ビートルズの謎

ビートルズの謎 (講談社現代新書)

ビートルズの謎 (講談社現代新書)

  • 全米チャート独占

米キャピトルが売れないと判断したため「抱きしめたい」まではマイナーレーベルから発売された。複数レーベルから発売されていたからこその快挙。1位=「キャント〜」(Capitol)2位=「ツイスト〜」(Tollie)3位=「シー・ラブズ・ユー」(Swan)4位=「抱きしめたい」(Capitol)5位=「プリーズ〜」(Vee jay)

初期の21曲は俺が叩いているとホラを吹いていたが、若干の真実もあった。全米ビートルズ・ブームに便乗したアトランティックがトニー・シェリダンのバックでやったドイツ録音4曲を傍系アトコから発売する際に録音状態が貧弱と判断しギターとドラムをオーヴァーダビングした。そこで起用されたのがパーディー。

The Beatles 1962-1966

The Beatles 1962-1966

上記ジャケの吹き抜け見下ろし写真の前にも色んな案があり、ジョージ・マーティン案はロンドン動物園の昆虫館の前にビートルズが立つというもの(動物園側の許可が下りずボツ)。

  • HELPジャケ

HELP! - 4人はアイドル

HELP! - 4人はアイドル

上記ジャケは手旗信号で「HELP」とやる予定だったがデザイン的にバランスを欠くので中止。「NUJV」と読めるポーズに。
kingfish.hatenablog.com
上記エントリにもある米版「ラバーソウル」がフォークロックという話題

65年はバーズ等フォーク・ロックが台頭。ブライアン・ウィルソンはオリジナルではなくフォーク・ソングである「スループ・ジョン・B」の一回目のセッションを7月に開始。バーズ「ターン〜」がヒットした12月に制作本格化。12月29日の三回目のセッションの前に12弦ギターを購入。66年初頭、米版「ラバーソウル」を聴き衝撃を受ける。1月に四回目のセッション。フォーク・ロック路線を目指していたブライアンを米版「ラバーソウル」は後押しし確信を与えた。

  • 涙の乗車券(65年4月)の元ネタ

ビートルズの楽曲管理会社はジャッキー・デシャノンも扱っており、ポールはジャッキーに「デモ聴かせてもらったよ」と賞賛。

When You Walk In the Room

When You Walk In the Room

  • ジャッキー・デシャノン
  • ロック
  • ¥250

  • サーチャーズ

ジャッキーの曲をカバーしたサーチャーズはビートルズやバーズに影響を与えている。
64年1月の「Needles and pins」

Needles and Pins

Needles and Pins

64年9月の「When you walk in the room」

When You Walk in the Room

When You Walk in the Room

サーチャーズに関してもっとも重要なことは、ロック・グループとしていち早く12弦エレクトリック・ギターを取り入れた点だろう。さらにジャッキー・デシャノンに注目し、《ニードルズ・アンド・ピンズ》や《ホエン・ユー・ウォーク・イン・ザ・ルーム》をカヴァー、実質的にフォーク・ロックの基礎を築いたことも大きい。つまりサーチャーズは、ビートルズローリング・ストーンズなどイギリスのグループが“黒いアメリカ”に傾倒していた当時、フォーク・ソングに象徴される“白いアメリカ”に自分たちの音楽性を重ね合わせていた。
 サーチャーズの影響力はビートルズ、さらにはアメリカのバーズに及ぶ。ただしバーズは12弦エレクトリック・ギターを取り入れた動機をビートルズの映画『ア・ハード・デイズ・ナイト』とし、サーチャーズに言及したことはほとんどない。

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  • ブッチャーカヴァー

と差し替えられたトランクカヴァーは「ブッチャーカヴァー」フォトセッション打ち合わせの際にビートルズが現れたので、ロバート・ウィティカーがその場にあったツアー用のトランクを小道具に撮影。二日後、問題の撮影。ウィティカー談。

人形はチズウィックの工場から直接持ってきた。手足をわざわざもぎとったと言われているけれど、初めから頭、体、腕はバラバラだったんだよ。ぼくは、箱に入れた小道具を床にぶちまけた。
(略)
 あの写真はジャケットに使うつもりはなく、裏ジャケットに載せる予定だったんだ。12インチのジャケットの中央に、たった2.25インチくらいの大きさでね。(略)
もともとのアイデアは実現しなかった。もとは見開きジャケットにする予定で、表には、ソーセージを持っているビートルズをのせるはずだった。ソーセージをへその緒に見立てた写真だ。ビートルズはソーセージという物体によって、ひとりの女性につながっているわけなんだ。

65年ジェーンの兄経由で前衛化していたポールはフリージャズや前衛音楽の他に「『ザ・ウェイ・オブ・エイヘイジ(永平寺)』という変わった効果音が入っているレコード」なんかも聴いていた

というタイトルはどこからという謎。テープループを使った「トゥモロウ〜」から始まった『リヴォルヴァー』セッション。「ループ」→「ぐるぐる」→「呪文」→『アブラカダブラ』とポールが提案。同名アルバムが既存し却下。リンゴがストーンズの『アフターマス』にかけて『アフター・ジオグラフィー』、ジョンが『ビートルズ・オン・サファリ』、ポールが再度「ぐるぐる」イメージで『マジック・サークル』、いずれも却下。

リボルバー

リボルバー

上記イラスト作者クラウス・フォアマン談

まず4人の顔のドローイングから描きはじめた。何かの写真を見て描いたのではなく、記憶だけで書いた。ジョージがいちばんむずかしかった。彼はいつもむずかしい。結局うまく描けなかったので新聞に載っていた写真から両目と口を切り抜き、それを貼り付けた。

  • 原曲よりも早くカヴァーが発売

ウェス・モンゴメリーの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に感銘を受けたポールはプロデューサーのクリード・テイラーに「気に入ったら使って」と「レット・イット・ビー」のデモを送った。だがウェスは急逝、楽曲の良さにあきらめきれないテイラーはエルヴィスのバックバンドを起用し

ファンクな味が魅力のスタンリー・タレンタインがメンフィス・リズム・セクションを相手に《レット・イット・ビー》をダーティーかつアーシーに演奏する

計画を立てるが、録音当日スタンリーが体調不良、メンフィスまできてキャンセルもあれだと、ヒューバート・ロウズを手配。こうして同曲を収録した『クライング・ソング』は69年に発売。