破産ふたたび、家族解散 カーヴァー評伝その4

前回のつづき。
大学で教えるようになっても無銭飲食上等だったり失業保険不正受給してたことに驚き。そして二度目の破産。

レイモンド・カーヴァー - 作家としての人生

レイモンド・カーヴァー - 作家としての人生

嫉妬

「メアリアンは酔っぱらっているとき、電動丸鋸くらい頭の回転が速かった」とクロフォードは話す。「とても陽気になって、ハスキーな声で笑いながら、三人称で話をするんだ」。クロフォードが記憶している話のひとつは、夫が製材所で働いているあいだ、子供たちとモーテルのキャビンにいる女性の話だ。「彼女はモーテルのオーナーと飲んで酔っぱらい、彼に誘惑される。彼女は自己嫌悪を感じ、子供のクレヨンを暖房炉に投げ入れて、キャビンに火をつけてしまう!(略)[戻ってきた夫が家族が焼死したと思い]悲嘆にくれて泣いていると、妻がやってくる。口紅が乱れた姿で、大家のキャビンから出てくるんだ」(略)
メアリアンが「生き生きとして、このびっくりするような話をしているあいだ、レイはただじっと座って聞いていた。彼がひどい屈辱を感じていることはわかる――でもその一方で、彼はそのとんでもない物語が気に入って、彼女がそういう話をつくって語り聞かせていることも喜んでいた」
(略)
[マイケルズは日記で]
私はレイ・カーヴァーが、私とメアリアンが踊っているところを見ていることに気づいた。彼は酔ってぐったりしていて、陰気な目つきで僕をにらみつけていた。僕は、おやすみと言って、車で帰った。レイが書く嫉妬にかられた夫の物語の題材になりたくはないから」
(略)
[大学院課程を修了し、高校の終身在職権を得た]メアリアンが安定した収入を得る一方で、レイはフェローシップや、朗読や出版の報酬、教師としての仕事でなんとかやりくりしていた。

小話

 レイが町なかにある酒屋で車をとめた。店の前ではメキシコ系アメリカ人が「この店で買い物をするな――ガロ社製品を販売している」というプラカードをもって行進していた。レイは、すぐに車を出して、「俺はピケを破るような人間じゃない!」と言った。チャックと僕は顔を見合わせた――レイが酒のためだというのにピケを破らないなんてな!
 ところがレイは道のすぐ先でまた車をとめて、「こんな近いところにべつの店があるしな」と言った。

食い逃げ

[73年アイオワ大から教師の話がきて長距離ドライヴ。学期のズレと休講と怪しい入手経路のユナイテッド航空の無料パスで、UCSCと二股講義しようというムチャな算段]
 レイは、地元の小さな食堂で食べることを拒んだ。食事代を払うつもりがなかったからだ。ハワード・ジョンソンズなどの全国チェーンのレストランで食い逃げをするのが得意だった。相手が大資本なら、良心の呵責を感じずにすむからだが、客が支払いをしないと払わされるのはウエイトレスだということは忘れているようだった。

ジョン・チーヴァー

 この日の午後遅く、現役のアメリカの短編小説作家でカーヴァーがもっとも尊敬する人物が、240号室へやってきた。(略)「失礼。私はジョン・チーヴァーです。スコッチをちょっとわけていただけないかな」と言った。それを見たレイは、急ぎ足でやってきた。「畏怖の念に打たれている様子で、唇と目を丸くしていた。
(略)
[61歳アルコール依存症による心筋症で入院していたばかり]
レゲットは二人の姿を目にして驚いた。「出会ったばかりなのに、二人はたちまち打ち解けていた。あの二人が友達になったことは、本当に驚きだった――いつもきちんとしていて、ブルックス・ブラザーズの服を着こなしている小柄なチーヴァーが、大きな体をもてあました無骨なカウボーイみたいなカーヴァーを、会ったとたんに気に入ったんだから!」
 二人の客員教授は、アイオワ・ハウスのべつの階にある、まったく同じ奇妙なかたちをした部屋に入居していた。
(略)
[正装の夕食会で]自分でネクタイが結べないレイは、チーヴァーに助けを求めた。二人はチーヴァーの部屋でネクタイと格闘しながら何杯か酒を飲んだ。すぐにこれは二人の習慣になった。「彼と僕は、酒を飲んでばかりいた」
(略)
レイの父親の一年前に生まれたチーヴァーは、カーヴァーより先にアルコール依存による崩壊への道を歩んでいた。
(略)
チーヴァーは日誌にレイは「とても親切な男」だと書いている。

