ジミ・ヘン…光と影・その2

前日のつづき。

ジミ・ヘンドリックスとアメリカの光と影 -ブラック・ミュージック&ポップ・カルチャー・レヴォリューション

ジミ・ヘンドリックスとアメリカの光と影 -ブラック・ミュージック&ポップ・カルチャー・レヴォリューション

両親の離婚で二年間叔母に預けられた際、近くの居留地に住むチェロキーの血を引く母方の祖母からネイティヴ・アメリカンの受難の歴史と強烈な誇りを教えられる。幼い頃のジミーは極端にシャイで内向的。

 ハイスクール同様、彼は軍隊でも楽しく過ごせなかった。落下傘部隊の隊員たちは彼をぼんやりした妙なヤツだと思っていた。彼がギターを抱えて眠るようになると、完全にバカだと決めつけた。(略)
しょっちゅうからかわれ、いやがらせをされ、殴られた。ギターを盗まれ、隠されて、ひざまずいて懇願するまで返してもらえなかった。(略)26回目のパラシュート降下で背中の筋を違え、1962年の夏に除隊許可証を得た。

不遇時代

[ボビー・ウーマック談:R&Bツアーで一緒だった]
ジミ・ヘンドリックスはのけ者にされていた。彼はとにかくすごく変で、格好もめちゃくちゃでさ。みんなが言うのさ。“あのマザーファッカーを見てみろよ、あれじゃ仕事になんかありつけねえ、あれじゃどうしようもねえ”ってさ。みんなまるでわかってなかったんだ。(略)
“ゴージャス”ジョージがバラードを歌っているのに、歯でギターを弾いたりする。するとジョージが振り返って言うのさ。“もう一度だけ言うがな、ジミ、今度お前がギターをくわえているところを見つけたら、本当にそいつを食わせるからな。これはオレのショーなのにオレの顔は丸つぶれだ。振り返ったら、マザーファッカーがギターを食ってやがるんじゃな”
(略)
[当時は]きちんと髪を切って、スーツにタイを締めてないと、使ってもらえなかったんだ。ところがヤツはひどいぼろを着ていて、慈善バザーで買ってきたみたいな服ばかりだった。それにいつも妙なアクセサリーをつけていてさ、伸び切った髪はぼさぼさだ。(略)
もちろん、あとになってから、みんな“くそっ、あいつはオレのバンドにいたのに!”って触れまわったさ。

のちにヘンドリックスが商業的なソウルの拘束からどんなに遠く離れていったにせよ、あるいは彼が“ペンギン・スーツ”や“フラッシュ・ゴードン・ショー”をどんなにバカにして語ったにせよ、ソウル・レヴューの厳しいレッスンは彼の中に残ったのだ。
(略)
ヘンドリックスはかつてマイケル・ブルームフィールドに「クラプトンを焼き殺してやりたい、あいつはリズムが弾けないから」と語ったことがあるという。

ヘンドリックスは束の間、キング・カーティスの下で演奏したことがあり(略)ヘンドリックスがお行儀よくしていたら、ニューヨークのトップクラスのスタジオ・プレイヤーで終わっていた可能性もある。(略)
[コーネル・デュプリーによれば]カーティスがアイズレー・ブラザーズのところからヘンドリックスを引き抜いてきたのは、バンドのサウンドをアップデートしたかったからで、それに当時は「ジミはアシッドな演奏はしていなかった……もっとR&Bだった。つまり、泥臭かった。つまり、ファンキーだった。つまり、彼はアルバート・キングもやれたけど、違う角度からとらえてた」。

ビートルズシュープリームス

 ジミ・ヘンドリックスは橋を架けることなど不可能に思えた文化的深淵を超えて(略)[黒人のアメリカ文化]を崇拝するヒップかぶれのロンドンに到着した。(略)
[英国の若者が崇拝する偏屈な高齢ブルースマン達に実際に会って混乱したのは当然かもしれない、同世代同士でも齟齬があったのだから]
初めてニューヨークに逗留した際に、ビートルズは――間違いなく幾ばくかの性的戯れと刺激一般を求めて――ザ・シュープリームスを彼らのホテルのスイート・ルームに招いたが、ダイアナ・ロスと同僚が到着したとき、双方が唖然とした。シュープリームスマリファナの煙がたちこめ、ジーンズ姿の四人の男が完全にラリってのびているのを目にした。(略)
[スーツと手袋と毛皮をまとい付き添いを連れた]シュープリームスビートルズがこんなヤク浸りのクズだなんて信じられなかった。ビートルズデトロイト出身の黒人娘がこんなにも“ご清潔”で“スクウェア”なのにショックを受けた。相手がこうあるべきという互いの概念が根本的な誤解に基づいていたのであり、出会いはほどなく双方の困惑の重みで崩壊した。デトロイト代表団はビートルズにイギリス人の“品格”とデヴィッド・ニーヴン風の懇勲さを期待し、ビートルズの方はシュープリームスはベッシー・スミスの歌の化身のような、淫らな地獄育ちのパーティ狂だと思い込んでいたのだ。いかしたモップ頭たちは完全に上昇志向の黒人プロレタリアートの野心に気づけずにいたし、シュープリームスのほうは白人のロックンロール・ボヘミアンをまったく読み違えていた。

