震災後の橋本治短編と草食系男子

スジがわかってどうというものでもないと思うけど、知りたくない人は読まないように。

  • 『助けて』

震災取材から帰ってきたアナウンサーの彼氏の様子がおかしいという導入から、大学時代の馴れ初めへ。知的ジャーナリスト顔ではなく、「色白の小作りな坊や顔で、「すべてに対して順応的な坊や」としか思えない」男がアナウンサー志望と知った女は男の事を「女子アナになりたい男」とインプット。

「私、あなたに全然関心ないよ」と順子に言われても、「うん」と言ったまま平然としている。うっかりすると、順子に対する関心がまったくない博嗣に、順子が焦れているようにも聞こえる。博嗣は、「あなたに全然関心がないの」という状況を受け入れて、それに対して順応的なのだ。
 「あなた、付き合ってる人っていないの?」と言うと、「いますよ」と言った。順子は慌てて、「私じゃなくてよ」と言ったが、博嗣は平気で、「はい、いますよ」と言った。
 言われた刹那、まだ若かった順子は、「あんた、二股かけてるの!」と思った。思っただけで、口にするのはセーブした。相手がなにを考えているかは知らないが、それを言ったら相手の思うツボだ。うっかりすると博嗣は、なにもしないままで、順子をやんわりと追いつめていたりする。

アナウンサーに合格した祝いの食事の後でさらっとホテルに誘われ

 色白で細身の体のように見えた博嗣が、裸になってみると意外なほど「男」だった。ベッドから出て服を着ようとした順子は、博嗣の後ろ姿に向かって、「ねェ、どうして?」と言ったが、振り返った博嗣に「なァに?」と言われると、自分がなにを尋ねたいのかが分からなくなった。目の前でネクタイを結び直している男が、「ねェ、なんであんたはそんなに“男”なの?」と尋ねたいような相手には見えなかったので――。
 自分の目の前にいる男は、自分の思うような「意志薄弱坊や」ではないのかもしれないとは思ったが、それと同時に、「そんな風に思うのは気のせいかもしれない」と思った。服を着た博嗣は、やはり「その程度の男」だった。

上司との不倫を解消した女に男は同棲をもちかけ

上司に、「頑張れって言うんなら頑張りますけど、構造的に無理な部分だってあるんじゃないんですか?」と言ってしまった。
 上司は「そうだな」と言って、そこから余分な関係が発生してしまった。順子が妻子ある上司と余分な関係を持ってしまったのは、「自分の職場をもう少し自分に分かりやすいものにしたい」という、余人には理解不能な理由からだったが、それを当人が理解しているわけではない。
 「構造的に無理なんだよね」という話は、「一緒に住まないか?」の話が片付いた後で、世間話のようにして博嗣に言った。なにが「構造的に無理」なのかはよく分からないまま、博嗣の答は「ふ〜ん」だった。「だったら辞める?」にでも「結婚する?」にでもならなかった。
 順子は、「お前はジャーナリストの端くれなのに、“構造的”という言葉に反応しないのか?」と思ってムカッとした。ムカッとするだけでそれを口にしなかったのは、自分の怒り方がどこかでずれているような気がしたからだった。

暮らしてみると「順応主義の権化」のような男は「小さな男権主義者だった」。担当は報道だが深夜番組で芸人にその不器用さをいじられているだけ。

特徴のない抵抗感のない顔つきをしていても、博嗣の中身は変わりようのない男権主義者で、いくら看板を描き変えても、彼を採用するテレビ局もまた、動きようのないオヤジ社会なのだと、順子は思った。
 思うばかりでどうだというわけではない。博嗣がテレビ局のアナウンサーになっているのは「構造的な問題」で、「構造的な問題」を発見した順子は、「構造的な問題」の中にいる男とそれなりの関係を持つことになっている――だからこそ順子は、既に博嗣と同棲をしていたのだ。

もやもやした日々、そして地震発生

 なにかが起こったのは確かで、でもそれは自分のせいじゃない。「私のせいじゃないから仕方がない」と思って人混みに紛れ込む以外、昂ぶってしまった心の落ち着かせようはなかった。

男は被災地の取材に行き

穏やかになにもない空間の広大さがのしかかって来るような気がして、博嗣はようやく、その空間に音がないことに気づいた。(略)
そこは被災地である前に異世界なのだ。
 目の前にはなにもない。音もない。なにもない先に、日の光を受けて輝く海がある。風が吹いているのかもしれないが、風の音は聞こえない。無音の世界に音が吸い込まれているようだ。視線を左右に動かしてもなにもない。なにもない先に、入り組んだ湾の対岸を作る線の丘陵が見える。その緑までの距離感がつかめない。振り返っても、なにもない。三六〇度、視界を遮るようなものがないまま、広大ななにかがただ広がっている。

取材から戻った男は女に、避難所で明るく笑う老人達を見て、「復興なんか出来るわけないんだよ!でも、みんな笑ってるんだよ」と感極まり号泣し、逆に慰められたことを話し……。

