ビーチ・ボーイズ・その5 家族の死

前回のつづき。

ビーチ・ボーイズとカリフォルニア文化 はるかな場所の一番近いところ (P‐Vine BOOKs)

ビーチ・ボーイズとカリフォルニア文化 はるかな場所の一番近いところ (P‐Vine BOOKs)

《僕を信じて》

折しもボブ・ディランは、アルバム《ブロンド・オン・ブロンド》の〈ジョアンナのヴィジョン〉でこう歌っていた。「少年は途方にくれた。あまりにも深く考えすぎたのだ」。
《ペット・サウンズ》では大人になりかけの青年を主人公に、恋愛感情というものが分析されていく。恋をしては破れ、そぐわない相手を追いかけては真実の女性を傷つけ、理想を追い求めては現実から目をそらし……そしてその間じゅう、彼は不安定な感情の原因を、ピカレスクになぞらえてあてどなく探すのだ。ほぼ全編にわたってブライアンの私生活がベースとなっているが、うまくいかない関係を何曲もの作品として仕上げるのは辛く、ときには高揚感を味わいながらも結局は憔悴に終わる作業だった。アルバム全13作品に深くしみわたっている悲愴感と落胆は、当時ブライアンとマリリンが抱えていた夫婦間の問題と浅からず結びついていた。
(略)
《僕を信じて》は、自分の身勝手さと創作活動への没頭を、マリリンはいったいどこまで許してくれるだろうかと自己猜疑するモノローグだ。たびたび起きる諍いのやるせなさを和解の柔らかいトーンと対比させながら、「彼女の心が落ち着いているときはなんとかうまくいっているが、結局自分は彼女が望むような人間になれない」とブライアンは嘆く。この問題に解決策はない。そしてこう結論づける。「もう泣きたいよ」。オープニングのサウンドは、ピアノの弦を手で引っ張ったミュートの状態で鍵盤を叩いたもので、ブライアンとトニー・アッシャーはピアノのコンソールにもぐりこんでピアノ線と止音器を操作しながら、この“ソフトで大きな”ピアノフォルテを出した。フィンガー・シンバル、ハープシコード、そして自転車のベルが、今にも壊れそうな精神状態を表現している。

Visions of Johanna

Visions of Johanna

トニー・アッシャー

広告コピーライターとして、マテル社などのクライアントとディスカッションを重ねる中から必要な事項をかき出し、そこから自社製品に対する彼らの思い入れを端的に表現するような散文を作り出すという作業に慣れていたアッシャーは、そのフレンドリーで気取らない性格も手伝って、ブライアンの精神状態のまたとない共鳴板となった。ブライアンからオファーが来たとき、アッシャーはすでにCM音楽を広く手がける売れっ子だったが、自分の野心のためにブライアンのテーマを歪曲したり本質から逸らすようなことは、まずなかった。
(略)
「マテルで決まり!やっぱりサイコー」このキャッチ・コピーが大ヒットし、今やアッシャーはバービーやチャッティー・キャシーなど、マテル社の主力製品のジングルやコピーのほとんどを手がけるようになっていた。そんなアッシャーが突如ブライアンの“出前作詞家”となった経緯には、ビーチ・ボーイズのグレーテスト・ヒッツ・アルバムをリリースしようと目論むキャピトルからの攻勢を、ブライアンがかわしきれなくなったという事情があった。以前トニーに会ったとき、彼の作品を覚えていたブライアンがさっそく電話をかけたところ、この売れっ子コピーライター/コンポーザーは、ブライアンとのコラボレーションのためにスケジュールを調整してくれることになったのだった。
 ハンサムで真面目で、おまけに超カタブツのアッシャーは、ブライアンをアシストするためにとった有給体暇を有効に使うという目的以上には、ブライアンとのつながりを決して望まなかった。ブライアンを短期間の雇用主と考えていたアッシャーは、彼に見せるための小さな黒いノートを携え、毎回約束の時間きっかりにローレル・ウェイのブライアンの家を訪れたが、まもなく自分と彼の仕事に対する倫理観に違いがあることを理解することになる。マリリンがベッドの中のブライアンを叩き起こそうと格闘している間、アッシャーは何時間もおとなしく待っていた。ようやくボスが姿を現し、ピアノの前で作詞家と自分のアイデアについてディスカッションを始めるころは、午後ももう遅い時間で、その前には何度かの食事といくつかのすったもんだがあった。だがアッシャーはブライアンのアイデアを高く評価し、長い時間をかけてそれらをあたかもブライアン本人の口から語られたようなトーンで、しかも同時に、曲を引き立てるのに十分な言葉に置き換えることを喜びとした。マリリンとのケンカも、マリファナやハッシシの摂取も、ブライアンの自堕落な家庭生活はトニーに筒抜けだったが、家やスタジオでの曲作りの作業が終了すれば、彼は翌日の仕事が始まる午前九時にはちゃんと自分の生活に戻るのだった。

