ジブリ汗まみれ3:駿と勲はモテたか

鈴木敏夫の対談本第三弾。

駿はモテなかった

鈴木 宮さんというのは、若い時は、モテたんですか?
大塚 いや、モテないですよ。
鈴木 モテないんですか……理由は何ですか?
大塚 顔ですね。
鈴木 顔? あはははは……顔!?宮さんは、しっかりした、自立心の強い女性が好きですよね。
大塚 好きですねえ、ほんとに。
鈴木 それを、隠さないですよね。
(略)
大塚 でも、あの人には、立ち止まる能力があるからね。女性は好きでも、サッとそこから引く。「好き」っていう気持ちだけ置いて、いっさい手を出したりしませんからね。昔から。その相手の人物というのは、彼が東映へ入った時から、ぼくは全部リストアップできるんです。
(略)
鈴木 誰かを好きになって、そこに自己規制を働かせて、不満がたまるから、それを作品にぶつけると。
(略)
大塚 「女性に対するラブレターを、映画で作ってるんだ」って(本人は)言うんですよ。

コピーせず、手を動かして模写しろ

大塚 ぼくなんかね、東映に入って、最初の1年間はディズニーの模写ばかりやったんですよ。動物はどうやって動くかという模写を、延々とやってきて、人間を描いたことがないんですね。だから、犬がどうやって動くか、蹴った足をこう出して、こう行く、というのを、人間の足と同じように考えて、理解したんですよね。だから今、アニメーションの学校で生徒に教えたりする時、「簡単だから覚えなさい。先輩が描いた絵をコピーしないで、それを見て、サイズを変えて写す。1年やったら、ほんとにうまくなりますよ」と言うんですよ。でも、それをやった生徒は一人もいません。「ああ、素敵。コピーしちゃおう」って、絵をコピーして持ってる。みんな、コピーして所有することでうまくなったような気になるけど、ならないんですよ。やはり、自分で手を動かさないと。
 そういうのを見てるとね、うまくなるというのは、やっぱり枚数を重ねるというか、1年間にどれだけ描いたかの違いがね、キャリアを作る。絵描きって、そういうものだと思う。

やっぱり、北斎が宮さんで、パクさんが広重だね。

高畑勲

大塚 パクさんは、あのようにね、非常に理論的で、理性的な人でしょ。東映動画での不遇時代に、しょっちゅう会議室に呼ばれてね。当時の幹部から、「君、これじゃ、やっていけないぞ」って怒られる。ぼくは謝るんですよ、「申しわけありません。がんばります」って。そしたら高畑さんは、「何で申しわけないんです? 大塚さん、何言ってんですか」って(略)向こうに言わないで、こっちに言うんですよ(笑)。「おれに言うなよ」と思ったな。おれは、パクさんのことを考えて……[謝っているのに](略)
それを、「謝ってごまかしてるんじゃないか」と言うんだから。
(略)
鈴木 高畑さんて、昔っから、あんなに怒りっぽいんですか?
大塚 ええ、昔からです。
鈴木 何で怒るんですかねえ?
大塚 なんか知らんけどね。
一同 (笑)
大塚 突然、怒るんだよね。さっきの話にしても、そのぐらいわかってくれてもいいでしょう? 会社の役員の前でさ……
(略)
鈴木 何か、厳密なんですよね。なぜなんだろうねえ……
(略)
鈴木 高畑さんは、モテたんですか?
大塚 もう、会社に行くと、豪華なお弁当を作ってくる女の子がいてね。パクさんの机に置いていくんですよ。ぼくなんかそれを、彼が来る前に、とっとと食っていた。

鈴木 ある日、高畑さんがスタジオの一隅で、絵描きに怒ってるわけ。「違うでしょ!こうじゃなくて、こういうふうに描いてほしいんだ」と。「当時の寝殿は、こういう形になっているわけだから、ここから人がまたいだら、歩幅が違う」とか、いろいろ言ってるんですよ。(略)
宮さんという人はね、そこを通過するふりをして、立ちどまって、ちょっと潜んで、高畑さんの説明を聞いてるんですよ。自分の席へ戻って、その絵を描いちゃう。で、高畑さんが来ないうちに、「こうやって描くんだよ」って、何枚も見本を描いてみせる。かわいいでしょう? その田辺修っていう絵描きはね、本当にうまいんですよ。ジブリの社員なんだけど、なかなか仕事をしてくれない。かつて、宮さんが『千と千尋』を手伝ってほしいと頼んだら、嫌だと断ったんですよ。「作品内容はともかく、アニメーション的には、ぼくの持っている課題と違う。それはやりません」と。宮さん、怒っちゃってねえ。「あんなやつ、クビにしろ!」とか言い出すわけ。でも、高畑さんは彼を買っているんで、そうもいかない。その本人が、高畑さんに「何で描けないんだ!」と怒られている。宮さんは、昔のいきさつを忘れて、「こうやって描けばいいんだよ」って、田辺に一所懸命教えてるわけ。

鈴木 (略)[「ナウシカ」で宮崎は自分には音楽はわからないから]「高畑さんが選んでくれたら、おれは、それでいい」と。それで、率直に申し上げると、当時いろんな作曲家の名前が候補にあがって、久石さんを選んだのは、実は高畑さんだったんですよ。
[余談ですが、細野側の証言はコチラに→「kingfish.hatenablog.com」]

鈴木 ぼく、忘れもしないのがね、トトロとサツキとメイが、雨のバス停で出会うシーン。あそこは、すごい大事なシーンでしょ。なのに、宮さんは久石さんに言ってるんですよ、「音楽はいらない」って。でね、しょうがないんで、宮さんには内緒で、『火垂る』を作ってる高畑さんに相談に行ったんです(笑)。そしたら、高畑さんって決断が早いから、「いや、あそこは、音楽あったほうがいいですよ」って。「ミニマルでいくべきだ。久石さんだから、絶対できる」って言った。

あとがき

随分と前の話だが、高畑さんがこう話したことをよく憶えている。
 「宮さんは、やり方を変えるべきだ。そうすれば、監督として長生きが出来る」
 そのことを高畑さんは憶えていないに違いない。
 宮さんは引退会見に臨むに当たって、高畑さんに直接、引退を促した。
 「会見に一緒に出ませんか?」
 高畑さんは笑うばかりで相手にしなかったが、宮さんは真剣だった。
(略)
 高畑さんというと、必ず話題になるのが髪の毛である。髪が黒い、真っ黒だ。髪を染めているわけでは無い。なのになぜ、黒いのか?(略)
ぼく自身、「おもひでぽろぽろ」を作っているときに、髪がどんどん白くなった。それを見た宮さんが、僕を揶揄してこう言った。
「パクさんに負けたんだよ。鈴木さんは」
 人を食って生きている。これが、高畑さんを知る人が本人のいないところで呟く台詞だ。ぼくにしてもずっと付き合ってきて、その言葉に実感を憶えるときが間々ある。

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