電話番号は誰のものなのか。

個人データ保護―イノベーションによるプライバシー像の変容

個人データ保護―イノベーションによるプライバシー像の変容

 

交換手が加入者のメッセージを盗み聞き

 電話技術は既存の電信事業者からは冷淡に扱われた。彼らはすでに通信事業に巨額の投資をしていたからである。(略)
[当然最初はビジネス向け狙いの事業だったが、職場家庭間、家庭相互間に需要があった]
20世紀になってからであるが、シアトルの電話事業者が市場調査のつもりで顧客のメッセージを盗み聞きした記録がある。これによると、事業所間が20%、事業所家庭間が20%であるのに対して、家庭間が45%を占めていた。
(略)
 問題は交換手が加入者のメッセージを盗み聞きできることであった。交換手は加入者の私事に通じることになり、そのいくばくかについては、それを日常的な業務のなかでべつの加入者に洩らすこともあったらしい。また、それを喜ぶ加入者もあったという。ということで、交換サービスには新しいメニューが自然発生的に加わった。

定額制

 家庭が市場になることを知った事業者は、家庭向けのサービス料金を引き下げ、くわえて料金を定額制、つまり使い放題にした。もう一つ、共同電話という仕掛けを設けた。これは同一回線のさきに複数のユーザー端末をぶら下げる方式であった。このシステムのもとでは、誰でも共同加入者のメッセージを立ち聞きすることができた。秘話装置はなかった。このような立ち聞きの延長上に、やがて法執行機関による「盗聴」という行為が、少し遅れて通信事業者の規範として「通信の秘密」という理念が、それぞれ現れるはずである。

電話番号は誰のものなのか。

電話会社のものなのか、それとも電話加入者のものなのか。電話会社はずっと自分のものだと思いこんできた。(略)それでは銀行の口座番号はどうか、自動車のナンバー・プレートはどうか、と議論は迷路に入りこんだ。
 話はやや遡る。1976年、ボルティモアの女性が強盗にあった後に、その強盗からわいせつ電話を受けるようになった。警察は電話会社に逆探知装置をとりつけ、犯人をつきとめた。彼は「自分の使った電話の番号はプライバシー情報であり、不合理な逮捕捜索を禁止する憲法修正四条違反だ」と申立てた。(略)
 この事件に対して、1979年、最高裁は「彼がダイヤルした番号はプライバシー保護の対象になるが、電話番号それ自体は電話会社のものであり加入者のものではない。したがって保護できない」という判断を示した。この後、電話番号は公共財的な情報となった。新聞社や出版社は職業別電話帳の発行を見込みのあるビジネスとみるようになった。

「カッツ対連邦政府」訴訟

[1967年最高裁判決]
チャールズ・カッツという男が電話賭博をしていた。警察はそれを電話ボックスに置いた盗聴器によって記録した。電話ボックスは本人の身体でも所有物でもない。だからか、法廷は捜査法を問題にし、「扉を閉めた人は、自分が送話器にしゃべった言葉が社会に放送されることはないと期待する権利をもっている」と述べ、新しい判断基準を示した。
 その基準とは「第一に当人がプライバシーについて実質的な期待を示したものであること、第二にその期待について、それを社会が「合理的」であると認識したものであること」というものであった。これには「家庭はプライバシーの期待できる場所である。だが、外部の人びとの「単純な視力」に曝される物件や行動や言明については、それを本人が隠しておくことはできない。開かれた空間における会話は立ち聞きされる。このような環境のもとでプライバシーの期待をもつことは不合理である。したがって保護されない」という注釈がつけられていた。(略)
カクテル・パーティーに出席する場合にはプライバシーヘの期待を自分で確認できるが、電話に向かってしゃべる場合にはそのような判断ができない

[関連記事]
kingfish.hatenablog.com
kingfish.hatenablog.com