“神のみぞ知る”

64年に飛行機内で発作を起こしてから16ヶ月の間に、さらに二度の精神錯乱を経験したブライアンは、神とプレイヤー(祈りを捧げる者)というコンセプトに、漠然とながら重大な意味を見出すようになっていた。(略)
ビーチ・ボーイズとさらに距離を置き、麻薬やLSDに溺れる毎日になってからというもの、頼みの綱はマリリンただひとりだった。彼女の支えがなくなったら、自分はどうなってしまうのだろう?そんな“神のみぞ知る”問いかけは、彼の心の奥底で恐怖のマントラとなった。

《ペット・サウンズ》

[Hang on to your Ego]を聞いたマイク・ラヴは、これはLSDをやりすぎた人間から生まれた傲慢で“ラリった歌”だとして、一切歌うことを拒否した。ブライアンはバンド内の自分の指揮権の低下を露呈するようなマイク・ラヴ=アル・ジャーディン一派との不和は避けたいと思う一方で、カール・ウィルソン=デニス・ウィルソン=ブルース・ジョンストン一派はコード進行がブライアンらしくてとてもいいと評価したこともあり、歌詞を書き直すことにした,オリジナル・ヴァージョンでは、「闘いに敗れそうになっても自我を押し通せ」と熱く説いていたブライアンだが、新しいヴァージョンでは、マイクがブライアンと一緒にヴァースの一行目を「答えを見つけるのは自分自身だ」に変え
(略)
[Here Today]ブライアンはマイクのヴォーカルをもっとフィーチャーした別のカットも考えていたが、歌詞の中にサイケをほのめかすような“汚くて”“むかつく”言葉があるとして、マイクはこれ以上歌うのを拒否した。
(略)
[Caroline No]高校時代にブライアンがぞっこんだったスレンダーなブロンドのチアリーダー、キャロル・マウンテンを歌ったもので、彼女はすでに結婚して今もホーソーンに住んでいた。二日酔いのような頭痛に襲われながら、ブライアンはなぜこの美しいポムポム・ガールにさっさと自分の胸の内を告白しなかったのだろうと悔やみ、このシナリオは生まれた。
(略)
 トラック全体に漂う侘しさは、うつろな響きのパーカッション(ハル・ブレインが空のスパークレット[飲料水冷却器]の樽の底を叩いている)で幕を開け(略)
 「悲しかった」。ブライアンはそれだけ言った。「だから悲しい曲を書いたんだ」。

レニー・ワロンカーとランディ・ニューマン

[レニー・ワロンカー]の人生における最初(幼稚園に入る前)の友人がランディ・ニューマンで(略)
20世紀フォックスのスタジオにもぐりこみ、ランディの叔父アルフレッド・ニューマンが65人編成のオーケストラを率いて、『王様と私』など映画作品に音楽をシンクロさせている現場をじっと見入っていた。
 その恩返しに、レニーはランディを自分の父親であるサイ・ワロンカーのオフィスに連れていっては、ボビー・ヴィーやジーン・マクダニエルズ、エディ・コクランなどのまだ発売前のシングルのテープを聞かせるのだった。オクラホマ生まれのおおらかな性格のコクランとレニーはすぐに意気投合し、エディが〈サマータイム・ブルース〉をサイ・ワロンカーに認めてもらうために真面目くさって演奏した際に同席していたレニーは、演奏が終わるなり「こいつはスゴイ!」と叫んで場を盛り立てた。
(略)
[コクラン事故死の報に]サイ・ワロンカーと息子は大きなショックを受け、レニーが泣きながら電話をかけた相手はランディ・ニューマンだった。
(略)
キャロル・キングとジェリー・ゴフィンがブリル・ビルディングからヒット曲を連発し始めると、ワロンカーはその楽譜とデモ・テープを持ってニューマンの家にやってきて、こう言うのだった。「聞けよ。こんな曲やってるけど、君のほうが絶対うまいぜ」。

