ダニエル・ラノワ 音楽的自伝

録音秘話のあたりをパラっと読むつもりが、冒頭のカナダのアウトドア・ライフ描写から面白い。これは予想外の充実度。
イーノとアンビエントというイメージしかなかったので、そのワイルド・ランブルな生い立ちにビックリ。文章も艶があるし。何者なんだろうw。

ソウル・マイニング―― 音楽的自伝

ソウル・マイニング―― 音楽的自伝

リーゼント族だった父親が失業アル中DVで母は4人の子とケベックからオンタリオ州ハミルトンへ500マイル逃亡、数ヵ月後父は妹以外の子供を再度つれ戻し、平日はログハウスに三人兄弟で置き去り、ライフルを撃ちまくってはしゃく毎日。再度母に連れ戻され、貧乏母子家庭に。
暴走ライフ描写と、父、祖父が代々フィドラーという家系の音楽ライフ描写、マッチョと理知がいりまじった不思議な感じ。

当時、改造車のシーンが盛り上がっていた。少年は車のことを理解して初めて、一人前の男になるのだ。燃焼効率を上げるためにインテークマニホールドを手で磨いたと自慢できるのなら、自分でラッカーを九回コーティングしたと自慢できるのなら、デトロイトシティのビッグブロックエンジンが持つすでにばかばかしいほどの馬力に、さらに数馬力を追加したのなら、お前は男なのだ。(略)紫色のダッシュライト。ハーストシフター。熱くなった掌で握るのはカスタムのブラックセラミック製シフターボール。ブッカー・T&ザ・MGズの「グリーン・オニオン」が楕円形をしたジェンセンの単一音源同軸スピーカーから流れてくる。死のカーブヘと急斜面を突っ込んでいく。人里離れたコンセッション・ロード。深夜の命知らずのレーストラック。(略)
二人の若者が正面衝突を目指してわざとエンジンをふかす。どちらが先に道から逸れるのか。それがゲームだった。最初にチキンになったほうが、負けなのだ。
 ラノワ家のガレージは、兄のボブによって、ほとんど車の改造工場のようになってしまっていた。母の1966年型シボレー・ベルエアは、238搭載で2速オートマ、後ろにはポジトラクションが付けられていたが、これにボブ・ラノワ・カスタム・サウンドシステムが搭載され、近所の関心を惹いていた。追加されたリア・スピーカーは、いい感じでディープなサウンドがするスプリングリバーブ・システムを誇っていた。AMラジオにリバーブを追加したことで、我々のシボレーは街の話題となった。
(略)
兄のボブは、自動車エンジンの仕組みを理解するところから始まって、我々がスタジオ実験で使う電子機器の信号経路を理解するところまで行った。兄は面白いヤツだ。彼は音楽を深く感じ取ることができる。
(略)
 母の地下室にあったレコーディングスタジオでは、ボブ・ラノワによる自家製エレクトロニクスの発明品が数多く生み出された。

[週一ドルの小遣いで土曜日映画を観るのが習慣だったが、ある日見かけた一ドルの]
 小さなプラスチックのペニーホイッスルと私。私はその後二年間、この新しい仲間をノンストップで吹き続けた。メロディーを覚えるために私は記譜法を発明した。[方眼紙に点で記入した図](略)
[続けて、1984年頃の作業日誌からの図]
 作業日誌のほとんどは、このような図によって構成されている。時にはこれで頭がおかしくなりそうにもなるが、これ以外の方法は思い浮かばない。アレンジやアイディアを紙に随時記録しておくことは、私の作業プロセスの一部となっている。「記憶する/思い出す」というのは、つまり選択するということだ。地球は誰に対しても同じように回転しているが、人によって見えるものは異なる。私は自分にとって重要だと思える小さなものを、覚えておくことに決めたのだ。これは私による神の理解と同じだ。小さなかけらが飛び去っていく。情報の小さな分子がいつも飛び去っていく。(略)
神の瞬間は、とても小さくきらめいているのかもしれない。(略)小さなきらめきも集めて積み重ねていくと、形が生み出されはじめる。この形がきっかけとなって音や魂、夢が生起するのだ。
(略)
 私だけでなく、一緒に作業する人たちの多くも、子どもの頃から記録することに取り憑かれていることがわかった。U2のエッジもそんな人間で、作曲・編曲に関する記録は捜査調書並みだ。イーノは書くことの達人だ。彼のノートは驚くべきもので、自身の理論を裏付けるための緻密な図で埋め尽くされている。
(略)
今や私は最高に素晴らしい世界を生きていた。朝四時に起きて新聞配達をする。それから家に飛んで帰ってペニーホイッスルやスライドギターのケースを開ける。私はその匂いが好きだった。そして指から血が出るまでこれらの楽器を演奏し続けた。そうすることで頭は冴えていった。