白人がジミに求めた役

 ジミ・ヘンドリックスは対照的に、まさに直感的に白人のボヘミアンを、ことにイギリスの白人のロックンロール・ボヘミアンを理解していた。(略)
[ジミは彼らが求める]
“フラワー・ジェネレーションのエレクトリック・ニガー・ダンディ、種馬王かつ金の子牛、ぶっ飛びドープ・ミュージックの創始者、最も驚くべき可視の力”役を演じ、サイコーにハッピーだったのだ。だが、まさにこの種のロール・プレイングこそが、黒人オーディエンスによる受容を妨げた。(略)多くのアメリカの黒人がなんとしても振り払いたいと思ってきた類いのステレオタイプを正確に演じていた。(略)
 ヘンドリックスは実際けばけばしく、目立ちたがり屋で、明らかに麻薬を常用し、ブロンドに囲まれて写真を撮られるのが好きで、アメリカの黒人が黒人エンターティナーたちに要求するようになっていたある種の威厳、規律、自制をほぼ完全に欠いていた。
(略)
 ヘンドリックスに黒人の支持者は一切いなかったと言えば、それは神話に、しかもレイシストの神話に迎合することになる。「彼を発見するには新しい人種の黒人でなくてはならなかった」とボビー・ウーマックは語った。「だって会社は(黒人が)彼みたいなニガーをわかるとは思っていなかったからね。ところが、若い黒人が、ファンが彼みたいな格好をしはじめて、オレは思ったね。“なんてこった、黒人のヒッピーなんて初めて見たぞ”って」。(略)
[黒人もジミのレコードを買っていたがすべてポップ・チャートでカウントされていた]
ただ彼は黒人向けのラジオ局ではほとんど、あるいは一切かけてもらえなかった。局側は彼の音楽は既存のフォーマットにまったく収まらないと感じていたのだ。

クロスオーヴァー

[は黒人人気を確立した者が白人層に向けて売り出す過程を指し、黒人層の支持を失う両刃の剣である]
ボビー・ウーマックは彼の師であるサム・クッククロスオーヴァーの落とし穴を強く意識していたことを覚えている。「レコーディングのときはクロスオーヴァーするために白っぽく聞こえなきゃいけない」とクックはウーマックに語った。「だがB面では黒っぽい音で基盤を守る。いいか、絶対にそれを忘れるんじゃないぞ」
(略)
[ジミには五年間のチットリン・サーキットでの欲求不満があったが、それを経験していないスライ・ストーンは積極的にR&Bの手法を利用し黒人白人双方に同時に接近した。やがてジミは黒人層との乖離に敏感になっていく。一方、マネジメント側はヘンドリックスの“名誉白人”の地位の重要性を認識しており]
「白人のマネージャーやらが言うんだよ、“そういうニガーたちと演奏するな。十四のガキはビビるだろう。可愛いイギリス人を戻すんだよ”ってね」(略)「すると、黒人たちは彼が白人の側に寝返ったと言いだす。」

スライ・ストーン

ふたりは知り合いだったが、親しくはなかった。スライはマッチョすぎたのだ。彼は男らしいというのは傲慢でクレイジーに振る舞うことだと思っていたが、ジミは違った。「こっちが“ヘイ・マン、調子はどう?”って声をかけても、彼は何も言わないで、ただ笑ってるだけなんだ」それでも、ヘンドリックスはスライがやっていることを強烈に意識していた。(略)
一度スタジオでロバート・ワイアットが作った曲のひとつにジミがベース・ラインを重ねると申し出たとき、その結果はラリー・グラハムがスライと演奏としてるときと驚くほどそっくりだったという(略)
[あるライヴで]冗談半分にスライの当時最新の1969年のヒット、「シング・ア・シンプル・ソング」のメインのリフをほのめかしたことさえある。

Sing a Simple Song

Sing a Simple Song

  • スライ&ザ・ファミリー・ストーン
  • R&B/ソウル
  • ¥200

ヴードゥー・チャイル」

はまさしく、“ブルースの年代順の案内ツアー”となっている。レコード化された最初期のデルタ・ブルースから始まって、シカゴでマディ・ウォーターズデトロイトジョン・リー・フッカーが行なったエレクトリックな実験へ、さらにはB・B・キングの洗練されたスウィングとジョン・コルトレーンの宇宙のつぶやき、そして最後には輝かしい自由な形態のノイズに行き着いて、それは擬音的に歴史とカテゴリーの溶解と崩壊を喚起している。当時はきわめてサイケデリックだと見なされたその歌詞は[チャス・チャンドラーのSF小説コレクションから吸収したもの]

アメリカ革命の娘たち”

[マイケル・ジェフリーがモンキーズとのツアーの仕事を取ってきてしまい]
チャス・チャンドラーは“アメリカ革命の娘たち”という右翼の圧力団体がヘンドリックスをツアーからはずすように工作したという作り話をでっち上げた。それで誰の顔もつぶさず、まことしやかに事を収めることができ