リッシュ登場、不倫 カーヴァー評伝その3

前回のつづき。

レイモンド・カーヴァー - 作家としての人生

レイモンド・カーヴァー - 作家としての人生

カート・ジョンソンを介してゴードン・リッシュ登場

[1934年生まれ、父親はリッシュ・ブラザーズ共同経営者、重度の疥癬で子供時代いじめられる。15歳、疥癬治療の実験的ステロイド剤で軽躁状態になり精神科入院。高校教師を経て、小説を書くも採用されず。アレン・キャルヴィンの教育出版社で文法の教科書を書くことに]
キャルヴィンが考案した「イングリッシュ・グラマー」という教材システムは、リッシュの編集のスタイルに影響を及ぼした。文法と書くことは芸術である、とリッシュは説き、その芸術は、「アメリカ英語のセンテンスの力学的原理を綿密かつ精密に分析するものである」と述べた。彼は単語をそれぞれの役割によって分類した――「名詞の役割は、何かに名前をつけることである」。そして、生徒は、単語が果たす役割を検証しなければならない。つまり、センテンスのレベルでの編集を学ぶのである。リッシュの文法プログラムに従って学習する生徒は、「言語を駆使し、感情的、社会的、経済的自由と移動性を得ることができる」と彼は保証した。
(略)
[失業中の若者ための小冊子「なぜ仕事をするのか」に収録するためにサリンジャーに執拗に手紙を送る]
それを見ると、リッシュが文学界の興行主として自分をアピールしようとしていたことがわかる。数ヵ月後、リッシュの職場にサリンジャー本人から電話がかかってきた。電話の相手が彼であると気づいたとき、リッシュは「あまりのうれしさに笑いが止まらなくなって、仕事のことを考える余裕はまったくなかった」と言う。リッシュによれば、サリンジャーは、「君のことが心配で電話をかけた」と言った。(略)
[寄稿は断られたが]
うまくいった!うまくいった!J・D・サリンジャーその人が、徹底した隠遁者として有名なあのJ・D・サリンジャーが、僕に電話をかけてきたんだから――」

 ゴードン・リッシュもまた、1969年に、自分の中の「ある決意とスタイルの変化」を感じていた。彼はジョンソンに勧められながら、まだレイと連絡を取っていなかった。レイと会うと、気分が落ち込むと思っていたからだ。
(略)
どちらにとっても不安と動揺の季節だったこの夏、ようやくジョンソンの勧めに従って親交を深めた。二人はたびたび一緒に昼食を取り、酒を飲んだ。
(略)
カーヴァーよりジョンソンの方が自分との共通点が多いと彼は考えていた(略)
レイは「粗野な男」だと感じ、からだが大きくて無骨な彼のそばにいると落ち着かない気分になったが、「反対のものがお互いに利益をもたらす」ような関係だと気づいてもいた。

リッシュ、遂に「エスクァイア」入り

[早速短編をいくつか送ると]
作品はすぐに送り返されてきて、そこに記されたコメントを読んだレイは、今後は却下した作品については批評を加えないでほしいとリッシュに頼んだ。このときレイは傷ついたが、くじけることはなく、さらに三つの短編をリッシュに送った。(略)
十年前から雑誌に原稿を送りつづけ、自分の作品を気に入るかもしれない編集者との人脈をつくるために、あらゆる努力をしていた。それが今、予想もしないことが起こったのだった。彼の飲み仲間で個人的に親しい友人が、アメリカ全土にいる無数の志願者から選ばれ、ニューヨーク出版界の砦に引き込まれたのだ。それはレイ・カーヴァーにとって、奇跡のようなことだった。
 それに、リッシュが真の友人として彼の原稿を真剣に検討していることも彼にとっては奇跡だった。

田舎者

[「カヤック」編集]ジョージ・ヒッチコックはレイと個人的につきあってみて、彼は「自分という存在をあまり重く受け止めない」という印象をもったと言う。レイが重苦しくなることを避けたのは、リスクを回避することでもあり、戦略でもあった。それは、何も期待しないけれども、すべてを手に入れたいと願う男の守りの手だった。心を許せる親友への手紙では、カーヴァーは恥ずかしげもなく夢や希望を語った。拒絶されたことについては、さらっとふれるだけだった。レイは、どんなささやかな成功にも大喜びできたおかけで、気力をくじかれることなく突き進むことができた。(略)
彼はどこまでも北西部の田舎者だったのだ。絶え間ない努力をつづけてはいたが、自分のような生い立ちの人間が文学界に参入するのがどれくらい大変なことなのかは見当がつかなかった。レイの(そしてメアリアンの)世間知らずなところが、多くの作家志望者の活力を枯渇させるシニシズムから彼を守ったのだろう。

