ウィリー・ディクソン、ポール・サイモン編

有名ソングライターの創作の秘訣インタビュー集。

INSPIRATION

INSPIRATION

*ウィリー・ディクソン*(88年インタビュー)

  • 最初の楽器はボビー・ドゥ・キャストンが作ってくれた1弦の空き缶ベース

ブルースはどこから

[奴隷を分断するため歌や打楽器、宗教活動、会話さえ雇い主は禁じていたが、chantで調子を合わせると作業効率があがることに気付き、歌うことを解禁]
 やがて、奴隷たち自身が気づくようになった。「なんだ、こうやって歌うこと許されているのだから、その歌でメッセージを伝えればいいじゃないか」と。彼らは祖国に帰りたいと歌った。「あなたと生きて二度と会えなかったとしても/向こう岸で落ち合おう」。(略)
 こういう歌を歌いながら、彼らはアフリカに帰りたいという思いを、死んだ後、天国に行きたいという思いにすり替えた。(略)
 黒人たちがそうやって生きる上での真実を歌っていることを、彼らは知らなかった。それがブル一スなんだ。ブルースそのものから、我々は人生の真実を学ぶことができる。
 人から「この曲はどういう意味ですか?ではあの曲は?」と尋ねられることがあるが、ブルースは過去、現在、そして願わくば、未来から成り立っているものなんだ。
(略)
[子供の頃は]畑で労働者によって歌われるブルースを聴いていた。彼らは事実を歌にした。地主に女房を寝取られた男の話とか……。
「俺の女にちょっかいを出すのをやめなければ/死の谷がお前の永住の地となる」
 こういう風にしてブルースは生まれてきたんだ。今日、ブルースを聴いて「あんたブルースのことは何でも知ってる。だったら教えてくれ。『ブルースがウサギを飛び跳ねさせ 一目散に走らせた』というのはどういう意味なんだ。全然わけがわからないじゃないか」と言われることがあるが、そういう時はこう答える。「私にはわかるよ。私が子供だった頃、もし親父がウサギとかリスとか何かを仕留めてこない限り、私たちは何も食えなかった。それこそ一日中」。そんなわけだったから、ウサギが飛び跳ねる姿は大いに意味のあることだったのさ。今日の若い奴らには何の意味も持たないだろう。ウサギすら見たことがないんだろうから。

すべてのブルースはハッピー

ポジティヴで、何らかの意味のある曲を書こうと心掛けてきた。(略)
 あの当時は、人がブルースを陰鬱な音楽ということにしておきたいと思っているなんて、想像もしてなかったんだ。(略)
実際にだね、すべてのブルースはハッピーなんだ。すべてのブルースが事実だ。事実は、それがいいものにせよ悪いものにせよ、真実だ。ところが、それが理解できない人間が多いんだ。ブルースは暗いもの、そうでなければブルースじゃない、と信じ込まされるように洗脳されてきてるんだよ。でも現実はそうじゃない。それが事実を歌ってなければ、ブルースにはならないんだ。ブルースで歌われるのは3匹の子ブタでもなければ、どんな作り話でもない。事実を語っているんだ。「お前を抱きたい」そう思って、口に出せなかったことが何度ある? 悪、無知、そして愚鈍こそが、事実なんだ。生きる上での紛れもない真実とは、そういうことなんだ。
 それらを私が曲という形にするのは、そういった事実を人が忘れないで覚えているためにだ。事実を覚えてさえいれば、それがいい事実でも悪い事実でも、まともな人生を生きる上での何らかの励みになる。判断基準になるんだ。

ローリング・ストーンズ

シカゴに来る前から彼らのことは知っていたんだ。と言うのも、メンフィス・スリムとヨーロッパを初めて訪れた際、どっさりと曲を置いてきていたからだ。その時、彼らはほんの子供だった。そいつらがローリング・ストーンズになるとは思ってなかったよ。でも、ブルースが好きな連中でね。私の曲が好きだと言うんで、どっさりテープに残してきたんだ。いや、まだテープはなかった。当時はまだ針金磁気録音だったな。私の残してきた曲が、いろんな経路で、いろんな連中の所に渡ったんだ。
 それから随分経って、シカゴに戻ってきたら、顔にかかる長い髪をした青年たちがやってきたんだ。何年か後のことだ。あの時の子供たちだとはわからなかったよ!