では、ここから順に引用。
サウンド・オン・サウンド」機能

[二台目のレコーダー・ソニーのTC630はピンポン録音ができたが、音を重ねるほど当然こもっていく]
最後に録音した音は、もっと前に来てブライトで、定位が近くなる。これによって自動的にミックスが行われ、自動的に「空間の奥行き」ができる。自分が録音するときは、このようなマイナス点を考慮したうえで計画を立てた。演奏を重ねていくとき、一番前に出したい情報を最後のレイヤーとして録音するのだ。これは個々のミックスを最終的なものとして確定するための素晴らしい訓練ともなった。作業をしながらミキシングをしていく方法が、私のテクニックの一部となった。そしてこれは今でも私のものだ。
(略)
[次にルボックスのレコーダーを二台購入]
私たちはさらに一歩進んで、アナログ盤制作のパッケージサービスを提供するようになった。スタジオでの録音二日間、ジャケットのデザイン、1000枚のレコードの自宅配送。私たちの小さなビジネスは人気が出はじめた。
 次の機材は4トラック[ティアック]だった。地元の技術者二人と兄のボブが自家製のコンソールを作った。[さらに一部をルボックスにミックスダウンしトラックを空けさらに録音。ティアックルボックスを同時再生し、もう一台のルボックスにまとめる6トラックシステム完成](略)
 この4トラックスタジオで、私はリック・ジェームスを録音した。リックはニューヨーク州バッファローに住んでいた。(略)
 リック・ジェームスの偉大なる音楽精神は、今でも私とともにある。彼は怪物的なアレンジャーで、20分もあれば、完成した作品がスピーカーから流れ出てくるほどだった。(略)ファンクの絡み合い方に関する彼の理解力に匹敵するものを、私はそれ以降も経験したことはない。(略)私にとっての偉大な師匠の一人であり続けている。リックがこのレコーディング・セッションの金を全然払ってくれなかったということも、気になりはしない。
(略)
 この地下スタジオでは、数百枚のアルバムが録音された。その中にはゴスペル・カルテットがたくさんあった。これらのカルテットから私は多くを学んだ。四つの声部は、私の頭をしゃきっとさせた。メロディーは他の三声のハーモニーに常に追いかけられている。時には、ハーモニーにメロディーが従属することもある。何と素晴らしき発明の世界だろう!ハーモニーを付けることに関する私の能力は、若かった頃のこのレッスンに負うところが大きいと思っている。

  • トロント出身のタイム・ツインズのデモを聴かされたイーノは録音スタジオに興味を持ちラノワのスタジオを予約。イーノを知らなかったラノワは兄に現金で払わせるよう助言。

イーノは、ベルがいっぱい詰まったスーツケースを持ってやってきた。これらのベルは、ニューヨークのキャナル・ストリートで手に入れたものだった。まず最初に彼が言ったのは、45分間、スタジオ内を歩き回りながらベルを演奏するのを録音したい、ということだった。
[それを持参したハロルド・バッドのピアノ演奏テープと合わせる]
(略)
 ちょうどパンクが爆発的に流行りはじめていた。イーノがやってくるまでの数年間、私が録音していた音楽では、どれも怒りが大きな要素になっていた。イーノとバッドの作品には怒りがなかった。そこにあったのは静寂、受容、予兆だった。そこには忍耐、繊細さ、洗練があった。怒りは、外にある急激に変化する世界へと追いやられていた。私の心臓の鼓動はゆっくりになり、時間が止まった。このヴァイヴは日を追うごとに濃くなっていった。