チーヴァーの小説論

チーヴァーはレイにこう話した。「フィクションは、ある状況に光と空気を投じるものであるべきだ。嫌悪の情を起こさせるものであってはならない。タイムズスクエアの劇場のバルコニーで誰かがフェラチオをしてもらっていたら、それは事実ではあるかもしれないが、真実ではない」。フィクションとは、「もっとも親密で、もっとも鋭利な、非常に深いレベルに届くコミュニケーションの手段であり、我々が心の奥底に抱いている生と死の意味についての不安や直観的真理を伝えるものだ」と彼は考えていた。二人の作家は、この時期の「実験的」と呼ばれるフィクションに価値がないと考えているところも共通していた。
(略)
[アメリカ芸術・文学アカデミーの会員に選ばれた]チーヴァーが去ったあとで、レイは教え子のダン・ドメネクに打ち明けた。「アルコール依存症の何たるかを知った、それが意味することを理解し始めている、とレイは言っていた」
 それは絶望を意味していた。

単身赴任

チーヴァーのワークショップは競争率が高く、ジョン・アーヴィングにも信奉者がいた(略)
[無名のカーヴァーの講座は残りかす]
ひとしきり話したあとで、誰かが夕食に招いてくれたらうれしいのだが、と彼は言った。ひとりの女子学生が気を利かして彼を誘い、しばらくレイと交際した。
 道徳観が希薄なこの時代、レイがアイオワシティで彼と喜んでつきあり女性を見つけられなかったとしたら、その方が意外だろう。彼は髪がくしゃくしゃの少年のような雰囲気とワークショップの講師という地位で、女性を魅了した。「女たちには、彼が危険な存在でないことはわかったはずだ」とジャクソンは語る。「彼を見たらどんな女性でもわかる。『待っていても彼の方から言いよってこない、私の方が口説かなければ』って。実際、彼は口説かれていた。あまりその話はしなかったけどね」。

新たな不倫

[メアリアンは新たな不倫に気付く。相手は教師に憧れる学生ではなく]
才能ある作家で、彼女の夫は仕事で家を空けることが多かった。レイの作品の崇拝者であり、彼の世話をする人の輪の中にいた彼女は、レイが生涯にわたって求めつづけた愛情と思いやりをレイに注いだ。この学期にレイがアルコール依存症によって完全に崩壊しなかったのは、彼女のおかげだったのかもしれない。
[引用者注:テス・ギャラガーとは別の女性]

 長いあいだ、メアリアンは夫の飲酒や浮気を彼が確立しようとしている「野性的な作家」というアイデンティティの一部としてうけとめていたが、彼女の態度は変わりつつあった。

「足元に流れる深い川」

[74年二度目の破産を考え始めた]困難な夏に、川の中で女の死体を発見した男たちについての新聞記事を目にしたようだ。(略)
 このころのレイが自分は死んでいるように感じていたことを思えば、死んだ女に対して深い同情を示す物語を書いたことも納得できる――どちらも、もはや救いようのない人間だった。

破産裁判所に出廷してすぐ、クリニックで解毒治療を受けた際アルコール離脱症状によるてんかん発作。医者から飲酒すれば脳障害を起こすと死刑宣告を受けるも、断酒の際の発作がおそろしくてやめられず。

1975年9月9日、カーヴァー夫妻は破産裁判所によって「免除可能なすべての負債から」解放された。
(略)
[が、今度は以前の失業保険の不正受給で逮捕され裁判に。メアリアンは]
出版されたばかりの『頼むから静かにしてくれ』をルイス・C・ドール判事に見せて、このようなかたちで文学作品を世に送り出した夫は、今後は自身を向上させるつもりであるとうけあった。夫が執筆のためにどれほど多くの代償を払ってきたかについて、彼女は情熱的に語った。(略)
[友人達も弁護の手紙を送り]
 ドール判事は、郡刑務所での九十日間の服役を言い渡し、執行猶予をつけて、二年間の保護観察処分を科した。レイは不正にうけとった金銭を州に返済し、週に一回はAAに出席するよう命じられた。判事が『頼むから静かにしてくれ』を一冊もらっていいかと尋ねると、レイは、余分がないからと言ってことわった。