心が壊れてしまった人間

それはまるでシュールな絵画のようだった。今や33歳となったブライアン・ウィルソンは、サンタモニカのフィフス・ストリートに建つ、ビーチ・ボーイズが所有する24トラックの豪華な設備を備えたブラザー・スタジオの中央に置かれたハモンドB−3オルガンの前に座り、太陽系が描かれた背後の大きな円形のステンド・グラスの窓から漏れるぼんやりした青い光の中で、その巨体を浮遊させていた。ピリピリした空気の中、ブライアンの太い指はひどく震え、鍵盤の正しい位置を見つけられずにいた。ありがたいことにオルガンのスイッチは入っていなかった。「さあブライアン」。従兄弟のスタン・ラヴが、やさしく声をかけた。「新しい曲を弾いてみせてよ。〈カリフォルニア・フィーリン〉をさ」
 ハモンドの前にいる太鼓腹をしたひげ面の男は力なく微笑むと、うつむいた目にかかったボサボサの髪を手でかき上げ、いらついた様子で溜め息をついた。「チェッ」彼は吐き捨てるように言う。「まったく緊張するな。でも落ち着かなくちゃ」。
(略)
「どう?気に入ったかい?」彼はついに声に出して尋ねた。その声は大きく甲高かった。
 そのときの彼の表情たるや、思わずゾクッとするものだった。もし恐怖がねっとりした液体で、人間がそれで顔を洗ったとしたら、間違いなくこんなふうになるだろう。そんなブライアンの様子に、親しい人でさえもが自分は今、心が壊れてしまった人間と会っているのだということを、まざまざと思い知るのだった。
(略)
 ブライアンを再びバンド活動に引き戻したものは、いったいなんだったのだろうか?「そうだね……みんなの顔を見たら、どこか寂しそうだったんだ」。彼は説明する。「幸せそうじゃなかった。何かうまくいってないっていうか……。そこで思ったんだ。『そうか、ヒット・シングルがないから困っているんだな。みんな僕のことを怒っているのかも!』。確かめたらやっぱりそうだった。だから《パリセイズ》を演ったとたん、みんなハッピーさ。わかるかい?」。
 力なく笑ったブライアンの口元には、バツの悪さと困憊がにじんでいた。

1976年ブライアン・インタビュー

[73年に他界した父・マリー]
 ブライアンによれば、マリーが亡くなる少し前、ビーチ・ボーイズはマリーが書いた〈ラザルー〉というラヴ・ソングを録音する計画をたてていたという。「五分半の曲だった。とブライアンは言った。「トルコでのエキゾチックな情事を歌った曲さ。父さんはガッツがあったからね」ブライアンは寂しげにつぶやいた。「父さんがやることはなんでもかんでも迫力があった。いつも真剣勝負だった。ものすごいパワーだったよ」。
 「父さんには世話になったなあ。決して忘れないさ。父さんは一枚アルバムを作って、僕も持っているけど、死んじゃった今では聞きたいと思わないね」。
 そこまで言うと、ブライアンは慌てて立ち上がり、居間の隅にあるアップライト・ピアノのところまで行って、鍵盤を叩きながら意味不明のアグレシッヴなメロディーを弾いたが、その表情はなおも虚ろだった。
 だが改めて座り直したとき、彼の青白い唇には、ほんのわずかではあるが微笑みの痕跡が見られた。そして自分の子供時代のこと、熱心な野球少年であったこと、成績は中の上だったこと、従兄弟のマイクは運動でも音楽でも良き相棒だったことなどを話し始めた。
 「マイクはケンカっ早かったな」とブライアンが言うと、スタンはにわかに興味を待って目を上げた。「マイクに電話をかけて、『明日の放課後、君の学校に行くよ』って連絡するんだ。ふたりでよくトラックを走っていたからね。するとマイクの父さんが電話の向うで『電話を切れ!早く切らないと鼻をへし折るぞ!』って怒鳴っているのがよく聞こえたものさ」。
 それからさらに数分ほど話すと、ブライアンはまた立ち上がり、急に何かを思い出したかのように部屋を出ていこうとした。彼は心が揺れたとき、できる限り居間から遠ざかることにしているのだった。「ちょっとひと休みするよ」彼はボソボソッと言った。「何をすればいいのかわからない。いったい何をすればいいのか」。