ティールギター

60年代後半に、私はカナダ人の偉大なスティールギター奏者、ボブ・ルシエから最初のスティールギターを購入した。(略)
 ルシエは私にとって神だった。彼の静かで和声的な演奏は、私を魅了した。(略)
彼は親切で賢かった。彼が父親のように私を受け入れてくれていると感じた。父親がいない環境で育った人間は、たとえ他人からでもこのように父親的な面を感じとるものなのだ。
(略)
自分の小さなバーズアイ・メープルのギター、ショー・バドを演奏すると、将来についてのさまざまなイメージが頭の中に浮かんできた。自分がドリー・パートンと演奏している姿が見えた。(略)もしかするとウィリー・ネルソンや「アメリカの恋人」であるエミルー・ハリスとテレビに出られるかもしれない。

ビリー・ボブ・ソーントン『スリング・ブレイド

 ビリーと私の見た目が似ているという人もいる。写真を見ると私も似ていると思うことがある。しかし本当の類似点は、強迫観念にあると思う。優しさに関する根本的な価値観と、高い質への欲求において似ているのだ。深夜ビリー・ボブの家にいると(略)隠されていた彼の性格が、つまりそれは私の性格でもあるのだが、ゆっくりと明らかにされていくことが何度かあった。「我々のなかに元々存在している怒りは、いずれお祓いして消し去ってしまわなければならない」とビリーは私に言った。(略)
私はたまに何かに自分のコントロールを奪われることがある。そんなとき私は別人になる。そうなったら普通、私はこの人間に、「お前はギターが弾けるか、レコードが作れるか」と聞く。そうすると彼はいつも「イエス」と言う。これは興味深い体験なのだ。というのも私は脇に座って、怒った男が作業をしているのを見ることになるからだ。
(略)
 深夜の時間は続く。ビリーが顔の前で手を組み合わせる。そうすると、輝ける離陸の瞬間がやってくる。ビリーはレンズについて話し続ける。
(略)
「誰が、レンズのほうを見るな、というルールを作ったんだ?」。ビリーは言う。「俺はいつもレンズを見つめてるよ。それは別の次元なんだ。誰かさんの魂を覗き込むようにね」
(略)
私はブーメランという録音ペダルに興奮していた。これを使うと、コード進行を録音した後、その上で演奏できる。[「サウンド・オン・サウンド」テクニックの再来](略)
[スタジオはLAの古いメキシコ系映画館の中に作った]
 『スリング・ブレイド』のオープニング曲「アサイラム」は、ダークで威嚇的で、怖い雰囲気があったが、これは私のブーメランとレスポールで作られた。(略)
この曲にはマルチトラックは使われていない。これは本質的にはライブ・パフォーマンスだ。ブーメランの一回の録音はだいたい45秒で、新しい音は前に録った音の上に重ねて録音される。それぞれの録音は賭けのようなものだった。もしうまくいかなかったら、最初から全てやり直す必要があるからだ。

Daniel Lanois - Asylum

兄と二人、バイクで『イージー・ライダー』よろしく旅に。フェンダーテレキャスターはネックから二つに分解してバックパックに。ベトナム戦争反対の気運高まる革命の時代。フロリダでエンジンがおしゃかに。ヒッピーハウスにあった器具でキャンドルを作り音楽フェス会場前で売ったら完売。その金で入場。

ステージではグランド・ファンク・レイルロードが演奏していた。ボーカルが凄いパワフルなトリオだ。その次はイアン&シルヴィアとグレイト・スペックルド・バードだった。(略)白いトルーパーライトがシルヴィアの白いドレスの上に落ちている。彼女の高い、震える声のフォーク独特の歌い方が、雨だれのようなスティールギターの音に伴奏されている。その後すぐに自分がシルヴィア・タイソンのためにスティールギターを弾くということを、そのときの私は知らなかった。トロント周辺にはスティール奏者はそんなにいなかった。(略)トロントのメープルリーフ・ガーデンズで、一万人の前で演奏している自分がいた。それは自分がゲインズビルで見たものとそっくりだった。白いトルーパーライトがシルヴィアの白いドレスの上に落ちている。しかし、その隣で雨だれのようなスティールを弾いているのは、私だった。

