『正戦と内戦』その2 戦勝国による正統性

前日の続き。

正戦と内戦 カール・シュミットの国際秩序思想

正戦と内戦 カール・シュミットの国際秩序思想

法秩序の精神的な浸食、『リヴァイアサン

 法秩序の精神的な浸食という問題を、シュミットは1938年のホッブズ論『リヴァイアサン』のなかで追究することになる。そこに見られるのは、近代国家はいまや精神的な力を持たない巨大な機械装置となることで、「全体国家」たりえなくなったという認識である。(略)
「メカニズムに全体性は不可能である」。このような技術化された国家が秩序の全体性を確保できないというのは、それが人々の内面や精神に対していかなる権力も持たないからである。しかも、いわゆる「リヴァイアサン」としての国家のこうした運命は、ホッブズの理論のうちであらかじめ定められていたのである。それは、ホッブズ自身が国家権力の支配が及ばない内面的信仰の自由を留保したことによってである。内面的留保というこの「破れ目」こそが、近代個人主義および自由主義の突破口となった。それはじきに、外面に対する内面の、公的なものに対する私的なものの優位への反転をひき起こし、リヴァイアサンを内側から崩壊させたというわけである。
 シュミットに言わせれば、そうした内面的留保を最大限に利用し、「生命力あるリヴァイアサンの去勢に協力した」のが、自由主義的なユダヤ人思想家たち、すなわち、17世紀のスピノザ、18世紀のモーゼス・メンデルスゾーン、19世紀のフリードリヒ・シュタールにほかならなかった。
(略)
 シュミットにすれば、外見上いかに秩序の統一が保たれていようと、精神における不和が存在するならば、国家にとって致命的である。
(略)
内面や良心が個人の自由に委ねられると、国家に残るのは、魂を持たない機械装置としての性格だけである。国家は技術的に中立化された装置となり、かくして19世紀には、精神を持たない実定法体系である法実証主義的な「法律国家」が現れるのである。
(略)
シュミットにとり、ある政治秩序は、精神にまで及ぶ一つの全体性として構築されていなければならなかった。
(略)
 かくして、1938年のホッブズ論とほぼ同時期の諸論文では、単に軍事的ではない精神的・世界観的な闘争となった戦争こそが、いわゆる「全体戦争=総力戦」であると性格づけられることになる。

国家主義への恐怖

 1912年の『国家の価値』論文は、超個人的な価値に個人が献身するためには媒介としての国家が不可欠であると強調することで、シュミットのいわゆる「国家主義的な」立場を顕著に表しているように見える。しかしながら、この当時のシュミットは、決して単純に現実のドイツ国家を称揚していたわけではなく、むしろ、ナショナリスト的な熱狂からは距離を取っていた。彼は第一次大戦勃発後の日記のなかで、開戦とともに国家が個人に対して及ぼすようになった強大な力への恐れを何度も吐露している。「戦争、命を落とす何千もの兵士、場合によっては牛が草を食むように私を貪り食うこの権力機構に対する私の無力を考えるとき、私には国家は、恐ろしく、陰惨で、途方もないものに思われる」。
 このような国家への不信は、1914年9月の親友フリッツ・アイスラーの戦死、そして、1915年2月からミュンヒェンでの兵役を経験するなかで、さらに強まっていく。
世界大戦中はどのような結果になるのだろうか。ドイツは正義の国になり、個人を無化する国になる。それはまさに、私が国家についての著書〔『国家の価値』論文〕で国家の理想として述べたことを実現する。……恐ろしい。私はいつの間にか犠牲者となり、そのために罵りを受ける。おぞましい。神よ、助けたまえ。
(略)
兵役中の日記では、プロイセン軍国主義に対する嫌悪や、国家を前にしか個人の絶望的な無力が繰り返し表明される。(略)
シュミットは、大戦中のドイツ知識人に多く見られたような、ドイツがまさに世界史的使命を担った正戦を遂行しているとする「1914年の理念」とは程遠いところにいた。むしろ彼にとって第一次大戦とは、機械化・機能化された技術時代のもたらした破局、いわば「終末論的な恐慌」にほかならなかったのである。

