マイルスがパクリに喝!

ダウンビート誌掲載マイルス全収録。前半は記事とインタビュー、後半がレビュー。

マイルス・デイヴィス・リーダー ダウンビート誌に残された全記録 (単行本)

マイルス・デイヴィス・リーダー ダウンビート誌に残された全記録 (単行本)

「クールの誕生」について

そもそも俺はずっと軽いサウンドでプレイしたかった(略)
9人編成にはソニー・スティットを入れたかった。だがソニーには他の仕事があった。そうしたらジェリー・マリガンからリー・コニッツはどうだい、あいつのサウンドも軽いぜと言われた。(略)ジョン・シモンズも候補だった。とにかくすべて軽くしようとしていたんだ。(略)
[バップ時代には]今みたいなはっきりとした、奥深いフレージングはなかった。音符というのは何か足してやらないと死んでしまう。ある特定の音符、メロディ、リズムはそうなんだ。リズム・セクションに割り込まないと、それも死なせてしまうことになる。ビートに後ノリでプレイすると、リズムはなくなる。だが絶対にビートに前ノリでプレイしちゃだめだ。何かのフレーズを重ねるつもりじゃない限り」
(略)
実際に意味したのはソフト・サウンドだったと思う。あまりゴリゴリやりすぎないことだ。ソフトにするにはリラックスしないといけない……ビートをずらすわけにはいかないが、4ビートに対して4分3連くらいはやるかもな。そうすればずれてるように聴こえる。うまくやればリズム・セクションを邪魔しない」

一方、ジェリー・マリガンの証言は

[クロード・ソーンヒル絡みが多かったのは偶然かとの問いに]
違う。ソーンヒル楽団は小振りなバンドに対して大きな影響力を持っていた。というのもつまりは、その手の器楽演奏というのは、クロードが当時やっていたことの縮小ヴァージョンだったからさ。
(略)
「クール・ジャズ」の部分に関して言うと、あれはすべて後付けだ。『クールの誕生』というタイトルをあのキャピトルのアルバムにはつけたわけだが、それほどクールの誕生に関与したのかね。もちろん影響はあったさ。小編成のバンドで4〜6本のホーンの曲を書く際にはね。
(略)
メル・パウエルが面白いことを言った。 1930年代のベニー・グッドマン・バンドが与えた最初の衝撃というのは、演奏者のみんながビートに突っ込み気味の演奏で、アンサンブルとしてはジャストだったりしているのに、一斉に演るとどういうわけだかスウィングしてるってことだった。(略)
[逆に]俺たちはすごくビートに対してもたってのんびりしているのにやっぱりスウィングしていて、スロー・ダウンしているようには聴こえないのはなぜだってね。ということは音色だけではなく、リズムもポイントだったんだな。

1974/07/18

[テオ・マセロと二年半も話をしなかった理由]
クワイエット・ナイト』をぐちゃぐちゃにしたからさ。(略)[スタジオで]譜面ばかり見ては「おいおい、こんなコードを使ってるのか」と言っていた。だから俺は「なあ、そっちは録ればいいんだ。コードのことは心配すんな」と言わなきゃならなかった。譜面なんか見ずに、ただサウンドをちゃんと作っとけばよかったんだよ。かき回しやがって。

1984/12
真似して儲けてばかりのヤングに喝
[気合を入れるため[https://kingfish.hatenablog.com/entry/20080818#p2">2008-08-18 - 本と奇妙な煙で使った画像を再掲。クリックすると大きくなるよ。]

