アマゾン蟹工船

本題の成功過程話は明日にまわして、ブラックな話とクラウドは余業じゃないよという話を先に。

アマゾン・ドット・カルトからの『脱走』

アマゾン・ドット・コムには顧客サービス部門の電話番号さえも見あたらない。すべてが電子メール経由になっているのだ。(略)
 この電子メールは、基本的に、書籍販売の経験がない高学歴の人々が安い時給で対応している。(略)
大学などでの研究の道をあきらめた人々を当初から主力にしているのだ。時給は10ドルから13ドルほどだが、どんよりとした彼らの目の前には栄転やストックオプションの可能性というニンジンがぶら下げられている。
 こんなアマゾンを楽園だと思わない社員もいる。リチャード・ハワードもそういうひとりだった。ハワードは英文学の修士号を取得したのち、1998年にアマゾンでカスタマーケアの仕事に就く。のちのち編集部に異動し、書評を書きたいと思ったのだ。仕事を始めてみると「カスタマーサービス、ティアー電子メール担当者」の4人がひとつのキュービクルで仕事をするという劣悪な職場環境で、まるで“カスタマーサービス工船”だ。実績評価のため電話は上司に聞かれているし、評価基準は1分間に処理できる電子メールや電話の本数である。このハワードの体験は、シアトルの新聞に掲載された「アマゾン・ドット・カルトからの『脱走』」と題した記事にまとめられている。
 そもそもアマゾンにおいて、人間の介入は必要悪のように思われている。カスタマーケアの仕事に就くと、まず、顧客がたずねそうな質問に対する当たり障りのない答えを何百個も集めたリストが渡される。「アマゾン担当者と顧客のあいだに無個性な定型文でやりとりするゾーン」を作ろうとしているとハワードは感じたそうだ。
 あるときハワードは、南北戦争時代の小説に興味があるからジェームズ・ミッチェナーの『センテニアル』を探していると言われ、それならゴア・ヴィダルの『リンカーン』のほうがいいとすすめた。有能な書店員ならやりそうなサービスだ。しかし、この電話への対応に3分から4分もかかったとして上司に怒られてしまう。結局、ハワードは生産性が低すぎるという理由により3週間半でクビになり、マイクロソフト契約社員に転職することになった。
(略)
トップクラスは1分間に1ダースもの電子メールに回答する。1分6通以下はだいたいクビになる。ワシントン・ポスト紙は、次のようにカスタマーサービス担当者の言葉を引用してこの「暗黒面」を報じた。
 「お客さまに対してできるかぎりの心配りをすることになっています――信じられないほどのスピードで対応できるなら、ですけどね」

ブラック企業

 

 管理職としてのベゾスは一風変わっている。たとえば、元幹部の証言によると、研修会で社員間のコミュニケーションを増やすべきだとの意見が出たとき、ベゾスは立ち上がり、
 「それはダメだ。コミュニケーションなんてもってのほかだ!」
 と言い放ったらしい。ベゾスとしては、分散型の会社というか組織化されていない会社がよい、現場の人々がグループの考えに従うのではなく、一人ひとりがアイデアを出せるようにしたいと考えている。
(略)
ベゾスは、ガレー船を奴隷にこがせた人も顔負けというほど社員を働かせる。カスタマーサービスのマネージャーによると、毎日12時間、月月火水木金金で働いても電子メールに返事をしきれず、10日分も処理がたまったことがあるそうだ。どうなっているのだとベゾスから叱責の電話が入ったので、皆、これ以上は働けないと状況を伝えると、ではこうしたらどうだと提案された――「次の週末は、たまった電子メールを誰が一番多く処理できるか、競争する。100通ごとに200ドルのボーナスも現金で支給する」。その週末、48時間のあいだ、全員が通常のシフトに加えて10時間以上も働いた。そして、たまっていた電子メールはきれいになくなった。