家庭崩壊

[14歳の時、娘のクリスは反抗的になると]「私はパパと同じなの。憂鬱なの。憂鬱なの。憂鬱なの!」と言った。
(略)
 レイはクリスの丸い顔と黒く縁取られたブルーグレーの瞳に自分の姿を見ていた。さらには、彼女の情熱や不安、気分の移ろいやすさ、アルコールやドラッグを進んで試すところも似ていた。レイは、『隔たり』に登場する赤ん坊がどうして『もうひとつだけ』のティーンエージャーに変身してしまったのかが理解できなかった。
(略)
[義妹エイミーの恋人ダグラス・アンガー]は家を見て驚いた。「そこらじゅうに人が争った形跡が残されていた――石膏ボードには穴が開いていたし、カーペットや家具はすりきれてぼろぼろになっていた」と言う。朝になると、レイが「あつあつのドーナツ!いれたてのコーヒー!」と大声で言ってみんなを起こすことがあったが、台所にいってみると、「心臓を始動する一杯」だと言って、ブラディーメリーを勧められた。
(略)
「あの家で酒も飲まず、ドラッグもやっていないのは彼[17歳の息子ヴァンス]だけだった。彼はえらそうな態度で指図したり、食事や必要なものが得られないことにいらいらして母親と口論したりしていた。
(略)
[ジェームズ・クラムリー談]
「あの人たちの堕落ぶりは、僕がそれまで見たことがないくらいすさまじかった。僕も金がなくてかなり荒んだ生活をしたことがあるし、悪いこともしたんだけどね。
(略)
クラムリーは、今や古典となった探慎小説『さらば甘き口づけ』にカーヴァー夫妻を特別出演させた。


巻き毛の男が車寄せに立ち、半パイント入りの瓶に残った酒をすすりながら、家の中から誰かがつぎつぎと投げ、朝の光を受けて輝いている台所用品をよけていた。男はひょいと身を屈めて大きなスプーンと重い杓子をよけ、うれしそうに笑いながら踊っていたが、下唇にポテトマッシャーが当って、真っ赤な血が飛び散った。男がしくしく泣き始めると、部屋着を着た金髪の女性が急いで出てきて、彼を連れて家の中に戻った。

さらば甘き口づけ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

さらば甘き口づけ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

本の反響

 レイは本や批評記事をブリーフケースに入れて持ち運んだ。彼の自尊心をくすぐるよう文章は何でも引っ張りだして、声に出して読み上げた。「今は滑稽に聞こえるけど、当時はそんな彼がいじらしく思えた」とアラン・シャピロは言う。「彼は小学校三年生のときに書いたものまで引っ張りだして、先生のコメントを読み上げている、とみんなは冗談で言っていた。自分が褒められることが、彼には驚きだったみたいだ」

家族解散

 彼はぼろぼろになった「ニューズウィーク」を持ち歩き、そこに掲載された自分の写真をウエイトレスたちに見せては、誰か寄り添う相手が欲しいのだと話していた。アップスタート・クロウ書店での仕事は、本を盗んでいるのが見つかって首になった(略)名声を味わったあとで、レイの世界は再び空虚なものになっていた。
(略)
 酒に溺れたレイの奇行よりも深刻なのは、急激に悪化する彼の健康状態だった。(略)彼は生きているだけでも幸運だった。「私はまったくコントロールが利かなくなっていて、非常に危険な場所にいた」とレイはのちに語っている。

[1ページも書いていない長編小説の契約金4千ドルで生活を立て直そうと決意するも、結局]
四人が一緒に過ごすのは、1977年のクリスマスが最後になった。「私たち家族は解散しました。そう、あれは家族の解散だったのです」と、クリスティン・力ーヴァーはそれから何十年もたってから語った。

テス・ギャラガーは

1979年の元日、レイと暮らすためにエルパソヘやってきた。(略)
彼と一緒に踏ん張る人がいれば、このまましらふでいられるかもしれない、という可能性に賭けた」と語る。
(略)
[メアリアンは]電話を受け、結婚はどのような状況なのか、レイはフリーなのかと質問された。メアリアンの記憶によれば、ギャラガーは、メアリアンが訪ねてきたことについてレイに問いただしたところ、レイは、メアリアンをまだ愛していることを認めた、と話した。このようなことがあったものの、テスはエルパソにとどまり、メアリアンは――彼女自身の言葉によれば――レイとの結婚から「身を引いた」。
(略)
[朗読に出かけるレイにカードを貸してと言われ]
「二度も自己破産した元アルコール依存症の男」にクレジットカードを貸すことには抵抗があった。結局、彼女はベッドの上にカードを投げ、レイはそれを持っていった。
[80年1月からシラキュース大学正教授に、その子息には授業料無料の特典が]

 テス・ギャラガーは、今後は幸運つづきの人生にしなければ、あなたとは一緒にいられない、とレイに言った。七週間で七篇の短編作品を完成させたレイは、それを実現できるかもしれないという希望を抱き始めていた。

まだ終わらない、つづく。
さすがに次が最後w