ウィントン・マルサリスはすぐれたミュージシャンだ。だがあの一派っていうのは、理論をまるで知らないんだな。知ってたらあんなことは言えないし、あんなことはしないだろうよ。
(略)
クリシェから逃れる唯一の方法は自己中心的でいることだ(略)つまり、聴くなってこと。トランペットが何を吹いているかなんて聴かないこと。そうじゃなくてサウンド、そいつのサウンドを聴くんだ。(略)自分のトランペットの技術を他のトランペッターに見せつけるために〈熊蜂の飛行〉を吹かなくてもいいってことさ。そんなことは誰だってできる。音楽に変化を促すのは、新しいプレイのやり方を生みだそうとすることからだ。もしアドリブをやって、ジャズ・ミュージシャンとやらになるつもりならな」
 「俺は誰のコピーもできなかった。アプローチを真似しても、全部をまるまるコピーしたいとはとても思わない」。マイルスはいわゆる「盗みに近い真似」をする人間を強く嘆いてみせる。「あのな、俺だってディジーとかバック・クレイトンとか、その他俺が大好きで聴いてきたトランペッターたちみたいに吹きたいさ。だができなかった。(略)〈熊蜂の飛行〉を吹いていたときに思った。『一体何のために俺はこの曲をやってるんだ?』と。 14歳くらいのときだ。(略)
[助言を求める若い奴等には]
アイドルが欲しいんだろ? ああ。これだけレコードがある時代だから、大変なのはわかる。俺の若い頃なんて、プレスの『サムタイムズ・アイム・ハッピー』、アート・テータムの『ゲット・ハッピー』、デュークの『J.B.ブルース』の3枚しか持っていなかった。(略)
自分たちのサウンドを持てってこと。そうすればフレーズは自分のサウンドにはまる。肌と同じだよ。自分の肌の色。俺の肌は黒、茶色にちょっと赤みがかった茶色だ。俺には赤が映える。音楽でも同じことをやらないと。トーンがあれば自分のサウンドにあわせてフレーズを演奏する。それで自分が気持ちいいのなら、他の連中を気持ちよくもできる」
(略)
俺をコピーしたおかげでいい服を着てぴかぴかの車を転がしている連中は多い。飯が食えてる。だけどそいつらだって、ディジーやルイスみたいな人に借りがあるんだ。素晴らしい仕事をしたんだからな。じゃあどうして自分で新しいことをやらない?ファンのためだと思うだけでいい。音楽を聴いてるのはファンだぜ。なのにどこかで聴いたような格好だけ変えた音楽しかやってない。


1950/01/27

ディキシーランドを貶めるような言いぐさは聞きたくない。バップ命なんて言ってる連中はただのアホだ。自分の無知をさらけ出しているだけさ。

1955/11/02

俺がこのところ最高傑作だと思っているレコードを知ってるかい? アレックス・ノースが作った『欲望という名の電車』だ。あれは大胆なレコードなんだよ。とくにベニー・カーターが演奏するパート。ジャズの文脈あるいはそれに近いものの中でストリングスの譜面を書ける人間がいるとすれば、それはノースだ。あのレコードはみんなにお薦めする。
(略)
 大所帯のバンドに書くときにその人の力量がわかる。それでもおかしなこともあるんだ。二ール・ヘフティがいなかったら、ベイシーのバンドはあそこまでよくはならないだろう。ところがニールのバンドが同じアレンジで演っても、ベイシーほどうまくはない。一方、アーニー・ウィルキンスはいいアレンジをするのに、ベイシーのバンドはニールのアレンジのほうが得意なんだ。

1961/07/06

36歳のトランペット奏者は、プレイをやめてしまうことを考えていると口にした。どういうことかと尋ねられたデイヴィスは、「考えてるんじゃないな、もう引退するつもりだ」と言い放ったという。「今じゃ週に1000ドルの稼ぎがある。あくせく働く必要はない。それにもう22年も演ってるんだ、長いよ」(略)
[レコーディングは続けるつもりか]
「いや」。それでは音楽の楽しみを捨てる気か?「レコードを買うさ」。デイヴィスはそう答えた。

マイク・ズワーリンがマイルスとの友情を綴った文章が実にいい味わいで、ビル・クロウみたいな本を出せそう。

さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想

さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想