一貫性を実現するには

アーティストに何が期待されているのかに基づいて、基本的なルールを設定するべきだ。基本ルールとしては「自分たちが使えるものだけを使ってレコードを作る」みたいなものがうまくいくようだ。たとえば、スタジオに入れるのは五人だけ、音は五種類だけというふうに。
(略)
最近やったドブロギターの録音では、ギターの前に一般によく使われるマイクを置いたが、これを不気味な音がする古いシルバートーン・アンプを通した音と混ぜた。アンプのトレモロとリバーブによって、ドブロに新しい次元が加えられた。これを第二次元と呼ぼう(このドブロには、小さなエレキギター用ピックアップが付いていた)。私がこのような多次元のサウンドを追求しはじめたのは、ジョン・リー・フッカーのクールな古いレコーディングを聞いてからだ。からからに乾いた彼の声が、ステージの中央を占める。彼のギターは、トレモロとリバーブがかかったアンプからクリアに流れてくる。それにジョン・リーの第三の次元が加わる。足を踏み鳴らす音だ。
 ジョン・リー・フッカー的なセッティングに対して、私は第四の次元を追加する。エフェクトペダルを導入するのだ。ワウワウやディストーションエンベロープ・フォロワーなどを、もう一台のギターアンプに繋ぐ(略)
 録音したものを聞き直しながら、ここで第五の次元を導入できる。美しいベラ・ヴィスタのあちこちにわたって一つのテーマを適用した金属細工の職人たちのように、この段階での私の作業は、すでに存在しているモチーフの細部を反復、強化、拡大することでしかない。サンプリング・マシンを使って一部を採取するが、その際に、これをどんなように曲に戻して新しいテクスチャーを得るのかを想定していなくてはならない。
(略)
たとえば、あるドレスに花のパターンがある場合、これに同じ花模様のポケットをつける感じだ。でもこの際、ポケットの花は20倍くらいの大きさに拡大するのだ。ポケットだけ見ていれば、これが同じパターンだとは気がつかないだろうが、色調や色には関連性が感じられる。私は何時間もかけてサンプリングし、それを強化し、そしてそれらのサンプリングを元の楽曲に戻す。そうすることで、アーティストはカスタム仕様の美しい音響のオーケストラが使えるようになる。私は、このテクニックをマスターするのに20年かかった。この「禅」的な感じが私は好きだ。
(略)
 私はグレッチの小さなガッドアバウトアンプを持っていたが、これを使って『タイム・アウト・オブ・マインド』のボブ・ディランの声を処理した。これはさっきの考え方の延長線上にある。すでに手元にあるサウンドを使って、新しい次元を構築するのだ。『タイム・アウト・オブ・マインド』では、ボブのボーカルを50年代のロックンロールのレコードのような素晴らしい音にしたかった。彼のボーカルに別の次元を追加するために、試行錯誤の中から私が生み出したリー・“スクラッチ”・ペリー風のエコー(リバーブなし、エコーのみ)を使った。楽曲の次元は「空間の奥行き」に関連している。人間は、奥行きを心地よく感じる。遠くに聞こえる音は、差し迫った危険ではない。猛獣が遠くにいる場合、我々はリラックスできるようにプログラムされている。近くの音は静かで快適さを感じさせるだろう。たとえば愛の言葉の囁きのように。愛の囁きは雷が鳴っていても伝わるのだ。雷が遠くで鳴っている限りは。

音圧

音圧とは、音楽がPAから120デシベル以上で発せられるときに観客が感じるものだ。120デシベルで体内の臓器が振動しはじめる。共振する周波数に体が反応すると、あらゆるものがエキサイティングに感じられるようになる。会場は熱気に包まれ、聴衆は陽気になる。その瞬間は演劇のようだ。しかし、我々レコード制作者はこれを諦めるしかない。というのも結局のところ、我々はデシベルやナイトクラブの共振周波数、カリスマに依拠するわけにはいかないからだ。我々は音圧の幻想を作り出す必要がある。
(略)
私は今でもちょっと不安になる。音圧感があり、かつ実体と再現性が損なわれていないレコードをどうやったら作れるのか、と。

明日につづく。