12小節の音楽

人は言いたがる。すべてのブルースが“12小節の音楽”で、それ以上に発展しないと。でもそんなのは嘘だ。今日において、ブルースは何小節だって構わないんだ。そうしようと思えば、オペラにすることだってできる。一日中、続くものだっていいんだ。そこで語られているのが事実である限りは。それが今日のブルースなんだ。黒人はこういうもの、と決めつけようとするのと同じように、人は、ブルースはこういうもの、と決めつけようとする。しかし、今の世の中はそれ程バカではないからね。

ポール・サイモン*(90&93年インタビュー)

 僕の場合、曲作りとレコード作りはすごく密接につながっていて、だからこそ、ソングライターとして僕の聴覚の記憶がすごくはっきりしていることも、僕の作品の特徴のひとつだと思う。いろんなものの音(サウンド)をとてもよく覚えているんだ。ビジュアルよりも鮮明に。それがどういうレコードだったか、すごくマイナーなレコードも覚えているし、そのレコードのどこの箇所が好きだったかも、ドラムサウンドが好きだったのかも、覚えている。
 14歳の時に感じていたそういうものがいつまでも僕の中に残っていて、今も結局は、その頃に耳にしたサウンドを繰り返しているだけなんだ、どんな時も。それは僕以外にはおそらくわからないことだと思うけど、僕にはどれがどの音につながっているか、はっきりとわかる。ほとんどすべてが少年期の音へと戻っていくんだ。
 大きな影響を受けた音楽ということで言えば、60年代以降は何もないんじゃないかと思う。いくつかの例外を除いて。

Paul Simon - Still Crazy After All These Years + lyrics

[「夕べ 街で昔の恋人に会った」という歌詞]
――うん。実在する女性がいるんだ。本当の話で曲を始めるのは、いいことだね。大いに。もし嘘で話を始めると、絶えず嘘の証拠を消そうとしてしまう。シンプルだけど本当のことで、たくさんの可能性がある曲の始まり方というのは、いいものだ。

●コードチェンジも美しく、最後のヴァースの繊細かつ巧妙なキーチェンジが印象的な曲ですね。
――あの頃、ベーシストであり作曲家でもあったチャック・イズラエルズについてハーモニーの勉強をしていた。だから、そういうことを試していた時期だったんだ。
●ハーモニーについて、彼からどういうことを学んでいたのか、覚えていますか?
――最後のヴァースでキーを1音上げて、マイナーコードをメジャーに転調する、というのは彼の提案だったんだ。とてもいいアイディアだった。それ以外のコードチェンジは僕のアイディア。ブリッジ部分は、チャック・イズラエルズとやるようになってから書けたんだ。ブリッジで1音上げて、メジャー7thに上がる、というあの部分さ。
(略)
●確か、「あの曲のブリッジは、12音スケールで使われていないすべての音を使って作り上げた」と以前、発言していらしたと思うのですが、それは正しいですか?
――ああ。そういうことをやっていたよ。アントニオ・カルロス・ジョビンの音楽を聴いて、気づいたことだったんだ。実際、彼にそのことを話したら、自分ではまったく意識していなかったと言われたけど(笑)。
 一種のエクセサイズとして、12音スケールのすべての音を曲に織り込もうとしたんだ。そうやって、ほとんどすべての音を使って曲を書いても、あと3つくらい、どうしてもそのキーでは使えない音が残るので、その3音がブリッジのキーとなる。
 たいてい、その時のキーより3全音(4度)離れた音なんだ。例えば、CならF♯。

現在は作品がリズム主体になっているが?

メロディーの時代からは、ずっと前に抜け出してしまった。ずっと前に。そしておそらく、もう戻ることはないだろう。

僕自身、ロックンロール以前の音楽を聴くようになるまで随分とかかった。その何年も後に生まれた人たちには、60年代以前に遡ることができないようだ。 50年代のロックンロールなんて、誰も聴いてない。でも、あの頃はメロディーがあった。 50年代の音楽にはメロディーがあったよ。ああいうメロディーが僕は大好きなんだ。
 50年代初めの音楽のメロディーは違ってた。もっとメロディアスだった。それはビッグバンドや戦後の、メロディーがすべてだった時代にまだ近かったからだ。
 アーヴィング・バーリンといった素晴らしいソングライターの時代は、メロディーの時代だ。あの頃のようなメロディーが書ける人間は、どこを探してもいないよ。ひとりとして。
(一瞬置いて)ポール・マッカートニー以外は。

Simon & Garfunkel - The Only Living Boy In New York

好きだよ、レコードとしても、曲としても。アーティが、映画『キャッチ22』の撮影でメキシコに行くことについて書いた曲なんだ。あの「あああああ」という部分が気に入っている。あれは、僕らの「ああああ」の中でも一番じゃないかな。かなりの数、おそらく12〜15回くらい、声を重ねたんだ。エコーチェンバーの中で歌ったのを覚えているよ。

●あの曲の中で、ミセス・ロビンソンはどこかの施設にいるのですか?

そうだと思うよ……ヒッピー・パラノイアさ。

ビートルズからの影響は?

それ程なかったと思うよ。不可抗力というか……彼らの影響力はそりゃあ大きくて、逃れることはできなかったけど、僕は必死に影響を受けまいとしてたんだ。ビートルズやボブ・ディラン、ローリング・ストーンズから。
(略)
[ポール・マッカートニーは「明日に架ける橋」を聴いて、「レット・イット・ビー」を書いたと最近発言していますが]
――マッカートニーがそう言ったの? でも、彼らはあらゆる音楽を聴いていたからね。ボブ・ディラン以上に。耳に引っかかるものは何でも……「明日に架ける橋」はゴスペルのソングライティングに影響されて書いた曲だから、僕の影響ではなく、ゴスペルの影響ということになるよ。僕を通じて聴いたのかもしれないけど。(略)
[ゴスペル風には聞こえませんが?]
そうだね。アーティの歌い方が違うからだと思うよ。僕たちの翌年にアレサ・フランクリンが録音したヴァージョンを聴いてごらんよ。あの曲が歌われるべくした歌い方だったよ。

●ギターの使用によって、ポピュラー・ミュージックは複雑ではないものになった思いますか?