1977年デニス・インタビュー

 「母さんは僕を是が非でもグループに入れようとした」。(略)
「『さあブライアン、デニスを入れてあげなさい。デニスがかわいそうじゃないの!』ってね。マイクとブライアンは『いやだ、デニスなんかいらないよ』って言ってたけど、そのうちブライアンが態度を軟化させたと思ったら、僕をハグしてこう言うんだ。『ああ、なんてこった』」。
 「最初のライヴ・アルバムを出したころ、僕らはストライプのシャツを着てステージに立っていた。ブライアンをしげしげと見ながら、こう思ったよ。『これが僕のアニキ?』。僕は自分ではなく誰かが素晴らしかったから有名になれたのであって、ドラムを叩いたり一緒に歌ったりするチャンスに恵まれたんだ、とね」。
 「はあ…」デニスの目には涙があふれ、声は悲しさのあまり詰まっていたが、それから彼は笑い出し、涙を手でぬぐった。「なんてラッキーな名誉なんだ!」

1985年ブライアン・インタビュー

 「高校の最後の一年は……すごく幸せだったなあ」。彼はためらいがちにそう回想する(略)
「僕は決して学校で人気があったわけじゃない。でも人気者たちと友達だったんだ」。彼は混乱と畏怖の混じった口調で話した。まるで自身の過去やあるいは古い知人のことを、ちゃんと思い出せるかどうかもおぼつかないように。
 「ともかく、ビーチ・ボーイズの人気が出始めると、僕もだんだん女の子にモテるようになった。ゆっくりと人気者になっていったって感じかな。一晩で「ワォ!」っていうんじゃなかったね」。
 「女の子たちは、みんなデニスの追っかけだった。最初のころは、女の子たちが僕らのお尻を踏んづけながら、ドラムの後ろにいるデニスめがけて殺到したものさ。『デニース!デニース!』ってね。彼女たちがすっ飛んでいくのを、僕らは横目で見ているだけだった。でもだんだん僕も女の子たちの間で人気が出るようになったんだ。ちょっとかまってみたい対象としてね。でもかなり地味だったよ。僕は影が薄いのさ、わかる? 僕はデニスみたいじゃない。女たらしじゃないのさ。地味な男なんだ。すべて会話レベルさ。ただ会って話をしているだけで僕は納得するんだ」。

 「デニスの問題は(略)自分ではどうにもならなかったってことさ。(略)
 不思議な気持ちだったよ。家族の死の知らせを聞くのは、奇妙な感覚さ。言葉にしたり表現できるようなものではないんだ。30分くらいしたら涙が出てきた。そのあとニュースで見て思ったよ。『ああ神さま、デニスだ。デニスが横たわって死んでいるよ』ってね。溺死したなんて考えたくなかった。嘘だってことにしておいたんだ。あまり考えすぎないようにした。ただ嘘だってことにしておいた」。
 「デニスとは本当にいい友達だった」。カウチからゆっくり身体を起こしながら彼は言った。「デニスが死んだと聞いて、僕はイライラした。彼が溺死して僕は頭にきたんだ。弟を失っただけじゃなくて、ひとりの友達を失ったってことだからね。そっちのほうがさらにこたえたよ」。
 ブライアンは、ひとりでつぶやくように何か言うと、その場を離れて部屋をあとにした。

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