『隣人』

『隣人』がかんばしい反応を得られないままさまざまな読み手に回されているあいだ、レイはリッシュに「くじけずにがんばろう」と言った。自分とリッシュは新たな領域に挑む同志だと彼は思っていた。
 リッシュの記憶では、ことの経緯は少しちがう。自分は「ニュー・フィクション」を世に知らしめるために雇われたのであり、その期待に応えなければならないと考えていた。そして、リッシュにはカーヴァー作品の登場人物は風変わりに見え(略)「ひどく不器用」だと思い、「カーヴァー自身も気づいていない彼らのはなはだしい無知ぶり」に驚いたと言う。のちにリッシュが主張したところによると、彼が興味をもったのはカーヴァーの原材料だけだった。リッシュは、カーヴァーの作品を題材にした自分の編集の仕事はそれ自体が創造的な行為であり、評価されるべきだと考えていた。
(略)
[32歳の]カーヴァーは「エスクァイア」が『隣人』を買ったあと、ますます彼=彼女の物語に集中するようになった。
(略)
二人は学位を取得した。レイはたまにではあったが、作品が売れるようになり、メアリアンは専門的な職業(高校教師)に就いた。
(略)
 しかし、レイは成功を享受する準備ができていなかった。彼に両親と同様に、他人に認められることよりは、不運や失敗になじんでいた。成功をほのめかされると、神経質になり、疑り深くなった。

二重性

[71年、UCSCで週1回150ドルで創作講座を担当することに]
[レイ宅で何度も読んで書き込みがしてあるドッペルゲンガー小説集(コンラッド『秘密をともにする者』、ドストエフスキー『二重人格』、ピアス『アウル・クリーク橋の一事件』等)を目撃したキトリッジは]
レイの世の中とのかかわり方が、この二重性と深く結びついていることに気づいた。「おそらく彼は、彼が生まれ育った場所には、二倍は賢すぎたし、感受性が強すぎたのだと思う。ひとりのレイは彼の人生を生きていて、もうひとりのレイがその人生をそとから見ていたんだ」とキトリッジは言う。アルコールはレイが感じていた痛みを鈍らせ、自分がひとつになる錯覚を与えてくれたかもしれない。
[UCSCで文芸誌を始める。キャンパス内の打ち捨てられた大理石の採石場(『クオリー』)を雑誌名に]
創刊号が刷り上ると、レイは「興奮して雑誌を振りかざしながらオフィスから走ってきた」

72年春ブコウスキーを招く

当時51歳で、郵便局の仕事をやめて間もなく、公の場に姿を現し始めたところだった。舞台に立った彼は、「足もとがおぼつかない酔っぱらいから、とてつもなくエネルギッシュな人間」に変身し、ざらざらした声と、舌がもつれたような話し方で、罵詈雑言や卑猥な言葉を聴衆と交わした。
(略)
[大学新聞は“バク”は]「UCSCのミドルクラス出身の学生に小便をひっかけるためにやってくる」と書いた。レイが空港に迎えにいくと、ブコウスキーは、すでに酔っぱらっていた。夕食の席では、メアリアンの体にさわるのをやめなかった。レイの方は「完全にしらふで、そわそわしていた」
(略)
[ブコウスキーの「悪態をつき、女性の顔に自分のひげ面を押しつけ、股間やブラウスの中に手を突っ込む」乱暴狼藉についに怒ったレイも泥酔し、二人は「バーに逃亡」後、なんとか空港へ送り届ける]
カーヴァーは、強力な武器を使ってブコウスキーに復讐した。五ページに渡るモノローグの詩は、カーヴァーにとって一挙両得だった。『君は恋を知らない(チャールズ・ブコウスキー、詩の朗読の夜)』という詩で、カーヴァーはブコウスキーの声を借り、その結果生まれた作品に自分の名前をつけた。(略)
「そのへんのカレッジでごろごろしてたり/詩の朗読会に来るような奴ら」とののしっている。