  • 『枝豆』

友人の土倉に「社会心理の研究室で草食系男子を探してるんだって。お前、草食系だろ? 行ってやれよ」と言われてここにいる。「それはなんだ?」と思う敦志が、「すいません。[他人から草食系男子と言われたことが]一度だけあるのは、“たまにある”ですか?」と尋ねると、簑浦は「あったんですね?」と言って、「はい」と言う敦志に「じゃ2にして下さい」と言った。
 敦志は「2.たまにある」をマークしたが、見ると「たまにある」の文字がムズムズと動き出しそうで、「一度あった以上は、将来に於いてもまた言われる可能性がある」と言われているような気がした。

 敦志は迷わず「1(女性に性的関心がある)」を選択したが、その後で他の選択肢を改めて見て、不思議な感じがした。「女性に性的関心がない」という答ならまだ分かるが、「女性に性的関心があまりない」というのはどういうことなのだろう?(略)
 もしもその設問が「あなたは女性に対して激しく性欲を感じますか」で、その答が「1.激しく感じる 2.あまり激しく感じない」と続くものだったら、敦志は余分なことを考えず「2」と答えていただろう。それが敦志にとっての穏当な答だった。

敦志に聞き取り調査する簑浦に視点がかわり

基本的に、自分がどのような人間であるかを、自分から積極的に認めようとはしない。だから、厄介なことに、多くの草食系男子は、自分が草食系男子であることを、あっさりと容認してしまう。(略)
「草食系男子の多くは自尊心が強いから、女性と関わって傷つくことを恐れている」という理解もあるが、簑浦にはそれだけではないように思える。
(略)
 ふっとぐらついて「僕には自分というものがないのかもしれない」と思うこともあって、「いや、そうではない」と否定しにかかる――そのような自尊心の強さが、草食系男子と似ているような気がする。うっかり「草食系男子の分析」などということを始めて以来、そんな疑問がつきまとう。
(略)
[草食系男子は]「もてようと思えばいつでももてる」と思う優位性を確保しているように、簑浦には見える。

「簑浦さんは、草食系なんですか?」と訊かれサクっと否定すると学生は驚く、その態度に簑浦は自分が草食系に見えるのかと少し嬉しい気分になる。だが実は学生が驚いた理由は

 草食系男子が「女性に性的関心を持ちながら、それを満足させるための積極的行動に出ない男」だとすると、「そうではない」と言う簑浦は、「女性に対して性的関心を持って、その行動を全開にしている男」ということになる。研究室の中で女性スタッフの方を凝視していたのは、その全開行動の一つなのかもしれない。敦志は、見たくもない男の裸を見せられたようで、ギョッとした。
 眼鏡を掛けただけの、痩せてもいない、太ってもいない――印象が薄いと言うよりも、見た印象を残す必要があるのかないのか分からない男が、いきなり目の前で服を脱ぎ、裸になったような気がした。
(略)
 敦志は改めて「ゲッ」と思った。もう自分が草食系男子であるかどうかは、どうでもいい。なんだか、突然知らない世界が開けてしまったようで、そのことにドギマギする。

学生は学食のカフェで「女として意識したことのない」種田明美の向かいの席に。『種の起源』を読んで「昔の人はこんな風に考えるのか」と面白がる女。自分が受けた調査の話をすると

「草食系かどうかは知らないけどさ、あんたがバカだってことは分かるわよね」(略)「だって、草食系男子って、男に縁のないOLが言い出したことだよ」と、とんでもない即断をした。(略)
 「だってさ、自分の方に迫って来ると思ってんでしょ、女は? それなのに手を出さないから、草食系って言うんでしょ? その女が、男の趣味に合わないだけかもしれないじゃない」

 「種田は、肉食系なの?」
 目の前の朋美の顔を見ていたら、そんな気がした。
 「肉食系なの?」と言われて、朋美は「そうだよ」と言った。
 目の前で、なにかが大きく口を開けたような気がした。

 はっきり言って敦志には、朋美がブスなのかそうでないのか分からない。そう思う前に「女」で、朋美の前には「この一線を越えたくない」と思わせる壁があった。(略)敦志は気づかないが、それは従来の男女の立場を逆転させたような考え方だった。
 「男」であるような朋美は、敦志に対して、「お前は女だがあまりお前とやりたくはない」と言っていて、「女」である敦志はそれを聞いて安堵している。もしも敦志の中に「マゾヒストである男」が棲んでいたら朋美を求めただろうが、敦志は単純な「ただの男」だった。

  • 『海と陸』

 東北の地に「行った」と「行っていない」の違いはあっても、美保子と健太郎の間には根本的な違いがない。二人とも、「自分はなにかが出来る」と思っていて、その実はなにも出来ない無能さを抱えている人間なのだ。
 「無能」とは、「現在」以外の選択肢を持たぬままにあることで、能力の問題ではない。若い二人は地続きの現実を歩いて、その内に現実の途切れたところに行き当たった。津波にさらわれて行き止まりになった突堤に立って、その先に広がる海を見つめるしかないように。
 美保子は、自分を無能にするその「海」へがむしゃらに入って行った。健太郎は、その「海」に近付かぬよう、遠くから見ていた。違いはそれだけで、先に進めない「無能」を抱えていることは同じだった。