発散する危険な匂いをお軽に悟られないよう、「酒に酔ったバカな客」で一貫して通そうとする。そこで、お軽と由良助の「じゃらじゃらした」と言われるベタベタごっこが始まるのである。
 お軽は、言われるままに梯子を下りる。「揺れるからこわいーん」「ほーら、下からノーパンが見えちゃうぞォ」というようなことを、二人は江戸時代の言葉で言い合って、下りて来たお軽を、由良助は抱き下ろす。
(略)
彼女の口から出た《なんじゃやら面白そうな文》の一言は、本当にその通りのものなのである。「へー、由良さん、こんなこと計画してるんだ」である。「おもしろそう」の後、現代だったら「2ちゃんねるに書き込んじゃおかな」とか、「お金に困ったらマスコミにちくっちゃお」と続いても不思議がないような《なんじゃやら面白そうな文》の一言なのである。由良助が「殺すしかないな」と思うのは、当然だろう。彼女は、そのように軽いのである。驚くべきである。『仮名手本忠臣蔵』の最も有名なヒロインは、仇討ちにまったく関心を持たなかった女なのである。
(略)
 私はそれを非難しているわけではない。十八世紀の江戸時代に、しかもあの有名な『仮名手本忠臣蔵』の中に、こんな現代女がいたことに驚嘆しているのである――「なんてすごいんだ」と。

ロックな義太夫節

 言葉が始まる前、三味線の前奏は、アップテンポである。非常に力強くて景気がいい――聞きようによっては「危機的なニュアンス」が感じられるかもしれないが、「これはロックである」と考えてしまえば、なんの問題もない。日本の江戸時代に、こんなノリのいいアップテンポの音楽があったのかと思うと、感動してしまう。江戸時代の三味線は「粋」というようなところに入れられてしまうが、人形浄瑠璃――義太夫節の三味線は、まだ瀟洒にならず野性味を残した太棹だから、これが連弾で威勢よく鳴り始めると、たまらなく昂揚してしまう。三味線音楽の義太夫節を「義理人情の湿った世界」などと未だに考えている人は、こういう音を聞いてみればよいのである。びっくりするだろう。そういう威勢のいいアップテンポのヘヴィな音の中で、太夫達は《浮世とは》と語り始める――歌い始める。
 義太夫語りの太夫達の声は、澄んだ声なんかではない。前近代の不純物をたっぷりと含んだ、低くて太い濁声である。それが調子に乗って歌うと、歌詞が時々ぶれて聞こえる。《浮世とは》と言っているはずだが、これが「憂きやとは」と聞こえたりもする。(略)
威勢のいい音楽に乗って、「憂きやとは」と、声を揃えて楽しげに歌われたりするとどうなるか?(略)
聞いている方は、「とても楽しそうに“ああ、いやだなァ”と言っている」と思える。この浄瑠璃は、まさしくそのようなものなのである。
 《浮世とは。誰がいいそめて。飛鳥川。ふちも知行と瀬とかわり。》(略)
 突然出て来た《飛鳥川》とはなんなのか?「飛鳥川」と言えば、「昨日の深み(淵)が今日は浅瀬(瀬)になる」ということで有名な、変化の多い川である。『古今和歌集』の「世の中は何か常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」の歌以来、「世の常ならぬ姿の象徴」ということになっている。有名な『方丈記』の冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」も、この和歌の影響下にある。(略)
[「淵」=「扶持」(武士の給料)で「知行」という言葉が出てくる](略)
《よるべも浪の下人》とは、「よるべがない」から「浪人」のことである。(略)
ここのところの文章の意味が取れないのは、文章が二重購造になっているからである。(略)「“水”というメロディに乗せて、これまでのあらすじを語る」という構造になっているのである。だから、「メロディ」を聞き流して、「歌詞」の部分だけを頭に入れればいい。すると、「浮世とは誰が言い出したんだ。扶持も知行も変わり浪人となった男と縁を結んだのは、塩冶判官の妨害をした加古川本蔵で、それは恋の成就の邪魔にもなる――その本蔵の娘の小浪は」ということになって、後がすんなり分かる。小浪と[騒動前に婚約していた由良之助の息子]力弥の仲は、結納も取らずそのままになっていたから、母親は山科にいる力弥を頼って、娘を連れて行くことにしたが、相手の事情も考えて、親子二人だけで都へ出発した――である。
 なぜここに「水」が登場するのかと言えば、一家の姓が「加古川」で、娘が「小浪」、母の名前さえも「戸無瀬――戸のない瀬、遮る岸のない広々とした浅瀬あるいは急流」という、「水」に縁のあるものだからである。そこから、浄瑠璃作者は「転変の象徴」である飛鳥川を持ち出す。「道行旅路の嫁入」の冒頭は、言葉によるイメージ映像のようなもので、二重の意味を持つ掛詞は「映像言語」というべきものである。まず「流れの速い川」がある。その映像に、勤務先を夫った侍の姿が重なる。そこに「切腹せざるをえない塩冶判官」や「大騒動の中で彼を抱き止める加古川本蔵」の映像がオーバーラップして、そのまま「川の岸辺を行く親子連れ」になる。
(略)
 女二人は、もう「駿河の府中」に来ていて、その城下町を過ぎると、お母さんはいそいそとして、退屈しのぎの話を始める。それがなにかというと、新婚初夜のセックスについてである。
 《二世の盃済で後。閨のむつ言さゝめ言。親しらず子しらずと。蔦の細道。もつれ合。嬉しかろうと手を引ば。》
「式が済んだら寝室に入って、二人でもつれ合いよ」と、この年若いお母さんは、娘の手を取って言うのである。場所は、「蔦の細道」と言われる宇津谷峠。(略)人気がなく道幅の狭い山間の峠道を、「ほら危いわよ」と娘の手を引くお母さんは、そのついでに、「結婚したら、こんな風にもつれ合いよ。いいわね」と言うのである。
 十代の娘は、「もう、やァね、お母さんは……」
(略)
[この道行は]三十分たらずの間に、鎌倉から琵琶湖の先にある山科までの東海道の道筋を、全部見せてしまう(略)バックの景色がバタリバタリと、曲の進行につれて変わって行くのである。そういう「東海道五十三次早替わりショー」でもある。