そうだね。初期のドゥワップ・レコードにはピアノとドラムと歌声しかなかった。たまにウッドベースが入ることがあったり、エレクトリック・ギターが軽く入ることもあったが、楽器はそれだけ。サウンドはグループの歌声だったんだ。チャック・ベリーやシカゴのリズム・アンド・ブルースが出てきて、ストリートコーナーの歌は消えてしまった。(略)
ロックがイギリスに行って帰ってきた時点で、ドゥワップはほば消えた。(ドゥワップは)イギリス的現象ではまるでなかったんだ。彼らのロックの伝統にはなかった。それで消えたんだ。ミュージシャンからは洗練されていない音楽と見なされた。でも、僕が初めて聴いたのはすごく幼い頃だったから、とても大きな影響があったんだ。

●ポップソングにおけるコードチェンジの語彙を、あなたは拡げたと思います。かつてあなたは、ツーコード、スリーコードの曲に興味はない、とおっしゃっていましたよね。

そう言ったのは、10年くらい前じゃないかな。『グレイスランド』は、ほぼすべてスリーコードの曲だよ。使われる場所は様々だが。それに比べると、『セインツ』はスリーコードばかりではない。
 リズムを相手にしていると、自然とシンプルなコードを使うようになるんだ。リズムが……すべてを支配するからさ。面白いコードチェンジを使うのは難しくなる。『グレイスランド』で発見したことがそれだった。アフリカ人の独自のスリーコードの使い方はとても新鮮だったんだ。

Paul Simon - 50 Ways to Leave Your Lover + lyrics

[「恋人と別れる50の方法」ヴァースはマイナーキーで複雑なコードチェンジをしているのに、サビはすべてメジャーコード]
サビの部分は「After Midnight」なんだ。G〜B♭〜C〜Dというコードチェンジ多く使われていた。
(略)
●あの曲がヒットしたのは意外でしたか?
ああ、驚いたよ。何がヒットするか、僕にはさっぱりわからないんだ。(略)「明日に架ける橋」もそうだ。かと言って、ヒットしたことが驚きだったわけではない。ヒットしなかったとしても、驚かなかっただろう。
 1枚のアルバムを作ると、そこから2〜3曲のヒットが生まれる、そんな時期が長く続いたので、アルバムを出せば1、2曲、もしかすれば3曲のヒットが出るものだと安心するようになっていた。それは『ハーツ・アンド・ボーンズ』まで続いた。あの時、初めて1曲もヒットが出なかったんだ。その時以来、出ていない。

●想像力が枯れてしまった、もう何も残っていない、と感じたことはありますか?

もちろん。いつもだよ。アルバムを作るたびにそう感じる。そして、いずれ本当に枯れてしまうのかもしれない、というのが僕の恐怖だ。今のところは、辛抱できる限り、どうにかなると思うけどね。
(略)
 ここ数ヶ月、僕が感じているのは、自分が最も期待していない時に曲は書けるものだ、ということだ。去年の夏、4日間、毎朝きっかり5時半に目が覚めると、歌詞ができていたことがあった。時計をセットしたわけでもないのに、毎朝5時半に目が覚めると頭の中に詞があって、「すごい……」と自分でもびっくりして、僕は期待するようになった。ある朝、5時半に起きても、何も書けてなかった(笑)。それでおしまい。二度とそういうことにはならなかったんだ。
 何も書けないまま時間ばかりが過ぎていって、ある日突然、いくつもの詞がどんどん書ける日があった。2日目、3日目とそれが続き、「よし、このまま行けよ」と思った瞬間に、止まってしまった。そういうパターンがここ何ヶ月も続いているんだ。
(略)
●自分を強いてもいい結果は出ない、ということですね。
それをやって良かったと思えることは、何ひとつない。僕は“発明”した歌詞ではなく、“発見”した歌詞こそが面白い歌詞だと信じているからだ。自分が驚かされるような形でやってきたものでない限り、僕は信じようとしないし、興奮させられることもない。
 ここで僕が言っているのは、すごく凝った一定の詞やフレーズやイメージのことだ。そういう詞は、曲全体に渡ってちりばめられているトッピングであって、土台となる曲とは違う。土台の曲は、ストーリーを展開させたり、次へと橋渡しする基本的な歌詞で成り立っている。それとは別に、聴いて面白いなと思える言葉やイメージや、言葉の組み合わせを書き留めたノートがあって、曲を演奏しながら「リズム的に合うものはないかな?ここに合うかな?」と、ノートに目をやっているんだ。

次回につづく。
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