人権の相続、生殖の自由

T(教師)とS(生徒)の問答形式で憲法論議

「国民」という言葉

T:いずれにしても、統治者の統治権の及ぶ範囲で生活を営んでいる人、つまり被統治者が、市民革命期に「国民」という言葉で括られたということが重要だ。(略)
政府の統治権の及ぶ人が、憲法でいう「国民」である、ということが本質的で、国籍を持っているということは、そのような国民であることを明らかにする簡便なテクニックにすぎない、という位置づけが重要だね。(略)
もっとも、現在では、日本国民とは日本国籍保有者であるという理解がなお支配的だから注意しよう。

人権は相続されるか

S:財産上の権利など相続される権利と性質上異なり、憲法上の権利は一身専属的と解されるので、死亡と同時にその人の人権享有主体性も消滅すると考えられます。
(略)
いま現実に問題となっているのは、個人情報保護条例に基づく自己情報開示請求権です。たとえば、学校でのいじめが原因となって子どもが自殺したと考えられるようなケースです。
T:本人は死亡しているのだが、その両親が、たとえば教育委員会宛に、学校からの報告書の開示を請求したときはどうなるのかな?
S:個人保護条例は、憲法に根拠のある自己情報コントロール権を実定化したもので、やはり一身専属的なものと解されます。たとえ両親や家族であっても、その権利は相続できないと解すべきでしょう。
T:その限りで、死者のプライバシーは家族に対しても保護されるという結果になるのだね。本人が生存しているときに、両親が法定代理人として請求したときはどうなるかな?
S:本人と両親の利害が対立する場合もあるわけで、原則として請求できない、例外的に本人の承諾があれば、請求できると解すべきでしょう。
(略)
T:両親が死亡した子どもの情報を請求するケースにもどろう。
S:両親が情報公開条例に基づいて、情報を請求してきた場合、両親は、やはり第三者・他人と解すべきことになって、政府機関側では、その公開が当人にとって不利益になるか否かを後見的な立場から判断することになると思います。

生殖の自由

T:アメリカ合衆国では女性の妊娠中絶の自由はプライバシーの権利の重要な内容となっているようだが……。(略)
この問題はキリスト教文化を背景にしばしば政治的争点にもなっている。ただ、日本で生殖の自由をプライバシーの権利の一内容として扱うことには少し違和感を覚えるのだが……。
S:日本では自分に関する重要な事項のうち、自己情報をコントロールする権利をプライバシーの権利、それ以外の事項をコントロールする権利を自己決定権の問題として扱う傾向にあると思います。
(略)
S:生殖、つまり子どもをつくるか、つくらないかは、人間の人生で決断すべきことがらの非常に重大な問題なので、13条の自己決定権について人格的利益説をとろうと一般的行為自由説をとろうと、13条によって保障されるということになりそうです。
T:「憲法13条は、なんでも出てくる打出の小槌」と説明されることもあるね。
(略)
S:家族も団体の1つであると考えると、子どもを産む・産まないということは、家族という団体を形成する自由、憲法21条1項の結社の自由とかんがえられるのではないでしょうか。
T:21条1項でいう結社とは、意図的な団体形成を意味し、自然発生的団体である家族は入らないような気がするが……。
(略)
S:家族の形成は、家族のあり方を規定する24条にその根拠を求めることができると考えます。24条を21条1項の特別法と考えるわけです。ここで問題となった、生殖の自由は、親として子どもと関係を取り結ぶか否かに関わりますから、24条で保障されると解されます。
(略)
自己決定権は、近代合理主義に基づく意思主義の原理に内包されている個人の自律の原型ともいえるわけですが、同時に、個人の意思によっては左右されてはならない実体的価値原理の1つである生命の尊厳の不可侵性という近代立憲主義の中核を占める2つの原理同士の緊張関係があると思います。

免責特権の起源

T:国会議員の免責特権の起源をたどると?
S:イギリスで古くから、議案が国王に不利なものであっても責を負わない、ということになっていたようです。
(略)
フランスでも、1789年の国民議会が議員の不可侵を宣言して以降、ほとんどの憲法によって確認されています。ただし、その根拠は、イギリスと異なり、国民代表たる議員は、かつての主権者たる国王と同じく不可侵であるという思想に基づくものでした。
T:もっとも、この根拠付けは、のちに権力分立の観点から、形式的に立法行為に属するものは、他の権力の干渉を受けないという論拠にとってかわったようだ。