第十:塩冶判官に恩ある天河屋義平は大星に見込まれ武器輸送を担当。討入に加担していると察知した役人達が義平の店に逮捕にやってくる。

[届けられた長持を調べようとする役人]
それをさせじとする義平は長持の上にどっかと座り込み、役人の方は役人の方で、幼いよし松の首に刃を突きつけて、「白状しなければ息子を殺すぞ」と脅す。しかし義平はこれに屈せず、《天河屋の義平は男でござるぞ。(略)と大見得を切る。(略)
[だが]それは、義平の覚悟を試すために大星由良助が送った偽役人で、実は討入メンバーの変装だった――ここまではまだいい。浄瑠璃のドラマでありがちのことだから。しかし、それを命じた大星由良助がどこにいたかとなったら、もう「お笑い」である。由良之助は、義平が腰を下ろした長持の中にずっと隠れているのである。いつの間に大星由良助は、エスパー伊東のようなことをするお笑い系の人となってしまったのか――である。
(略)
 十段目は、伏線が空回りする内容の浅いドラマになっている。その代わり、ここには「赤穂四十七士討入の豆知識」が置かれている。既に言ったが、由良之助達はこの家で義平にふるまわれた蕎麦を食う。義平の勇気に感じ入って、その屋号を「天」「河」に分けて討入の際の合言葉にする。そういう「実録劇」のように持って行って、義平のあり方を称える――。(略)
いかに「参加への欲望」を根本に置くとはいっても、これはいささかやり過ぎの薄っぺらであろうと、私は思う。

次回に続く。