敗戦と革命による転機

 反国家的な心情を隠すことがなかったシュミットに転機をもたらしたのは、ドイツの敗戦と革命の経験である。(略)
[敗戦の混乱を契機とした共産主義勢力によるミュンヒェン・レーテ共和国の樹立]
シュミット自身が絶えず身の危険を感じていたと回想するこの革命騒乱が、まさに秩序と安全の維持に近代国家の決定的役割を見出すようになる彼の思想形成に大きな影響を与えたと言える。と同時に、敗戦に伴ってドイツが甘受することになったヴェルサイユ条約は、シュミットにナショナリストとしての心情を呼び覚ますきっかけとなった
(略)
[1919年、マックス・ヴェーバーミュンヒェン大でのゼミに参加したシュミットの回想]
彼は復讐主義者でした。ヴェルサイユに対するすべての復讐主義のなかでも、私が経験したなかでもっとも過激でした」
(略)
 シュミットはルール占領のうちに、帝国主義の新たな支配形態を見て取った。その新しさは、この軍事行動が「法」の執行という体裁を取っているという点にある。第一次大戦後の国際安全保障体制を規定している法的枠組、すなわち、ヴェルサイユ条約ジュネーヴ国際連盟は、実のところ、何ら平和構築に寄与してはいない。つまり、それらは、強国が自らの権力要求を法的措置の名のもとで遂行するのに役立っているだけだというのである。「誰が命じるのか」、すなわち、誰が法を定義し、解釈し、適用するのかという問題が看過されるときには、法の支配がこのように帝国主義の道具に堕するということが起こりうる。このとき、支配の公開性を確保するはずの法は、外国勢力による「隠蔽、匿名性、不可視性」のコントロールに服してしまうというわけである。シュミットの見るところ、現代帝国主義は、まさに自らを法的言説によって武装することで支配を行使している。そして、実力行使のこうした規範的正当化の可能性とともに生じるのが、いわゆる「正戦」である。
(略)
 しかしながら、シュミットは単にドイツ・ナショナリストとしてヴェルサイユジュネーヴ体制を攻撃することで満足しているわけではない。両大戦間期の彼が目指していたのは、既存のジュネーヴ国際連盟にとどまることのない、真の「連邦」を国際的に構築することにほかならなかった。(略)
彼の関心はあくまで、国際法秩序の制度的構築にあった。

国際連盟による「〈現状〉の正統性の保障」

[国際連盟規約は]以下のような保障の対象を規定している。すなわち、領土の不可侵性、政治的独立、攻撃に対する保護、脅威に対する保護。しかしながらシュミットが問うのは、これが一体いかなる正統性原理に則って規定された保障なのかということである。それは単に、戦勝国の権力政治が反映された大戦終了直後の〈現状〉を維持するだけのものではないか。(略)国際連盟が問題にしているのは、単に「〈現状〉の正統性の保障」にすぎないのだ。
 シュミットは、これまでの歴史において国際法共同体を構成してきた正統性原理を挙示している。ウェストファリア条約以降、19世紀まで機能していた「ヨーロッパの勢力均衡」原理やその競合原理であった「自然国境」論、さらに、19世紀以降の「国民性原理」などである。国際法上「正常」とされる状態は、そのつどこれらの正統性原理を基準にして判断されてきたのである。
(略)
実際、1815年には、「敗北したフランスが、1919年の国際連盟におけるように、過酷な扱いを受けることはなかった」。この違いはひとえに、神聖同盟体制が、「王朝的正統性」という明確な正統性原理に基づいた国際秩序だったからである。
(略)
強者の〈現状〉に抵抗しようとする弱者の試みはすべて、不法行為の烙印を押されるわけである。(略)
〈現状〉の変更は何であれ非合法とされるのである。