いい流れ

[レイの]うわさが文学界に広まり、作品が受け入れられることが多くなった。何がきっかけで情勢が変わったのだろうか。カーヴァーは作品につけて送る手紙を大学の便箋を使って書き、過去の出版作品を書き連ね、1970年度の全米芸術基金の奨励金を授与されたことを記したから(略)
[だがなにより]以前より独特の作風が確立されていた。

改変

[リッシュが『この走行距離は本当なのかい?(Are These Actual Miles?)』を『何か用かい?』に変えたことについて夫婦は口論]
メアリアンは、「(レイを)売春婦と呼び、体制に身売りしたと言って責めた」とレイは手紙に書いた。そして、彼女はリッシュがレイの利益を考えているのかどうかは疑わしいと言った。レイは主要な雑誌に掲載されるためなら妥協をする価値があると反論し、きれいごとを言って作品を机の引き出しに入れたままにする方が自分の主義に反するとメアリアンに話した。詩の中で彼はこれと似た言葉をブコウスキーに言わせ、「飢えるっていうのはもっとひどい裏切りだぞ」と書いている。

不倫

自分は今、執筆活動において危機に直面しているのだと答えた。彼はメアリアンに、その危機をなんとか乗り越えるために「自由という幻想」が欲しい、そのためにはモンタナ州にいく必要があるのだと訴えた。(略)
レイのように鋭い感性と身勝手さをあわせもつ人物にとっては、これから先何十年も変化がなく、同じ人々に囲まれ、同じ責任を背負わされるという展望は、恐ろしく退屈だったかもしれない。(略)
[旅から戻ると、途中出逢ったダイアン・セシリーとの不倫を妻に告白。妻も一度限りの不貞を告白]
レイはセシリーに手紙を書き、コレクトコールをかけた。(略)妻と別れることはたやすくないが、彼女を愛する気持ちは変わらない、とレイは言った。(略)
 実際、レイはセシリーに出会ってすぐ、出版された自分の作品を箱につめてセシリーに送っていた。(略)
自分とメアリアンは四年前にイスラエルヘいったときから不幸せだった、と話した。最近、自分は愛する能力を失ったのではないかと不安だったが、今はセシリーを愛している、と言った。
(略)
レイはメアリアンに対して激しい独占欲を見せるようになった。彼は「自由という幻想」を必要としていながら、彼女がほかの男と一緒になることが耐えられなかった。
[二人がバーから出た時に男がメアリアンに微笑みかけると]
「車から私を半分引きずり下ろして、私の頭を舗道にたたきつけた。(略)三回か四回、強くたたきつけたあと、彼は私を放した。私はなんとか車に這いあがり、彼が運転して家に帰った」
その夜は、警察への電話で終わった(警察は介入することを拒んだ)
(略)
メアリアンもまた酒を飲んだ。それはレイのそばにいるためであり、レイがセシリーに恋をしていることの痛みを鈍らせるためだった。レイはメアリアンに「誰かほかの人を見つける」のはやめてくれと懇願した。自分には時間が必要で、彼女が必要なのだと彼は言ったが、セシリーとの関係も断ち切ろうとしなかった。セシリーに書き送る手紙では、レイは自分の気持ちも状況もうまくコントロールできているようなふりをした。メアリアンは、レイの優柔不断さは、欲しいものを両方手に入れようとする彼の手口だと見抜いていた。やがてはセシリーもそれに気づくことになる。

あだ名

[パロアルトの労働者階級出身の作家仲間]
 カーヴァーとキンダーとクロフォードに、ときにはキトリッジとケフが加わって連れ立っていた仲間たちは、「ビーフ・トラスト(牛肉組合)」と呼ばれるようになった。(略)
作家みたいにはとても見えなかったね。どっちかというとトラック運転手みたいに見えた。彼らは肘と肘をつけ合うようにして、スタンフォード大学の中庭を大股で横切ってきた。
(略)
[レイは]金と女づきあいにこそこそしていることから「ランニング・ドッグ」または「ダーティー・ドッグ」と呼ばれた

つづく。