ダーウィンが信じた道・その2

前日のつづき。

ダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージ

ダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージ

崩壊

[ロンドン科学界にデビューした頃]
ダーウィンはひそかに進化論ノートブックに書き込みをしていた。(略)
「種がそうだと認めると……たがいに変化するかもしれないと認めると……すると、構造全体がばらばらになり、崩れる」。彼の破壊作業は、創造説の堂々とした体系を解体しようとしていた。(略)
「構造は崩れる! しかし人類は――すばらしい人類は……神性ではなく、いまの形の終わりがやがて来る……人間も例外ではない――」

自然淘汰と揺れる心

マルサスを読む前のダーウィンは、「人類の将来の運命」をもっと優しいものとして思い描いていた。いくつかの「変種は絶滅していく」(タスマニア人の状況が危機的なことは知っていた)としても、ほかの民族については楽観的で「アフリカのニグロは敗北していない」。(略)
すべての人間が融合すると(略)以前より強靫な、より能力の高い血統が生まれるという証拠があった。人間の民族混合は短期的にはよいことかもしれない。(略)
 しかしマルサスを読んだあと、ダーウィンのイメージはずっと荒涼たるものになる。(略)[乏しい資源をめぐる戦争と飢餓]
刺激を受けたダーウィンは、民族接触の暗い側面を理論的に考えはじめた。(略)
[インディアン虐殺で「文明化」がもたらされるとした、自身の文章に動揺し削除したり]
 植民地での絶滅を生物学的に研究したダーウィンは、「人種の」絶滅を避けがたい進化論的結果と見るようになった。
(略)
 彼は、移住や侵略、闘争こそが必要不可欠だと考えはじめた。それは発展過程、厳しい試練なのだ。勝利した「破壊者」が生き残って繁殖し、そして新しく勝ち取った環境にさらに適応していく。帝国の領土拡大は、人間の進歩のまさに原動力となりつつあった。
(略)
[その一方で、「自分たちの土地は、やがて奪われる運命にあることはわかっている」という先住民の言葉に悲しい気持ちになり]
インディアンを虐殺したロサス将軍についても「非人間め」と書きなぐっている。
(略)
ダーウィンにとっての「進歩」とは、もっと壮大な背景に描かれたものだ。利益はすべての種に及ぶ。絶滅は自然の公理、つまり「厳格に森羅万象に適用される」のだ。自然そのものが前進し、足の下にある化石を押しつぶす。(略)
自然淘汰は、「より弱い」存在が消滅することに基づいていた。個体であれ、種全体であれ、「進歩」を起こすために滅びなければならなかった。つまり、「ヨーロッパ人が足を踏み入れたところ、どこでも、先住民の死を招くように思われる」のだ。
ヨーロッパ人は進化の代理人だった。

アガシ

[アメリカ中部の州への移住という1850年頃の]夢想は、アメリカが明らかに戦争へとかじを切るにつれて薄れていく。(略)
このような時代に、ルイ・アガシは人種理論家として賛美される。(略)地球上のそれぞれの動物地理学的地域にある動物相は、それら動物相が出現したときからずっとそこにあったのだと彼は主張した。
(略)
ダーウィンはすべての種――少なくとも彼がそれまでに研究したフジツボにおける種は、継続的に「いちじるしく変化しやすい」ことを証明していた。
(略)
[奴隷制御用学者ともいえる]アガシダーウィンにとって憎むべき存在になりつつあった。(略)アガシにとって人種の拡散は禁句だった。
[そこでダーウィンは研究対象をフジツボから種子に変え、海水に浸かった種子や鳥の糞の中の種子が発芽することを確認]

次はハト

[大英帝国外交官らに依頼した世界中のハトが]
ダーウィンの「恐怖の小部屋」宛に死骸のつまった木箱が続々と送られてきた。空気のいい屋外には、生きた標本がつまった大型のハト小屋がすでに二つ建っていた。(略)
人間と違って、ハトは論点を証明するために実験することができる。ヒナがかえるとすぐに処理をして、漂白した骨を計測した。ダーウィンが知りたかったのは、誇張された特徴がヒナでは衰えており、祖先のハトにより似ているかどうかだった((略)[生後たった10日の天使のようなふわふわのヒナを]シチュー鍋に放り込んでいるのだから、良心がちくちくと痛んだ。ダーウィンは「悪行に手を染めてしまった」と告白している。)(略)
無惨にも殺されたヒナ鳥を調べることで、ダーウィンは孵化してからどれくらいの時間がたつと淘汰された特質があらわれるのかを確認することができた。しかし、彼が証明したかったのは、世界中の珍種のハトが地味なカワラバトに由来していることだ(略)
 ダーウィンが証明のためにまずおこなったのは、誇りある愛好家ならやりそうもないことだった。血統書つきのハトを異系交配したのだ。(略)そうすれば、「原初から」別々だったという意見は「極端な愚論」だと反撃できる。そのころのダーウィンは、五品種以上のハトを統合して一つの品種をつくったところだった。そしていまのところ、「複数の種を掛け合わせた複雑な交配種はきわめて不妊性が高い」と一般では考えられていたにもかかわらず、「繁殖力は弱まっていなかった」。
(略)
[わずかな変異を選び取るハトの育種家の]秘儀的な手法についての内部情報を得るために、ダーウィンは上流から庶民に至るまでのハト愛好会に参加した。(略)
 庶民愛好家たちがもう一つ教えてくれたことがある。変種を掛け合わせて永続的な交配品種をつくるのはひじょうにむずかしいのだ。交配品種のどれかはつねに片方の親のタイプに戻ってしまうという。
(略)
また同様に、人種の継続性は少数の原初の種間交配からつくりだされたと考えている人類学の根拠も切り崩していた。永続的な変化は変種間の交配からもたらされるものではなく、農場で動物たちにおこなわれているように、自然界での数え切れないほどの世代にわたる個体の不断の淘汰によってもたらされるのだ。
 のちにダーウィンは、中間品種も何世代かたつと確立される可能性があることを認めている。

出し抜かれないよう早く書き上げろとダーウィンをせっついたライエルだったが

ライエルはダーウィンの二冊目と三冊目のノートブックを開いたとき、そこにおずおずと登場しているサルの顔を見つめ、身震いした。ダーウィン奴隷制を打倒する強力な存在と考えているみじめな共通の祖先は、ライエルの目には堕落し、高潔さを失ったものに見えた。ダーウィンにとっての道徳的な進歩は、ライエルにとっては人類の破滅だった。自分がもっていた高尚な世界観で織りなされた世界が揺らぐにつれて、彼は崩壊を恐れるようになる。彼は何ページにもわたって懸念を書きつづり、「もしあれが真実だったら?」と悩んだ。もし人類の歴史が地球の歴史にほかならないとしたら、魂はどこにある?もしシェイクスピアニュートンが鳴き声をたてる小さな生き物から生まれたのだとしたら、白人は黒い野蛮人、いやキーキー嗚くチンパンジーから漸進的に発生したということになるのか?高貴さはその途上にあるのではなく、その結果にあるはずだ。いや、ほんとうにそうだったのか? ダーウィンの考えにとりつかれたように、何度も何度もライエルは考えた。偶然と神の設計、法と摂理、肉体と魂、死と永遠、人間とサル。苦しい「深夜の思考」から逃れることができなかった。しかしライエルは、最高のできごとは人間が最近あらわれたことだという点には同意していても、創造の中心が複数あるというアガシの考えは拒否していた。
(略)
ライエルはいまだに、気候変動へのある種の自動的な適応という昔ながらの観点で考えていた

明日につづく。