その法を誰が決定しているのか

問題は、「つねに事情がそうであるように、あらゆる当事者が自分の側に道徳性があると主張しながら、にもかかわらず、できる限り権力政治を追求している場合には、誰が決定をするのか」ということである。
もちろん誰しも、法、道徳、倫理、平和だけを望む。誰も不正を為そうなどとは思わない。しかし、具体的に唯一興味ある問題はつねに、何が正しいのか、平和とは何か、平和の攪乱や危険とは何であり、それはいかなる手段で取り除かれるのか、いつ状況が正常で「平穏」となるのか等々について、具体的な事例において誰が決定するのか、ということである。
いかなる権力政治も、自らを正当化するために法を引き合いに出す。
当然のことながら、列強はあらゆる機会に、自分たちが法を尊重していると主張する。しかし彼らは、具体的な事例において何が法であるのかを、自分たち以外の誰かが決定することを許しはしないだろう。
それゆえ、単に力に対する法の支配を称揚することには、何の意味もない。目を向けるべきは、その法を誰が決定しているのかということなのである。かくして、シュミットにおいては、第一次大戦後の国際法制の進歩に関わる主要問題は、それが一体誰のための法なのかという点に集中することになる。「それゆえ我々はつねに問わねばならない。具体的な事例において、国際連盟の名のもとで行為しているのは誰なのか、と」
 いまや政治対立は法形式として現れ、国際政治は司法手続へと移されたように見える。しかしそれは、その具体的内容の決定権を列強のみが掌握した政治的な国際法による支配なのであり、ラインラントはとりわけその犠牲となっているとされる。
(略)
このような非武装地帯の設定、およびそれに伴う諸規定は「法学的フィクション」であり、それは『独裁』で述べられたような「フィクション的な戒厳状態」と同様に、「政治的敵対者をよりうまく抑圧するための手段」にほかならない。ドイツは戦勝列強の定めた非武装の概念に従わねばならず、彼らによってそれに違反していると解釈された場合には、平和を攪乱しているとみなされる。(略)[さらにジュネーヴ議定書では]非武装義務への違反が「侵略」とさえ規定されることになった。(略)議定書は締約国に、「侵略者に対して軍事的に措置を講じる義務」までも定めている。後に『大地のノモス』で、この議定書が「攻撃戦争の犯罪化への萌芽」と位置づけられるゆえんである。シュミットに言わせれば、これはすべて、〈現状〉を変えようとするドイツを法的に犯罪化することへ向けられている。

帝国主義の新たな方法、規範を通じたコントロール

シュミットにとって、ある国家の主権的独立を表面上認めつつ、事実干渉のためのさまざまな法的手段を確保しておくというのは、まさに帝国主義の新たな方法にほかならない。つまり、他国を支配する方法は、軍事的な直接行動から、規範を通じたコントロールヘと変容したのである。このことは、「併合」という支配法が時代遅れになったことに顕著に示されている。第一次大戦後の世界では、民族の自決と自由という大義ゆえに、ある領土の併合は簡単には認められなくなった。しかし、こうした「併合の断念」は、列強が「もっと効果的で、もっと利益の多い他の方法を発見した」ことにも起因している。すなわち、列強は、小国を独立国として承認したうえで、その具体的内容は自らが決定できるようないわゆる「干渉条約」を、その国と締結するという方法を取るようになったのである。(略)
干渉国は、「コントロール下に置かれた」国の本質的な実存的問題、とりわけ、何が「公安と秩序」なのかについての具体的規定を決定するのである」。
(略)
 シュミットにすれば、干渉条約を通じて行使される帝国主義支配は、併合という直接的支配法よりも有害である。それは、被支配国の住民への保護責任を何ら負おうとしない、いわゆる「間接権力」による支配だからである。
(略)
直接的支配としての併合においては、「勝者は土地と住民とともに、政治的責任と代表を引き受けていた」が、今日では「コントロールを行なう国家は、併合に伴う重荷を負うことなしに、その軍事的・経済的利益をすべて手に入れている」、と。
(略)
現代では、真の権力者は意図的に不可視のままにとどまり、責任を引き受けずに支配の利得のみを手中にしようとしている。
(略)
 とはいえシュミットは、単に普遍的規範を利用している背後の誰かを暴き出すイデオロギー批判で満足しているわけではない。彼の目的は、単なる実定的な合法性の体系に代えて、何らかの実質的な正統性原理に即した法秩序を探求することにある。

次回につづく。