中原昌也「死んでも何も残さない」

死んでも何も残さない―中原昌也自伝

死んでも何も残さない―中原昌也自伝

 僕は、メロディというものに興味がない。人が奏でるメロディはいいのだけれど、自分では絶対にメロディを奏でたくない。(略)
 僕がやっていたことをポップにすれば、相対性理論みたいなものか。でも、ああいう形は自分ではやりたくない。メジャーにいる時も、売れるものを作ってくれ、といわれたこともない。よくわからないけれども何か未来があるかもというぐらいだった。(略)
 クラッシックにはじまって現代に至る音楽史に、新しさはどこにもない。僕自身は、学習や修練で生まれるものに憧れはあるけれど興味がない。何も学ばずに何ができるか。すごく無責任かもしれないけれども、いつも記憶喪失。「暴力温泉芸者」の話だって、冷淡のように見えるかもしれないが、過去の出来事などなかったことと同じ。すべて終わったことを再構築して、あったと思い込んでいるだけである。

二十代頭ははっきりいって童貞だったのに、エロ本に書いていた。暴力温泉芸者中原昌也が同一人物とだれも思っていなかった時期もある。(略)
 僕のエロ本時代を誰も知らないだろうと思っていたら、野間文芸新人賞を受賞した時、初対面だった選考委員の川上弘美さんに指摘された。

思い出したくもないが、サニーデイ・サービス曽我部恵一くんとの対談は世間では名作だとされている。あれはひどい。本当に曽我部くんに悪いことしたと思っている。『ボクのブンブン分泌業』に入れようとしたら、許諾が下りなかったぐらいの名作である。フォークについて語れといわれたけれど、まったく無視。僕の性格の悪さが全部出ている。呼び出されて、何か芸やれ、みたいな依頼が本当に不愉快で、頭に来ていたのだ。

 人は純粋な思いを持って文章を書き、活字になる。その時点で、本人など影も形もない。どれだけ誠実に自分の思いを書いたとしても、あるのはただの言葉でしかない。活字というものが持つ無情な感じを「PHP」から学んだ。無限にズレてゆく無情さをユーモアだと受け取らないとやってゆけないが、今はもっとどうしようもないぐらいの無情さを感じている。

 僕は、大映東映の映画が大好きで、あとはどうでもよかったりする。大映の上品さはいったいだれに向けられているものだか全く謎だし、東映の下世話さは低俗という枠を超えた別の何かに到達している。二つの映画会社の影響はとてもでかい。

暴走パニック大激突」を観るまで深作欣二はあまり好きではなかった。(略)表面上はアメリカン・ニューシネマに似ていても、映画そのものの中身はまったく違う。やってみたけれど、何だかよくわからないものになっちゃった、という感じである。あの似て非なるもの、という世界のあり方は、僕の小説に少し、反映しているのかもしれない。

家でノイズばかり聴いているわけではなく、リズムやメロディのある楽曲を普通に聴いている。ただ、自分が真顔で、手が鍵盤を押したり、弦を弾いたり、身体の動きにより的確に音が出ている感じが既につまらないのだ。だから、自分のアクションに対して、出ている音がまったく関係がないとしか思えない状況が面白いのだ。
 一生懸命何かを押しているけれども、音は体の動きとまったく関係なく何か出ています、という演奏。しかも、あの音は自分が出しているわけではなく、あくまで勝手に出ているものをちょっと、いいように調節する係だと思っている。機械が勝手にやっているところに楽しさがあるのだ。ギターやピアノのような、音と自分の体が直接関係のあるもので演奏するのは、それこそ、升目に合わせて文字を書いていくようなつまらない作業のように思える。
 初期の頃の小説は、自分を機械のように扱う無邪気さで成り立っていたのかもしれない。でも、続けているうちに、その感じが当然、どんどん失われていく。いまだに最初の頃の方が面白いとかいっている奴は、本当にセンス悪い。投げた野菜が超うまい具合に地面に剌さる瞬間があった、というだけのことで、変化などない。

久々に『競売ナンバー49の叫び』を読んで、僕の敵がわかった,ピンチョンですよ、敵は。
 というより、アメリカ人が大好きな陰謀史観に対して、すべてノーといわなければいけない。僕だって妄想を抱えているけれど、物語というのはすべて陰謀史観でしょう。陰謀史観というか、関係妄想。僕はそれに悩まされ続けてきたわけだし、妄想を否定する唯一の手段は、小説を書かないこと。つまり、現実を物語として構築しないこと。(略)
 だから、ピンチョンみたいな下らないものにうつつを抜かしちゃいかん。バロウズ陰謀史観の人ですけれど、あの人は陰謀なんかまったく信じていなくて、ただ人を煙に巻きたいだけだから許さない。

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