あこぎな商売

競合他社も出版社も、ベゾスはあこぎだと感じている。(略)
米国書店協会のタイチャーはこう指摘する。
 「アマゾンだけ、ルールがまるで違うのですよ。ベゾスは本当のところ、本などどうなってもいいのです。本を目玉商品としてほかの商品を売っているからです。とにかく顧客をたくさん集め、なんでもいいから売れるものを売る。顧客をサイトまで連れて来られれば、あとは、すばらしい手腕で他の商品のマーケティングをするわけです」
(略)
低価格を実現するアマゾンの戦術に対しても不満の声が上がっている。アマゾンの影響力はすさまじいレベルになっており、アマゾンから卸売価格の引き下げ圧力が強くかかるせいで利益が出ないと出版社は言う。
(略)
 大手チェーンも昔から出版社に圧力をかけ、仕入れの値引きを迫ってきたが、ベゾスはやり方がえげつない。要求した値引きが受け入れられないと、その出版社の本をアマゾンのサイトから外してしまうことさえある。「ワンクリック」ボタンや「ショッピングカートに入れる」ボタンを外す場合もある。
(略)
 税金の問題もある。書店は、書籍の価格に加えて売上税を預からなければならない。(略)
判例により、オンライン小売業者の場合、売上税を課さなければならないのは、物理的拠点がある州に販売した商品のみとなっている。この判例を、ベゾスは、ワシントン州の人に販売した商品にのみ売上税を加えなければならない、と解釈している。ほとんどの州で売上税を徴収しないということは、アマゾンなら実質的に安く買える利用者が多いことを意味する。この問題は、ボーダーズやバーンズ&ノーブルのように、ほとんどの州に店舗を構えている書店にとって、オンライン販売の大きな妨げとなる。そのため書店側からは――一部の州からも――物流センターなど、なにがしかの物理的拠点がある州では売上税を課すべきだとの声が上がっている。(略)
[物流センターのあるテキサス州が税金を請求すると]
ベゾスは、税金を払うくらいなら物流センターを閉鎖すると反撃。

クラウド・ビジネス

 

 ネットフリックスからオンデマンドで映画のストリーミングを受けるとき、映画はアマゾンのコンピューター経由で送られてくる。ネットフリックスの体力では、映画を瞬間的にロードし、それを何千人もの利用者に常時配信できるレベルの設備を買えないのだ(少なくともいまはまだ無理である)。だから、分あたり若干の料金を支払い、アマゾンの巨大データセンターからコンピューターをレンタルしている。(略)これがオンライン小売企業、アマゾンが提供するアマゾンウェブサービスである。
(略)
[2010年売上げ、5億ドル。会社全体売上げの5%に過ぎないが、アマゾン全体の利益率が5%に対し、ウェブサービスは23%]

滑川海彦による解説から

 1990年にベゾスは創立後間もないD・E・ショーというヘッジファンドにスカウトされる。(略)
 90年代初頭、現実のビジネスにおいてコンピューターネットワークがどれほど重要か世界でいちばん的確に理解していたのはデビッド・ショーだったかもしれない。ベゾスの生涯の決定的な瞬間はデビッド・ショーに会ったことだと思われる。
(略)
[「鞘取り」とは]
 たとえば日本で金価格がグラム当たり4500円、カルカッタで4200円だったらカルカッタで金を1キロ買って東京で売ればなんらリスクなしに30万円の利益が確定する。
(略)
しかし金融商品ならそもそも移動させるべき現物がない。単に通信するだけで取引が終了する。安定した世界的なリアルタイム通信システムを構築できさえすれば、リスクを取らずに無限に鞘取りが可能になることを見ぬいたのがデビッド・ショーだったわけだ。
(略)
ウェブとインターネットがこれほど巨大な社会的インフラになるとはゲイツジョブズも含めて、まだ誰ひとり気づいていない時代だった。オンライン販売という仕組みに巨大なビジネスチャンスを見てとり、かつ、それを大規模に実現するだけの通信システムの開発能力と資金力、カリスマ的組織力をもっていたのは世界でベゾスただひとりだったのではないだろうか。
 ここでもベゾスが裁定取引のコンピューター通信システムの開発者として出発したことを考えることが非常に重要だ。ベゾスの理想はコンピューターネットワークによってあらゆる商品が金融商品のように瞬時かつ効率的に「鞘取り」できるシステムを構築することだったように思われてならない。アマゾンが現在世界最大のウェブ・ホスティングサービスのひとつであるのもこの面から考えるべきだろう。
(略)
このアマゾンのビジネスを「内職」とか「副業」と考えるのも正しくない。コンピューターネットワークの構築はアマゾンの当初からの本業なのだ。

明日につづく。